第五話

05‐01「失調ドライブ」


 「で、君はそこからどのような教訓を学んだのかな?」


 部室の机に座り東京での出来事を聞いていた淡井あわいそらいろは、薄情にもそう聞いてきた。




 東京襲撃の後日の部室である。


 いまだ復旧がかなわない誠心高校は生徒の自主登校と自主学習のために教室を開放し、心ある生徒たち(6割)がそれに参加するために登校している。


 教師もいるため、通常の自習のように生徒が騒ぐこともなく、日常を取り戻すための一歩として参加している。


 その昼休み、Eゲーム研究会部室に、東京でひどい目にあった一色空是とそらいろがいた。空是は片手にパンを持ち、そらいろはすでに昼食を済ませていた。


 東京での一連の出来事と、300万エントもの大金を失ったことをそらいろに全て話し、慰めてもらおうと思ったのに、出てきた言葉は


「で、君はそこからどのような教訓を学んだのかな?」


 という冷たい言葉だった。


 あわよくば肩、できれば頭をなでてもらおうと思っていた空是の目論見は潰えた。もしかした失った金額の大きさからそれ以上もあるかもと期待していたのに…。


 そういった考えを胸のうちにしまった空是は、真面目に考えて、


 「兵士であるかぎりヒーローになれない、誰かを傷つけることしかできないって事くらいです。自分も人も傷つける」


 「そうだね。兵士であるかぎり、ギグソルジャーをやらされている限り、行く道は相手を害する道しかない、殺戮の道を歩くだけ。それは仮想空間でも現実空間でも変わらないってことね。ちょうどよかったんだよ、潮時!アバターもなくしたし、普通の学生に戻る、いい機会だよ」


 落ち込む結論だが、仕方ない。空是はすでに一般人であり続けるには、危険な領域にまで足を踏み込んでしまった。今が帰る時なのかも知れない。


 「あとは、大金持ってバカみたいにうろつかないこと」


 「そこは特に反省してますよ!とっとと母さんにわたしておけば…あぁぁぁぁー!」


 失った金のことがフラッシュバックし、頭を抱える。


 「覆水盆に返らず…昔の人はいいこと言うね。で、くうぜ君は今後どうするの?我が身を悔いて坊主にでもなる?」


 「なりませんよ。…ちょっと、考えてます。落ち込んでもいますし。お金は欲しいけど、それだけで続けるわけにはいかないって分かったから」


 「空是君の才能から言えばギグソルジャーという選択はベストだけど…合ってないと思うよ、空是君はやさしいから」


 「そ、そうでもないですよ」


 思いもがけない褒められに戸惑う空是。


 「学校を襲われた日だって、私、君には戦って欲しくないと思ってた。でも君は自分から立ち向かった。みんなを守りたいって、飛び出した」


 「いやー、それはその、人として当たり前というか…」


 褒めの連打に赤くなる空是。


 「君が変えられるのを、見たくなかったんだな、私は…」


 そらいろは、自分自身の納得を口にしたが、空是には意味がよくわからなかった。


 


 「でも先輩、現状はそんなにのんきにしていられない状況だと思いますよ」


 空是のシリアスな言葉にそらいろは内省から呼び戻された。


 「僕は先日の東京襲撃は予行演習だったと思うんですよ」


 「予行演習?首都攻撃の」


 空是は自分が感じた違和感、本戦ではない予行演習的だった戦場の空気を、そらいろに話した。


 「たしかに、空是くんが実地で感じたものなら、信頼できるな」


 「そりゃどうも」


 「だとしたら敵の考えも読めてくる。日本側の反応を見に来た…」


 そらいろはフェイスグラスで目の前に今日のニュースを並べた。日本政府の反応、市民の反応が様々なメディアで並んでいる。その投影モニターのサイズは、昔の紙の新聞を広げたようなサイズだった。


 「日本政府の反応は、怒りを表明しているが、実際的なリアクションはなにもない。電脳防衛隊というお飾りの組織を増強するとか言ってるね」


 「無記名戦争じゃ、実際の被害を隠すためのフェイクニュースを政府が投下するんじゃないんですか?」


 「まあ我が国に関しては、そういった情報戦がことごとく苦手だからね。ダミーとわかるダミー記事しか出てないね、無意味だね」


 「クラスの連中も、無事で良かったってくらいでしたね、反応」


 「ほとんどの市民がそうだね。怒り3割、ホッとした5割って感じ。そうだね、空是君がいってた予行演習説だと、被害が小さめに抑えられていた事も作戦のうちっぽいね。ほっぺたを叩いて相手の反応を見る感じ」


