第八話
08‐01「ペネトレーター」
レナータ国外逃亡のおよそ二週間前
狭いロビー内にいるのは三人のアバター
新チームに参戦したばかりの一色空是。
チーム内ではイケメンで通っているまぴゆき。
元都市再生機構職員という経歴を持つ根庭タダオの三人だ。
「で、契約金いくらだったん?」
「おまえ、子供相手にいきなり聞くかそれ」
まぴゆきが空是に、つい先日もらったチーム加入の契約金額を聞き、それを社会人経験のあるタダオが咎めた。
「なに言うとんのや、こういう情報は共有せな。隠しとったら企業側の搾取が進むだけやで、労働者どうし額を教えあって共闘せな」
「え?教えていいんですか?」
一応、普段から襟付きシャツを着ている元社会人タダオに空是は尋ねた。
「まあ、君の自由だ」
「はい、じゃあ、あの。契約金500万エント。年俸500万エントの計一千万」
「子供がもらう額にしてはでかいな」
「じゃあ、まぴゆきさんのは?」
「秘密や」
「おい!」突っ込んだのはタダオ。
「まあ君とどっこいどっこい。大差ないから複雑な気分や」
「あ、でもこれは一括じゃなくて月に20万づつ、50ヶ月の分割払いにして母に送ってもらいます。母には…企業の防衛戦闘の専従プレイヤーとして雇ってもらったって言ってあります」
黙り込む大人二人。
エントと雇用契約を結んだ空是は、
学校をしばらく休学すること
エント直轄企業(社会的に超一流企業である)の契約ソルジャーになることを親に伝えた。
空是はいくらか揉めるかと思ったが、月給の額を聞いて母は納得してくれた。
「まあ傭兵稼業で海外行ってる、というのに比べたらPMG(プライベート・ミリタリー・ゲーマー)で民間のセキュリティーをやってる、のほうが言いやすいか」
タダオは普段の癖でメガネを上げながら空是の嘘に理解を示した。
「だが、空是君。いつか本当のことは言ったほうがいいと私は思うよ」
普段のタダオは爆弾狂人みたいな戦闘スタイルとは違い、普通に常識人である。
「全部いわんでもええやろ。綺麗事で稼いだ金だけが偉いわけちゃうし。戦争で稼いだっていい、社会の仕組みがそうなってんやから」
「子供が戦争に行ってカネを稼いできたと言われて、いい気分をする親は少ない」
「それが古いっちゅーの。いまの親はギグソルジャーやってる子供を見てなんちゅーか? ああ、小遣いやらんでええから楽やな、やで」
「たしかに親の貧困が子供に戦争をさせている現状がある、だが」
そこまで言ってタダオは言葉を止めた。
親の貧困のため戦争に来ている少年が目の前にいた。
「すまん。」
タダオは素直に空是にわびた。
「いえ、うちの母は…離婚してから一人で頑張ってくれてたんです。僕はそれに甘えきってた。その母の情報が襲撃によって殺され、お金も消えた。恨みの気持ちもあったし、お金も必要だったから戦争に参加したけど、今ここにいるのは…ここが僕が来れる世界の最先端だと思ったからです。僕の持ってるゲームの技能によって来れる、一番いい場所だと思ったから、ここにいるんです」
「…な、しっかりしとるやろ?今の子は」
「お前な…」
ロビーにブザー音がなり、秘匿回廊を抜けたことを知らせる。
立ち上がり用意を始める三人。まぴゆきがタダオに近づき小声で話しかける。
「ルーロやイェンシーが世界の貧しい国にPCバラ撒いてギグソルジャーを大量に作っとるって話は聞いとったが、エントも変わらんな」
「空是くんはそれとは違うだろ。メジャーリーガーにスカウトされた野球少年って感じだろ」
「メジャー?給料安すぎやろ」
「戦いは数だよ。彼みたいなのが一人だと思うか?」
「日米豪でスカウトしてまわっとんのか。そういうの好きそうやからな、エント」
「日米豪だけ、とは限らんだろうが…」
降下ハッチが開き、冷たい風がなだれこみロビーの温度を下げる。
外は、荒れた暗い海だった。
ハッチに手をかけ、外を覗くまぴゆき。下には荒れた黒い紺色の海、空は暗い曇り空。陰鬱な風景である。
「こちらアルファチーム、こちらは無事に通過した」
無線で返事が返る。スナイパーのミラノだ
