04‐03「気づかない代償」 第四話完
見ず知らずのビルの一階を走る空是。
背中にはマネキンの様な彼のアバターが憑いている。
廊下を走りながら頃合いを見て、
「アバターオフ」
発声コマンドで背中のアバターを消す。
狙っていた対象が消え、背後から敵が撃った弾が、空是の頭上をかすめてはるか先の壁に着弾した。左右に体を揺らし、弾丸が当たらないことを祈る。
後ろから撃たれた弾が、狙いを外し空是の前方の壁を次々とえぐる。
階段が見えた。
「アバターオン!」
階段を昇るために曲がった瞬間にアバターを出し、銃を敵に向かって撃ちまくる。照準は狙わず、敵の行動を鈍らせるのが目的だ。
敵の眼前に弾をばらまき動きを鈍らせた。そのまま階段を飛ばして昇っていく。
二階も飛ばし三階に上がった。
駆け上ったために息も上がる。2つほど角を曲がり、どこかの会社のリクリエーションルームの中に隠れた。
「アバターオフ」
アバターをしまって、サイズを小さくし、自分のシルエットを変える。これで敵は彼を見つけるのが難しくなる。
階段に敵兵が現れた。片足を引いているが、ジャンプだけで階段を昇ってきた。怪物のような運動能力だ。敵兵は慎重に当たりをうかがう。彼は一般人を追っているのではない、アバターを持ったギグソルジャーを追っている、油断してはいない。
空是はパーテーションの裏に隠れ、敵が去るのを祈った。
アバターは、メタアースの他のあらゆるものと同じく克明にリアルに描写される。周囲の光源を計算し、その影もフェイスグラス内に現実として描写される。
床にうつる敵兵の影が、ゆっくりと空是から離れていく。
ほっとした空是、だがその影はそこで止まった。
影はゆっくりと形を変える。向きを変えているのだ。
電子の流れを肌が感じたかの様に寒気がした。パーテーションから飛び出した。
その場に銃弾が降りかかる。現実世界に破壊エフェクトが舞う。
走り出し、後ろは見ない。すぐ角を曲がる、通路の先に吹き抜けが見えた。出口に向かっているが、ここは三階だ。
「アバターオン!」
アバターを出し、動体探知爆弾を二個、隅に放り投げる。そのままアバターを出した状態で走りぬける。
追いついた敵兵が曲がり角の向こうを走る空是を見た、一直線の通路だ。ゆっくりと狙いを定める。獲物はまっすぐに走っている、外すわけがない。
その余裕が、通路の片すみに仕掛けられていたトラップを気づかせなかった。
狙いをつけるために一歩前に出た瞬間。
両脇から爆発の炎が上がり、敵兵を焼いた。
空是は爆音に振り返らず、そのまま吹き抜けに向けて走り続けた。
吹き抜けまで走りついた。くもりガラスの柵があり下方向は覗けないが、かなりの高さがある。飛び降りなくてすんだ、と安心した空是が後ろを向いた時、煙をまとって黒く焦げた敵兵が、片足だけで飛びかかってきた。
敵兵にも、意地と執念があったのだ。
とっさに空是は
「アバターアウトッ!」
座り込みながらコマンドを発する。
背中に憑いていたアバターが上に向かって飛び出した。
敵には獲物が2つに分裂したように見える。アバターと本体。どちらを狙うべきか?
本体か?アバターか?
アバターか?本体か?
