02‐03「無記名戦争」


 秘匿回廊を進むハッキングクラフト「XSS揚陸艦」


 戦場に到達するまでの時間、この船内のロビーには作戦に参加する全てのギグソルジャーが集まり待機していた。


 歴戦のギグソルジャーから初心者まで、全てのレベル帯の兵士が一同に介しているため、内部はけたたましいほどに騒がしかった。


 戦闘前の高揚感が全員をやたらと勇ましく軽口にさせている。実際の負傷や死がない仮想世界での戦いだ。恐怖に震えダウナーになるということがないのが、この戦争の特徴なのか。


 ひたすら腕自慢、戦果自慢をする兵士たちが中央に集まり大騒ぎしている。武器を取り出しいたずらに発砲しているが、ロビー内では威力が発揮されない設定になっている。それから外れるように壁際にいるのは中級者チーム。落ち着き、連携の確認をしている。さらに外れて1人でいるのが上級者たち。彼らは群れずに単独で戦果を上げるのを好む。


 そしてロビーの隅に震える子鹿の様な、か細い兵士たちが寄り集まっている。


 初心者。完全なるルーキー。


 高校生チームだ。


 湧き上がるロビーの空気に完全に飲まれている。お互いを励まし、上手くいくと何度も言い聞かせあっていた。


 みなが自分の装備の自慢して盛り上げようとしている。得意武器をセレクトし、搭載量の限界まで武器や装備を持つ「ジャンプパットはいらないだろ~」「スモークグレネード発射装置でかすぎない?」「スナイパーライフルごついなー」 なんとかいい空気を作ろうとみな空元気で必死だった。


 彼らの本体は例の漫喫の個人ブースに1人づつ収まっている。ソファーに腰を深く沈め、空是直伝のプレイスタイルを真似ている。


漫喫の入り口を開け、電源を入れてくれた店主はそのまますぐに姿を消し、この場にいるのは高校生7人だけだ。


 危険な課外授業。いや、少し前の時代なら単にサイバーテロと呼ばれていた行為が、誰からも非難されない戦争という形で一般化され、推奨さえされているのが現在の世界だ。


 「なにも…何も恥じることはない…」


 空是がつぶやいた言葉もマイクが拾い、メンバー全員に聞こえてしまった。それぞれが答えずに頷きあう。ここまで来てしまったのだ。全てを正当化しなければ進めない。


 ロビー内の温度が上がる。このゲームに気温を感じるシステムはない。だがそこにいるプレイヤー達の熱量はひと目ですぐに分かる。プロバスケットボールの決勝戦、テレビ中継される映像を見るだけで、選手の熱気は伝わるように。フェイスグラスのフルフェイスドモードは視界全てをゲームの世界で覆い包み込む。高校生全員の体温が、その映像の熱気に煽られ上昇した。


 ロビー内の中空にモニターが現れ、模式化されたシンプルな地図が表示された。


 一度歓声が上がって、すぐに静かになった。


 「なに、なに?」クラスメートの質問に宮下が答えた。


 「今回の作戦の侵略目的地のマップだよ。どこに降りるか、みんな考え始めてる!」


 降下までの時間は残り少ない。この短い時間で降下地点を決定しなければいけない。バトロワゲームの基本設定が、この戦争ゲームにも生きている。


 重要情報である戦域マップがこのギリギリまで公開されないのは、情報漏えいによる奇襲失敗を避けるためである。参加自由なこの作戦、スパイやチクリ屋が入る可能性も高い。そのため発表は降下直前で、さらにマップ自体も簡略化され情報の詳細は消されて、マップそれ自体から国や地域の特定を困難にしている。


 「どうする?」


 宮下が降下地点の選定を空是に預けてきた。他のメンバーもそれに同意している。たしかにゲームの経験が桁違いに多い空是に任せるのが賢明なことではあるが、メンバーの運命を背負わされていい気分にはならなかった。