「こちらベーターチーム。こっちも無事通過。目標物に動きなし。ペネトレーション・ミッション進行中」
「了解、こちらも見えてきた」
空是もハッチそばによる。
空を飛ぶ小型ハッキングクラフトは、目標物に向かって飛んでいる。
その目標が海の向こうに見えてきた。
「海上…石油プラント」
海の上にそそり立つ、黒い城のような姿が見えてきた。
「今回の作戦はペネトレーション・ミッション(侵入作戦)だ」
暗い室内にチームメンバー全員とエントが集まっている。部屋の中央に作戦対象となる海上石油プラントが表示されるが、文字情報やシルエットにジャミングがかかっている。どの陣営の施設かもわからない。
「おい、これも秘密かよ」
空是と同じ歳の少年、友禅寺がエントに文句を言う。
「残念ながら無記名戦争のプロトコルは破れない」
「カレンシーAIのお前が、直接作戦指揮をしているのはプロトコル違反じゃないのか?」
「それはプロトコルにはない。AIはAIを攻撃しないという基本法の拡大解釈だ。ルーロやイェンシーは興味がないから作戦介入しないだけで、私は好きだからやっている」
「狂ってる」 みらのが言った。
「ヤー、そのとおり」
エントは認めた。
空是はまだこの空気に慣れなかった。カレンシーAIが直接に部隊を作り、その指揮をしていることにも、人間がカレンシーAIと普通に話し、彼をからかっているという光景にも。
空是たち一般人にとって、カレンシーAIは天にいる通貨を司る絶対機械、というイメージだったからだ。
「この石油プラントは、AIのワタシから見ても働きすぎだ。一ヶ月ほど休んでもらう」
「爆破か?」
友禅寺がワクワクしながら言ったがエントは否定した。
「下手にシステムをいじると、石油プラントだ、爆破してしまうかもしれん。慎重にやらんとな」
爆破バカ、で通っている根庭タダオがマトモなことを言ったので、みなが彼を見た。
「俺はメタアースでの爆破は好きだが、現実の爆破は嫌いだ。それにこんな閉鎖空間で爆破したら死人が出る」
「そうだ、このプラントには休んでもらうだけだ、爆破は本意ではない。石油プラントに危険が迫ったという事実が、相手側の経済に強い影響を与える。風が吹いたら通貨価値下落ってわけだ」
エントがそう説明をしたが、友禅寺が不満そうだ。
「ぬるくないか?」
友禅寺の言葉にみんなが黙った。
人を殺したいわけではない、だが、無記名戦争は過渡期に入っている。
戦争が、過激化しかかっているのだ。
そんな中、今までのような施設維持、人命尊重の戦いでは相手の通貨価値の下落は低いのでは、という意見だった。
「私はあまり荒事は好きじゃない」
エントの一言で決まった。雇用者の意図を尊重するのが契約者たちの努めだ。
現実の雨が、雨エフェクトに変わりロビー内を濡らす。
巨大な海上石油プラントに接近する二艇の小型ハッキングクラフト。
「ペネトレーション・ミッション成功やな。クリッピングフィールド貼ってないから警報もでとらん。まったく気づかれてないで」
「三人分のデータしか乗れない、小型ハッキングクラフトを使った理由がこれか。普段の船なら入っただけでバレてるからな」
大人達が興奮した様子でいるのに対して、空是は静かだった。戦いに挑む時はいつもこうだ、勝手に心臓が静まり脳が冷却される。
「性ってやつだな…」
空是は自分の特質をこの時ばかりはありがたいと思っていた。
向かいの船のミラノから連絡が入る。
「コンビナート各所にAIセキュリティー兵がいる。数は見える範囲で20…多いね」
「そっちはミラノの狙撃に任せる。ばれたら向こうのPMGが動き出す。慎重にやってくれ」
「了解。こちら、エントリー準備完了」
「こっちも完了している」
タダオがまぴゆきと空是の顔を見る。
空是はうなずく。
「エントリー開始。各自、給料分働け」
今回の作戦リーダーであるタダオが作戦開始を告げ、すぐに外に飛び出した。二人もそれに続く。
タダオ、まぴゆき、空是の三人が暗い空を飛びながら目標に迫る。メタアースにも物理法則があるが、この降下時間だけは自由に空を落下できる。滑るように横に飛び、エントリーポイントを目指す。
