Driver’s High⑥

1.伝説


「……信じらんない」


 呆然と呟くテツだったがハッと我に返るや、親父さんの胸倉に掴みかかった。


「親父! 何考えてんのさ!? よりにもよってあのマシンに乗らせるなんて……!!」


 親父さんは気にせず煙草を吹かしている。

 ひよこヤンキーと鶏元ヤンの格の違いがよーく分かる構図だ。


「ニコくん、どうだった?」

「……びっくりするぐらい“馴染み”ました」


 そう答えると親父さんはだろうなと小さく笑った。


「親父さん、あの単車……何なんですか? あれはどう考えても普通じゃない」


 知りたがりのトモが恐る恐ると言った様子で問う。

 タカミナも同じ気持ちのようでじっと親父さんを見つめている。

 親父さんはまあ待てと言うように手で俺達を制し、ガレージ前の自販機でジュースを購入し俺達に投げて寄越す。


「そのカミナリマッパはな。いわゆる“曰くつき”のマシンだ」


 でしょうね。何もしてないのに勝手に動くとかそれ以外にはねえだろうよ。

 動くだけならまだしも確実に俺を殺りに来てたからねあれ。嫌だわ運転手殺しに来るオカルト式自動運転システムとか。

 でも乗り手を害するマシンとか完全にお約束なんだよなぁ。

 カミナリマッパを見つける前の流れも今思い返すと完全にそんな感じだったしさ。


「もう三十年以上も前の話だ。湘南にそりゃすげえ男が居たのよ」


 出た! 死んだ伝説! お約束! 必ず一人は出て来るよな。

 俺が内心、興奮している横ではタカミナが神妙な顔をしている。俺が言うのもあれだが温度差ひでえな。


「……もしかしてその人の」

「おお。そのカミナリマッパはそいつの愛車だったのさ。それこそ恋人のように大切にしてたそうだぜ」


 ふぅ、と紫煙を吐き出す親父さん。

 ぼんやりとそれを見つめる親父さんの瞳には遠い過去が映っているのだろう。

 三十年以上前ならこの人も小学生かそこらだろうが憧れに年齢は関係ない。

 小学生や中学生がすげえヤンキーを見てそれに憧れて同じ道に進むのもお約束の一つだからな。


「その男は腕っ節もすげえが人望も半端なかった。当時湘南最大規模を誇るチームの総長でよぉ。

あん人が大勢の荒くれ者どもを率いて夜の街を突っ走る姿はガキどもの憧れだった。生きてりゃ全国制覇も夢じゃなかったろうな」


 全国制覇ねえ。族の定番だよな。

 でも、やたらと物語が頻発するこの世界だとその称号あっちこっちに移動してるよね。甲子園かよっつー。


(いや、実質甲子園か。ヤンキーにとっての甲子園)


 そんなことを考えながら耳を傾けていると親父さんは悲しげに目を伏せる。

 そりゃそうだ。こんな曰くつきのマシン遺してる以上、悲しいエピソードがなきゃ嘘だろう。


「だがよぅ。光が強ければ強いほど影もまた濃くなる。当然、そいつを忌々しく思う奴も出てくらぁ」

「……ひょっとして」

「ああ。ある時、別のチームとの抗争で汚い手を使われて事故らされ……そのまま死んじまった」


 けど、話はこれからだろう。あくまで本題はこのカミナリマッパのことなのだから。


「そのカミナリマッパ――……“白雷”は当時の湘南における一種の象徴だった。

それに憧れる奴はごまんと居たし、そん中には当然、クソ馬鹿野郎も居たわけだ」


「盗んだんですか?」


 俺の問いに親父さんは深く頷いた。


「修理屋に預けられて、後は家族の下に引き渡すだけっつー時に盗み出した奴が居てな」

「まさか……」

「そのまさかよタカミナ。盗んだ白雷で流してる最中に事故で死んだ」


 それが白雷が呪いの雷と呼ばれるようになった最初の出来事だったと親父さんは言う。

 呪雷、呪雷ねえ。如何にもな名前だぁ。


「二人も殺した単車だ。ご家族の方も気味が悪いって思うのも当然だろう?