 「日本の反応は?」


 「頬をさすってにっこり笑ったってとこね。こりゃ、二回目の侵攻もそんなに遠くないかな」


 「その時は本戦ですね」


 「空是君はそれに参加したいの?」


 「残念ですがギグソルジャーとしてはリタイア中ですし、なにより東京に行く余裕がありません」


 今日の小遣いにも事欠く空是であった。


 空是のリタイア発言にそらいろの顔色は明るくなった。空是は自分のギグソルジャーとしての活動が先輩に心配をかけていたと、ようやく理解した。


 「じゃあ、Eゲーム研復活だね。さあ、世界の裏の変人と腕を磨きあいましょう!」


 先輩は楽しそうに言ってくれているが、空是は「普通のゲームをする」という行為にときめきを感じなくなっている自分を感じていた。


 「…ゲームの腕、落ちてるかも知れないから、リハビリしないといけませんね」


 とりあえずそう言って自分の本心を隠した。


 「そうだね、でも下手でもいいよ、空是くんが楽しんでくれてたら…あ、ごめん電話かかってきた」


 笑顔で電話に出た先輩は、通話先の言葉を聞いた瞬間、無表情になった。


 「先輩…?大丈夫ですか」


 無表情で固まっていた。どれだけ衝撃的なことを言われたら、ここまで表情がなくなるのか、会話の内容を想像して空是は心配になった。


 電話を終えたそらいろは、いきなり笑顔だった。


 「空是君、私の就職先を案内するわ」


 「え?」


 話の脈絡が飛んでいた。


 「え…っと、就職?」


 今度のそらいろは、笑顔のまま固まっていた。


 「センパイ就職したんですか?」


 そらいろは会話を再開した。


 「違う違う、卒業後の就職先。そこを見せてあげる」


 「卒業後?…センパイ、大学には行かないですか」


 空是は高校一年なので、三年生が卒業後にどういう選択をすべきかという知識がなかった。それゆえにそらいろに卒業後にどうするかという話は聞いていなかった。勝手に大学進学だと思っていたので、就職すると言い出して驚いたくらいだ。


 「さあ、行きましょう」


 立ち上がったそらいろは、すぐに部室のドアを開けて廊下に出てしまった。ついていった空是の目の前でドアはピシャリと閉められたため、空是は自分でドアを開けて廊下に出た。


 「なに焦ってんだ、先輩は?」


 そらいろはすでに上履きを変えて外に出ていた。


 「ちょっとセンパイ!待ってくださいよ」


 追いかける空是。午後の自習は諦めなければならなかった。




 学校の校門前に堂々と車が止まっていた。空是が校門に着いた時には、すでにそらいろが運転席に座っていた。


 「え、車で行くんですか?ってセンパイが運転するの」


 「乗って」


 そらいろに急かされて戸惑う空是。しかし校門には自由登校の生徒たちが行き来していて、こちらを見ていたので急いで助手席に乗った。


 電動のその車は、わずかなモーター音のみで発進した。


 動いている車の中でシートベルトを締めている空是は


 「センパイ、免許持ってたんですか?」


 返事がなく、無表情に前を向いて運転している。自分がなにか気に触ることを言ったのではないか?空是に思い当たるフシはなかった。


 (先輩は僕にギグソルジャーを辞めてほしかったと思う。だから辞めるかもといった事に怒るとは思えないし…)


 赤信号で停車している間、急にそらいろは表情を変えた。なにかに気づいたかのような驚きの表情をした。


 「あ…クソ!」


 小さく罵った。空是はビクリとした。


 「あ、空是君!…その…あの、、急にごめんね」


 いつものそらいろが放つ空気、その匂いを感じた空是はホッとした。


 「どうしたんですか、先輩?電話に出てからおかしいですよ」


 「あ~~ほら、仕事先からの電話でさ。社会人になると嫌なことが多いのさ」


 「でも先輩はまだ高校生でしょ?」


 「そう、高校生。でも内定もらっちゃったからね。なかなかノーと言えないのー」


 「半分高校生で、半分社会人?」


 「そー、キミは半分高校生で、半分ギグソルジャー?」


 「そうでした…ですね。しばらく休業。辞めると思いますけど」


 「そう、辞めるよね、あんなこと…」


 青信号に変わった。




 車は市内を走っている。


 どう見ても制服姿の女子高生が運転する車の助手席に、制服姿で座っている空是は少し落ち着かなかった。


 「免許とったんですか先輩」


 「そうそう、夏休みにね。サクっととりました」


 「言ってくれてなかったのに。夏休み、そんなことしてたなんて」


 「女子高生の夏休みには色々あるものなのよ~、くうぜ君」


 そらいろはニヤニヤしながら空是を見る。空是は少し悔しかった。自分は夏休み中もゲーム三昧で楽しかったのだが、それよりももっとそらいろと一緒にいたかった。夏休み中にはネット越しにしか会っていなかった。


 考えてみれば、学校内、というか部室以外でそらいろと一緒にいるのは、このドライブが初めてでないだろうか?


 一年と三年の壁は大きい。校内ではすれ違ったことすらなかった。


 「この車、お父さんのですか?」


 車には詳しくなかったが、なかなか高い車だと思った。


 「そう、けっこういいでしょ。自動運転中にステアリングとペダルがわざわざ動くって、マニア向けの変な車なの」


 「ジャマでしょそれ?」


 「でもそれがいいって、マニアもいるのよ」


 ハンドルを握るそらいろの姿を盗み見する。制服姿で運転席に座る姿は不思議な違和感があり楽しかった。免許取りたてとは思えない淀みない運転をしている。そらいろはなんでもできる、という空是の信頼感を強めた。


 運転席のメインモニターには速度やバッテリー量の立体映像が浮かび、「セミオートクルーズ」の文字が表示されている。車の内装は豪華で車内にもメタアース空間の投影レンズが並んでいる。どういう遊びの機能がついているのか空是にはわからなかったが、その豪華さで先輩の家の豊かさが分かった。


 (先輩のこと、全然知らないな、僕)


 今日は少しだけ知れて嬉しかった。そしてこのドライブは、それを知れるいい機会だと思った。



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