Driver’s High⑦

1.規定路線だな


 何やかんやとトラブルはあったが七時過ぎにアイスを買って秘密基地に帰還した俺達は早速、バーベキューの準備を始めた。

 バーベキューセットと業務用のデケエ炊飯器はタカミナの持ち込みだ。

 家が建設会社だけあってそこらの道具はバッチリらしい。


「そろそろ良いんじゃないか?」

「だな。おーしお前ら! 肉並べてくぞ!!」


 タカミナの号令で食べやすい大きさにカットした牡丹肉を網に並べていく。

 網の殆どはお肉で占有され野菜のスペースは少ないがそこはあまあ、年頃男子のご愛嬌ってことで。


「あー……良い音だ。これ、良い音だよぉ」

「肉が焼ける音って何でこんな小気味良いんだろうな」

「音もそうだが匂いもだ。最早これは犯罪レベルと言っても過言ではあるまい」


 分かるマン。

 焼き肉って食べる前からもうテンションぐん上がりだよね。


「ニコちんはお肉はしっかり焼く派? それともギリギリ攻めるタイプ?」

「前者かな。その方がタレとよく合うような気がする」


 つか肉によっては生焼けだとマズイしな。

 豚や内臓系とかは特に火をしっかり通さないとまずいと思う。


「へえ、俺は若干ぐにぐにしてるぐらいが好きだね」

「まあでもこの猪はしっかり焼いた方が良いだろうな。爺さんがしっかり処理したとは言え元は野生のものだし」

「そう言えばトモはよくこういうの食べてるの?」

「よくってほどではないが爺さんの田舎に行った時とかにはまあ」

「俺、猪初めてなんだけど味はどう?」


 前世でも食べたことがないから期待半分不安半分といった感じだ。

 今んとこ良い匂いはしてるんだけどねえ。


「んー……個体によるとしか言えないな。管理された家畜と違って野生のものだからな。

ただ狩った後の処置がしっかりしてればそれなりの味にはなる。

爺さんはよく害獣駆除をやっていて肉の処理にも長けているからこれは悪くないと思うぞ」


 よく言う獣臭さや食べるのが手間なぐらいの硬さはないだろうとのことだ。


「まあぶっちゃけ万能調味料焼肉のタレがあればよっぽどのじゃない限りは美味しく食べられるな」

「偉大だなぁ、焼肉のタレ」


 そうこうしている内に良い色になって来た。

 そろそろかと目で問うと頷きが返って来たので俺達はそれぞれの陣地で焼いていた肉を回収する。

 底の深い小皿に注がれたタレをたっぷり塗り付けてから口の中に放り込む。


「む」


 味は豚のそれに近い……が、野に生きる獣と飼い慣らされた獣の違いか。

 若干、淡白で硬さと野生味を感じる。だが決して悪くはない。いやむしろ美味い。


「牛豚鳥とはまた違う感じだけどおいし~い♪ いやぁ、変り種のお肉もたまには良いね!」


 テツが嬉しそうに言う。前から思ってたけどコイツ、本当に美味しそうにものを食べるよな。

 これだけ感情表現が豊かだと作る方も嬉しいだろう。俺とは大違いだな!


「おお、確かにこりゃうめえわ。飯にも合う。飯足りるか……?」

「足りるでしょ。というか一人一合でも十分でしょ」


 幾ら成長期とは言え、ねえ?

 白飯だけならともかく肉や野菜、コーラもあるのだ。わりと直ぐに腹は溜まりそうだ。

 それに加えてデザートのバケツアイスもあるしな。


「そう言えば」


 トモがタマネギを齧りながら何かを思い出したように呟いた。

 俺達の視線が一斉に向けられ少しばかり怯んだような顔をするが、トモは小さく咳払いをして語り始める。


「黒狗、アイツ中々面白いことになっているらしいぞ」


 黒狗――梅津か。別にそんなことはないんだがもう随分と昔のことに感じるな。

 濃密な日々を送っていたからだろう。いやホント、何もない時は全然何もないのにある時は濃度が……。


「ああでもニコは欠片も興味はないか……」

「いやそうでもないよ」

「そうか? なら話そう。お前の予想通り、タイマンで負けてからは地獄だったらしい。と言っても一週間かそこらだけどな」


 ほう?


「何があったのか知らんがやられるだけだった黒狗が反撃を始めたんだ」

「へえ、ニコちんにボッキリ折られてもう再起不能かと思ってたよ」

「俺もだ」


 俺は思わずタカミナを見た。タカミナもこちらを見ていた。

 あの雑木林でのタイマンは誰にも言っていない。

 示し合わせたわけではない。ただ何となく自分の胸に秘めておけば良いと思ったからだ。


「反撃された側も舐め切ってるからな。ビビらず黒狗を潰そうとするんだが奴は不屈の闘志で何度も立ち上がる。

以前のようにシメた奴を部下にしてそいつを使うような真似もせずたった一人で……一体、どんな心境の変化があったんだろうな」


 フラグはしっかり成立したわけだ。となるとこれからの流れも読めるぞ。

 再度、西区の頂点に立ってもかつてのようにはなるまい。一匹狼を気取り始めるだろう。現に今も一人で戦ってるみたいだしな。

 だが、一度完全に圧し折られて立ち上がった姿を見て梅津を認める奴も少ないながら出て来るだろう。

 で、そいつらが仲間になるのよ。分かるんだよね、分かっちゃうんだよねそういうの。


(ああでも、梅津だからな。本当に一人か二人かも)