で、中古屋に売っちまったんだがそこで買った奴も事故っちまった。

そうなると噂も広まり出して買い手がつかねえってんで解体バラしてパーツごとに売っちまおうってなったんだが」


 解体しようとした者、それを命じた者にも不幸が降りかかったのだと言う。


「売れねえ、解体せねえ、んじゃもう黙って保管しとくかってことになったがそれも駄目。

定期的に手ぇ入れねえと祟られちまう。かと言ってこんなん定期的に触りたくもねえだろ?」


 マジで呪物じゃねえか。クッソ迷惑。助けて陰陽師!


「ただでも良いからと押し付けるがその先でも同じようなことが起きて呪雷は一所に留まらず全国を流れる羽目になった。

俺んとこに来たのは十年ぐれえ前だったか? その頃にゃあ俺らの業界でも噂は浸透し切ってたが……好奇心には勝てねえ」


「…………親父さん、まさか乗ったんですか?」


 トモの顔は盛大に引き攣っている。

 そりゃそうだ。こんな曰くつき、引き取るのも嫌なのにましてや乗るなんて……いや俺は乗ったけどさ。


「ああ、お陰でこのザマよ」


 親父さんがツナギの前を開く。胸には大きな傷が刻まれていた。

 つーか下、裸かよ。無駄にフェロモン撒き散らすのやめてくれない?


