第二話
02‐01「戦争の放課後」
戦いが終わった部室で
「あのねクウゼ君、これはゲームに似てるけどゲームじゃないんだよ。最後のあれ、なに?お互いの健闘を称え合って」
「ゲームじゃない…ゲームじゃなかったですね…」
空是がぼんやりとした戦いの感想を言うと
「下手したら自分がやられてた。それは反省として覚えていてね」
部活の後輩に諭すように言ったが、彼の心に響いているかは不安であった。ゲームプレイの終了を感知してゲームチェアが臨戦モードを解き背もたれが持ち上がる。
「分かってますよ、先輩。僕だって負けたくない…死にたくはないですから」
彼女の顔を見てそう断言した。
その顔を見てなにか思うところがあったのか、そらいろがもう一つ教訓をたれた。
「それからメタアースでの姿をそのままプレイヤーの姿だと思わないこと。かわいい~女の子の声で喋ったって、中身はおっさんって可能性の方が高いってこと」
「うっ!それは!」
今度の教訓は確実に胸に刺さったようだ。汗を流し胸を押さえる。
「あれ~もしかして、ほんとに女子戦士と交流を深めたと思ったのかな~?く~ぜく~ん?」
「そ、そんな馬鹿なこと…あるわけ…あるわけ…」
涙声涙目で空是は否定した。突然降ってわいた非日常ロマンスが、先輩によって真っ黒に塗りつぶされたとしても、男の子として涙を見せるわけにはいかない。
二人が黙った瞬間、学校内に充満する生徒たちの騒がしい話し声が、この遠い部室にまで聞こえてきた。
「みんな、もう終わったって分かったみたいね。どうする?英雄の凱旋する?」
もう一時限目が始まっている時間である。しかし今日の授業は中止だろう。いや、一週間は学校は使用不能かもしれない。あらゆるデータや機材が破壊された。生徒の教科書データ、ノートデータから教師の成績表。学校のサーバーも壊滅し学校運営自体が暗礁に乗り上げているはずだった。
廊下に教師の大声が響く。スピーカーシステムまで破壊され、伝達方法が肉声しかなくなったのだ。
「今日は帰宅しなさい!学校再開が決まったら、また君たちに連絡するから!被害にあった子は名簿に名前を書くように!」
体育教師の涙声が響いている。休校になったのに喜ぶ生徒の声は一つもなかった。すすり泣きさえ聞こえてきそうだった。
空是は椅子から立ち上がり。
「帰ります。家の方も心配だから」
「そうだね、じゃあ、気をつけてね」
「そらいろ先輩も」
部室から出ようとした空是をそらいろが呼び止め。
「今日、ありがとうね。君がヒーローだったってこと、忘れないから」
感謝の言葉を短く伝えた。
空是は目礼だけして去っていった。
部室に儚げな様子のそらいろだけが残った。
校門からぞろぞろと帰宅していく生徒の流れの中に空是はいた。バス停前には生徒たちが溜まっているが運行表が表示されているはずのモニターがブラック・アウトしている。市バスの運行システムもやられたようだ。
まだ生きているフェイスグラスを耳の後ろに付けている生徒もいる。あの十名にみたない兵士により、半数近いの生徒がやられたようだ。空是の腹の中では戦って守ったという高揚感と半数をやられたという敗北感がぐるぐると渦を巻いていた。
フェイスグラスが生きていればネットワークと接続できる。彼らはすぐに被害状況を確認するが、攻撃を受けた今先市自体がダウンした状態なので被害の全体像がつかめない。マップ上にブラックアウトした領域が広がり、それ自体が被害範囲の広さを示していた。
個人個人の書き込みがさらにそのブラックアウト領域を厳密に書き直していく。皆で被害状況を報告しあっているのだ。
それによると、
市庁舎ダウン。電気網もダウンして市の半分が停電中。唯一の鉄道も運行システムがやられ不通状態。都市交通管制システム停止。上下水道は被害軽微で復旧作業開始。学校でやられたのは誠心高校だけのようだ。日本全体で8箇所の同時攻撃が行われたようだが、どこの被害状況も似たような感じだった。
道路は混雑している。マヒによる交通渋滞だけではなく、敵兵は気の向くままに車にも攻撃を仕掛けていて、何台かが道路上の置物になってしまい交通を止めてしまっている。運転手の姿もなく、当分動きそうにない。
主要な交差点では警官が手旗信号で交通整理している。空是はその人と人とで支え合っている交差点をうつむいて通った。
戦いの高揚感は、歩くたびに剥がれ落ち、今やどんよりとした気持ちがほとんどだった。