 マップを見上げると、市内のそこかしこにポイントが有り、制圧ボーナスの金額が書かれていた。


 「あのあたりの高ポイントな所は避けよう。激戦区だ。点数が高いってことはそれだけ抵抗が強いはずだし」


 みなが自分の意見に素直に従う。それはそれで戦闘部隊リーダーのようで、いい気持ちが少しわいた。


 「僕らの目的はまず生存して参加ボーナスを稼ぐ。そしてできればみんな少なくとも…」


 1人と言いそうになって言葉を変えた。


 「なにか一つ壊してポイントを取る。これで初参戦と初キルのボーナスがもらえる。それで…良しとしよう!」


 みんなが大きくうなずいた。それさえやればいいんだと、目的が再確認された。


 ロビーにブザーがなり室内のライトが赤一色に変わった。


 作戦領域に秘匿回廊が繋がり、ハッキングクラフトが不正規侵入した合図だ。ガタガタと船が揺れ、デジタルなブロックノイズが視界に現れる。秘匿回廊を通ったことにより、全てのギグソルジャーの身元が隠される。倒されない限り露見はしない。


 レッドライトが消え、艦の揺れも収まった。秘匿回廊を完全に通過し敵領域に突入した。


 今、彼らは身元不明の侵略部隊になったのだ。


 両側の壁が開き、XSS揚陸艦の部隊投下準備が開始される。開いた壁の向こうには地平線が見え、その下に街が広がっている。


 メタアース空間に穴を開けて現れた揚陸艦は、メタアースの街の上空に浮かんでいた。


 クリッピングフィールドがすでに展開している。まずメタアース内に脱出不能の空間を作ってから艦を突入させる。一連の戦闘手順が次々と消化されていく。最後は、部隊の投下だ。




 艦に開いた降下口から冷たい空気が大量にロビー内に流れ込む。もちろんこれは人間が視覚情報に騙されたエラー感覚なのだが、たしかにみな、その冷たい戦場の風を感じていた。


 「ヒャッハ~~」


 次々と降下を開始する手練のギグソルジャーたち。手慣れたものだ、まったく躊躇がない。上級者たちはまだ動きを見せないが、中級者以下のほとんどの者がどんどんと降下口に飛び込んでいく。


 タイミングを測りかねていた空是だったがついに


 「全員オレについてこい!」


 叫んで走りだした。それに続くクラスメイト達。空是の考えは「なるべく多くの人に紛れ込み、安全を確保する。それと早期に飛び込めば対空攻撃が薄いのではないか」という二点のみだった。


 一つの降下口から全員が外に飛び出した。


 空、地平線……街…!


 赤い光




 たいくう…対空攻撃!




 地面から幾筋もの光が立ち上ってくる。ハッキングクラフトにも着弾するが、船自体はクリッピングフィールドと同じ種類の耐ウィルス防御されているため攻撃は通らない。だが、降下を開始したギグソルジャーには通じた。パシっと消し飛ぶように、遠くを飛んでいた兵士が消えた。生身のギグソルジャーに重機関銃の弾が当たれば、ひとたまりもない。


 パパパパと乱射される地上のあの砲塔は、誰が動かしているんだろう? 空中を浮かぶように飛んでいる空是はそんな事を考えていた。そんな彼の頬をかすめて対空機銃の弾丸が飛んでいく。仮想の驚異を実感し、生身の肉体が肝を冷やす。弾丸が逆さまになった雨のように降ってくる。


 今までゲームで対空砲で狙われることも、街に降下することも、いくらでもあった。なのに、なんだ?