「幸い命は無事だったが全治半年ぐれえだったかな? 俺も呪いにまんまとやられちまった。

だがよ、その甲斐あって俺は理解出来た。呪雷が一体何を望んでいるかをな」


 親父さんは労わるように車体を撫でた。


「前の男以外に心を許してないわけじゃねえ。一途さが理由なら主と一緒に死ねば良かっただけだからな」

「なら、何故?」


 俺は問う。ここは俺が聞いておくべき場面だと思ったから。

 だってどう考えてもこの後、コイツを託される流れだもん。


「待っていたのさ。自分が動かなくなるその時まで添い遂げてくれる主を。飛びっきりの“漢”が自分を迎えに来てくれるのをずっと待ってたんだ」

「それが、ニコちんなの?」

「朝起きた時から“予感”があった。コイツに呼ばれたのさ」


 親父さんの顔には微笑が浮かんでいた。


「定期的に手入れはしてたのによぉ。いきなりだ。綺麗にしてくれってな。

コイツも分かってたんだろう。今日、“運命”に出会うってな。女と同じさ。惚れた男にゃ着飾った手前を見せたいもんな」


 だったら最初から受け入れろよ。試し行動止めろ。メンヘラか。

 女どころかバイクまでメンヘラってどうなってんだ俺。

 いや、展開的にひと悶着あって然るべきだとは分かってんだけどさぁ。リアルでやられると鬱陶しいだけっつーかぁ。


「ねえハゲ、母ちゃんがお洒落してるとこ見た記憶ないんだけど」

「母ちゃんは中学から根っからのジャージ族だ。そこらは期待すんな」


 中学からの付き合いでそのままゴールインか。純愛だねえ。

 口じゃこう言ってるがきっとどっちもベタ惚れなんだろうな。

 肉食う前にお腹いっぱいになっちまったよ。ご馳走様。


「つーわけで、だ。ニコくん、そのカミナリマッパは今日からお前さんのもんだ」


 やっぱそうなるよな。

 商売人として考えれば曰くつきで維持費がかかるだけの鉄屑とか邪魔以外の何でもない。

 ただこの親父さんの場合は違うんだろうな。


「修理やメンテは俺がやってやる。勿論、ロハでな」

「それは流石に」

「気にすんな。……俺もガキん頃、コイツに憧れたクチでな。それによ、十年も面倒見て来たんだ」


 俺にとっては娘みたいなものだと親父さんは笑う。


「だからまあ、よろしく頼むわ」

「……謹んで受け取らせて頂きます」


 ここで拒否るとか流れ的に無理だもん。

 ああでもこれ、母さん達に何て説明しよう……。




2.God speed you


 バイクを借りたらそのままデザートを買いに行く。

 本来はその予定だったのだが……。


『伝説のマシンの疾走ハシリ……見たい……見たくない?』


 とテツが言った。タカミナとトモも期待を込めて俺を見つめていた。

 夜のドライブの時で良いじゃんと思ったがオッサンとしては子供のキラキラとした瞳には勝てない。

 ということで急遽、東区を流すことになった。

 普通なら無免許でバイクを乗り回すとか警察が怖くて仕方ないのだが、ここはヤンキー漫画のメソッドが支配する世界だ。

 バイクで逮捕パクられることはまずないだろう。逮捕られるとしてもこんな日常のワンシーンじゃなくドラマチックな展開の中でだ。


「っべえ! ニコちんマジでやっべえ! マジで素人なの!? ケツにトモちんが居るのを差し引いても全然追い付けない!!」

「……天性の感覚センスだろうな。ニコは努力型ってより天才型だし」

「それよかオイ! どうよニコ!? 手前で疾走はしる感覚はよォ!」


 後ろから聞こえるタカミナの弾んだ声。


(どう、ね)


 流れる景色。肌を撫でる風の感触。

 スピードに包まれているこの感覚は、


「――――悪くないね」

「へへ、そりゃ良かった」


 良いストレス発散方を見つけたわ。

 その辺のカスをぶん殴るよりよっぽど良い。胸の中にある澱みが風に溶けていくようだ。


「ところでさ、デザートどうするの?」

「あー……どうすっか。テツんとこの帰りだからコンビニかスーパーに寄るつもりだったが」

「ここまで出たんだし、専門のお店か何かに行きたいよね。ヘイTOMO! おススメの店ない?」

「Siriみたいに言うな。ううむ、お勧めの店か。確か国道沿いに最近出来たアイス屋があったな。バケツアイスが評判らしいぞ」


 ほう、バケツアイスとな?