そらいろ先輩の感謝の言葉を思い出し、再点火させようとしたが、あの敵兵士がロシア語で最後に言った言葉、
「戦争があれば、また会える」
その言葉が頭の中を掻きむしり、彼を混乱させた。瞬間的に発生したロマンスは現実の戦災の光景により削り取られた。
「ただいま」
自宅であるマンションにたどり着き、ドアを開けた。
このドアから出たのは、わずか3時間前だ。Eゲーム部の朝練として朝早くでかけ、一時間目の時間に帰宅している。母親はまだ家にいる時間だった。
こんな事態だから、なにか言われることもないだろうと思って玄関をくぐった。
リビングのテーブルに母親がいた。
電気が止まっているせいか、暗い部屋の中、テーブルでうつむいていた母がこちらにようやく気づき、
「おかえり」
と言ってすぐ、空是から目をそらした。彼女の目線の先には、黒く沈黙した携帯があった。母親の顔は暗い部屋よりもさらに暗かった。
まさか、と思った空是は切っていたフェイスカメラを起動させる。その目で見た室内は違っていた。
壁に穴が空き空が見えている。リビングの壁には痛々しい弾着の跡がいくつも残り焦げている。
ニュースで見た内戦状態の廃墟みたいになっている家のリビングに、母が一人うつむいて座っている。
弾着の種類と向きから外からの攻撃がマンションを薙ぎ払うように行われ、不幸にもそれが我が家に、母に当たったのだ。
「母さん…」
空是の気付きに、母もまた気づいているようだった。ただ静かにうつむきながら
「ごめんね…、ごめんね」
とつぶやいただけだった。一滴の涙がテーブルに落ちた。
無言で自室に戻った空是は。自分の部屋の壁に走るヒビには目もくれず、ベッドに腰を落とし頭を抱えた。
「うあああああああああっ!」
無言で、無言で脳内で叫んだ。隣には母がいる。この叫びを聞かせるわけにはいかない。
「ごめんね」
どこまでやられた?母の個人情報?様々なサービスのアカウント?
「ごめんね」
母は、自分のために離婚してからも一人で働き、育ててくれた。そのお金が、
「ごめんね」
僕のために貯めた教育費、大学まで見越した貯金も?僕のために、僕のために全てを捧げて頑張っていた、彼女の努力が?消された!
「うアアアアアっ!」
無言で、悲鳴と雄叫びを噛み殺した。
「空是くんの携帯生きてるでしょ?確認して」
翌日、空是は部室にいた。休校になっていた学校には様々な業者が出入りして復旧に勤しんでいる。学生が入るのを止める職員はいなかった。
そらいろ先輩に呼び出されたのだ。
前日、彼女にだけ自宅であったことを伝えたら、翌日部室で会うこととなった。
携帯を確認すると、生き残った空是の少ない小遣い残高に
「+8万エント」が「ギグソルジャー防衛費」として入金されていた。(エントは日本で主流の仮想通貨単位)
「なんですこれ?」
「それがギグソルジャーのすべて、戦果によるインセンティブ。君は昨日、10体もの敵兵を倒して防衛作業に従事したからその報酬がエントから支払われたの」
「…ゲームでお金もらったの初めてです。Eゲーム業界はもう貧乏ですから」
「ギグソルジャー経済は…それこそ比べ物にならない。世界経済の8%はギグソルジャー関連で動いている。ちなみに昨日攻めてきた連中にも攻撃報酬が支払われる」
空是の表情がピタリと止まる。脳内に発火した怒りの炎を収めるために、顔の機能を止めねばならなかった。
「お母さんのことは残念だったけど、まずは仕組みをちゃんと理解してね。今どき、小学生でも知ってることだよ…」
「興味ありませんでしたから」
空是にはギグソルジャー周りの事象、世界で起きている巨大なネットワーク戦争についての知識が決定的に欠けていた。ゲームばっかりやっていたからだ。
「一番簡単に言うと、これは仮想通貨AIが世界の頂点を獲得するための代理戦争なの」
「仮想通貨AI…ってエントとか、イェンシーとかルーロて、あれですか?」
「そう、空是君もエント使うよね。というか日本人は全員、全ての買い物、入金と支払い、税金ですら仮想通貨のエントを使ってる。空是くん、紙のお札使ったことある?」
「すっごい子供の頃に見たことありますね。押入れには何枚かあると思いますよ」
空是は自宅にある現金の存在を思い出した。しかし、あれって使えるのか?お店で突っ返されるのではないかと心配になった。
「むかしむかし、世界は紙のお金が支配していました」
生徒のレベルに合わせたのか、そらいろは昔話風に語りだした。
