Driver’s High⑨

1.ほらね、やっぱりこうなった


(そうだよな、そうなるよな……)


 けたたましいエンジン音と共に十数台のバイクが雪崩れ込んで来た。

 先頭を走っていたのは……あれ何だっけ。テツのとこで見たんだけど……何だっけなぁ。思い出せん。

 ともかく金色の塗装が眩しいバイクが入って来たんだが搭乗者は当然の如く柚だった。


「……下品な音ぉさせやがってよ。あの糞野郎」


 桃、それ君が言うの?

 お前のバイク、十中八九あそこに停まってるメタリックシルバーの同じ車種だよね?

 素人だからカスタムとかはよく分かんないけどさ。流れ的に同じでしょ? 違うのは色だけ。

 その方がキャラ構造的にしっくり来るもんなぁ。


「悪いなえっちゃん、野暮用が出来たからちっと待っててくれや」


 ぽんと俺の肩を叩き、桃は柚の下にずんずんと向かって行った。

 もうね、この時点で俺はこの先の展開が分かったよ。

 はぁと溜息を吐く俺の腕がちょいちょいと引かれる。姉さんだ。


「ねえねえニコ、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。テツから聞いたんだけどここでは喧嘩はご法度になってるから」


 と、言いつつも一触即発ぐらいにはなるだろう。

 これから起こり得るであろう展開を説明しよう。

 ヒートアップする口喧嘩。あ、そろそろやべえなってところで俺が仲裁に入る。

 んで多分、二人は止まらずに割って入った俺がブン殴られ場の空気が凍りつくはずだ。

 申し訳なさそうな二人に対しそこで俺は挑発をかます。

 んでレースの流れに持ち込んで終わった後、何か良い感じのことを言って二人の関係に変化が……みたいな感じだと思う。


(金銀コンビの素性を知らず両方と友達になった俺。喧嘩はご法度で揉め事は走りで決める場所。材料が揃い過ぎだ)


 そういう展開に持ってけば確実に俺は世界観バフの後押しを受けるはずだ。

 分かった上で敢えて予想もつかない方向に転がすのも悪くはないが、俺的にもこれが一番だしな。

 しかしその展開に持っていくためには準備が必要だ。物事には順序というものがあるからな。


「仮に喧嘩になりそうだったら俺が止めるし。両方友達だからね」

「銀二くんと多方面から睨み合ってるあの子とも友達なの?」

「うん。まさか桃と知り合いだとは思わなかったけど」


 さあ、前振りはしてやったぞ。おめえの出番だ、モブ!


「お、おいおい白幽鬼姫ェ……お前、金角と知り合いなんか?」


 早速レスポンスありがとうモブ!


「白幽鬼姫言うな。恥ずかしいから」

「あ、そうだ。それ聞いてなかった。後で良いから詳しく教えてよね」


 うひひ、と笑う姉。クッソ、何か良い感じに流されそうだったのに……!