「……こってりした焼き肉の後によぉ、キンキンに冷えたアイスって……これ、最高のアガリなんじゃねえか?」

「いや待て。それは早計だぞタカミナ。一旦我慢するべきじゃないか? 風呂上りの方がアイスは美味いぞ」

「究極の二択ぅ。ところでニコちんアイスは何派?」

「ストロベリー以外にないな」

「俺チョコクッキー!」

「バニラが王道だろう常識的に考えて」


 俺達の頭はすっかりアイス脳になっていた。

 しょうがないね。こんな話してたらアイス食べたくなるわ。

 トモのナビで件のアイス屋に向かおうとしていた正にその時だ。


「姉ちゃん!!!!」


 悲鳴が聞こえた。反対車線の歩道に俺はそれを見た。

 小六ぐらいの子供と俺とタメか少し上ぐらいの少女が倒れている姿を。そして下品な笑い声を上げながら去って行くバイクも。


「――――タカミナ、あの子達をよろしく」

「――――任せろ」


 流石、頼りになる。


「わぁお……こんなに綺麗なアクセルターン決める? まだ乗って一時間も経ってないよ?」

「……キレッキレじゃないか」


 さっきトモは天性のセンスだと言っていたが、それは半分だけだ。

 キャラ的に単車転がすのもそりゃ上手いだろう。しかし、マシンの力は確実に存在する。

 動かしている俺だから分かる。呪雷――いやさ、白雷は俺の意思を汲み取ってくれている。今もそう。

 あっという間に引ったくり犯のバイクに追い付くことが出来た。


「お兄さん達、それ返してくれない?」


 横並びした俺はまずトークから入った。

 無駄だとは思うが一応はね。万が一、いやさ億が一穏当に済ませられるかもしれないし。


「あ~? ガキィ、誰に口利いとんじゃ~?」

「キャハハハハ! 正義マンかよ!? つか、随分可愛いツラしてんねえ! あっくんとこ連れてったら喜ぶんじゃない?」

「あっくんはバイじゃからのぉ!!」


 これである。やっぱ民度最悪だわこの世界。

 父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ。


「ねえ、自分は馬鹿でどうしようもない屑ですって自己紹介するの恥ずかしくないわけ?」

「! こんガキ……!!」


 ケツに乗っている馬鹿が足を蹴り上げる。

 俺は車体を傾け蹴りを潜り抜けながら手を伸ばし、そのケツポッケに入っていた財布を抜き取る。


「あ、テメ……!!」


 馬鹿どもを追い抜き少し走ったところで駐車場が視界に映り込んだ。

 あそこで良いだろう。俺はハンドルを切って駐車場の中へと入った。

 そして待つことしばし、追いついて来たアホどもが怒りも露にバイクを降りてこちらに向かって来る。

 軽く事故らせるという手もあったが流石に可哀想だ。ネームド相手ならまだしもモブだからなぁ。


「“ゴキゲン”だねえ君ィ!? ちょっとお兄さん達、マジでキレちゃったよぉ~?」


 ヒャア! と奇声を上げて殴りかかって来た馬鹿の拳をかわし様、腹に膝を突き刺す。

 痙攣して蹲る仲間を見てびびったのだろう。もう一人が震える声で言う。


「お、おい! わしらに手ぇ出してただで済むと思うんか!? わ、わしはアン――――」


 顔を引っ掴んでそのまま地面に叩き付ける。

 もう動けないだろうが、この手の輩は無駄に元気だからな。とりあえず泣きが入るまでボコった。


「迷惑料代わりにあんたらの財布を貰っても良いけど治療費が必要だろうし見逃したげるよ」


 金には困ってないから貰ってもコンビニの募金箱に突っ込むだけだしな。

 えーっと、これかこの鞄。他に盗られたもんはなさそうだな。よし。


「さて、戻るか」


 エンジンをつけたままの白雷に乗り込み駐車場を後にする。

 そのまま来た道を戻ることしばし、車道の脇に立っているテツの姿が目に入った。

 向こうも俺に気付いたようで大きく手を振っている。


「大丈夫だった?」

「おう、ちっと擦りむいただけみてえだ。倒れた時に打った痣ぐらいは残るだろうが大丈夫だろう」

「そっか」


 タカミナから視線を外しお嬢さんを見ると彼女はびくりと身体を震わせた。


「はいこれ」

「ひゃい! あ、ありがとうございまひゅ」


 …………怖がられてるのか? いやでも顔が赤いから違うか。まあ俺、顔だけは良いからなあ。

 しかし何だ。モテない野郎どもの視線がクッソ痛い。

 とりあえずあれらは無視して、用も済ませたしさっさとアイス屋に――――


「あ、あの!!」


 ん? と振り返ると弟くんが緊張した面持ちで俺を見ていた。


「あ、ありがとうございます!」

「どういたしまして」

「えっと」

「まだ何か?」

「お、お兄さんのお名前……聞かせてもらって良いですか?」


 あ(察し)。


「……花咲笑顔。君の名前は?」

「しょ、翔太! 翔太って言います!!」


 俺は彼にその頭にポンと手を置き、


「お姉ちゃんと仲良くね」


 これで良いだろう。気の利いた台詞は幾らでも思い浮かぶが俺は早くアイスが食べたいのだ。

 まだ何か言いたげな翔太少年をスルーし、バイクに飛び乗る。


「そんじゃ皆、行こうか」

「おう! バケツアイスが俺達を待ってるぜ!!」




【Tips】


・憧れ

先輩だったり幼少期に見たヤンキーだったりを見て自らもヤンキーにというのはよくあるパターンだ。

尚、対象が歳の近い先輩は高校入学などで一旦別れ空白期が生じることもある。

この空白期に先輩が新生活をエンジョイしきっていると再会時に腑抜けになったとか言われて喧嘩を売られたりする。

元々尖ったキャラで売っていた場合は倍率ドンなので注意しよう。

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