05‐02「二人の走行距離」


 二人が乗った車は市内を出て郊外へ向かっていく。空是は外の景色の移り変わりを眺めていた。


 「どうしたの?先輩とドライブしてるのに、その浮かない顔は?」


 景色を眺めながら空是は答えた。


 「こないだ東京行ったじゃないですか。都会ってすごいなーって思って、帰ってきたら」


 「帰ってきたら?」


 「その、やっぱり田舎なんだなって…空気からして違ってて。街の輝きも…トタンの屋根とか、東京になかったから…」


 郊外に出て地方都市の現状が見えてくる。田畑の面積が増え、長い風雪に耐えた田舎の家がポツポツと並んでいる


 「未来って感じがした。コッチに帰ってきたら、未来が見えなかった」


 「ずいぶん感傷的だね。まあ都会でショック受けちゃったのね。ところで、くうぜ君、個人データぶっ壊れたんでしょ?」


 「そうなんですよ…それで市役所行ってきて、再発行しようとしたんですけど、市役所もやられちゃってたでしょ?」


 「そうね。データが全部飛んだって」


 「だから市役所、すごかったですよ。職員が総出で住民台帳を紙に書き写してましたから」


 「うわ、そりゃ大変だ。前時代に巻き戻ってるね」


 「データが生き残ってる人から情報もらったり、戸別訪問もして情報再建してるって言ってました」


 「戦時中だね。デジタルデータが信用できなくなってる」


 「でも、同じ街が狙われるってこと少ないでしょ?」


 「ええ、ほぼない。でも役所は万一に備えないといけないからね」


 大きくカーブを曲がった。曇り空の雲はどんどん厚くなっていき、日の光は弱くなった。


 「先輩、文化祭どうします?Eゲーム研でなにかします?」


 「私は幽霊部員。部長は君だよ。君がやりたいようにしなよ。せっかくの高校生活なんだから、無駄にしないで」


 「じゃあ、ゲーム機おきます?家に古い機種いっぱいあるから持ってきますよ」


 「そうだね、そうしたら小さい子とか遊んでくれるか…くうぜ君、そこでは接待プレイするのよ。子供相手に勝ちまくるなんて大人気ないことしないでよね」


 「そうですね…接待してみますよ。負ければいいんでしょ?」


 「ほどほどに負けるのよ。手抜きじゃ接待にならないんだから」


 「ハイ、任せてください。そらいろ先輩はなにするんですか、クラスでなにかやるんですよね」


 その質問にそらいろはしばらく黙っていた。


 (あれ?先輩、クラスのこと聞かれたくないのかな)


 空是が不安に思ったが


 「そうだね、なにかやるだろうね」


と、そっけない返事が返って、不安が強くなる。


 「あのね、空是君。私、学校辞めると思うよ」


 「え?辞めるって三年でしょ?別に辞めなくても…」


 「まあ私にも都合ってのがあってね。だから君にだけは言っておくから」


 「い…いつですか?」


 「わからない。でも、そう遠い話じゃない」


 空是はシートに体を預けた。急に頭が重く感じた。


 (いなくなる?そらいろ先輩が?学校から、あの部室から)


 その光景、自分しかいない部室。一人だけでゲームをしている姿が目に浮かぶ。


 空是にとってそれはあってはいけない光景だった。


 車の外の風景が暗くなる。雲がどんどんと厚くなり、陽の光をさえぎっている。




 車は踏切に止められていた。古びた田舎の踏切だ、カンカンとなるタイミングが微妙に遅い。田畑の中を通る一本の線路。右を見ても左を見ても、列車は来ていなかった。


 空是はこれはチャンスだと思った。もしかした明日からは、いつものように会えないかも知れない。今日のこのいきなりのドライブ、会社を見せるという謎のお誘い。


 (もしかしたら、ほんとうにお別れが近いのかもしれない。今が伝える最後のチャンスなのかもしれない)


 「センパイ、その…」


 「なーに?」


 隣を向けない空是は手の汗を拭いながら踏切を見ている。そらいろはハンドルを握り前を向いたまま返事を返した。


 「先輩がいてくれて、すっごく助かりました。僕一人じゃ、多分Eゲーム研もできずに、きっと家でゲームし続けてた思います」


 言いたい一言を言うためには、空是には前段が必要だった。


 「だろうね。空是くんにとっては、家でゲームするもの学校でするのも、どこでゲームするのもおんなじだったろうし」


 「ぜんぜん、違います。家でやると学校でやるのとは。一人でやってたら、ぜんぜん違います…」


 空是は運転席のそらいろの顔を盗み見するが、彼女の顔は正面を向き、踏切の音だけを聞いているように見えた。それは勇気を持って言葉を伝えようとする少年の気持ちをくじくには十分な表情だった。


 「…先輩がいてくれたから、楽しかったです。まだ半年しか経ってないけど。ありがとうございます、先輩」


 「どうしたの急に?」


 電車が通り抜ける、わずか3両の短い電車が踏切を通り過ぎる。


 そらいろが横を向くと、空是の寂しげなほほえみ顔が目に写った。そらいろを見つめながら、なにかをこらえている少年の顔。そらいろは何かを言わなければと、口を開きかけたところで、踏切の音がやんだ。


 しばし静止していたそらいろは、再び車を走らせた。


 「先輩の就職先ってどんなとこなんですか?」


 空是の言葉にはさきほどの空気の残りは無かった。あの一瞬は電車と共に流れ去ってしまった。


 「え?う~~ん。まぁお金はあるかな…」


 そらいろは、あの瞬間がもう一度訪れないかと願った。そうすれば、必要な言葉を自分でも言えると思ったのだが、それは二度とは訪れなかった。


 その後、二人が乗った車は一時間近く走ったが、会話は本質に触れることなく、その周辺を回転し続けただけだった。




 学校からだいぶ離れ、山間部にまでやってきた。空是もこの辺りには殆ど来たことがない。田舎だと思っていた自宅周辺から、さらに田舎に、民家もまばらで店もコンビニがたまにあるくらいだ。


 「もうすぐだから」


 運転するそらいろがそう言った。ナビは見ていない、行く道を熟知しているようだ。ほとんど車が通らない田舎の一本道。空の雲はどんどんと厚くなっていく。


 車道を曲がり、車は林の中に入っていく。最初の「私有地」の看板以降、交通標識の一つもない道路を進んでいった。暗い林は周囲をすべて隠し、世間と切り離された迷路のようだった。


 暗い林を抜けると、大きな建物が見えてきた。


 「ここよ」


 そらいろが無感情な声で言った。


 空是は、見ず知らずの建物に連れてこられて、困惑していた。


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