02‐04「戦場を駆けて」


 どことも知れない国。


 どこともしれない戦場で。




 「なんでこんなに攻撃が激しいんだ!」


 破壊音に負けないように大声で宮下が叫んだ。たしかにこの反応の過大さは異常だ。空是はボーナスが付かない、どこでもない一地点を選んだはずだった。


 駐車場、大型のコンクリの車止めがクッキーのように砕かれ安全地帯が減っていく。みなすり寄るように身を寄せ合い弾を避ける。男子や空是が反撃を試みるが、ブロックの上に銃口を乗せて空を撃つくらいしかできない。


 それほど過激な反攻を受けていた。


 誰もが、自分が来たところが間違いだと思っていた。帰りたいと叫びたい気持ちを必死で抑えていた。


 突然、空電混じりの通信が入った。


 「空是君、無事?」


 淡井そらいろだ。彼女の無線通信が入った。


 「先輩!なんで?戦闘が始まると外部からの通信ができないって言ってたのに」


 「社会にはいろいろな抜け道があるのよ。いくらか払えば、できないことはない」


 戦場で聞く彼女の声のなんと嬉しいことよ。それだけで空是の中で死んでいた強い意志が蘇った。


 「空是君達、やばいところに降りたみたいね」


 「そんな、なんのポイントにもなってないとこなのに!」


 「そこはね…あ~言わないほうがいいか。某国の軍事研究開発の拠点ビルの前なの」


 「え?」


 「基本的に各国の軍事施設とその関係機関には攻め込まないことになってるの。軍隊を攻撃するとさすがに面倒が多いからね」


 音を立てて大きなコンクリ破片が飛んだ。安全地帯がさらに狭くなる。


 「その反撃の強さも当然、軍関係の建物を襲撃されたと思っている。でも大丈夫、大して大きな国じゃないから」


 「くにー?」


 「そう、国、国家。そんな事はどうでもいいから」


 「よくないでしょー!」


 「いいから、装備請求でバンカーブロックを呼びなさい。早く!」


 言葉の勢いに押されて、空是はメニュー画面から装備請求を選ぶ。様々な武器や装備を投下デリバリーするサービスだ。当然ながら無料ではない。


 《バンカーブロック 60万エント〉


 「たかいっ!」


 「いいから押せ!金さえ払えばなんとかなる!借金しろ!」


 先輩のとんでもないアドバイスが戦場に響く。


 60万エント、当然ながら空是の貯金にその額はない。この出撃で稼ぐ予定の額を上回っている。


 「あとでワリカン!」


 そう叫んで注文ボタンを押した瞬間は、戦場に降下をする瞬間よりも恐ろしかった。


 彼の預金額がマイナスを刻んだ。


 その瞬間、はるか上空で破裂音がした。乗用車サイズの物体が目の前に落下し、どでかい衝撃音をたてた。


 四角い黒い金属の盾を6つ装備した折りたたみ傘のような物体。


 その傘が横に展開し即席の掩蔽壕を作った。


 強襲した部隊の橋頭堡を作り出す、バンカーブロックがデリバリーされたのだ。


 「中に入れ!」


 すぐさま7人の高校生は中に飛び込んだ。銃撃はさらに激しさを増したが、鉄壁の防御が彼らを守っている。内部には予備弾倉も豊富に用意され、この場での持久戦を可能にしている。一呼吸できた仲間たちが、外部に向かって射撃を開始した。中で縮こまっているためにここに来たのではなかった。


 「センパイ!これでなんとか持ちそうです」


 「はぁ?何言ってるの。そんなのであと二十分も持つわけ無いでしょ」


 全隊撤収の時刻、ゲーム終了の時間までたしかに二十分あった。そこまで生き残らなければ意味がない。


 「でもここで持久戦を…」


 「どんどん敵が集まってきてるのよ。なんでかわかる?そこが軍事施設だから。守りきれば防衛ボーナスがつくの。わかる?」


 「え、ええ・・・」


 そらいろの押しの強さに引く空是。


 「つまり、君たちがソコにいればいるほどボーナス額が上がって、ソレにつられて敵が集まる。それがインセンティブの仕組みなの。どうすればいい?」


 できの悪い生徒に対する教師のように、そらいろは聞いてきた。空是はしばらく考えて、考えぬいた答えを言った。


 「軍事施設を落とす…落とされた段階で防衛ボーナスは無効になり、インセンティブ目当てのほとんどの連中はこの場を去る…。敵兵が減れば時間まで耐え凌げる…」


 「正解!」


 「そんな…」


 「そして補足、落とすのは君1人でやりなさい。他の子を連れて行っても足手まといでしょ」


 「そんなー!」


 空是は、壕の中にいるクラスメイトに作戦を伝えなければならなかった。


 


