第十一話

11‐01 「KILL The R┃℃Η パート1」



 異国の文字で落書きされた白い壁は、映像を通して見ても、その国の殺伐とした空気を伝えてくる。壁の上にぞんざいに張られた鉄条網とその向こうに見える錆びきったトタン屋根の連なり。どこを見ても豊かさを示す物が何もない。退廃が荒廃の一歩手前で立ち止まっている、そんな街の姿だった。


 中央アメリカの国、エルサルバドル。


 この国は暗号通貨と縁深い国でもある。世界で初めて暗号通貨を法定通貨、正式な通貨として認定した国なのだ。


 その首都サンサルバドルの郊外にある巨大なスラム街。その街角に設置されたARカメラの映像が映し出されていた。


 街に警報が鳴り響き、路上にたむろしていた人々が、一斉に室内に入っていき、路上から人の姿が消えた。


 画像が切り替わる。映像に一枚フィルターが重なり、メタアース世界が現実と重なり表示される。


 空に異変が起きている。巨大なカーテンのような膜が空を覆い始める。


 クリッピングフィールドだ。


 空が閉じられ、巨大な船が空の空間を突き破り侵入してきた。


 三隻のハッキングクラフト。それも大型艦だ。


 「XXX(トリプルX)型揚陸艦が三隻、一戦場に600名近いギグソルジャーを運んできている。秘匿回廊の通信量の限界だ」


 映像にエントの説明が加わった。


 その三隻の船から、大量の兵士が降下を開始した、その瞬間。


 地上のスラム街の姿を変わる。錆びついたトタンの屋根という屋根から対空銃座が生えてきた。一面に生えた対空銃座が動き出し、獲物のいる空に向かって銃口を向けた。


 地上から、ドットの波が空に向かって昇っていく。あまりの銃撃の密度のため、弾丸が空を舞う昇る波のように見える。その波が、地上からいくつもいくつも立ち昇っていく。


 「うげ~~、あんなんに飛び込むんか」


 まぴゆきがその光景を想像し気分が悪くなる。


 その銃弾でできた空気層に、大量の兵士たちが飛び込んでいった。


 「うげ~~~」


 そこにいて映像を見ていたプレイヤーたちが全員悲鳴をあげた。


 パスパスと兵士の体が赤い液体となって空に散っていく。3人に1人は空に散っていく割合だった。通常の無記名戦争の降下作戦ではありえない損耗率だ。


 空が兵士の血飛沫で赤く染まる。それでも次々と後続の兵が飛び込み、次々と散っていくが、生き残り着地できた兵士も多い。兵士の投下量が対空攻撃の密度に勝ったのだ。


 カメラが切り替わる。今度は十字路の映像だ。降下に成功した兵士たちが集まり進撃を開始する。その瞬間に、コンクリートとトタンの粗末な建物の中から何人もの防衛側のアバターが飛びだして襲ってきた。


 装甲もなにもない、筋肉むき出しのような細長い体。スプリングで跳ねるように飛び出し、完全武装の敵兵に喰らいかかった。すぐに撃ち殺されたが、他の建物からもワラワラと同じような地上兵が現れ、銃撃を恐れず喰らいかかってくる。


 「まるでゾンビだ」


 大量のゾンビ兵。そうとしか表現のしようのない軍勢が街のいたるところから現れ、降下してきた小隊を襲い、バラバラにした。


 さらにカメラが変わる。地上の惨状だ。


 降下兵とゾンビ兵の死体が坂道を、上から下まで舗装している。道がすべて兵士の死体で埋まっている。その坂の向こうに奇妙な建物が見える。


 真四角な。


 一辺100メートルの正方形が地上に建っている。その材質は半透明な赤紫の樹脂プレート。それが建物の奥に向かって何重にも正方形を作っている。半透明の正立方体の入れ子構造。それが内部に取り込んだ光を複雑に反射させてほのかに輝いている。