 「この圧は!」


 街が、世界全てが僕たちを拒否している、という感覚。その圧倒的なプレッシャーは、ゲームでは感じたことがなかった。ゲームで感じたプレッシャーとは、一対一、せいぜい一対十の…弱弱しい敵意、ネットの向こうの遠い怒りの声だったのに。ここは…街全てが怒りと恐怖で咆哮している。


 「早く…降りて…」


 クラスメイトの女子の弱々しい声がマイクを通じて聞こえた。落下の風切り音と対空砲の爆裂音が鳴り響く中、クラスメイトの小さな声も耳に届いてくる。


 「みんなは?」


 ようやく他のメンバーに気を回せる余裕が出てきた。モニターにはパーティーを組んだメンバーの状態が表示されている。6名全員異常なし。ただし、全員が無防備に落下中。


 「俺に続けェ!」


 叫んで空中を滑るように移動する。銃撃の雨の中、危険な滑空を繰り広げる。決めていた降下ポイントまで空中を移動しなければいけない。視界に入らないメンバーの位置はモニター上に矢印と距離で表示される。距離は離れていかない。みんなついてきている。


 街の上を飛びながら建物を見る。


 「ここは…どこなんだ?」






 「君に残念な事を教えないといけない。なぜこの戦争が、無記名戦争と言われているのか、その理由を…」


 あの日、部室でそらいろ先輩はそういった。


 「なぜ無記名戦争なのかを…」




 その理由は、その訳は、今、空是に見えているこの景色にあった。


 建物に書かれたビルの名前が読めなくなっている。


 ランドマークタワーと思える建物にジャミングがかけられ、デザインがわからなくなっている。山の形が不定形になっている。


 空是はさらに落下する。


 見えてきた看板が全て、読めない文字に変換されている。


 交通標識も信号もマスキングされ変形されている。


 地面に着地した。次々と仲間が着地する。そして、みな呆然とあたりを見ている。


 逃げ惑う、人の顔がぼかされ変形され、肌の色も変えられている。


 喋る声も悲鳴も、変換され言葉の形が崩されている。クラスメイトの誰かがつぶやいた。


 「どこ…ここ…?」


 空是も同じことを考えていた。






  「どこに攻め込んでいるのか、誰を傷つけたのか、わからないように情報加工された戦場で戦うの」


 そらいろが言った言葉の意味がようやくわかった。


 「ギグソルジャーが、一般市民が戦争に参加できるように、AIは入念に気を使ってくれている。全ての視覚情報が加工され、音声情報はノイズに変えられる。あなたは、どこの誰ともしれない人と、どこの誰ともバレない状態で戦うことになる」


 射撃音が聞こえたため、呆然としていたクラスメイトを引きずり下ろす。建物側に寄せ、全員に防御態勢を命じた。弾が壁に当たりデジタルの破片を飛ばす。こちらを狙っている。


 空是の中でそらいろの言葉が続いていた。


 「そして…そして…ね、空是君。先日、私達を襲った人たち、君のお母さんを傷つけた人たちも、誰を傷つけたのか永遠に知ることはないの。そして、君がギグソルジャーとなったとしても、君が復讐を果たすことはできない。あなたが向かうことになる戦地は、復讐ができる場所じゃない。戦略AIが選んだどことも知れない場所で、誰とも知れない人達と、戦うことになるの」


 壁に当たる火花の数が多くなる。


 誰が撃っている?


 誰を撃っている?


 何もわからない。


 「円陣防御ー!」


 「そしてあなたは、だれでもない。秘匿された無名のギグソルジャーになる。


 この戦いに勇ましい戦旗はなびかない。


 お互いに秘匿された、無記名の旗を掲げて戦い合う。誰と戦っているのかも知らず、そして自分自身が誰であるかも知らせず。


 無記名戦争。これが今起こっている戦いの名前。それだけは、世界のみんなが知っている…」


 7人の高校生の周りに着弾の火花が弾け続ける。着弾のエフェクトが幾重にも重ねがけられ飽和を起こす。


 誰かの悲鳴もその飽和の一部となる。


 壁と地面が同時に削れていく。


 逃げられない。


 逃げて死ねば、己の正体が世間に暴露される。


 世界に、自分の名前がばれてしまうのだ。




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