05‐03「新展開」



 そらいろの運転する車は敷地内に入った。


 背後に湖が見える建物。どこかの企業の保養地のような建物だが、鋭角的な壁が交差するデザインはそれなりに金のかかった施設のようでもあった。玄関前に着けたそらいろは


 「車、奥に止めてくるから。空是君は先に入ってて」


 と空是を置いて車を奥に走らせていった。


 「先にって…僕だけで入れるのかな」


 やむなく玄関に向かった。玄関先に掲げてある金属プレートに文字が刻まれていた。


 「ENTITY LAB.」


 「   実 在 研   」


 名称を見て首を捻る空是。意味不明な職場名にそらいろの就職先に不安をいだいた。


 玄関の自動ドアが開き、巨大なボーリングピンが現れて挨拶した。


 「ようこそ、一色様。エンティティ・ラボにようこそ」


 それは一昔前に廃れた案内ロボットだった。


 高さ1メートルほどの大きなボーリングピンに表情モニターとゴム製の三角形キャタピラがついている。


 メタアースのヴァーチャルキャラが一般化したことによって、ほとんどが廃棄か倉庫送りになったような代物である。だがこの建物では現役なようだ。


 「僕のこと…ご存知なんですか?」


 「もちろんでございますとも。本日はお越しいただき感謝しております。さ、ご案内いたします」


 「え?」


 空是はそらいろの連れとしてここに勝手に来たのに、このロボットの物言いは…。


 ロボットは言葉の自然さ、丁寧さとはまったく違う機械的なキャタピラ音を立てながら、その場で回転運動をして、建物内に入っていく。空是はそれに続くしかなかった。


 エントランスルームは天井が高く、案内ブースにも、室内にも人影はなかった。奥からも話し声は聞こえず、まったく活気がない、無人の建物みたいだった。


 「あの写真…」


 空是の目に入ったのは、案内ブースの上にデカデカと掲げられた写真。サーバールームを写した写真みたいだった。


 「あれは当館の象徴、スーパーコンピューター・在音ざいおんの写真でございます」


 キャタピラでノソノソと動きながら案内ロボットが説明した。


 「スパコンがここにあるんですか?」


 「もちろんでございます。当館はそのスパコンを運用するためだけの施設でございました。しかし寄る年波には勝てず、スパコンの時代は終わりました」


 「寄る年…SPUですか」


 空是はこの執事のようなロボットと普通に会話をし始めていた。


 「そうです。実用化された量子コンピューターと量子通信を備えた、シンギュラリティ・パフォーマンス・ユニット、SPU。その無尽蔵の計算能力がスパコンを徹底的に過去の遺物に変えてしまったのです」


 「でもスパコンを使わないってのも、もったいないですね。スパコンでもSPU一台の3%くらいの計算力があるって聞きましたけど」


 「そうです、たかだか3%…空是様、ここだけの内緒の話でございますが当館のスパコンはまだ運用しておりますぞ。じつはまだまだ現役なのです。世間的には廃棄状態として登録されておりますが、それは嘘でございます」


 ロボットはないしょ話をするために、耳打ちするかのごとく空是の直ぐ側に寄ってきたが、手も口もないため、ただ並走しただけだった。


 「そうなんですか。なんだか怪しいところに来てしまったみたいですね」


 「よい勘をしておられますな」


 僅かな照明しか着いていない暗い廊下を長々と歩かされている。外の天気は悪く、陽の光も窓からさしてこない。


 空是ならずとも怪しい研究所に迷い込んだ気分になるだろう。




 ロボットは道すがら施設の案内をした。


 食堂、誰もいないが明かりはついていた。建物のいかつさに対してリノベーションされたばかりらしく、明るい雰囲気で一流会社の社員食堂を思わせる雰囲気。


 リクリエーションルーム。こちらも真新しく、柱のない広い空間にソファーとテーブルが並び、ゲームやらテニスラケットやらの遊び道具が揃っている。壁に並んだお菓子やドリンクバーが無料であるのに空是は少し心をひかれた。


 そしてゲーミングルーム。


 広い室内に小型車をひと回り小さくしたようなフルカウル型ゲーミングブースが円を描くように9つ並んでいる。最新型のゲーミングブースは外部を遮断しゲームへの没入感を高める装置だ。中に並んでいるPCも完全にプロユース、というよりも軍事装備レベルの特注品が詰まっていた。


 これには空是もたまらず足を止めた。


 