 かつての行状による怨みもあるだろうが、それ以上に奴自身の性格的にもな。

 元がいじめられっこで人間不信の気がある梅津のことだ。中々、傍に人を置きたがらないだろう。


「そういやニコちん言ってったっけ。ここからが正念場だって。アイツは見事、良い方を選び取って這い上がったわけだ」

「ニコはこうなることが分かってたのか?」

「さあ? どうだろうね」


 あの時はとりあえずフラグ立てておくかーぐらいの軽い気持ちだったしな。

 タカミナが会いに行っても成立するかどうかは分からんかった。


「この調子だとその内、ニコにもリベンジを仕掛けに来るんじゃないか?」

「いやその前にタカミナじゃな~い? あんなこと暴露されたんだし汚名を晴らす意味でもさ」

「どうするニコ、タカミナ。もしリベンジに来るなら今度は簡単には行きそうにないぞ」


 再度、タカミナと顔を見合わせる。タカミナは堪え切れず笑い出した。


「ああ、確かに強敵になってんだろうな。良いじゃねえか、楽しみだよ。なあ?」

「俺は別に」


 仮に俺へのリベンジを果たすとしてもだ。

 まずはタカミナだろう。そしてタカミナが負けるところは想像出来ない。

 そりゃあ苦戦はするだろうがきっと最後に立っているのはタカミナだ。本気でやり合った俺だから分かる。


「っと、そろそろ網が寂しくなって来たな。追加の肉投下すんぞ!!」

「「おー!!」」




2.この妖気は……!?


 昨夜は明け方近くまで盛り上がり、起きたのは夕方の四時を少し過ぎてからだった。

 寝すぎたせいでぼんやりする頭から霧を払うように軽く伸びをして立ち上がる。

 テツトモコンビは未だグースカ寝ているが、どうやらタカミナはもう起きているらしい。

 寝室を出てリビングへ向かうと、ソファに寝転がって煙草を吸いながらテレビを見ているタカミナを発見した。


「はよーっす」

「おはよ。早いね」

「いや、俺もさっき起きたとこ。あ、コーヒーあるけど飲むか?」

「飲む」


 小型冷蔵庫から取り出した缶コーヒーが投げられ左手でキャッチ。

 プルタブを開けて少しばかり口の中に流し込むと、


「……ッ効くねえ」


 寝起きの頭に染み渡っていくカフェイン。一気に目が覚めた。

 だよなとタカミナは笑う。


「にしても」

「ん?」

「昨日の話だよ。黒狗の野郎。お前に負けてビッ! と気合入ったらしいな」

「みたいだね」


 後々の展開を予想するなら俺らとつるみ始めるかもな。

 つっても素直に仲良くする感じじゃなくて……そう、あれだ。べジータ。

 べジータみたいに口でつんつんしながらも、ってな具合になると思う。

 でもそうなるのは金銀コンビとのイベントをこなしてからだろうな。


「俺に黒狗。その内、何かあって金銀コンビともやり合うかもしれねえな」

「……勘弁してよ」


 絶賛、イベント進行中です。

 それはさておき、もうすっかり眠気も抜けたしそろそろ帰ろうか。


「タカミナ、俺そろそろ行くよ。テツとトモにもよろしく言っといてよ」

「おう、気ぃつけてな」

「うん。昨日はホント、楽しかった。ありがとうね」


 荷物をまとめプレハブを出たところで何となしに空を仰ぐ。

 まだ夕焼けには少し早い、でも日が少し傾き始めた空が俺は好きだ。

 ほんの少し良い気分になった俺は白雷に跨り廃材置き場を後にした。


(やっぱ良いな)


 タカミナ達と並んで走るのも悪くないが、のんびり一人でというのも良い。

 その内、一人で峠を攻めてみたり……いやダメだな。絶対、絡まれる。

 バイクは楽しいけど喧嘩はかったるいだけだもん。ああでもあそこなら大丈夫か?


(しかし……)


 普通に走ってるけど誰も気にしてねえな。

 ノーヘルの中坊っぽいガキがバイク乗り回してたら普通はギョッとするもんだろうに……。

 表面上は前世と同じに見える世界だから余計に違和感が酷い。


(いや俺も好んで道交法にファックサインしたいわけじゃないんだけどさぁ)


 曰くつきバイク貰って乗り回さないと良くない感じがね。

 で、乗るにしてもメットとかつけたらこれまたデバフかかりそうだし……。


(難儀やでえ)