 全員に説明する時にはひと悶着あった。それはそうだろう、唯一のまともな戦力が別行動をすると言い出したのだから。なんとか説得し、行動を開始した。女子が装備していたスモークグレネード発射装置が役に立つ時が来た。


 彼女は上手く「軍事関係の建物」の入り口までの間に、距離を調整してスモークグレネードを並べることに成功した。安全な煙の道を作り出した。空是はみんなのすがりつくような目線を振り切りバンカーの外に飛び出し、煙のトンネルに入った。


 煙の中は、安全と思った。だがすぐに敵兵たちは煙に対して闇雲に発砲し始めた。


 まるで左右から針が飛び出してくる、トラップのトンネルだ。交わすことを考えず(考えても無駄である)ひたすら走った。走りながら空是は自分の幸運を祈った。


 無傷で走り抜けることに成功したのは、彼の幸運が左右したからではない、彼のアバターの速力が高く、射手たちの予測を上回ったからだ。


 自動ドアが開かなかったため、ガラス窓にそのまま突入した。


 ノイズのような悲鳴が上がる。中にいた女性?男性? 人間たちが、フェイスグラス越しに空是のアバターが、無法にドアを蹴破り飛び込んできたのを目撃したからだ。


 飛び込んだ空是は目標を探して右往左往した。十階建ての建物、それに致命傷を与えるポイントはどこか?そんな事、すぐに分かるものではない。


 彼の眼前のモニターに映るものは、インセンティブの数字がついた獲物たち。モニターには人間が獲物として表示されている。


 殺せば、金に替わる。


 「くそっ!なにやってる!」


 右を見ても左を見ても、無抵抗な獲物。自分の手ある銃器は、それらをたやすく換金できる道具だ。その状況が彼の判断を曇らせた。


 彼のアバターの肩装甲が銃撃を受け弾けた。


 警備員がメタアース内のアバターを出して攻撃してきたのだ。


 目が醒めたような空是は自分のステータスを確認する。敵の撃ち込んだウィルス弾頭は威力が低く、かすり傷と言っていい。耳にそらいろの声が聞こえた。


 「空是君、ナイフを出しなさい。そのナイフは非致死性のハッキングツールにもなる。その警備員に刺して施設の情報をハッキングするの」


 腰から抜いたナイフを回転させ構える。警備員の打ち出す弾丸を次々とかわして、あっというまに接近し、彼のアバターの脳天にナイフを突き刺した。


 ナイフの刃が変形し脳内に広がり、必要な情報を瞬時に盗み出す。


 空是の目にはアバターの脳内の情報と、体にある本体の個人情報が見えた。クリスタルのように輝く個人情報と所有仮想通貨情報、彼の人生の記録を収めたクラウドのストレージ。全てが手に届く位置にある。その輝く物質は、あまりにも脆そうだった。


 それには一切手を付けず、脳内の情報だけを抜き出した。サーバールームの位置だ。


 空是はナイフを抜いて敵アバターを投げ捨てる。動けなくなった敵のアバターとその影のように透けて見える本体の人間。こちらを見ながら倒れ込んでいる。目線は隠れているが恐怖していることは間違いない。


 教室で、生徒たちは涙を流していた。


 瞬間、攻撃を受けたクラスメイトの姿が脳裏をかすめた。


 空是はそのガードマンをほおって内部に走り出した。




 建物外に待機している高校生たちの戦闘は続いていた。建物内に空是が入ったことは確認したが、その後の連絡が途絶えている。空是を追おうとして出てくる敵兵を威嚇し、建物に近づけないようにしているが、いつまで持つかはわからず、みな不安であった。




 サーバールームは8階だった。これを破壊されればこの建物を守る価値がなくなる。その時点で防衛ボーナスはなくなり、敵兵のモチベーションは一瞬で底をつくはずだ。 


 エレベーターか階段か、迷ったが階段にした。アバターの移動に体力は関係ない。むしろエレベーターの方が閉じ込められる危険性がある。階段を信じられない速度で駆け上がり、サーバールームの電子ロックを蹴りの一発で破壊した。


