Driver’s High⑧
1.んごっふ
翌日のことである。時刻は午後9時を少し過ぎた頃か。
金・土と遊んでいたせいでやっていなかった宿題に取り組んでいた。
(別にやらんでも問題はないんだろうけどな)
忘れたと言ってもスルーされるだろう。
何ならご機嫌取りのためにやってないのにやってることにするまであり得る。
だがそれはしない。そんなことをすればキャラからずれてデバフがかかるからな。
世界観バフ・デバフの恐ろしさを俺は身を以って知っている。
(デバフがかかれば六十人も烏合の衆になるし、逆にバフがかかってれば死ぬほどブン殴られようと立ち上がって来る)
今のとこ俺はバフがかかる、ないしはデバフがかからないように立ち回れていると思う。
キャラ属性に付随する常時発動型とシチュエーションによって発動するイベント型両方共に問題はないだろう。
主人公と戦うなら負けるのが俺の望みだしデバフかかりまくっても問題はないが、そうじゃない時はなあ。
この世界観でやっていくなら強さは必要不可欠だ。弱くならんよう日頃から気をつけないといけん。
「……っと、この問題で最後か」
さらさらっと答えを書き込みプリントをファイルに仕舞う。
タイミング悪く三科目も宿題が出てしまったがようやく終わりだ。
「ふー」
息を吐き椅子にもたれ掛る。
まだ寝るには早い時間だ。かと言ってテレビを見ながらぼんやり過ごすって気分でもない。
(少し、流して来ようかなぁ)
そういやバイクで思い出したが母さん。
俺に露呈したことで開き直ったのだろう。違うとこにこっそり保管してある愛車を家に移すんだとか。
今度ツーリングにと笑顔で誘われた時は反応に困ったな。姉もそうだが誰も俺の無免許運転に触れないんだもん。
まあ母は分かる。今は解脱してるけど元はヤンキー輪廻の住人だし。
ただ姉は一般人でヤンキー輪廻の外に居る存在だ。なのにガンスルー。気ぃ遣ってるとか言い難いとかそういうあれではない。
『まー、男の子だしそれぐらいはなー』
ぐらいの認識なのだろう。
ヤンキーでないもののヤンキーがそこかしこに居る世界だしな。
(俺も慣れるべきなんだろうけど、どうしても前世の常識が俺にツッコミを入れさせる……)
などと考えているとコンコンとドアがノックされる。
どうぞと声をかけると姉が部屋の中に入って来た。
もう風呂を済ませたのかシャツとショーパンというラフな格好をしているがこれ年頃男子には結構な毒だな。
「どしたの?」
「いやほら、昨日言ったじゃん? ドライブだよドライブ。お姉ちゃん夜のドライブしてみたいな~って」
両手を合わせダメ? と小首を傾げる姉。
お願い自体は別に問題ない。そもそも俺も少し走ろうかと考えてたとこだしな。
そういやドライブって言ってるけど単車乗りからすれば気になったりするのかね?
まあバイクとかには疎いだろう姉の発言を一々気にはしないか。
(問題は……場所と時間だな)
暴走族とか族ではないけどバイク乗ってるヤンキーにとっては今からが本番だからな。
アホに絡まれないかが心配だが、期待に満ちた瞳を裏切るのは胸が痛い……。
……うーむ、まあいざとなれば逃げれば良いか。一人ならともかく姉も一緒なら逃げてもデバフにはならんやろ。
そう、ヤンキーは身内を大切にする法則である。
「良いよ」
「やた! じゃ、早速行こうよ。私、ちょっと行ってみたいとこあるんだよね~」
行きたい、とこねえ。
ともあれ出かけるというのなら一言言っておくべきだろう。
普通ならこんな時間にと怒られるかもだが我が家の母は元ヤンである。
気をつけてね~以外にはなーんもなかった。
「しっかり掴まっててね?」
「うん! えへへ、何か良いねこういうの」
ぎゅっと俺に抱き付いた姉は楽しそうに笑う。
乳の感触もそうだがこの態度はホント……姉の同級生に同情するぜ。
「それで行きたいとこって?」
「峠!」
峠ってあんた……ホットスポットじゃないっすか。
ああでもここらで峠となると……俺はテツから聞いた話を思い出す。
「峠……カガチ峠?」
「そうそこ! 友達が彼氏と夜のデートで行ったらしいんだけどめっちゃ自慢してきてさぁ」
だから自分も行きたくなったと。
「分かった。それじゃ行こうか」
「おー!」
カガチ峠なら問題ない。あそこは非戦地帯だしな。
俺もテツから聞いただけだがかつてカガチ峠を根城にしていた伝説的チームがここでの喧嘩はご法度と定めたのだという。
揉めたら走りで
あそこで喧嘩したらそいつらをその場に居る他の連中でシメ上げるのがお約束になっているとも言ってたな。
(それなら喧嘩を売られることもなかろうさ)
話を聞いて一度は行ってみようかとも思ってたし丁度良い。
そんなことを考えていたら住宅街を抜けたので俺は一気にスピードを上げる。
「ひゃー! はっや~い♪」
「大丈夫?」
「もーまんたい! 滅茶苦茶速いけど全然怖くない! 何でかな? やっぱニコの運転が上手いから?」
「どうだろね?」
法定速度は軽くブッチしてるけど喜んでくれたなら何よりだ。
キャッキャとはしゃぐ姉の声をBGMに走り続けることしばし。お目当てのカガチ峠に突入した。
「ねえねえ! 上の方にある休憩スペースみたいなとこにホットスナックの自販機あるらしいよ!」
「……この時間に食べると太るよ?」
「あはは、ニコは馬鹿だねえ。太ればダイエットすれば良い。つまり太るまでは好きに食べて良いの!」
太らないように普段から気をつけるべきなのでは? 俺は訝しんだ。
だがまあ姉のリクエストとあらば是非もない。スピードを上げて山を駆け上がる。
(ここ、かな?)