 両開きの扉が自動的に開き、ロボットは空是を室内に案内した。そこでようやく人の喋り声が聞こえてきた。この建物は無人の廃墟ではなかったのだ。




 室内には5人の男女がいた。


 広い会議室、それぞれが自由な姿でくつろいでいる。研究所の職員という雰囲気ではなかった。学生から社会人まで、バラバラな人達だった。


 彼らの中心にまで移動した案内ロボットが言った。


 「みなさん、ようやく全員が揃いました」 「揃った?」


 空是は疑問に思う。自分は、単にそらいろの職場を見学に来ただけだ。この場所も、このメンバーも、何の集まりかもわからない。


 「一色空是君、国内ナンバーワンの”ゲームプレイヤー”です」


 ロボットの紹介に5人のうちの1人、空是と一番歳が近そうな少年が噛み付いた。


 「ゲーム?ギグソルジャーじゃなくて、ゲーマーってわけかい?役に立つのかよ?」


 「彼は最近、ギグソルジャーとして戦い始め、戦績も良好だよ」


 「最近?ビギナーの運持ちかよ」


 その少年の口の悪さと目線のきつさに、思わず空是も睨み返した。


 ギグソルジャーとしてはともかく、ゲーマーとして舐められる気はない。


 そのにらみ合いを止めずに、ロボットが続けた


 「彼はその初戦で、ロシアの風、ヴェーチェルと戦い、引き分けた」


 場の空気が変わった。さっきまで噛み付いていた少年も、舌打ちして引き下がった。


 (ヴェーチェル?引き分け?あの女戦士か)


 空是はその相手の名と国籍を、その時はじめて知った。 


 「すごいなー、あのヴェーチェルと戦って、生き残るなんて」


 背の高いイケメンが気さくな感じで言ってきた。大阪の訛りがあった。


 「それに関しては、完全にビギナーズラックです」


 空是が素直にそう答えると、かみついていた少年がまた舌打ちをした。


 空是にとっては戦いの記憶よりも、あの時にかわした言葉の方が印象深かった。どうやら彼女は、ギグソルジャー業界における有名人のようだった。


 「あの、ここは何なん…」


 空是が訪ねようとした時、扉から彼女が入ってきた。


 


 淡井そらいろ。黒いパンツのスーツ姿。衣装の所々が軍服的アレンジされ、彼女のスタイルの良さを引き立てる。黒がいつもの地味さの演出にはならず、シャープさと美しさを際立てていた。


 その歩みの美しさに、空是はしばし見とれて


 「そらいろセン…」


 と声をかけようとしたら。


 「そらちゃーん!」


 「淡井さん!」


 「そらいろちゃん!」


 「そらいろ先生!」


 5人がそれぞれに、親しげな愛称で声をかけた。


 彼のそらいろ先輩に、あまりにも親しげ、かつ、付き合いの長さを感じさせる挨拶たち。


 思わず5人を見返す。5人はそれぞれに明るい笑みを彼女に投げかけている。


 再びそらいろを見る。


 彼女も静かに笑顔を返す。


 空是に渡されたのは、6分の1の笑顔だった。


 部室ではいつも二人っきりだった。


 自宅から連絡する時も、さっきの車の中も


 いつも彼女は自分と二人っきりだった。


 それなのに…。


 そらいろは空是に特別な合図をするでもなく、6人の後ろに静かに立った。


 一番近くだったイケメンの男性が席を寄せて彼女に声をかける。あたりまえのように返事をするそらいろ。さっきまで空是に噛み付いていた少年も、すぐ側に寄って話している。


 それにも当たり前のように会話するそらいろ。


 空是は、自分の上に乗っている空気が、重くなっていくのを感じた。自分の周囲だけ気圧が上がっていく。音が遠くなり、深海に1人でいるような気分になった。




 「全員がようやくそろったね」


 ロボットが座の中心で言った。


 「ここは、なんなんですか?僕は、関係ないでしょ?」


 溜まっていたものを思わず吐き出してしまう空是。ロボットは冷徹な表情のまま


 「君も、ここにプレイヤーとして招かれたのだよ。そらいろはそれをちゃんと伝えていなかったようだね。それについては謝ろう。質問に答えると…ここがどこかといえば、エンティティ・ラボ。実在研とも呼ばれる施設だ」


 ロボットは左右を見渡し答える。キャタピラで左右回転しただけだが。


 「ここは、カレンシーAIエント直下の研究施設だ」


 「研究って、なんの?」


 知らぬのは空是ばかり、そらいろを含む6人はすでに知っているらしく平然としている。


 「ギグソルジャーの、チート戦術研究施設」


 「チー…ト?」


 「その実験部隊に君は招かれたのだよ、一色空是」


 でかいボーリングピンはいまや大物めいた迫力を出し始めていた。


 「君は…いや、あんた誰だよ?」


 ロボットは少し後退し、部屋の弱い照明の光から隠れた。


 「私は君がよく知るモノさ」


 暗闇から謎めいた言葉を投げかける。空是はここが危険な領域だと感じはじめていた。世界の端、いや世界とメタアースの境界線上…。


 「どこにでもあり…どこにでもいる…」


 「だから!あんたは、誰なんだ?」


 空是の叫びにロボットは満を持して答えた。


 「私はエント。君たちの世界の、三分の一の通貨を支配しているAIだ」



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