Driver’s High⑤

1.秘密基地


 中間テストの結果が糞でしばらく補習漬けだったアホ三人組だが本日金曜日、無事シャバに帰還する。

 補修から解放されてテンションの上がったタカミナから、


『今度は俺んとこでお泊り会しようぜ!』


 と誘われた俺は東区の駅前でタカミナを待っていた。

 期末テストに向け今から少しずつ勉強した方が良いんでない? と思ったがそれは俺の中身がオッサンだからだろう。

 これぐらいの子供にそれを強いるのは難しい。


(まあいざとなれば俺が勉強を見てやれば良いか)


 中間では俺が良い順位を取るために頑張るのを知っていたからか気を遣ってくれたんだろう。

 その優しさに報いるためと思えば勉強を教えるぐらいは手間でも何でもない。


(しっかし遅いな)


 補修が終わる時間に合わせて俺も遅めに来たんだがな。

 ジュースでも買おうかとポケットに手を入れた時、派手なエンジン音が聞こえた。


「悪い! 教師の説教が長引いて遅れちまった!!」


 バイクを横滑りさせてやって来たタカミナがめんご! と謝罪する。

 当然のことながらノーヘルでやっぱコイツもヤンキーなんだなと改めて実感した。

 まあ、俺ん家では吸わなかったけど他じゃ普通に煙草も吸ってるしなコイツ。


「いや良いよ。それよりバイク乗ってたんだ」


 ニンジャたぁ、渋いな。とうに生産終了してんだろうに。


「おう、親父のお古だけどな。それよりほら」


 親父さんの。道理で古いわけだ。

 タカミナはぽんぽんとケツを叩き俺に乗るよう促した。当然、ヘルメットはない。

 まあ何のイベントもなしに事故るこたぁないだろうし別に良いけどさ。


「しっかり掴まってろよ」

「うん」


 エンジンが唸りを上げる。

 思えば前世と合わせてもこれが初バイクだな。

 ああいや、原付も含めるなら教習所で乗ったか。それにしてもちょろっとだけだから感慨も何もない。


(良いなこれ……)


 ケツに乗っているだけだが風を切る感覚が堪らない。

 なるほど、実際に体験してみなけりゃ分からんな。そりゃあヤンキーどももこぞって乗り回すわけだこれ。

 そうして走ること五、六分。廃材置き場に到着する。


「おお、ここが例の」

「そ。俺の秘密基地よ。テツとトモはもう中で待ってるから行こうぜ」


 あの連結させたプレハブがそうなのだろう。

 タカミナに続いて中に入ると……思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


「おぉ……良いね、これ」


 外からは内装はかなり弄ってある。

 タイヤテーブルや壁に貼られてる何かカッコ良いことが書かれた旗、パトライト、三角コーン、営業中プレート、自動雀卓。

 コッテコテのヤンキーコンセプトだがそこは重要ではない。

 自由帳のように自分の好きを敷き詰めている姿勢が素晴らしいのだ。


「だろ? だるるぉぉ!? へへ、お前の部屋にだって負けちゃいねえぜ」


 電気もしっかり通してるし、今日はここに泊まれるのか。

 ちょっと……いや、かなりワクワクして来たな。


「ニコちんおひさ~まま、とりあえず一杯やりなさいよ」


 ソファで漫画を読んでいたテツがミニ冷蔵庫から瓶コーラを取り出し俺にくれる。

 瓶コーラ! これも良い! 分かってる!


「ありがと。しかし……こんなに好き勝手して大丈夫なのか?」

「あー、問題ねえよ。親父もガキの頃から同じように使ってたらしいからな」


 親父さんは二代目で、その時からこの廃材置き場があったのだと言う。

 同じように使ってたからタカミナにも好きにさせてるのね。

 ってか秘密基地言うけど周知されてるならそれは……いや、これは野暮か。


「ちなみに寝るとこは右な。左はゲーム部屋だ」


 贅沢だねえ。プレハブ繋げてるからかなり広いんだもん。

 俺の部屋に驚いてたけどこれも十分すげえじゃんか。


「風呂はないが近所に銭湯もあるし問題はないぞ」

「ああ、そう言えばここに来る途中で見たね」


 完璧やん。こんなん中高生に与えたら全能感を覚えるレベルだわ。

 ひょっとして俺ゴッド? ってな。


「なるほど。そう言えば晩御飯は? 何か買いに行くの?」


 スーパーで惣菜買うなら……六時ぐらいが狙い目か?

 どこも割引シール貼られるんならそれぐらいだし。


「ああ、俺らも最初はそうするつもりだったんだが……」


 タカミナが大きい方の冷蔵庫を開いて見せる。中には……何だこれ、クソでけえ肉の塊?