広い駐車場とそこそこの数が並んでいる自販機。
建物の光は消えているが……うん、多分ここだろう。
(タメっぽいのが十何人ぐらいたむろしてるのがちょっと気になるけどまあ……大丈夫か)
万が一何かあってもこれぐらいの数なら余裕だしな。
俺はそれっぽい自販機の近くに白雷を停車させる。
「大丈夫?」
バイクは運転する方より後ろに乗ってるのがしんどいからな。
しかし、姉はケロっとしているようで平気平気と笑っている。
「それよりほら、どれにする? どれにする!? 何かもう、めっちゃ美味しそうなんだけど!」
テンションたけぇ。
だがその気持ちは分かる。パーキングエリアとかでこういうの買うとすっごいテンション上がるよね。
おや? たむろしてた連中の三人ぐらいがこちらに向かって来るのが見えた。
そいつらは俺達の近くで立ち止まるとニコっと笑い、
「いやぁ、渋いの乗ってんね~♪ お姉さん“達”ひょっとしてバイク好きだったりする? それなら俺らと……」
「んごっふ」
姉が噴き出した。
んごっふて……女の子がして良い笑い方じゃないでしょ。
「え」
声をかけた奴らも戸惑ってんじゃん。
「ふ、ふひゅ……ひ、ひひ……な、ナンパされちゃったねニコちゃん。どうする?」
必死に笑いを堪えようとしてんだろうけどさぁ。
姉の奇態に野郎どもも戸惑っているようだがこんな上玉を逃す手はないと思ったのだろう。
気を取り直してこう続けた。
「君、ニコちゃんって言うんだ! あだ名かな? 可愛いなぁ」
「あひゃひゃ……!」
姉ェ……。
「え、ちょ!?」
俺は無言でシャツのボタンに手をかけた。
焦りと期待が入り混じった表情を無視し、そのまま前を全開にしてやり胸を見せ付ける。
「…………男?」
「ごめんね、男で」
「わはははははははは!!」
完全にツボってんじゃん。ゲラが過ぎるでしょ。
何とも言えない気まずい空気……いやちょっと待て。男だと分かったのに何でお前ら照れ臭そうに目ぇ逸らしてんだ。
ちょいちょいと指で前を閉めるようジェスチャーするんじゃない。
「い、いや男だと分かっても色気が……」
「アホか君は」
呆れていると、
「おうコラァ、カタギに絡んでんじゃねえよぅ」
覚えのある声が聞こえた。
トイレから出て来たそれは、
「銀ちゃん! いや、違うよ絡んでないって! ただちょっと珍しいバイク乗ってるから……」
「それを取っ掛かりにしてナンパしようとしたんだろ? カーッ! いやしか!!」
桃?
「いやすいませんね、うちのもんが。これからお詫びに……あん?」
「あんたも俺らを出汁にしてナンパしようとしてんじゃん! ってどうしたのさ銀ちゃん」
向こうも俺に気付いたらしい。
「えっちゃーん! どしたぁ!? こんなとこで会えるとは思わなかったぜ!!」
嬉しそうに抱き付いて来た桃の背をぽんぽんと叩き、離れさせる。
ちょっと香水がキツイんだ。
「いや、一昨日バイク貰ってね。それで姉さんがカガチに行きたいって言うからさ」
「姉さん? うぉ、激マブ……!!」
だから古いって。
「ニコ?」
「ああうん、友達。桃――桃瀬銀二っていうんだ。ほら、前に魚持って帰ったでしょ?」
「あー! じゃあその子が一緒に渓流釣りに行ったっていう」
「そうそう」
お土産にって釣れた魚を持たせてくれたんだよな。
母と姉にも好評だったよ。天ぷらにしたんだけどあれは美味しかったなあ。
「えっと銀二くんで良いかな? こんばんは、ニコの姉の麻美です。弟と仲良くしてくれてありがとね♪」
「! い、いや……そんな……」
っておい、俺の後ろに隠れるなよ桃。え、何? 照れてんの?