 何でここで話題に出すかなぁ。そこは花咲でええじゃろがい。


「それより、きんかく?」

「…………おめえ、まさかうちの大将が誰なのかも知らんのか?」

「桃は桃でしょ? 遊びの達人、桃瀬銀二」

「ちげーよ! いや遊びの達人ってのはそうだが……」


 しょうがねえ、と溜息を吐きモブくんは語り始めた。


「四天王は知ってるな?」

「んー……ああはいはい。タカミナとか梅津の奴がそう呼ばれてるんだっけ?」

「まるで興味ねえってツラだ。まあ、話聞くに元々不良ってわけじゃねえから当然か」


 ごほんと咳払いをし、続ける。


「四天王っつーからにはよぉ。当然、四人居るはずだよなぁ?」

「! もしかして」

「北の“金角”柚原金太郎。そして南の“銀角”が誰あろう俺らが大将、桃瀬銀二よ」

「へえ。なるほど。道理で強いわけだ」

「の、暢気なリアクションを……」


 そこで俺はあ、と思い出したようにポンと手を叩く。

 何やってんだと思わなくもないが我慢だ我慢。


「そういやタカミナ達が言ってたかも。北の金角と南の銀角は仲が悪いとか」

「ああそうさ。うちの大将とあの金角はガキの頃から死ぬほど仲が悪いんだ」


 はぁ、とモブくんは深い溜息を吐いた。


「出会えば秒で殴り合うような関係でなぁ。最初にここに来た時も揉めかけたんだわ」


 その時は成人の走り屋集団が仲裁に入ったらしい。

 そしてまたここに来るつもりなら被らないように希望の日を言えと言われた。

 二人は示し合わせたわけでもないのに当然の如く、同じ“金曜”を希望。

 仲裁に入った連中は公平を期して金角を木曜、銀角を水曜に決めたのだとか。


「じゃあ何で今日、カガチ峠に来たの? 日曜だよ?」

「いや……銀二さんが急に走りたくなったとか言ってよぉ」


 フラグ立ちまくってる……

 今日は俺達以外に人目はないものの、また揉めたら事だとモブくんは頭を抱える。


「ふむ。喧嘩はご法度ってルールがあっても正直、不安だと」


 はい、介入の前振り完了。


「それなら俺が仲裁に入るよ。どっちとも友達だし」

「あ、ちょ……」


 モブくんが止めようとするのを無視してガンつけ合っている二人の下に向かう。

 しかし、あれはもう一周して笑えるな。上から下からうねうね睨み合う姿はもうギャグだよ。


「おーい」

「あ、えっちゃん」

「誰よ――っておお、ニコちゃん!!」


 互いに声を上げた後で、


「「あ゛?」」


 はい想定通りのリアクション頂きました。


「おいゴラ、金カスぅ……何を人のダチに馴れ馴れしく話しかけとるんじゃあ」

「すっぞゴラ、銀クズぅ……テメェこそ俺のダチに馴れ馴れしいじゃねえか」


 そらこうなるわな。


「ニコとかセンスの欠片もねえあだ名つけやがって。えっちゃんが可哀想だぜ」

「センスがねえのはテメェだろうが。えっちゃん? キッモ!」


 どっちも嫌だよ俺は。


「あ゛?」

「あ゛あ゛ん?」


 額を擦り付けて睨み合う二人……鹿の喧嘩かよ。


「二人共、カガチでの喧嘩はご法度でしょ?」

「でもニコちゃん! この腐れ外道が!」

「でもえっちゃん! この腐れ外道が!」


 本物の兄弟より息ぴったしじゃねえか。

 さて、良い具合に場も温まってるしそろそろ特攻ぶっこむか。


「ライバル関係も結構だけど時と場所を――――」

「「誰がライバルだテメェ!!」」


 二人の拳が俺の顔面に突き刺さりギャグのように吹っ飛ぶ。

 吹っ飛んだ瞬間「あ、やべ」みたいな顔をしてた二人が微妙にウケた。


「に、ニコ! 大丈夫!?」


 駆け寄って来る姉を仰向けのまま手で制す。


「す、すまねええっちゃん! 俺……」

「わ、悪いニコちゃん! 俺……」


 そして姉に少し遅れて駆け寄って来た二人に言ってやる。


「――――ちっちぇな」


 さあ、ショータイムだ。




2.兎を追って


 謝罪を遮るようにかけられた言葉に金太郎と銀二の足が止まる。

 笑顔はそんな二人に構わず続けた。


「器も小さけりゃチ●コも小さいしょうもない野郎どもだって言ったんだよ」

「「あ゛? 誰のチン●が小せえって!? 何ならここで見せてやろうかオルァ!!」」


 そこかよ。


「そうやって直ぐキレるとこなんか正に小物そのものじゃん」

「「……」」


 ピキ、ピキキっと二人の顔に血管が浮かぶ。

 剣呑な気配が漂い始め彼らのツレは顔を蒼褪めさせているが笑顔はまるで気にしていない。


「……おいおい、えっちゃんよぅ。いきなり殴りかかったのはさぁ。俺が悪いぜぇ?」

「だがよォ、言うに事欠いてちいせえ? 誰がチビカス小物野郎だって? ひょっとして喧嘩売られてる?」

「おや、随分暢気だね。分かり易く売ったつもりなんだけど」


 ただでさえ沸点の低い二人は即座に頭に血を上らせ同時に仕掛けようとするが、


「「!?」」


 するりと距離を詰めた笑顔は彼らが反応するよりも早く二人の肩に手を回した。


「“揉めたら走りで決着きめる”」


 二人の頬に汗が伝う。

 金太郎も銀二も笑顔の強さは知っている。直接、やり合った銀二は尚更だろう。

 それでもまるで反応出来ず自身の領域テリトリーを侵されるとは思っていなかったのだ。


「それがここの“ルール”だろう?」


 パっと手を離し、笑顔は二人に背を向けて歩き出した。


「姉さん、これ預かってて」

「え? あ、うん」


 脱いだシャツを姉に渡し、自身の愛車に跨ると笑顔は二人を見て小首を傾げる。


「どうするの? 逃げるならそれでも良いけど」

「「誰が!!」」


 二人も愛車の下に駆け寄り笑顔が待つ駐車場入り口へと急いだ。

 間に笑顔を挟み並び立つ。レースの合図はこの場における紅一点、高峰麻美が務めることとなった。

 スタートはここでゴールもここ。六周して一番速かった奴が勝ち。ルールは至ってシンプルだ。


「いやあ、はは。何か緊張するね! ヨーイ、ドン! で良いのかな?」

「……姉さん、それは流石に気が抜けるから普通に腕を振り上げるだけで良いよ」

「そう? それじゃあ」


 麻美は腕を水平に伸ばすやグッと屈み込み、


「――――始め!!」


 勢い良く飛び上がった。


(ッッ……おっぱい!!!!!!!)


