02‐02「ブートキャンプ」
「というわけで、君たちにはこれから一週間、ゲームの基礎をやってもらう。目標は海外派兵で生き残ることだ。そのための技術をこの一週間で覚えてもらう。わかったか!」
『はい!』
ここは今先市の外れにある漫画喫茶。
空是は慣れない教官という立場を演じていた。
空是とその友人、合わせて7名が貸し切りの漫画喫茶のエントランスに集合している。空是の友達である宮下を始め、彼のクラスメイト男女混合チーム。空是と話したことがないような女子もいる。集まった彼らの共通事項は、
「家を戦火に焼かれた」
ということである。
実家が被害にあい、家族の貯金の大部分を失った…生活が困窮に向かっているクラスメイトばかりである。そんな彼らにとって一回二~三十万エントという「海外派兵」のインセンティブは、あまりに魅力的であった。
高校一年という身分の彼らにも可能な、稼げる手段として、戦争があったのだ。
そしてなにより、怒りという最大のモチベーションがある。「自分たちがやられたことをやり返して何が悪い」という思いがあった。同じことをするだけ。
「他人の生活を破壊することで、金をもらう」
同じことをするだけだ。
「この戦争には大きな非対称がある。攻撃を受ける側は個人情報の破壊や貯金の破壊などの大きなリスクがあるのに対して、攻撃側はほぼローリスクなの」
前日の部室。
宮下からの電話を受けた空是に対して、そらいろがギグソルジャーの海外派兵について説明をしている。
「攻撃側は敵国で負けて死んでも貯金が消えるわけじゃないし、個人データの破壊はない。溜め込んでいたゲーム内資産が消えるのと、あとは個人アドレスが露見した場合は敵国のブラックリストに載るくらいね」
「ずいぶん違うんですね」
「そう、この攻撃側有利というのが、報復攻撃の心理的ハードルを大きく下げている」
「つまり、やられた側がやり返す…その繰り返しで戦火が広がると」
空是の意外な理解の速さにそらいろは満足げな顔をした。
「この中でFPSの経験がある人?」
空是の質問に6人中3人が手を挙げる。男2女1、半分がまともにゲームもやっていない。それを戦場で生き残れるようにしなければいけない。
「大変だなこりゃ」
空是は聞こえないようにつぶやいた。
「まずプレイ経験がある者が無い者に一対一で基礎を指導してください。初日で基本を覚えてもらい、部隊の基礎を作ります。それでは、各ブースに二人一組で入ってください」
男女別に3チームができ、漫喫の二人用ブースに入っていく。全てのブースにゲーミングPCがある漫画喫茶はブートキャンプに最適な場所だった。
空是には漫喫の二人用ブースに恋人と入ることを想像したことがあり、その相手がそらいろであった事が何度もあった。
だが、そのそらいろはこの場にはいなかった。この漫喫を一週間にわたり貸し切ってくれたのはそらいろであるのに。
「ねぇ、ほんとにその子達が戦場に行くのを手伝うの?」
圧をかける時のそらいろは、そのきれいな顔を押し付けるように近づくので空是としては顔を下げるしかない。彼はそらいろに対してもっと大きな質問があったのだが、それは後回しにした。
「僕が…僕が止められることではありません」
友達が戦争に行って金を稼ぎたい。傭兵稼業をしたい。現代の言葉で言えばギグワーカーならぬ「ギグソルジャー」になりたい、というのを友人だからといって止めていいものだろうか?