もう一艇からも、友禅寺とタラが飛び出している。彼らは空是たちとは別のエントリーポイントを目指す。ミラノはそのまま船に残り、上空からの監視と狙撃を担当する。
石油プラントの下部構造物に取り付いた3人。むき出しの鉄骨構造の中に巨大な生物の内臓のようにパイプラインが詰め込まれている。取り付いた手すりの遥か下には荒れた海が見える。高所恐怖症ではない空是であっても、肝が冷える光景だ。
「アルファチーム、タッチダウン」
「ベータチームつっても二人だけだが、こっちもついた」
5人の潜入チームが海上石油プラントに取り付いた。未だに警報等の反応はない。
特殊作戦、ペネトレーションミッション。
通常の戦闘はクリッピングフィールドで囲った戦域にハッキングクラフトで乗り付け、100人単位の兵士をバラ撒くという派手なものだが、今回は極少数のチームで目標を陥落させるという作戦だ。
場所が問題だったのだ。
巨大海上プラントとはいえ、そのサイズに100人で攻め込めば、大混乱ののちにプラントが機能不全を起こして爆発、などという事態が起こりかねない。
現在まで海洋プラントが攻撃対象に選ばれずらかったのは、その構造故に海上の要塞と化していたからであり、臨時日雇い傭兵集団であるギグソルジャーとの相性が悪すぎたためである。
「半潜水式プラットフォームってやつだな、海に浮いてるやつだ」
出撃前に仕入れた知識をタダオが言った。
空是はこんな荒れた海を見るのも初めてで、こんな巨大な構造物を見るのも初めてだった。
「スカイツリーよりでっかいですね」
「そうだな、ここから海底の穴までにスカイツリーが一本入るぐらいの深さはあるだろうな」
都市整備事業に関わっているタダオにしても、初めて見るデカブツだった。
まぴゆきがハンドサインで進撃の合図を出す。喋ってもいいが、気分を出したいようだ。空是のフェイスグラスはハンドサインの意味を読み取って文字にして表示した。
進む先々にある監視カメラを、空気銃の様なデバイスでハッキングして無力化する。監視カメラは現実とメタアース、両方を監視しているのだ。
「今は作業員の交代時期らしいな。人がほとんどいない。それでエントは攻撃を指示したのか。普段なら昼夜問わず、24時間作業が行われている。オレたちの侵入も、こんな簡単なものではなかっただろう」
作業員はフェイスグラスを着けているだろうし、大勢がパニックを起こし、無用な人死が出ただろう。
直接の殺しは、この戦争の目的ではない。
注意深く上層部に移動する。反対側にタッチしたベータチームも同じ様に動いている。
明かりがついた部屋を見つける。中を覗くと当直らしき人間が古雑誌をめくっていた。
まぴゆきは自分の耳を指差して二人にサインを送った。
「あの男、フェイスグラスを着けてない」
二人も確認した。ドアを少し開き室内の監視カメラを無力化して、堂々と中に入った。
「見えてへんな」
まぴゆきが当直の目の前にわざわざ立って確認した。
「遊ぶな、フェイスグラスつけてないんだから、こっちが見えるわけないだろ」
不思議な光景だ。男の顔の前で手を振っても、まったく反応しない。人間の目ではメタアースは見えない。
「端末がある。これで施設の情報が盗める」
タダオがナイフを端末PCに指して情報をハッキングしている。
「昔の漫画みたいに、端末からメインサーバーをハッキングとかできないんですね」
空是が手持ち無沙汰で聞くと
「今やってるのがそうだ、端末をハッキングして…」
ハッキングが終わり情報を抜き出した。マップにして表示する。
「メインサーバーはここだ。ここまで歩いていってハッキングする。これが”端末からメインサーバーをハッキングする”ってこと。俺たちは今は、メタアースの電子的存在だからな」
「そそ、なんであれ便利の裏には不便が張り付いてるもんや」
3人は、端末からメインサーバーをハッキングするために、移動を開始した。
タダオが情報共有し、三人の目にも石油プラントのネットワーク情報がメタアース内の現実として見えるようになった。
