10‐02 「晴れないそらいろ」
「みなさんは、そらいろさんと親しいんですか?」
昼食中に空是が言った言葉は、墓穴を掘った。
「なんや一色く~ん、色気づいたんか?」
「空是君、君に男女の事柄について話すつもりはないよ」
「空是、お前、そらいろさんに気があるのか?」
一緒にテーブルに付いていた、まぴゆき、根庭、友禅寺が一斉に反応し、空是は自分の失敗を悔やんだ。
そらいろは地味という印象を醸し出しているが、極めて美人であり魅力的な女性である。その彼女がスカウトという名目でこの三人と接触していたという事実は、空是を悩ませていた。
自分以外の男性と親しげにしているそらいろの姿を所内で度々目撃し、隠れてしまう自分を恥じていた。その辛い思いが心にうず高く溜まっていたため、先程のようなうかつなセリフを言ってしまったのだ。
三人の反応は、まぴゆきニヤニヤ、根庭はむっつりとした顔、友禅寺はにらんでいる。
「俺とそらいろの関係か~。それはもう深い深いもんやで」
空是もまぴゆきを一番警戒している。何度も所内で親しげな二人を見ている。男性的魅力という部分で自分が敵うところはないと知っている。
そんな空是の視線に気づいているのか、まぴゆきは指でテーブルをカツカツカツと叩いた後。
「そんなに睨むなや」
と諭すようにいった。空是も恥じてうつむいた。
「初な少年をからかったろうかと思ったが、純粋ゆえにあとでどんな恨まれ方するかわからんから、ほんまのこと言うとくわ。なんもない」
「ほんとに?」とは聞けない空是であった。
「まあ、俺のやってたゲーム実況チャンネルのファンという形で近づいてきて、会いましょういうてな。会ってみたらこれが、大当たりやー!って、今晩決めたると思ったんやけど」
再び強くなった空是の視線に、言葉のテンションを下げるまぴゆき。
「いきなり、スカウトの話ししてきてかわされたわ。やっかいな子に絡まれたわーと思ったけど。美人やったからその後も何回か会って…」
空是の視線の火力が上がった。
「なんもなかったで、ほんまになんもなかった。一度、夜遅くに会ってモーションかけてみたけど…」
烈火の視線を投げつける空是。
「そしたら、ほら…なんにもなかったです」
まぴゆきの話はそこで唐突に終わった。
「では俺の番だな」
根庭タダオがテーブルに身を乗り出した。
「あれは春先のことだった。俺は役所でのストレスに苛まれ辞表を提出し、晴れて自由の身を謳歌していた。やっていることと言えば、日がな一日ゲーム内での破壊活動だった。最初は派手に爆破するのを好んだ。大量の爆薬で大規模オブジェクトを破壊する。その快感に酔いしれていた」
「今と変わねー」友禅寺のツッコミは無視した。
「だが、ある時を境に俺は効率的な爆破解体に目覚めた。それは俺とメタアース内物理法則の共同作業だ。完璧に模された物理現象が現実と同じ破壊をメタアース内にもたらす。俺はそこに世界の美を見た…」
「犯罪者の独白やろ」まぴゆきのツッコミも無視した。
「そうして破壊の日々は続いた。ゲーム中、ミッションを無視して建物を破壊しては敵も味方も巻き込んでいた。俺の悪評は高まり、すっかり鼻つまみ者となっていた。そんな時、俺はギグソルジャーの世界を知った。現実の建物に爆弾を仕掛けて崩壊させられる。まさに俺のための戦争だと思った。たしかに世界の他の国の人々に迷惑をかけ、その資産を破壊するが、それがなんだというのだ。それはすでに我々がやっていることではないか?