 豊満な胸がたゆん♪ と揺れた。

 それを目に焼き付けながら先行スタートを切ったのは金太郎だった。

 そしてその少し後に銀二、だいぶ開いて笑顔という形だ。

 二人は笑顔がスタートダッシュをとちったと思った。


(……無理もねえ。話に聞く限りじゃ一昨日、貰ったばかりらしいからな)


 銀二は申し訳ないことをしたと内心、ごちる。

 少し走れば頭も冷えた。あの挑発は怒りを自分に向けさせるものだったのだろう。

 そうしてレースに持ち込んでこの場で一先ずの決着をつけさせ諍いを止めるつもりなのだと。

 銀二も金太郎も笑顔の行動にそう当たりをつけた。

 負い目があるとは言え勝負事で手を抜くのはポリシーに反する。


((また今度、埋め合わせをしよう))


 そう考え二人は笑顔から意識を外した。

 形はどうあれ金角/銀角との勝負なのだ。負けるなんてあり得ない。絶対勝つ。

 彼らの頭にはそれしかなかった。


(スタートダッシュで遅れを取ってアドバンテージは渡しちまったが巻き返せないほどじゃねえ)


 勝負をかけるのはくだりのカーブ。

 結構な勾配と角度で普通は事故らないように慎重になるべきポイント。

 だからこそ好機となる。ギリギリを攻めて追い抜く。

 はたして銀二の狙いは、


「――――ざまぁねえなゴールドチキン!!!!」


 成功した。


「「え」」


 半分だけ。

 間の抜けた声が同時に漏れる。金太郎を抜かしてやったという高揚感も、銀二に抜かされたという悔しさも瞬く間に消え失せた。

 二人の視界には自分達を追い抜いた笑顔の姿が映っていた。


(まさか……嘘だろ……!?)


 銀二は自身のコーナリングは完璧だと自負している。

 なのにどうだ? 笑顔はその更にその内側。ギリギリを攻め一歩どころか半歩ずれれば事故ってしまうか細い道を平然と駆け抜けたのだ。


「ッ……ニコちゃん、! お前手を――――」


 驚愕と焦燥。金太郎が聞こうとしたことは銀二が聞こうとしたことでもあった。

 問いを遮るように笑顔は言う。


「ちっちぇえな」


 特別声を張り上げているわけでもない。

 なのに笑顔の声は不思議と、風にもエンジンにも掻き消されず二人の耳に届いた。


「別に仲良しこよしになれとは言わないさ。ああ、気が合う合わないはあるだろう」


 でも、と笑顔は呆れ気味に言う。


「それならそれで対立を“楽しめ”よ」


 対立を楽しむ? 笑顔は困惑する二人などお構いなしで続ける。


「君ら、小学校の頃から勝った負けたを繰り返してんでしょ? それはつまりずっと“成長”し続けてるってことだ。

何故? 張り合う相手が、勝ちたいと願う相手が君らの足を進ませてるんだろ。

勝てば一つまた成長出来たってことだし、負けたらまた一歩先に進める余地があるってこと……なら、楽しまなきゃ損でしょ?」


 当然のことながら二人はそんなことを考えたこともなかった。


「実際に二人と接した俺だから分かる。柚も桃も良い奴だよ。

気に入らないところはあってもどうしたって互いが許容出来ない屑ってわけでもないんだ。

だったら楽しめるだろ? なのに顔を合わせりゃキャンキャン吼え合って……子犬か」


 その余裕の無さをこそ笑顔は“小さい”と評したのだ。


「偉そうに説教垂れやがってって思う? でも俺は正しい。正しいから」


 少しだけ振り向き、笑顔は二人を見た。


「君らは今、俺の“尻”を眺めることしか出来てない」


 その言葉はどこか遠くに聞こえた。怒り? 悔しさ? 否、どちらも違う。

 二人は同じものを見ていた。


((蒼い瞳の、兎))


 まるで不思議の国に迷い込んだような。奇妙で、それでいてどこか高揚を覚える。

 不思議な夜だ。きっと、この夜を境に何もかもが変わっていく。あの兎を追った先に知らない景色が広がっている。


「まあ俺の言葉は、今は置いておけば良いさ。馬鹿な頭で幾つもあれこれ考えたところで意味はないしね。今考えるべきは」


 何とも言えない感覚に呆ける二人に笑顔は言う。


「――――このままだと君ら、良いとこなしで終わっちゃうよ?」


 それとも男のケツを眺めるのが好きなのかな?

 あからさまな、それでいてどこか気持ちの良い激励にも似た挑発に金太郎と銀二は口角を上げ、叫ぶ。


「「上等だ!!」」

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