 サーバールームに飛び込んだ空是を待っていたのは、金属の拳によるパンチだった。


 入ってきたドアから逆に飛ばされ壁に激突した。ブロックノイズの視野の中に、機械の蟹のような大きなモンスターがいた。


 「なんだこれ?」


 「AWG(アンチ・ウィルス・ガーディアン)。自律型のアンチウィルスソフト。旧型よ、がんばって」


 そらいろセンパイが丁寧に教えてくれた。


 空是の撃った弾丸は表面で弾かれた。蟹のくせに前歩きも早い。2発目のパンチをくらい壁にめり込む空是のアバター。


 プログラムのくせに殺意がある。それに的確だ。壁から崩れる動きに回転を加えて、敵モンスターの下面に潜り込む。下から銃撃を加えるが、跳ね返った弾で自分を傷つけただけだった。


 そのまま敵のケツから逃れ、少し距離を取る。その間も銃は撃ちっぱなし。手榴弾も投げ込むが、やたらに硬い。ただ硬さはともかく攻撃手段は両手のパンチだけと乏しかった。これが旧型ということなのか。


 側面に回り込んだ時、前進とはまったく違う速さで横歩きしてきた。それは突撃してきたと言っていい速度だった。何本もの脚に空是の足を轢かれて絡め取れた。動けなくなった所をさらに殴られた。何発も何発も拳を食らった。アバターの顔面が裂け、血のようなエフェクトがついに飛び出た。ダメージをおっている。血に興奮したかのようにモンスターの拳の速度が、回数が増す。


 「空是くん!」


 そらいろ先輩が心配の声を上げるが、空是本人はフェイスグラスの赤い光で血まみれになりながらも冷静であった。


 「大丈夫ですよセンパイ、もう、終わりますから」


 蟹モンスターの拳が減速し、空是の顔の前で止まった。空是は絡めあっていた蟹の脚の関節部に、深々とナイフを突き立てていた。


 「非致死性のハッキングツール」


 アンチウィルスプログラムにハッキングを仕掛けていたのだ。結果は、


 モンスターが崩れ落ちる。その体は崩壊し、粒子となって消えていく。


 「さすがに、たいしたものね、空是くん」


 立ち上がった空ぜのアバターはその顔についたダメージ表現を払った。


 


 大量の銃撃を浴び防御壁は穴だらけになっていた。雨漏りする屋根のように弾丸が飛び込んでくる。その状況でまだ反撃をできる者、諦めて涙ぐむ者、高校生たちは瀬戸際に追い込まれていた。


 その時、前方ビルの上層階のフロアが爆発で吹き飛んだ。その爆発を受けてメタアース内での生命的な輝きをまとっていた建物の光が消えた。建物自体が死んでしまったかのようだ。


 建物の死を見たためか、攻撃の火線が目に見えて減った。すぐに射撃の量が十分の一になり、どんどんと手抜きになった。


 本気の殺意が周囲から消えた。周りを見ると、ボーナスが取れる次の獲物を探して移動を始める兵士たちの姿が見えた。


 自分たちは「美味しい獲物」ではなくなったのだ。それが実感でき、学生兵士たちはホっとした。緊張がとけマウスの震えがアバターの震えとなって現れ始めた。周り戦友を見て生き残った実感を感じあった。


 ビルの玄関から出てきた空是は、周囲を警戒しつつ壕に戻ってきた。クラスメイトはみな歓迎したが、その顔の大きな傷に驚いた。 「ダイジョブです」


 仲間から肩を叩かれながら、壕に設置されていたケアパッケージで修復をした。その間も散発的に銃撃は飛んできていたが、無視できるほどだった。


 一仕事を終えた空是は、これでみんな無事に帰れると思った。




 「わぉ、当たった!」


 壕の外に向かって撃っていたクラスメイトの女子が言った。弾が相手に当たったと。空是が見ると倒れ込む兵士の姿が見えた。腹部に2発、遠い距離なのによく当てた。その敵兵の腹部から、キラキラとしたクリスタルの粒子が周囲に舞っていった。


 「この戦争には大きな非対称がある。攻撃を受ける側は個人情報の破壊や貯金の破壊などの大きなリスクがあるのに対して、攻撃側はほぼローリスクなの」


 そらいろ先輩の言葉をまた思い出した。


 キラキラと輝く粒子が空に消えていく。あれは、誰かの人生にとって大切なものだ。


 「やった!やった!」


 撃った少女も周りのみんなも喜んでいる。


 そのクリスタルの輝きは、母が流した涙の輝きを思い出させた。


 みんなが周りに向かって撃ち始めた。


 「反撃開始だ!」


 全てがゆっくりに見える。粒子は最後の一欠片まで消え去っていく。


 空是は、何もしていないというわ訳にはいかなかったので、撃つふりをし続けた。誰にも当たらないように。何も傷つけないように。弾を空に放っていた。


 


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