「トモのとこの爺さんが昼過ぎに田舎から狩った猪の肉を土産にやって来たんだわ」

「タカミナ達とお泊り会するんなら持って行けと言われてな」

「そういうわけで今日は猪の肉でバーベキューでーす! 米と野菜も持って来たから準備はバッチリ♪」


 良いねえ、良いねえ、盛り上がって来たぞこれは。

 まあ、俺の表情筋は微塵も動かないんですけどね。


「楽しい夜になりそうだぜ! と、言いたいが足りねえもんがある」

「ああ、画竜点睛を欠くとはこのことだ」

「デザート! 食後の甘味が足りてないんだなこれが!! だから後で皆で買いに行こ!」


 ……テンションたっけえなコイツら。

 やっぱり補習続きだったから螺子が緩んじゃったのかな。


「それならデザートは俺が持つよ」

「いやそれは悪いし……」

「良いよ良いよ。場所と食事を提供してもらってるんだしさ。それに使う時に使わないと貯まる一方だから」


 最近、ちょこちょこ散財してるけど八年分の貯蓄はまだまだ残ってるしな。


「そうか? それならまあ」

「じゃ、そういうことで」


 デザートと言えばアイスだな。肉の後に食うアイスは罪の味だぜぇ。

 ああでも、あえて和菓子とかも悪くねえか? 杏仁豆腐とかもありだな。んー、迷う。


「ねえねえタカミナ~ご飯食べて風呂行った後、四人で海岸線流さない?」

「夜のドライブか。良いねえ」

「……そう言えば外にもう一台バイク停まってたっけ」

「ああ、俺のだ。まあ運転はテツに任せているがな」

「トモはバイク乗れないの?」

「トモちんはね~運転の技術自体は悪くないんだけど乗り物酔いが……誰かのケツに乗る分には平気なんだけど」


 逆なら聞いたことはあるが自分が運転するのがダメってのもあるんだな。


「あ、そうだ。どうせならニコちんもバイク乗ってみる?」

「え? いや、俺は……」

「良いじゃねえか。俺のケツ乗ってた時、楽しそうにしてたし」

「それはまあ、そうだけど。初めてでいきなり後ろに人を乗せるのは」


 特に何もないし事故らないとは思うがちと怖い。

 躊躇う俺にテツはニコリと笑う。


「ニコちん、俺ん家が何やってるか忘れてない? 使ってないの貸してあげるよ」

「良いの?」

「全然OK。俺もちょくちょく乗り回してるしね。つーわけで早速、行こっか。んで帰りにデザート買ってこ」


 というわけで俺達はテツの家に行くことになった。




2.お約束! 圧倒的お約束!


(おぉ……町の小さいバイク屋さんって感じかと思ってたが)


 結構大きくてかなりしっかりしている。

 友達の贔屓目とかじゃなくて、肌で感じる空気で分かる。ここは良いバイク屋だ。

 バイクのことはよく分からんけどジャンル問わず良い店ってのは空気が違うんだ空気が。


「あそこでバイク弄ってるハゲが俺の親父ね~」

「ハゲて……」


 いや、確かにスキンヘッドのおじさんだけど。ハゲて。

 あれは加齢による脱毛ではないだろうな。多分、ちゃんと剃ってる。

 首元のタトゥーを見るに元ヤンなのは間違いないだろう。


「ハゲー! ちょっと友達に単車貸すからガレージ使わせてもらうよ!!」


 そのまま去ろうとするが親父さんが近付いて来て、


「誰がハゲだ包茎息子」

「あだ!?」


 テツの頭をスパナでぶっ叩いた。


「ちーっす親父さん。今日も頭が眩しいっすね」

「ああ、ピカピカだ」

「まともに挨拶も出来ねえのお前らは」


 馬鹿二人もスパナの餌食になる。

 親父さんは煙草を取り出し火を点けると俺を見て……何だ?


「……」


 親父さんはじっと俺を見つめている。

 とりあえず名乗った方が良いよな?


「……ども、花咲笑顔です」

「……お前さんが噂の“ニコ”くんか。俺はそこの馬鹿の親父やってる鉄舟てっしゅうだ。よろしくな」


 手袋を外し手を差し出される。特に何も考えず握り返すと、


(は?)


 万力のような強さで手を握られる。

 え、何? 何なの? 何でこんな現役ヤンキーみたいな挨拶仕掛けられたの俺?