施設の中を血管のように走る通信網。その集まる場所にメインサーバーがあった。中央塔の真下だ。
進みながら、タダオは何かを隠しながら設置していた。なにかと尋ねると、恥ずかしそうに
「いや、これは、用心のためだ。決して他意はない」
「このおっさん、病気なんや。メタアース内の建物爆破して回っとる変態なんや」
「壊していいものしか壊しとらんし、変態ではない。職業的執着だ」
「土建屋が爆破するのの、どこが職業的執着や。どうせ、海洋プラントの弱点も調べてきたんやろ」
「うぐ…」
どうやら図星なようだった。
「え、じゃあ今まで設置してきたのは…」
「C4だ…、だが、ミッション終了時に消えるタイプだから…これはただの趣味だ…」
「病気や」
中央に移動する三人。途中。フェイスグラス着用の作業員とすれ違うが、視界に入らないことで難をかわした。
「ベータ。下部構造体に潜在型ウィルス設置中」
別班からの途中連絡が入る。すでに破壊活動に入っている。
「しかしここ、でっかいなぁ。メガサイズの海洋フロート…北海あたりかな」
タダオが事前に仕入れた知識で喋っている。空是たちはここがどこの海かも分かっていない。
「ほな、ルーロか?」
「さあな、どの国でもおかしくない。まあ日本やアメリカのじゃないのは確かだ」
「!」
前方から三人の作業員が歩いてくる。三人ともにフェイスグラスを装備している。避けて通るのは困難だった。
タダオの合図に二人は答える。
「チートウェポン・インビジブルシェーダー」
三人がそのチートウェポンを起動させると、三人共にその場から姿を消した。
メタアース内でのアバターの透明化やサイズ変更のチート行為はプロトコル違反でBAN対象となる。それはカレンシーAIエントが作ったものでもそうだ。
このチートウェポンは完全な透明化ではなく、アバターの周囲に投影膜を貼ることで擬似的な透明化を成し遂げている。そのためプロトコル違反とはなりえない。その効果は…
歩いている男たちの真横を三人が通り過ぎた。三人はまったく気づかれていない。僅かな画面の差異としか映らなかったからだ。空是達三人はすり抜けざまにナイフを彼らの頭部に刺し、ウィルスを注入していた。いつでも破壊可能状態にしておいたのだ。
中央塔にある警備室には、この海洋プラントを守る5人の専属PMG(プライベート・ミリタリー・ゲーマー)がいた。彼らは単なるゲーマーではなく、実際の人間による脅威にも対応できるプロの警備員でもある。それゆえに全員が頑強な肉体と精神を誇っている。
彼らのうちの一人、黒い肌の雄牛のような男、ジェイ・ガンミンが、気になるものを発見した。
部屋に並ぶ監視カメラ映像はプラントのあらゆる場所を映している。今は作業員交代時期でほとんど人はいないため、眠っている機械達の飼育檻を眺めているような状態だ。
ガンミンが発見したのは、画面に一瞬だけ発生した黒コマ。それ自体は回線の不調として無視していい物だが、その黒コマが時間が経つにつれて移動しているのだ。
「…?」
しばらくモニター郡を見つめる。また移動した!
ガンミンはメタアースのステータスを確認する。クリッピングフィールド警報も、侵入警報も出ていない。表立っての攻撃はない。
黒コマを記録したカメラをマップに並べると、一本のルートが現れた。そこを通った作業員のフェイスグラスの視野情報をセキュリティー特権で引き出す。
「なにも映っていない…」
現実にも、メタアースにも何もいない。
だが、彼の目と彼のフェイスグラスに内蔵された画像処理システムは、画面の「違和感」を強調する。画像加工の限りのすえに、三人のシルエットが存在する画像が生まれた。
フェイスグラスに映らない、まったく見えないシルエットのみ幽霊が三体。これは十分に準備された組織による攻撃だ。ガンミンの背筋に緊張と怒り、両方の電流が流れた。
ためらいなく、緊急アラートのボタンを押した。
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