Driver’s High⑩

1.何かが変わった夜


 タイヤを滑らせながらゴール地点の駐車場に流れ込む。

 一着は俺。そして少しばかり俺に遅れて柚と桃もゴールに入って来た。

 カメラ判定とかすればまた違って来るかもだが少なくとも俺の目には完全なる同着に見えた。


(つくづく仲の良い……)


 二人は俺の下まで寄って来てバイクから降りると気まずそうに言葉を選び始めた。

 レースの熱が冷めたからだろう。そもそもどうしてこうなったのかを思い出せばそりゃ気まずいわな。

 でも彼らが気にすることなんて何一つない。何せ俺がそういう流れに持ってったんだからな。

 だから言ってやる。


「柚はカフェオレ」

「へ?」

「桃はフライドポテト」

「ほ?」

「レースの勝者様にそれぐらい奢ってくれても良いんじゃない?」


 キョトンとしていた二人は腹を抱えて笑い出し、その通りだと自販機へと向かって行った。

 それと入れ替わるように遠巻きに俺達を見守っていた人の群れから姉がやって来る。


「お疲れ様。何かレースが始まる前より良い空気だね。これが男の子の友情ってやつなの?」

「どうだろね。でもまあ、落ち着いたなら何よりだ」


 預けていたシャツを受け取り袖は通さず肩に引っ掛ける。

 上半身裸でレースをしていたのだが身体は冷えるどころかその逆。帯びた熱が出て行かず未だに身体が熱い。


(まさか、バイク乗り始めて三日目でいきなり峠を攻めることになるとは……)


 シチュエーションバフという制度があって良かったわ。

 前世の世界じゃ確実に事故ってたな。やっぱバフを意識した立ち回りって大切。


「おーい! 買って来たぜぃ、ニコちゃん!」


 柚はポテトだけではなく色々とホットスナックを抱えて戻って来た。

 桃もそうだ。カフェオレ以外にも色々持ってる。自分達の分もだろう。


「ほい、カフェオレ。しかしえっちゃんよ、ポテトにカフェオレって合うか~?」


 それは俺も思った。普通に炭酸飲料頼んどけば良かったかなって。

 でも何て言うのかな。ジュースの甘さではなく、こうまろやかな甘さが欲しかったんだ。


「合う合わないじゃなくて飲みたかったんだよ」


 どっこらしょと地面に腰を下ろすと二人も同じように座り込んだ。


「ねえニコ、私も貰って良い?」

「良いよ。一緒に食べよ」

「やた♪」


 俺の隣に座った姉がポテトを摘まみ上げ口に放り込んだ。

 おいし~♪と頬を綻ばせる姉は実に感情豊かで並ぶと俺の無愛想が際立つな。


「時にニコくん、そちらのお嬢さんは誰かな?」


 姉の胸元をガン見しながら柚が問う。

 そういうがっついたとこがダメなのにホント、懲りねえなコイツ。


「あ、柚くんだっけ? 君には自己紹介してなかったね。ニコの姉の麻美です。よろしくね?」

「! よ、よろしくっす」


 にこっと微笑みかけられて若干どもる柚。

 桃もそうだったけど防御力低すぎんだろコイツら。布の服以外も装備しろや。


「あ、あのぉ……銀二?」

「……金ちゃん?」


 それぞれの取り巻きの代表二人が恐る恐ると言った様子でこちらにやって来た。

 ああうん。戻って来たと思ったら何か信じられない光景が展開されちゃったもんね。リアクションに困るわな。


「あー、お前らにも心配かけたな。とりあえず、その、何だ。大丈夫? だからよ」

「気ぃ揉ませて悪い。でもこう、あの……うん、あれだからよぉ。お前らもまあ、ゆっくりしてくれや」


 言葉を濁しまくってるのは本人達もどう言って良いのか分からないからだろう。

 和解して仲良しこよしになったかと言えば違うけど、じゃあ今までと同じかと言われたらそれも違う。

 ふわふわした状態で本人がまだ飲み込めていないのに他人に説明出来るわけがない。


「そ、それにしても! えっちゃん、金曜日にバイク乗り始めたばっかなんだよな?」

「マジか!? それであの技術テクってすげえじゃんよ!」


 誤魔化したな。可愛いなコイツら。

 まあ一々指摘して場を壊す必要もないから俺は頷き、マシンのお陰だと答えてやる。


「マシン? カミナリマッパってそんな操り易いってわけでもなくね?」

「えっちゃんのマッパは曰くつきのマシンなんだとさ」

「曰くつき……何それかっけえ! いやでも幽霊とかだとこええな!?」


 ヤンキー的にはやっぱポイント高いよね。


「信じればちゃんと応えてくれる。だったらあれぐらいは余裕だよ」

「……言うほど簡単なこっちゃねえっしょ」

「そうそう。最初に俺らぶち抜いたコーナリングとかやっべえだろうがよぅ」


 一歩どころか半歩踏み外すだけで事故っていたと桃は呆れたように言う。

 あー……まあ、傍から見ればそうかもね。

 でも俺はシチュエーションバフもあるし、白雷に身を委ねれば問題なく曲がれると確信してたからな。


「ニコちゃん、心臓に毛が生えてるってレベルじゃねえべ。もうもっさもさ。実質ジャングルじゃん」

「ジャングル言うな」


 あともっさもさもどうかと思う。外聞が悪い。

 それはそれとしてポテトうめえな。塩の加減が俺の好みだわ。


「ほれえっちゃん、唐揚げも食べな。うめえぞ。あ、お姉さんもどうぞ」

「良いの? ありがとね♪」

「お言葉に甘えて」


 ホントだうめえ。シチュエーションだけじゃなく普通に物自体が良いなこれ。

 ちょっと自販機のメーカー、後で確認しとこう。


「ふぅ、おなかいっぱいだ」


 余は満足じゃ。後は家帰って寝るだけ……とはならないんだよな。

 そう、言うなれば金銀編とでも言うべきこの話を締め括るためにはあと一個、イベントをこなしておかなきゃな。


「さて、おなかも膨れたし今度はレースとかじゃなくて普通に皆で走ろうか」

「「え」」

「元々君らもそのために来たんでしょ。だったら何も問題ないじゃん」


 それとも、


「ダメなの?」

「「――――」」


 二人は顔を見合わせ肩の力が抜けたように笑うと、


「ああそうだな。速さを競うのも良いが皆でダラダラ走んのも俺は好きだ」

「気が合うじゃん銀角。OKニコちゃん、皆で盛り上がろうじゃん」

「わぁ、男の子。これ私も一緒で良いのかな?」

「「勿論!!」」


 食いつき……。


「おーし、お前らァ! 準備しろ! 出ッ発だぁ!!」

「銀角んとこに遅れんじゃねえぞ!」


 ボスの言葉に皆も笑って単車に乗り込む。

 楽しい夜になる、それは皆の共通した確信だろう。


「どうしたの姉さん?」


 俺もシャツに袖を通し白雷に跨ったのだが姉は口元に指を当てて小首を傾げている。

 どうしたのかと聞いてみると、


「そういや忘れてたなって」

「?」

「レースに勝ったご褒美」


 俺に近付き身体を折り曲げた姉は、


「――――カッコ良かったよ♪」


 そっと頬に口付けた。


「「あ、あー! あー! あーあぁああああああああああああああああああ!!」」


 そしてうるさいアホ二人。


「……油物食べた後の口でキスはちょっと」

「お前ー! それがキスされた男の言うことかぁ!?」

「ニコちゃん、屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」

「あーもう、うるさいなぁ」


 でも、こういう騒がしい夜も嫌いじゃない。




2.後日談


「えー、人は歩みを止めた時に……そして、挑戦を諦めた時に年老いていくのだと思います」


 何だ急に。