空是は止められないと思っていた。
なぜなら彼らには自分と同じ動機があった。
「やられたからやり返す」
それが理解できるから、止める気がわかなかった。
「お金が必要なんです。あいつらも、切実です」
そらいろはため息をつき、腕を組む。彼女の腕に絞られた胸が浮き上がる。しばらく悩んだ後で
「わかった、協力してあげる」
彼女はそういった。そして、自分にはいろいろコネがあるとも。
そうしてこの漫喫が丸々貸し切りになったのだ。
いくら流行っていない店舗とは言え、昨日の今日で貸し切るとは、そらいろのもつコネとはいかなるものか、空是には想像のしようもなかった。
各ブースを回る時、自分が教師たちと同じ様な動きをしていることに気づき、空是は面白かった。ブースを覗いては一言二言いっては次に移る。それを繰り返す。
教官という立場は新鮮なものだったが、責任のプレッシャーもあった。なによりゲームのド素人までいる状態だ。しぜんそのチームに付きっきりになり、手取り足取り教える羽目にもなった。
一生懸命教えていると、教わっている女子生徒が涙目になり、やがてボロボロと涙を流し始めた。
自分が厳しく言い過ぎていたことに、空是はようやく気づいた。教えることも教わらなければいけなかった。
そらいろは再び大きなため息をついた。
「そんなに心配なんですか」
「そんなに楽観的なのをあきれてるの」
「楽観的ってわけじゃないです。僕の目論見としては、参加して参戦インセンティブを稼ぐ。さらに初回参戦ボーナスと、うまくすれば初回キルボーナス…これだけ稼いで、あとは撤収時間までどこかで隠れていてもらうつもりです」
様々な特典ボーナスについては、電話口で宮下が言っていたことの受け売りだ。それらの要素が「戦争参加への心理ハードル」を下げるために作られたインセンティブであることがよくわかった。現にただの高校生たちが参加を熱望しているのだ。
とはいえ彼ら彼女らは完全なるデジタルネイティブだ。一度理解すれば覚えは早い。午後を過ぎた当たりでゲームの基礎動作はほぼ習得した。空是のようなダブルフローターマウスにフットパネルといった変態的な操作ではなく、基本的なキーパッド+フローターマウスの標準操作をマスターしていた。
操作系の習熟こそが肝心であった。ほとんどの一般人は携帯の疑似キーパッドでのゲームに慣れてしまっているが、そんなチープな操作系で高度に進化したPCゲームはプレイできない。まず最低限コンソール、いや、やはりPCで専用のゲーミングデスクにチェア、フェイスグラスもカスタムを…とゲーム偏愛の熱弁を空是がし始めたところを、友人の宮下が止めてくれて一笑い起きた。
クラスでもゲームオタとして名を馳せていた空是である。その技能がみんなから求められていることが嬉しかったのだ。
なにせ彼は一年生入学初日に、1人で「Eゲーム研究会」を立ち上げた男なのだから。
「Eゲーム研を立ち上げた時にも先輩には助けられましたね。そのコネってやつに?」
「優秀な生徒に対する教師からの信頼は、コネって言わないの。だいたいクウゼ君、初日から様子がおかしかったからね。ゲーム部がない!って、部室練を駆けずり回って」
「あって当然のものがなかったんですから。そしたら僕の遠い親戚がこの学校の三年にいるって聞いて…ちょうどこの部屋でしたね。空き部屋だったここでEゲーム部の部長になってくださいってお願いして」
「告白みたいだったね」
そらいろのその言葉に完全に固まる空是。それを気にせずにそらいろは続ける。
「でも部長はやらないって、キミが部長で私は…幽霊部員?それで研究会開設をとりつけたってわけ」
そらいろの告白発言に他意がないことを理解した空是はやや赤い顔でうつむいて話を続けた。
「そらいろセンパイには、それからもお世話になりっぱなしで…」
目を上げると、目の前にそらいろの真剣な顔があり、再び空是が止まる。そんな静止した空是に対して
「キミも戦争に行くの?」
そらいろがついに聞いてきた。
「みんなが心配で…」
「嘘」
「誰かがついて加勢しないと」
「嘘」
「僕がいれば、きっと助けになる。もっと稼がせてあげられ…」
「嘘」
「僕が稼いで、母さんの助けになりたい…」
「…」
「…やられたから、やり返すんですよ!みんなを、僕の家を、あんな目に合わせた!だから、僕には戦っていい権利がある!僕のゲームの腕前で!絶対に勝てるんです!」
そらいろは空是から顔を離した。叫んでつばが飛んだのか、それとも呆れられたのか。恥ずかしくなり口元を抑えた。
机に腰かけたそらいろは、悲しそうに言った。
「空是君、君に残念な事を教えないといけない。なぜこの戦争が、無記名戦争と言われているのか、その理由を…」
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