敵は純粋な戦闘能力を持ったアバターにその手を伸ばした。
手が空是のアバターの喉を掴んだ。アバターは今、空是のコントロール下にない。その体には力がまったくなかった。藁人形のように喉が潰されていく。
「うげぇ」
自分のアバターの痛みを感じるかのように空是の喉が鳴った。敵兵は止めを刺そうと拳を握る。すでに敵の武器は吹き飛んでいた。
しかし、空是の手には武器があった。
しゃがみこんだ彼の手の中に、アバターの持つ大型拳銃が現れ握られていた。
しかし、その銃の照準は人間が直接撃つようにはできていない。当たるものではない。
「ならば!」
空是はしゃがんでいたのではなかった、スタートダッシュの姿勢をとっていた。足を伸ばし体を伸ばし手を伸ばす。握り込んだ銃の銃口は敵兵の腹にねじ込む位置にまで伸ばす。
空是の手になんの感触もなかったが、メタアース内ではすでに必殺の構えが完成していた。
トリガーを絞る。フェイスグラスはその動きを捕らえて伝える。メタアース内の銃が発砲した。
弾丸が密着状態の敵ギグソルジャーの腹を貫いて裂いた。
下半身を失った敵兵は空中で絶命しようとしていた。
「取った!」
勝利を確信した。
しかし、敵兵には意地と執念と殺意が残っていた。
空是のアバターの首から手を離さなかった。さらに最後の力を込め潰す。
そして空いた左手で拳を作り、アバターのみぞおちに叩き込んだ。
最後の瞬間まで殺すことを諦めない、人間の殺意が空是を襲った。
拳はアバターの腹部にめり込む。さらに中に、内臓にまで拳は到達する。
「うぐっ」
腹を抑えて空是は膝をつく。まるでアバターと神経が繋がっているかのようだ。
実際、神経は繋がってはいなかったが、彼の携帯とフェイスグラスとは通信で繋がっていた。敵の拳から毒が流れ出した。
ウィルス攻撃が始まった。
毒はまず空是のアバターを攻撃し、続いてフェイスグラス、携帯へと毒が伝わる。
「まずい…」
空是はとっさにに自分の腹を押さえる。メタアース上のそこには彼の個人情報が、仮想通貨のデータが詰まっている。
毒が体に回った。
体に回った毒が腹部に集中し攻撃を始める。体のプロテクトはもろく弱く、すぐにヒビが入った。
腹部の防壁が決壊する。内部の赤い個人情報が崩れ去り、腹の傷から流れ出る。そのメタアースの情報を視覚的に捕らえていた空是は、自分の腹を手で押さえるが、赤い液体はそれにかまわずどくどくと体の外に流れ出た。
「や、やめて、」
彼の頭の上ではアバターが敵兵とともにくずれて消えていく。
「だめ、だめだ…」
腹の奥にある、クリスタルにヒビが入る。 パリン、と崩れた。
その輝きが血流とともに外部に流れ消えていく。
抑え込んでも、全て流れてしまった。
流れて、消えていった。
全て、彼の情報の半身も、溜め込んでいた金も、流れて消えていった。
ビルの内部に走りっていった空是との連絡が着かず、クラスメイト達の心配は募った。三階あたりで爆発音からしばらくして、吹き抜けのところに空是が顔を出した。
「おお~い、無事か~?」
宮下が大声で尋ねると、空是は
「大丈夫、もう倒したから」
と手を降った。仲間たちは大喜び。サラリーマンも家族連れもホッとしたようだ。
三階の高さから、しばらく空是は動かずに下を眺めていた。くもりガラスの柵の向こうの、腹を押さえた彼の姿は下からは見えなかった。
ようやく立ち上がった空是は下にいる仲間達に手をふることができた。
そこには、一緒に戦ってきた仲間と、勇気を出したがやられてしまったサラリーマンのおじさんと、無事だった家族がいる。
彼はその人達を見下ろしていた。
「同じなんだな、やってきたことは」
恐怖に負けず、立ち向かった人。
悲劇に襲われたが助かった人々。
苦しみをともにする仲間たち。
そして自分は…襲ってきた敵兵と同じ人種だった。
腹を抑えていた手をようやく離せた。
その手には血の一滴も、クリスタルのかけらもついていない。
なにか、腹に溜まっていた重たいものが無くなったような感覚。
彼だけが今まで無傷であった。
襲撃を受けたが、被害を受けたのは学校であり、彼の母親と家であった。彼自身は全ての戦いで勝利し、何も失っていなかった。
「自分の番が、ようやく回ってきただけなんだ」
納得したようなことを言ったが、吹き抜けを見下ろしていると、頬から流れた涙がはるか下に向かって落ちていった。
「他人を殺しても泣かなかったくせに、自分の金が無くなったら泣くのかよ」
ポタポタ落ちる涙がさらに彼を情けなくさせた。「自分は今、初めて傷つけられて泣いているのだ」それが情けなかった。
気持ちの整理がつかない空是は、仲間のもとに降りるまでに、しばらくの時間が必要だった。
東京への最初の侵攻は、およそ20分で終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます