ネオメロドラマティック①

1.アタッチメント方式


 七月に入った。そう――――期末テストの時期である。

 あ? 夏休み? 夏休みを語りてえなら期末テストをシメてからにしろやシャバ僧。

 というわけで俺は今、中区にある市立図書館で期末テストの勉強をしていた。

 と言っても俺本人のではない。タカミナ、テツ、トモの三馬鹿の勉強を教えつつ復習をしている感じだ。

 ちなみに講師は他にも居る。柚と桃だ。コイツらもヤンキーではあるのだが、


『一時期、勉強にハマったこともあったんよ』


 とのことで成績はそこそこ良い。

 なので今回、講師役として起用させてもらった。


「おいコラ、テツぅ! そこ文法間違ってんぞ。テメェはナンシーをどうする気だよぅ」

「はいトモトモ、問題解き終わったら次行く前に見直せ~? ケアレスミスが多いからそこ改善すればもうちょい点増やせんぞ」


 テツトモに金銀コンビを引き合わせるのは今日が初めてだが光のヤンキーはコミュ強でもあるからな。

 テツトモも人見知りをするタイプじゃないのもあって秒で馴染んだわ。


「タカミナは考えを放棄するのが早過ぎ。別に時間制限あるわけじゃないんだからゆっくり考えて良いんだよ」

「うぅ……青春真っ盛りの中学生がよぉ……土曜の昼間っから勉強漬けって……」

「今頑張らないと正にその青春が取り上げられちゃうんでしょ? 夏休みに補習とか萎えるにもほどがあるって」


 俺はそうでもないがこの三人はな。中間でのこともあるから査定は厳しい。

 とは言え、だ。勉強を見てる感じでは頭は悪くない。これは苦手意識の問題だろう。

 なんでそこを乗り越えて頑張れば普通に行けると思うので結局はやる気次第だ。


「とりあえず夕方まで頑張ろう。夜からは遊べるんだし」


 勉強だけをさせていてもやる気が減退して逆に成績が落ちそうだからな。

 なのでキッチリ、時間を分けた。午前~夕方までは勉強、夜は眠くなるまで遊びってな具合に。

 今日は俺ん家でお泊り会を開く予定で、夜の予定はギッシリ詰まっている。


「デジタル、アナログ両方のゲームに映画鑑賞会。熱い夜を過ごすためにも頑張るっきゃねえべや」

「特に映画は面白えぜ? B級映画愛好家の銀ちゃんが今夜のためにセレクションしたもんだからな」


 映画は俺も地味に楽しみだったりする。

 金銀両方、映画持って来てるんだが楽しむことに長けた二人のチョイスだからな。どうしたって期待は高まる。

 金は面白いがあまり有名ではない、所謂隠れた名作を、銀は味わい深いB級ホラー映画をとのことなので非常に楽しみだ。

 と、そこで胸ポケットが震える。母さんからのラインだ。


「母さんから連絡来たんだけど今夜は手巻き寿司と唐揚げとかオカズ何品か作るつもりらしい」

「「「「「おぉ!」」」」」


 友達にご飯をご馳走したがってたから今夜は外食はなしだ。

 手巻き寿司にしたのは皆でワイワイ食べられる料理だからだろう。


「皆、これだけはどうしても無理とかって食べ物ある?」

「「「「「ない」」」」」

「そう。あと、鉄板ネタだけで良い? それとも冒険用のネタも仕込んだ方が良いかだって」

「「「「「仕込まない方が嘘でしょ」」」」」

「だよね。君らならそう言うと思った」


 その旨を書いて返信する。

 冒険用のネタって一体何を買うんだろう……期待と不安が半々だな。


「それじゃ燃料も入ったことだし、後二時間頑張ろうか」

「「「おう!!」」」


 実に良いタイミングでの援護射撃だった。

 そこからはだれることもなく頑張り続け、今日の勉強は終了した。

 そして帰り道、


「……あちぃ。夕方だってのに太陽の奴、気合入り過ぎだろ」

「それな。もう沈みかけてんじゃねえかよぅ。ダウン間際の粘りが半端ねぇ」

「まーまー、タカミナ。それに銀ちゃんも。これから風呂でさっぱりするわけだし沢山汗かけて良いじゃん」


 六人で順番に風呂を使うのも面倒なので、風呂は銭湯で済ませることになった。

 予定としては風呂で汗を流した後、帰宅しそのまま晩飯って感じだ。

 良いねえ、実に良い一日だ……あん?


「アイス食いてぇ」

「我慢しろ金角。今食べるより……ん、どうしたニコ?」


 俺は無言で路地裏を指差す。


「財布落としちゃってさぁ。俺らマジ、困ってるわけ」

「そーそー。だから、ね? ちゃんと返すから貸してくれよ」


 奥では高校生らしき五人組が気の弱そうな中学生からカツアゲをしている真っ最中だった。

 折角の良い気分が台無しだ。俺達は無言で頷き、テツとトモに見張りと荷物を任せて路地裏に踏み込んだ。

 俺はアホ五人に近付きリーダーっぽい奴の肩をちょいちょいと叩く。


「あ゛?」


 五人組が振り返ると同時にタカミナ、金銀コンビがリーダーっぽい奴を除く四人に襲い掛かった。


「ねえお兄さん、ちょっと“ツラ”貸してくれる?」

「てめ、何を……がぁ!?」


 そして俺はリーダー格の男の顔面を鷲掴みにしてそのままコンクリに叩き付けた。


「いやさぁ、ちょっと友達が顔を落としちゃってさぁ。ちゃんと返すから貸してよ」

「い、ぎ……こ、こんなことしてただ……あぐぅ!?」

「あれ? っかしいなぁ。下の邪魔なのが取れないよ?」


 ガンガンと三回ほど壁に叩き付けてやると悪態は命乞いに変わっていた。

 でも止めない。だってまだ目が死んでないからね。騙されるかよボケが。


「あ、あの……」

「お前らはとっとと帰りな。うちの子はギャラリーに配慮するような奴じゃねえからよ」

「真夏と言えばホラーだけどグロは見たくないっしょ? ほれほれ駆け足」

「あ、ありがとうございます!」


 流石は空気の読める男達だ。うんうんと頷き俺はパッと顔を離してやる。


「どうしよう柚。この邪魔なん全然取れない」

「そらおめえ、人間の頭はアタッチメント方式じゃねえもんよ」

「いやでもアンパンさんは取れんじゃん?」

「アンパンさんは人じゃねえべ。愛と勇気の化身じゃんよ」

「パンに出来るなら人にも出来ると思うんだけど」

「何その義経理論? 鹿も四足、馬も四足とか頓知じゃねえんだぞ」


 などと話していると、


「こ、この糞ガキャぁあああああああああああああ!!!」


 予想通りリーダー格の男が背後から襲って来たので裏拳を叩き込む。

 感触的に何本か歯が折れたっぽいが大丈夫だろう。いや、根拠は特にないけど。


「おーいえっちゃん、コイツら全然懲りてねえぞぅ」

「どうすっべニコ」

「どうするって決まってるでしょ」

「中坊から金巻き上げる情けない高校生に、お灸を据えるんですね分かります」


 全員の視線が倒れ伏す馬鹿どもに注がれる。

 恐怖に歪む顔、口からは許しを乞う言葉が紡がれるが俺達は全部無視した。


「あ、おかえり~どうだった?」

「とりあえずボコった後で全員のズボンとパンツのケツ部分を毟り取って来た」

「アイツらケツ丸出しで帰るのか……殆ど公害だな」


 まあでも丸出しよりはマシでしょ。


「さ、風呂行こう風呂。汗ごとやな気分を流しちゃおう」




2.夕飯


 家に帰ると母が笑顔で俺達を迎えてくれた。

 既に夕飯の準備は出来ているそうで、多分俺達が帰って来るタイミングに合わせてくれたのだろう。

 手洗いうがいを済ませるや俺達は食卓についた。


「さ! 遠慮しないでじゃんじゃん食べちゃってね♪」

「「「「「はーい!」」」」」


 育ち盛りの男子が六人も居るからだろう。酢飯の入った桶も複数ある。

 食べられるかな……? いや、いけるわ。この面子なら。

 手を合わせて皆で“いただきます”。食事が始まった。


「えぇ……シチュー? これは、いけるのか……?」

「白米でシチュー食べる人も居るらしいけどよぅ、酢飯で……? 金角、とりま試してみようぜ」

「いや待てよぉ。この露骨にデザートじゃねえぞって主張してる果物各種も悪くねえと思うぜぃ」


 金銀コンビは早速、変り種と用意された具材に挑んでいるらしい。


「俺さぁ、このビラビラ卵好きなんだよな。酢飯とすっげえ合うと思うの」

「ビラビラ卵って何だ錦糸卵だろう錦糸卵」

「俺は無難にマグロから行こうかな~。ニコちんは何から行くの?」

「カニカマとキュウリ、レタス、ツナマヨのサラダ巻きからに決まってるでしょ」


 別に光物が嫌いってわけじゃないし、美味しいとは思うんだけどね。

 前世からどうもサラダ巻きとか卵とかどっちかっていうと主役ではない連中が好きなんだよな。

 そればっか食べてて気付けば……みたいなのがよくあった。


「ところでさ、勉強の成果はどんな感じ?」

「このままコツコツやってりゃ赤点回避は楽勝かな。そこそこ良い点数は取れるんじゃない? 柚先生と桃先生はどう思う?」

「まー、そうだな。調子こかなきゃいけるっしょ」

「勉強したから大丈夫! じゃなくて勉強したけど油断大敵! って身構えてりゃまあまあ」


 だよな。

 燃料追加で集中力が高まったのもあるけど最後の方はとても良かった。

 この姿勢で頑張り続ければ自己ベストは狙えるんじゃないかな。


「ったく厳しい先生だよお前らは……」

「だがまあ、その方がありがたくはあるがな」

「そうそう。夏休み補習漬けとかマジ勘弁。今ビシバシやってくれた方が良いに決まってるよ」


 今しんどい思いしておけば後々楽になるからな。当然だ。


「夏休みの予定とかはもう決まってるのかしら?」

「あー、まだっすね。とりあえず海と金銀コンビのおススメスポットで肝試しすんのは決まってますけど」

「まあ、肝試し! 良いわねえ。おばさんも若い頃は友達とその手の心霊スポットによく行ったものよ」


 へえ。


「ふふ、思い出すわ。あそこに入ったんか!? って怒るお爺さん」

「あるあるじゃないっすか。何故か曰くつきの場所にクソほど詳しくて急にキレ散かす老人」

「怪談ものだと高頻度でその手のジジババ出て来るよな」


 そんな具合で他愛のない雑談をしていたせいだろう。俺は完全に気が緩んでいた。

 酢飯系にはやっぱ赤味噌の味噌汁だよな、なんて考えていると母さんがこう切り出した。


「――――ところでニコくん、白幽鬼姫って呼ばれてるらしいけどそれはどうしてかしら?」

「ぶっ!」


 噴き出しかけた味噌汁を無理矢理飲み込み、俺は姉を見た。

 姉はてへへ♪ と笑っていた。

 あの夜、上手いこと誤魔化して以降は聞いて来なかったから完全に油断していた……!

 そうか、この時を待ってたんだな。俺の口からは聞けそうにないから、またタカミナ達を連れて来るこの時を……。


「あー、そりゃあれっすね。えっちゃんがここに居るタカミナこと“赤龍”高梨南をぶっ倒したのが切っ掛け……だったよな?」

「おう。うちの者もそんな感じのこと言ってたわ。雪みてえに白い髪のお姫様みてえに可愛い奴だが鬼のように強えってんで白幽鬼姫」


 誰が考えたか知らんが良いネーミングだよなと笑う金銀コンビ。

 いや良くねえよ。恥ずかしいわ。見ろよ、母さんと姉さんの顔を。


「……ところで赤龍もカッコ良い名前だと思わない? でもね、実は面白い由来があってさ」

「んー、それも聞きたいけど後で良いかな。今はニコのことについて聞きたい」


 クッソ、ダメか!?

 見れば野郎どももニヤニヤしている。こ、ここに味方は居ないのか……?


「いやでもマジ、えっちゃんは凄いっすよ。金角以外の俺を含む四天王、全員えっちゃんに負けてるし。手も足も出なかったぜ」

「誤解で喧嘩売ってボコられるとかすっげえダセェよなぁ?」

「っせえわ! お前、俺が勝てないってことはお前もだかんな!?」

「阿呆。ニコちゃんの強さは俺もよく知ってるっつーの。前に俺がアホどもに絡まれた時のことなんすけどね?」

「「ふむふむ」」


 興味津々じゃん……。


「噴水に座ってたニコちゃんがこう、淵に手ぇついて逆上がりの要領でアホの一人を蹴り飛ばしたんすよ。

そっから片手で倒立したまま飛び上がってクルリと宙で一回転。いやぁ、スタイリッシュだったなぁ」


 そりゃ絵的に映えるように立ち回ってるからな。

 喧嘩のスタイルでもバフかかるからそこは手は抜けないっていうか。


「ニコちんと言えばやっぱ蹴りだよね~。黒狗も後ろ回し蹴りでパツイチだったし」

「そうだなニコと言えば蹴りだ。特にタカミナとのタイマンの時に見た飛び蹴りは強烈だった」

「おお! それな! 何とかガードが間に合ったけど威力を殺し切れねえでやんの。腕も糞ほど痺れるしよぉ」

「俺ぁ ハイキック喰らったんだがやべえぞ! 速過ぎてまず見えねえし気付いたら当たってんだアレ」

「足癖の悪さが尋常じゃねえよなぁニコちゃん」


 別に拳を使わないわけでもないんだけどね。でもやっぱ蹴りだよ。蹴りは大ゴマに映えるんだもん。

 タイマンでもゴチャマンでも基本は蹴りから入るようにしてるのは映えを狙ってのことだからね。

 はっ! 母さんが嬉しそうだ……。


「そうなのね。ニコくんは足技が得意なんだ。ふふ、白幽鬼姫って名前と言い何だか運命を感じちゃうわ」

「と、言いますと?」

「おばさんね、昔はチームを率いてたんだけどその名前が“死羅幽鬼姫”なの。総長としてこの美脚で何人もの敵を沈めて来たんだから」


 俺にバレたからすっかり開き直っちゃって……。


「え、おばさん元ヤンなの?!」

「ええ。信州でぶいぶい言わせてたわ」

「うわぁ、超意外……あれでも待てよ。信州でおばさんぐらいの年齢つったら“あの”伝説のチームの話とかも知ってるんじゃ……」


 やだもう……ヤンキートーク盛り上がり過ぎぃ……。

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