これはあれか、振られまくってるから好意的な反応に慣れてないのか。
「そ、それより! えっちゃんよ、バイク貰ったって……ひょっとしてそいつか?」
白雷を見つめる桃の瞳はこれまでが嘘のように真剣なものだった。
「そうだけど……乗ってみる?」
ちょっとした悪戯心。しかし、桃はゆるゆると首を横に振った。
「いや、やめとく。流石にこんだけのもんは乗るのが怖い」
「そういうとこ案外、真面目だよね桃って」
「そーは言うけどよぅ。えっちゃんもいきなし高級車乗らせてやるって言われたら困んだろ~?」
「まあね。でもそれとは別の意味で乗らなくて正解だよ。コイツ、曰くつきだから」
そう言えば母さんはエンジン音を聞くだけでコイツが曰くつきのマシンだと察知してたな。
けど最初から知ってたテツは別としてタカミナとトモは気付かなかった。桃もそう。
この感覚の違いはヤンキーとしてのレベルの差なんだろうか?
俺らがレベル20~30レベルヤンキーだとしたら母さんは全盛期には劣るとしても60レベルぐらいありそうだしな。
しかも母さんは一次職じゃなくて二次職か三次職あたりの総長だからなぁ。
「いわ……ゆ、幽霊か? 幽霊なんか?」
「……苦手なの?」
「バッ! 苦手じゃねえ奴いねえだろ!? いや殴れるなら大統領だろうが何だろうが結構だがよぅ。幽霊は物理無効なんだぞ!?」
そうね。殴れる幽霊ってギャグみたいなもんだし。
「まあでもこれは幽霊ってより……何だろ、呪いとか? そういうあれだから」
「呪いも殴れねえじゃん! つか、え? 大丈夫なんかよえっちゃん」
「これを譲ってくれた人が言うには俺は選ばれたみたいだから」
「……それはそれでおっかねえなぁ。やべえのに目ぇつけられたみたいでよ」
それな。俺も考えないようにしてたけど白雷を擬人化したらメンヘラ女に付き纏われてるのと一緒だからね。
まあ擬人化せんでも既にリアルヒューマンのメンヘラにヒロイン疑惑が出てるわけだが……クッソ。
「ってか銀二くん。その別嬪野郎と知り合いなんか?」
「あ? こないだ言ったべ。えっちゃんだよえっちゃん」
「え? あ、あー! 銀二くんが勘違いで喧嘩売ってしこたまボコられたっていうあの!!」
「止めろや! 事実だけど恥ずかしいだろ!!」
「いやあれは俺にも悪い部分があるから」
マジで傍から見りゃ俺、ただの糞野郎だったからね。
実際もその通りだしな。手は出してないけどおもっくそ心の傷をナイフで抉ってやったもん。
「銀ちゃんボコるとか綺麗な顔しておっかねえんだなぁ。あ、俺ぁ志村ってんだ。よろしくな」
そう言って次々と自己紹介をしてくれる。
俺も釣られて名乗り返してから……はたと気付く。
「花咲、笑顔?」
柚も桃も俺の名前には何か覚えがあると言いつつ思い至りはしなかった。
互いにライバルを潰すことにしか興味がなかったからだろう。
しかし彼らは、
「じゃ、じゃあコイツが“赤龍”と“黒狗”を潰した“白幽鬼姫”だってのか!?」
姉さんの視線がぎゅるん、と俺に向けられた。
影で喧嘩してたこともあるだろうが“白幽鬼姫”という異名に食いついたのだろう。
……喧嘩してることがバレるのは嫌だけど……まあこれはいずれバレるだろうと思ってたから良い。
でも白幽鬼姫は……白幽鬼姫だけは知られたくなかった……!
「おぉ、えっちゃんマジか。黒狗はよう知らんけどあのタカミナを」
「いや俺は――って、タカミナと知り合いなの?」
「ん? おう。まあ、前にちっとだけ話したことがある程度だがな。それでもアイツがアホつええのは分かったぜ」
すげえじゃん! と笑顔で肩を叩く桃。
本当に柚以外には興味がないらし……ん? ちょっと待てよ。このシチュエーション……?
そう考えた正にその時だ、遠くで派手なエンジン音が響いた。
桃の顔が見る見る険しいものに変わっていき、
「……この音は」
ああ! やっぱり!?
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