02‐05「赤字の収支報告」 第二話完
「やったぁー!」
大声ではしゃぐクラスメイト達。漫画喫茶のブースの敷居から頭が何度も飛び出した。ブース越しに手を握り、手を振りあう。
戦闘終了までの時間を生き残り現実世界に無事帰ってきた。
報酬とともに。
空是は「人一倍働いて疲れたから」と言い騒ぎの和に加わらなかった。
「35万エント~!」
即時入金された額を見てさらにはしゃぐ。みな多少の差があれど同じ様な額のようだ。飲み放題のジュースを手に乾杯する。
「46万!」
女子の一人が自分の入金額を見て驚く。「初回キルボーナス」と「キルボーナス」が合わさって額が増えている。みなが祝福している。
空是は宙を舞って消えた個人情報の輝きを思い出す。疲れが増して椅子に深く沈む。
空是はにこやかさを装い、冗談交じりに
「それだけ稼いだんだから、バンカーブロックのワリカン代金、ちょっと多めに出してもらおうかな」
と言って周囲を少しだけ笑わせた。これも自分の仕事のうちだと分かっていた。すぐに全員が等分した額を自分に入金してくれた。戦いの感想を言い合っている仲間たちから離れて、空是は一人でエレベーター前エントランスの椅子に腰掛けた。深くため息をつき、フェイスグラスで自分への入金額を見る。
「32万エント」
初回参戦ボーナス込みでも、他の仲間より少なかった。それはいい、問題ない。撃たなかったからだ、人を。誰も殺さなかった。
だが、それでいいのか?
殺さなかったから、自分の手は汚れてないとでも?
自分は個人の人生を破壊しなかったが、ある施設のサーバーとクラウド情報を破壊し、そこの数年、あるいは十数年の成果を無にした。それは数百人数千人の人生を傷つけたことになる。
殺さなかった、より酷い事をしたのではないか?
そう思っても、実感がわかない。全てはモザイクの、ぼやけて変形した風景の向こうにある。どこの国かもわからない、誰の世界なのかもわからない場所でのこと。
現実であるかすら怪しかった。
頭の中が重くなり、うつむいた頭部がズンと下がる。
「お疲れのようね」
女性の靴が見えた。聞こえてきた声の主の脚だ。
「そらいろセンパイ…いたんですか」
「おつかれ」
まったく気づかなかった。エレベーターの開く音も聞こえないほど落ち込んでいたのだ。
「大勝利みたいね」
そらいろは漫喫内でまだ騒いでいるクラスメイトを見て言った。
「全員生還。たいしたもんでしょう」
空是は心なく自慢した。
「にしては、浮かないね?」
「…額が、ちょっとね」
嘘をついた空是は自分への入金額をそらいろにそのまま見せた。
「君は、まあ、いろいろぶっ壊したけど。軍事関連施設だったからね。エント側としても認めたくはなかったんでしょ。ボーナス与えたらエントが攻撃を推奨したってことになる。だからまったくのゼロ。お咎めもなしってとこで結果はイーブンって感じかな」
数字を見ただけでそらいろはスラスラと解説してくれた。そんなそらいろを空是は下からすがるように見ていた。優しく賢い先輩の姿を。
「でもまぁ、十分ありがたい額でスけどね」
強気に言ったつもりだった空是、だが言葉の最後が自分でもわかるくらい鼻声だった。
取り繕うとしたが、言葉を出すたびに声は震え、鼻がでる。涙もぼろぼろ出てしまう。
「あの、すみません」
「ごめんね、空是くんがなんで泣いているのか、少しは分かるつもりだけど。慰めてあげられなくて」
「いいんです。こっちの、僕が勝手に泣いてるだけですから」
そらいろは肩に手を置くことも、涙を拭くこともせず、ただ見ていてくれている。空是は目を拭き、鼻を吹き。なんとか自分を取り戻した。
「ふー、すみません…」
「いいよ。真面目に考えると、泣いちゃうよね」
奥の騒ぎが大きくなり、こちらに近づいてくる。
「空是、これからみんなでファミレスいくんだけど?」
楽しそうに宮下が聞いてきた。散財が約束された飲み会だ。
「ここの鍵閉めがあるだろ。行ってこいよ!」
空気を壊さないように明るく振る舞う。薄暗いエントランスなので空是の赤く腫れた目は見えないのだろう。
了解したみんながエレベーターに乗っていく。みな空是に手を振り、一礼した。エレベーターの扉が閉まり、漫喫内は空調の音だけが響く空間になった。
全員が去ったのを確認したそらいろが暗がりから姿を現した。空是といるのを冷やかされるのを避けたのか。
「で、空是くん、これからどうするの?」
突然の質問に、おもわずドギマギする。
「え、えっと、その店主に連絡して戸締まりしてもらった後は…その…フリーですけど…?」
なんとか精一杯、目の前に垂らされた糸をつかもうとする空是。
ため息をついたそらいろは
「そうじゃない。ギグソルジャーとしてどうするってこと」
「あ、あ~~。そうですよね」
頭を冷やして、瞬時に熟考する。
考えても考えても、道は一つしかなかった。
「やります。やるしかないです」
まだ、額が足りない。お小遣いとしての額ならもう十分だが、家族のための額としてでは、これでは足りない。自分の中のなにかを削ってでも、金を得るのだ。
「まあそうだろうね。それしかないよね…」
ソライロ先輩は空是には読み取れない複雑な表情をして天井を見た。
「今日はもう帰りなさい。店主さんにお礼もあるから、鍵は私がやっとくから」
「え、でも一緒に…」
「いいから、帰りなさい!」
エレベーターに追い込まれる空是。閉まるドアの僅かな隙間からでもそらいろの姿を見続けたが、最後に見えたのは店内の暗がりだけだった。
帰宅した空是は、母をリビングのテーブルに呼んだ。テーブルの上には入金額を表示した携帯を置いてある。
「これ、こないだの学校でさ、僕、すごい活躍したんだ。その…ゲーム得意だろ?昔っからゲームばっかしてて。それでみんなを守ったんだ、ゲームで、戦って…。
そしたらエントが防衛協力金としてくれたんだ。母さんに全部あげるから、使って」
嘘をついて、金を渡した。
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