 そうこうしていると自宅に到着。

 ガレージに白雷を入れ、これどう説明したものかと悩んでいた正にその時だ。


「ちょっとお母さん、急にどうしたのよ!?」

「あのエンジン音から感じた妖気……尋常のそれじゃなかったわ!!」


 鬼●郎かな? 妖気てアンタ……。

 俺が軽く引いていると母と姉がガレージに入って来た。

 目を丸くして俺と白雷を見つめる二人に俺は少し躊躇いがちに声をかける。


「あー、ただいま」

「う、うん。おかえり。タカミナくんとこにお泊りに行ったんだよね? それは……」


 呪いのマシンに選ばれた結果、友達のお父さんから貰いました。

 とは言えんわ。俺はそういうお約束だと分かってるからオカルト染みた話も受け入れられたけど姉は一般人だ。

 ヤンキー輪廻の外に居る人間からすれば何言ってんのお前? ってなもんだ。

 あ、でも母さんは――――


「……カミナリマッパ? いやでも違う。ただのマッパじゃないわ」


 この八年間で一度も見たことがないギラついた眼差しで白雷をガン見する母。

 これはどう考えても元ヤンの血が騒いでいますねえ……。


「この純白、そしてカスタム……そんなまさか……いえ、でもこれほどの妖気は……」

「「……」」


 姉と顔を見合わせる。互いに何とも言えない表情をしていると思う。

 鼻息めっちゃ荒いもん。完全に俺ら眼中にないもん。欲しい玩具を前にした子供より夢中だもん。


「――――“呪雷”?」


 あ、やっぱ知ってんすね。


「私も噂でしか知らない悲劇に彩られた伝説のマシン、そんなものがどう――ハッ!?」


 ようやく気付いたらしい。

 母の頬が見る見る赤くなっていく。やべえな、これまで気まずい場面は幾度もあったがこれ、どうすれば良いかわかんねえ。


「あ、いや……ち、違うの! これは、これは……そう、友達! お母さんの友達にバイクに詳しい子が居てね?」


 めっちゃ早口ぃ……。

 あたふたと手を振り目を泳がせる様を見ていると、流石の俺も知らん振りは出来ない。


「…………大丈夫だよ母さん、母さんが元ヤンなの知ってるから」

「!?」


 ギョッとして姉を見る母、姉は俺に抗議の声を上げる。


「ちょっとニコぉ!」

「いやだって……無理でしょこれ」

「う、うぅ」


 恥ずかしそうに両手で顔を覆う母。

 多分、あれだ。優しく淑やかなイメージを俺に抱いてて欲しかったんだろうな。

 でもそりゃ無用の心配だ。


「母さんは母さんなんだから別に良いじゃん」


 この人の素敵なところは表面上の態度なんかで曇るようなものではない。

 その心根こそが賞賛されて然るべきものなのだから。


「~~~ッに、ニコくん!!」


 感極まったように抱き付く母――うんごめん、めっちゃ力つええ。

 ミシミシって言ってるんだけど。これ絶対、今もこっそり鍛えてるでしょ。


「はいはいお母さん、お母さんの馬鹿力で抱き締められたらニコ死んじゃうよ」

「誰が馬鹿力よ! 失礼ね!」


 ぷんぷんする母には悪いが馬鹿力はその通りだと思う。

 いや、俺も人のこと言えた義理じゃないけどね。人間片手で持ち上げられるし。


「それにしても、よくわかんないけどこれ凄いバイクなの?」


 姉が手を伸ばそうとすると、


「止めなさい!!」

「わ!? び、びっくりしたぁ……急に大声出さないでよ」

「麻美、この子は長いこと乗り手が現れなかった危険なマシンなの。ニコくん、どうしてニコくんがこれを?」


 口調とは裏腹にその瞳は先ほどから興奮しっぱなしだ。

 俺は素直に事の次第を語ることにした。


「…………そう、呪雷――いえ、白雷がニコくんを。ここに乗って来た以上、もしかしてとは思っていたけど」


 驚愕と羨望。

 曰くつきのマシンを乗りこなすとか元ヤン的には“熱い”もんね。


「呪いとか胡散臭いなぁ。まあでも、ニコのものになったんならもう大丈夫なんじゃない?」

「馬鹿ね。この子の気位の高さを舐めちゃいけないわ。後ろに乗るぐらいならともかく他の人間が動かそうとしたら確実に呪われるわ」

「ふーん?」


 やはり姉にはピンと来ないらしい。

 俺もイカレタ世界観を理解してなきゃ同じ反応だったと思うわ。

 しかしあれだな。母は流石、元ヤンキー輪廻の住人だけあって理解が早え。


「でもバイクかぁ。カッコ良いよね。ねね、ニコ。今度お姉ちゃんを後ろに乗せてドライブ連れてってよ」

「え? ああうん、まあ良いけど」


 不安がないでもないが俺が操る限りは白雷もむしろ姉を守ろうとしてくれるだろう。


「やた♪ ってあ! やば、もう直ぐ見たい番組始まっちゃう!!」


 姉はぱたぱたと忙しなく家の中へと戻って行った。

 残された母は少しの間、白雷を見つめてから意を決したような顔で右左を見渡し始める。

 そして誰も見ていないことを確認するや内緒話をするように俺の耳に顔を近づけ、言った。


「……お、お母さんも今度こっそり内緒でケツに乗せてくれる?」

「あ、はい」


 妙な形だがこれも親孝行……なのか?

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