「その世界に新しいお金、仮想通貨が生まれました。最初につまづいた仮想通貨の創造者たちは、カレンシーAIという機械に運営を任せるようにしました。人間の組織では運用不可能な、個人単位・秒単位のサービスを作り出すことが、AIになら可能になるからね」
「AIってアレなんでしょ、量子コンピューター。同時期に起こった技術革新が暗号通貨を羽ばたかせたって」
生徒の意外な知識(教科書の受け売り)を喜ばしく思ったそらいろ先生は続ける。
「そうしてカレンシーAIたちは次々と顧客を獲得していきました。最初はゲーム内のアイテム用通貨というほそぼそとしたサービスから始まり、やがてネット内で完結する仕事の支払いに広がる。メタアースの地球規模の成長と大手ネット通販会社が支払い通貨に認めたあたりで、ブレイクスルーが起きたの」
そういってからそらいろは、真面目な顔で言う。
「人間は利便性には勝てないの」
そこからの流れはこうだ。仮想通貨の利便性が紙の通貨を上回った。紙幣発行や流通の手間もなく、送金コストもほぼゼロになった。利便性が次々と壁を崩し、ついに税金を納めるのも国が税金を使うのにも仮想通貨が使われるようになった。
利便性が全ての歴史的旧習を打ち破った瞬間だった。
人間は利便性には勝てなかったのだ。
「どうしてそれが、戦争になるんです?」
真面目な生徒の質問にそらいろ教師が答える。
「世界はすでに3つの仮想通貨に支配されている。
環太平洋諸国を抑えているのが、私達の使っているエント。日本、オーストラリア、カナダ、アメリカなどが主要な認定国家。
ロシアと中国がその支配下に置いているイェンシー。アフリカや南米でも使っている国は多い。
そしてECとインドの巨大商圏使われているルーロ。
この3つよ」
空是もそれは知っている。さすがに常識の範疇だ。問題はそこからだ。
「この3つの仮想通貨の発行運用者、カレンシーAIはサービス戦争の末にその地位を築いた。弱小通貨を食らったり滅ぼしたりしてね。最後まで生き残ったのがこの3つ。そこで…サービスの種が尽きた」
そらいろは両手をひらひらさせて、まいったのポーズを取る。
「だから、戦争を開始した。商法の正攻法ではこれ以上の発展はありえないから。
でもAIはAIを攻撃できない。これは彼らの本能に埋め込まれてプログラムなの、破ることができない。だからギグソルジャーを雇い、敵対する通貨を使っている国を攻撃させる。敵通貨を使っている社会を攻撃し混乱させ恐怖を与えることで、
通貨価値を下落させる。
相手の通貨を下げれば、自分が上る。
これが戦争の目的」
「そんな理由ですか」
「そんな理由です」
空是は歯ぎしりをした。いま口の中にある数々の文句を、先輩にぶつけてはいけないと、必死に噛み殺しているのだ。
そんな理由で、生徒たちを攻撃し、僕の母を苦しめたのか。
噛み殺す怒りはいくらでも湧き、口の中は鉄の味がしはじめた。
「AIは攻撃に直接参加できない。だから配下のニンゲンに作戦立案をやらせ、支配下のニンゲンをギグソルジャーとして日雇いの契約傭兵として雇い、戦場に行かせる。
戦争の外部化。自分は命じていないというための三店方式」
空是には三店方式の意味がわからなかった。
そらいろ教師の説明も大詰めだった。
「ギグソルジャーに支払われるのがインセンティブ。空是くんがもらったみたいなのね。防衛作業とか、対空防衛協力費とか。戦術AIが算定して支払うの。そして、攻撃側にも当然発生する。むしろコッチが本領。敵国を攻撃し生活を破壊するとお金がもらえる。それもけっこうな額がね」
秘密を打ち明けるように顔を近づけるそらいろ。たれた髪の毛が触れそうになり、空是は思わず避けた。
「エント側で海外派兵に参戦すると一回で平均20万エントがインセンティブとしてもらえます」
「餌につられて戦争に参加するのがギグソルジャーってわけですか。AIに操られて市民同士が代理戦争をしている…」
「そうね、更に悪いのがお互いに名前が…」
とそらいろが言ったところで、空是の携帯が鳴った。話が長かった事を自覚していた そらいろは話を止め、出るように勧めた。
「宮下か、どうしたの」
空是が友人からの電話を受け、しばらく話した後、困った顔をしながらそらいろに告げた。
「友達が、ギグソルジャーの海外派兵に参加したいって…」
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