 何かを守っている、という形そのものだった。


 それはもちろん現実の建物ではない。メタアース内の建築物、その名も


 「ヘカトンスケイルバンクの一つ、コットス支店」


 その建物の回りは惨憺たる惨状だった。死体の川が流れている。そこに陣地を作った降下兵たちは銃を撃ちまくり、次々と襲いかかるゾンビ兵を死体の川に送り込んでいる。


 その建物には玄関がなく、すべての面が同一の半透明素材だった。


 その一部に降下兵たちが大型炸薬を設置している。


 しばらく周囲が静かになり、最初の小さな爆発音がした。そしてすぐにその建物は大爆発を起こして四方に散らばった。爆音と衝撃波が首都サンサルバドルに向かって突き進み、カメラがその衝撃を受け大きく揺れた。


 その瞬間、映像が止まった。


 静止した破片の中をエントのロボットボディーが進んできた。


 「これが本日起こった。エルサルバドルのヘカトンスケイルバンク襲撃と破壊の一部始終だ」


 明かりが付けられ、ミーティングルームに揃ったフルメンバーの姿が見える。


 空是、まぴゆき、友禅寺、根庭、みらの、たら、そしてそらいろとエント。 




 「エルサルバドルって…それはエント側のヘカトンスケイルバンクってことじゃないか」


 根庭タタオは驚きの声を上げる。


 空是にはまず「ヘカトンスケイルバンク」という言葉の意味からしてわからなかった。


 「そうだ、世界に3つあるヘカトンスケイルバンク、通称・金持ち銀行は安全保障の観点からエント、イェンシー、ルーロの三つのエリアに分散配置されている」


 エントの説明についていけない空是が手を上げて、まず前提の情報の説明を求めた。そらいろがエントに変わって説明し始めた。


 「空是くん。現在、世界の富の7割を、たった30人が保有しているということは知っていますか?」


 「はい、なんとなく」


 「では、その保有した資産を守るためにはどうしたらいいか。過去ならば銀行や株に分散しておけばよかった。しかし仮想通貨革命が起き、カレンシーAIが全ての銀行業を壊滅させてしまった。メタアースインフラも完成し個人で所有していても銀行に預けていても安全度が変わらないという未来が訪れました」


 空是は、再びそらいろから教わっていることが嬉しかったが、その感情を表に出さないように努力した。


 「しかし、思わぬ事態が起こりました。無記名戦争です。市民による同時多発戦争は、個人情報を攻撃します。さらに一般市民の富豪に対する悪感情は天井知らずです、チャンスさえあれば金持ちの資産を攻撃して焼き払いたいと思うはずです」


 チームメンバーのほとんどがうなずいた。


 「少し前までは、世界の百人が地球の半分の富を所有していた。今じゃ30人が7割だよ。悪化しまくってる。チャンスがあれば私だってやる」


 タラが過激なことを言ったが、たしなめるものはいなかった。


 「そう、そういう市民の感情を察知している富豪たちは、もう資産管理、資産保全を他人には任せられない。だから自分たちですることにしました。それがメタアース内のヘカトンスケイルバンク。通称・金持ち銀行です」


 エントが説明を引き継いだ。


 「30人会議と呼ばれる世界中の富豪たちの密室会議で銀行設立が決まった。そこで問題なのは、どの仮想通貨で銀行を作るかだ。


 エント?ルーロ?イェンシー?