 とりあえず流れ的に勝ち負けはともかく、手を抜くと好感度下がりそうだから俺も全霊の力を込める。


「!?」


 ミシ、ミシと互いの手が軋む。

 そうしてどれほど手を握り合っていたか……男同士で何やってんだろ。

 ふっと力が抜け手が解放される。


「馬鹿息子、バイク貸すってーのはニコくんか?」

「? そうだよ。タカミナには自分のニンジャがあるしトモは乗り物酔い酷いのはハゲも知ってるでしょ」


 親父さんはテツを無視し、俺を顎で促した。


「着いて来な。モノによっては軽く弄る必要もあるからな。俺がやってやるよ」

「おいおいハゲ~サボりかよ。母ちゃんに怒られちゃうよ~?」

「うるせえよ」


 親父さんの後に続き、裏に回る。裏はそれなりのスペースがあり軽く試走も出来そうだ。

 親父さんはガレージのシャッターを開け、中に入るよう言った。


「好きなん選びな」

「はぁ」


 でも、好きなのって言われてもな。

 そりゃ前世はヤンキー漫画の読者だったよ。今日、タカミナのケツに乗ってバイクの楽しさも理解したさ。

 けど、こだわりが生まれるほどハマったわけではないから……困る。


(何かこう、初心者に優しいのをそっちでチョイスしてくれねえかな)


 そんなことを考えながら広いガレージを見渡していると、


「ん?」


 声が、聞こえた気がした。小さな……女の声?

 その声に導かれるようにふらふらとガレージの隅まで行き、それを見つける。

 カバーがかかってるけど……多分、バイクだよなこれ?


「! ニコちん、それは」


 カバーを勢い良く外す。息を呑むぐらいの“純白シロ”。

 白つっても何から何まで白いわけじゃなくエンジンとかが白く塗られてるだけ。

 素人だからよく分からんけど多分、特別な塗装がされてるとかでもないと思う。

 でも一目見た瞬間、白が強く印象付けられた。


「か、カミナリマッパじゃんよ! 確か今じゃン百万とかすんだろ!? テツゥ! お前、あんなのあったなら言えよ!!」

「あ、いや……」


 カミナリマッパ――カワサキ500SS MACHⅢ。

 発売当時は世界最速と謳われ、クレイジーマッハだのじゃじゃ馬だのとも異名を持つバイクだ。

 とっくのとうに生産は中止され、タカミナが言うように今手に入れようと思ったら何百万もかかる。


「ニコくん、そいつが良いんか?」

「え? いや流石にこんな高いのを乗り回すのは……」

「そいつは“売り物じゃねえ”しな。乗りたいなら別に構わんよ」

「そうですか? それなら」

「……そいつは弄らなくても今から走れる。ほら、キーだ」


 投げ渡されたキーをキャッチする。


「ちょ、親父」

「――――黙って見てろ」


 カミナリマッパを外に出し跨る。


「動かし方は分かるか?」

「まあ、何となく」


 確かキック式だっけ? コツが要るらしいけど何となくは分かる。

 手順を頭の中で思い出しながらやってみると、一発ですんなりと入った。

 やるじゃんと思った心の中で自画自賛した正にその瞬間だ。


「…………は?」


 後輪が跳ね上がり俺の身体は宙に投げ出された。

 い、いや……何で? おかしくね?

 カミナリマッパは前後の重量バランスが悪く三速までウィリーしっぱなしとか言われてるらしいけどこれはどう考えてもおかしい。

 上がったの後輪だし、そもそもエンジンかけただけだもん。まだ何もしてないのに動くわけないじゃん。

 辛うじてハンドルを握ったままなのでそこを支点に平行棒のように身体を捻り体勢を整えるが、


「コイツ……!?」


 甘かった。


「ろ、ロデオかよ」


 呆然と呟くタカミナ。そう、コイツは暴れ馬のように俺を振り落とそうとするのだ。

 動くはずのないものがまるで意思を持っているかのように……ってかさ、これさ、どう考えてもお約束の……いや、それは後回しで良い。

 今はコイツを大人しくさせるのが先だ。


「こんの……いい加減、大人しくしろ!!」


 片手倒立のような体勢のまま俺は車体に蹴りをかます。

 するとどうだ? これまでが嘘のように大人しくなった。

 小さく息を吐き、改めてマッパに跨り動かしてみるが今度は何事もなく発進。

 路面に吸い付くような感覚……冗談のように“馴染む”。

 一通り試走を済ませてガレージの前に戻り、停車。俺の姿を見て親父さんは深々と煙を吐き出し、言った。


「――――“選ばれた”か」


 やっぱヤンキー漫画お約束、曰くつきのマシンじゃねえか!!




【Tips】


・重戦車村井

た だ の デ ブ。

というのはさておき、この手の異名持ちがカマセに使われるのもよくあるパターンである。

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