 放課後、近所の河川敷でタカミナと日向ぼっこをしていたのだがマジで唐突過ぎて困惑しかない。

 ちなみに今日はテツトモコンビは用事で居ない。つまりこのアホの面倒を見るのは俺だけになる。


「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる」


 猪●じゃん。こっちじゃ猪鬼だけど。

 こういうパロっぽい名前が氾濫してて時々、前世の知識と混同しちゃうんだよね。


「迷わずゆけよ! 行けばわかるさ――――かかって来いオラァ!!」


 エアマイクを叩き付けるや顎をしゃくらせてファイティングポーズを取る馬鹿タカミナ

 俺はどういうリアクションを返せば良いと言うのか。


「…………何なの?」

「いや、昨日親父の秘蔵コレクションである猪鬼ベストバウト集見たんだよ。したらもう、血が滾ってしゃーねえわけ」

「ああそう」

「で、どうよ? やらない?」

「やらない」


 何が悲しくて河川敷でプロレスせにゃならんのだ。

 いや俺もプロレスは好きよ? でもプロレスをやるのと観るのではジャンルが違うじゃん。

 俺は生涯、観客側って決めてるんだよ。リングに上がるとかマジ勘弁だわ。


「ちぇ、ノリ悪いの」

「ノリ悪いっつーかこのノリでいきなりプロレス始める奴居たら俺はそいつの頭を心配するわ」


 くぁ、と欠伸を噛み殺す。


「何か眠そうだな。寝不足か?」

「うん……昨日、夜のツーリングが予想以上に盛り上がっちゃってさ」

「何だ何だ。バイク貰ってウッキウキじゃねえかよぉ! いやでも気持ちは分かる。俺も最初はそうだった。で、どこ行ったん?」

「カガチ峠。姉さんが行きたいって言うもんでね」

「はー、女連れですかい。流石男前は違いますなぁ!」

「女連れって姉だろ姉」

「手前、姉と盛り上がるとか背徳的過ぎんだろ!」


 何想像してんだこのムッツリ。


「つか、別に二人きりじゃなかったし。何十人と一緒だったから」

「何十人とって……おいおい、族でも潰して来たんか?」

「何で俺が盛り上がるつったら族を潰すとか物騒な方向に行くのさ」

「いやだって……」

「大体、あっこは喧嘩ご法度でしょ。普通に駄弁ったり走ったりしただけだよ」


 そう答えるもののタカミナの瞳は疑わしげだ。

 うん、分かるよ。タカミナ達と出会うまで悲しい交友関係しかなかった俺が知らない人らと盛り上がるとか想像出来ないよね。

 まあでも言葉にしないだけデリカシーはあ――――


「砂漠よりも不毛な人間関係のお前が何十人の知らない奴らと盛り上がるとか想像出来んわ」


 言いやがったよコイツ。

 実際にその通りでも言って良いことと悪いことがあるじゃん、世の中にはさぁ。タカミナ、そういうとこ。ホント、そういうとこだよ。


「……こう見えてタカミナ達以外にも二人ほど、友達が出来たんだからね」

「二人……二人て……父ちゃん泣けてくらぁ」


 誰が父ちゃんだ。

 俺の父親なら泣くどころかロクにコミュニケーションも出来ない俺を心底から見下すぞ。

 何なら五分ぐらい罵倒されても不思議じゃないな。言ってて何だが糞過ぎる……。


「俺だってテツトモといっつもつるんでるけど他にダチが居ないわけじゃねえんだぞ?」

「うっさいよ」


 喧嘩は数じゃねえ! 根性だ! 友達も数じゃなくて質だ。きっとそう。


「はぁ。で、一体どこの誰と」


 と、その時である。ウォン! とエンジン音が唸りを上げた。

 あんだよと俺とタカミナが振り返ると、


「「ヘイ彼女! 一緒に遊ぼうぜぃ♪」」

「お前ら……」


 横のタカミナが信じられないものを見たような顔で呆気に取られている。

 まあ、そうだろうさ。この二人の仲の悪さは有名だもんな。そもそもその情報を俺にくれたのもタカミナ達だしな。

 だが仲が悪いのは昨日までだ。まあそれはさておき、


「誰が彼女だ」

「ウハハ! 眠そうだなえっちゃん! やっぱ夜更かしは堪えたかよぅ」

「そりゃね。二人は平気そうじゃん」

「そら俺らは授業中、ずっと寝てたからな。他の連中も同じさね」


 ギョッとした顔で俺を見るタカミナ。俺は小さく頷き、言う。


「新しく出来た友達二人」

「何がどうしてそうなった!? え、ちょ……えぇ……? うっそだろお前」


 語彙が死んでる。それだけ衝撃的だったらしい。

 二人は苦笑しつつタカミナに話しかける。


「失礼なやっちゃのう。俺らも何時までもガキじゃねえっつーの?」

「そうそう。まあ、張り合うのを止めるつもりはねえが……楽しむ、ってーか? まあそういう感じ」

「どういう感じ……?」


 完全に距離を詰めたわけではないけど、それでも顔を合わせればいがみ合っていた頃に比べれば大前進だろう。

 猿が反省どころかブレイクダンスを覚えるぐらいには。


「それで二人はどうしたのさ?」

「や、ほら……昨日はえっちゃんに迷惑かけただろ? だからその埋め合わせに、さ」

「そうそう。やっぱそーゆーとこはしっかりしとくべきじゃん?」


 ああそういう口実ね。いや、それも本音なんだろうが二人じゃまだ気まずいから間に俺を……と。

 まあ全然構わんがな。柚も桃も陽の者、光のヤンキーだからな。光の勢力は幾ら数が居ても困らん。


「つーわけでニコちゃん、今日はボドゲ祭りだぜぃ!」

「俺と金角、それぞれおススメのを持って来たからよぅ! どっちを選ぶ!?」

「どっちかじゃなくて両方やらせてよ」

「はは、そうか。まー、えっちゃんがそう言うならなあ」

「だわな。タカミナも暇なんだろ? 付き合ってくれるんだるぉぉ?」

「タカミナ言うな! いやまあ、付き合うがな?」


 キャッキャとはしゃぐ三人の姿を見て俺は感慨深いものを感じていた。

 これで四天王編は終了だな。いやはや、短いけど長かった。


(お疲れ様、俺)

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