我々は無意識に、消費することでその巨大な搾取をしている。日本は落ちたりとは言えまだ搾取の頂点付近にいる。日常が他国に対する戦争と略奪行為に他ならない。それが見えていないだけ。ならば無記名戦争の見えない破壊行為となんら変わらないじゃないか。自覚しているだけ、まだマシと言える!」
「おっさん、話ずれとるで」
「ああ、そうだった。そんな時そらいろくんに出会って誘われたからOKした」
「それだけかい!」
「最後は俺だな…」
友禅寺が出てきた。空是は同い年の男子に危険なライバル心を感じていた。
「あれは俺んちがヤラれてしばらく経った頃だった。親父は呆然、母さんは騒然、積み重ねてきた全てが消えちまったんだ、そりゃ動けなくもなるよ。俺はまだ、バカだったから親父がなんとかするだろうと思ってた。だけどそうはならなかった、親父も、必死にやって来たんだって後から分かったよ。それが急に全部なくなって、前に進めなくなるくらいショックだったんだって。俺は、残ってた自分の金で漫喫行ってゲームしてた、家にいれないし、何もできないから。多分、泣きながらゲームしてたと思う」
友禅寺の話を聞いて、押し黙る他ない三人。
「まあ、ゲームには自信があった。なんたって親の金をバカバカ使ってゲームしてたからな。時間も金もあれば、ゲームは自然と上達する。それに才能も、あったようだし。
そんな時、そらいろさんに会った。きっかけは忘れたけど、漫喫のバイトでメイド服を着て…」
「えぇッ!」
空是が食堂に響く大きな声を出して飛び上がった。
そして、黙ってまた座った。
びっくりした他の三人。友禅寺はゆっくりと静かに
「メイド、 服を、 着ていた」
単語をきっちりと空是に聞かせた。
ギュッと拳を握ってこらえていた。
「それから始まったんだ、俺とそらいろさんのストーリーが」
友禅寺が遠い目をしながら言った。空是の拳がぎりぎりと音を立てていた。
「ゲーム、お上手なんですね」
「ちょっと待って」
女声で話しだした友禅寺を空是が止めた。
「なんだよ」
「君がそらいろさんのセリフも言うのか?」
「お前が言ってくれるのか?」
「話を筋を知らないんだから言えるわけ無いだろ」
「……ゲーム、お上手なんですね」
「ちょっと待てよ」
「なに?」
「すまない、こちらから聞いたことだけど、要点だけまとめて話してくれ。セリフはカットで」
「お前、ゲームのムービー飛ばす派?」
「時と場合によるし、女性声優を雇ってないムービーは飛ばす派だ」
「ふーーーー」
友禅寺は、わかってないな、という風に大げさなため息をついた。そして
「しばらく付き合って、彼女に惚れた」
怒りで立ち上がろうとした空是の体が中腰で止まった。彼の中のブレーキが効いている。ゆっくりと席に体を戻した。友禅寺は続けた。
「そりゃそうだろ。あんな美人に親しげにされて、褒められて、慰められた。男の生理機能、本能が、惚れろと命じるだろう」
その点においては、男子が全員うなずいた。
「でも、やっぱり、それがすべてスカウトのためのものだと知ったら、嫌いにはならないが、すこし考えちゃうよな」
そのセリフは空是の頭を重くした。物理的に頭が下がり、テーブルに額を付けた。
それが、空是を悩ませていたのだ。
「全て、嘘だったってこと?」
空是の辛い声に、男子一同が慰めの目を向けた。
「いや、わからんで空是くん、男と女はまだ始まったばかりや。瓢箪からコマ」
「嘘から真」
「蓼食う虫も好き好き」
「つまり、可能性は無限大っちゅうこっちゃ」
「君がどう思おうと、そらいろ君の本質は変わらないってことだ。それに君がどう対していくか?問題はそこだと思う。君をスカウトしに彼女は近づいた。それは原因ではなく発端だ。そこから彼女のことをどう思うか考えるんだ」
根庭が大人っぽいセリフをなんとなく言ってみた。
空是はしかし、
「僕、先輩に誘われたこと一回もないんです。スカウトみたいなこと、一度も言われなかった。部活でずっと一緒にいたのに…」
「部活ぅ?」
三人が急に攻めてきたので空是は驚いた。
「なにそれ、聞いてないんだが」
友禅寺が詰める。
「え、みんなと同じですよ。春からずっとEゲーム研の部室で一緒にいたけど、先輩はいつもネット見てたり話してきたり、ゲームを横から見てたり…」
「なにその青春!」
根庭ただおが吠えた。
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