 金持ちたちは賢かった。どこか一つにしぼれば、無記名戦争で通貨信用が無くなって無価値化するかもしれないし、よその通貨から攻撃され消されるかも知れない」


 エントは映像をもう一度見せた。破壊されたエルサルバドルのヘカトンスケイルバンクの姿を。


 「だから3つに分けた。エント、ルーロ、イェンシーの3つのエリアに等分に配置した。


 これにより、もし一箇所が攻撃されたら、残った2ヶ所の銀行の資産を”攻撃しなかった側”に移動させる。


 攻撃を行った通貨AIに対する懲罰を行える。


 世界の7割の富の3分の2、つまり世界の46%の資産が敵対する通貨AIの懐に入る。これは困る。通貨信用度で一気に差がつく」


 「そのはずだったって、話だろ」


 友禅寺が指摘する。彼はこの事態を理解しているようだ。


 「そうだ、だからヘカトンスケイルバンクに対する攻撃は起こらないはず。それが前提だった。今日まではな」


 エントはそう言って押し黙った。AIである彼にとっても予想外の出来事だったようだ。




 「…さらに言えば、見たでしょ、あの狂ったみたいな防衛網と防御側兵士の数。普通あんなところには攻め込まない。よほどの覚悟と策がないかぎり」


 みらのが説明しながら、戦場の恐ろしい惨状を思い出したかのように身震いした。


 「…あれはヘカトンスケイルバンクが専属の防衛兵士として街中全ての人間を雇ったの」


 タダオが続けた。


 「おそらく、2~3千人の住人。老若男女構わず全ての人間が兵士になっている。それが対空銃座の雨を地上から降らせ、落ちてきた兵士を襲うゾンビ兵士になる。あのスラムの住人全てが金持ち銀行を守っている。あの街は巨大な城塞だったんだ」


 そらいろが補足する。


 「通常、メタアース内にあんな銀行を建てれば、市民に襲われて終わりです。だから富豪たちは世界でもっとも貧しい地域に銀行を建てました。


 エルサルバドルのサンサルバドル郊外(エント圏)


 インド、ムンバイの郊外(ルーロ圏)


 ブラジルのファベーラ地区(イェンシー圏)


 その住民たちにUBI、ベーシックインカムを与えて…。何もしなくても暮らせる額のお金を与えることで、彼ら専従の兵士に仕立て上げたのです。世界的な富豪からしたらはした金にもならない額で、彼らの街と生活の全てを買い取ったのです」


 「超貧乏人が、超金持ちの富を守る。クソみたいな話やで、まったく」


 「だけど、そのうちの一つ、それもエントのテリトリーの銀行がやられたって話ですよね…」


 空是がまとめると、みな黙った。




 「三隻の大型ハッキングクラフト。ギグソルジャーも500人越え。相当大規模な動員がかけられ、有能な連中がかき集められたようだな」


 タダオが空中のモニターを操作し、船からの降下時の映像を出し、ズームアップすると、白とオレンジに彩られた一団が荒い画像で現れる。装備のレベルの高さから見て、


 「ネームド、名有りのギグソルジャー達だ。こいつらは世界でも有名なチーム”神罰部隊” …一流どころだ。最後の爆破にも関わっている」


 「神罰部隊って、ルーロの過激派連中だろ」


 友禅寺が尋ねると


 「ネームドは、記名有りだからね。どの陣営からでも声をかけられるように名前を出している傭兵ってことだから…」


 みらのが業界の常識を教えた。


 「もしくは、神罰部隊を表に出して、ルーロの仕業と思わせるために雇ったとかも、考えられるんちゃうか」


 みながそれぞれに意見を言い合っている中、中心にいるべきエントは黙ったままであった。




 そんなエントに空是が訪ねた。


 「でも、エントのテリトリーの金持ち銀行が襲われて、その資産が爆発四散したってのは大問題じゃないの?エントの通貨信用度に悪影響があることは間違いないし」


 みなの視線がエントに集まる。錆びついたように止まっていたエントが再び動き出した。


 「そういうことだ、私のテリトリーに攻め込み、私のエント資産を破壊した。これは許されない行為だ」


 「どうするんですか?」


 そらいろは緊張した顔だ。


 「この際だ、全ての金持ち銀行を破壊しよう」


 エントの一言に、全員が固まり、


 「えッ?」


 全員が驚愕した。



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