Driver’s High④

1.じゃ、ジャイロ……!


 週明け月曜日。月曜なんて大概は憂鬱なものだが俺はわりとスッキリしていた。

 倉橋家の方々とのあれこれやルイとの一件もあったが……全力で暴れられたお陰だろう。


(強かったな桃……)


 桃というのは銀二のことだ。フルネームは桃瀬銀二。

 最終的に誤解を解いて和解したんだがマジで強かった。

 攻撃貰ったのは結局一撃だけだったが当たればやばかったろうな。でもそれ以上にタフさが半端ねえ。流石は四天王(多分)の一人。

 何ならタカミナより強かった――……が、あれはバフがかかっていたのもあるだろう。

 女を手篭めにする糞野郎相手に負けるわけにはいかない。何が何でも負けられないという勝負で尚且つ、正しい動機だ。

 それゆえライトサイドのヤンキーである桃にかなりのバフがかかっていたように思う。


(タカミナとやった時は特に背負うもんもなかったしなあ)


 そりゃあん時もタカミナは本気でやってただろうがあれは単純な比べっこ。

 勝っても負けても恨みっこなし。何が何でも負けるわけにはいかねえ! って動機はなかった。

 仮にタカミナが桃と同じシチュエーションなら同じように俺を追い詰めていただろう。


(はー……良い天気だぁ)


 窓の外に見える空は雲ひとつない晴天。ますます気分が良くなるってもんだ。

 タカミナとやった時も終わった後は清々しかったけど、ある意味あれ以上だ。

 細かいことは考えず憂さ晴らしのつもりで暴れたからだろう。


(やっぱストレス発散は大事だわ)


 これからは定期的にボコっても問題無いアホを探してストレス発散を……ダメだな。

 要らん恨みを買うのもそうだが、ボコっても心が痛まないアホと絡むこと自体にストレスを感じそうだ。

 窓の外を眺めながらつらつらとそんなことを考えているとチャイムが鳴る。


「お、時間か。今朝、担任の先生から聞いたと思うが今日は午前で終わりだ。

今から放課後だが他所の学校は違うからあんまり羽目を外すなよ」


 何となしに教師を見たら凄まじい勢いで目を逸らされた。

 そして上擦った声で日直、と促す。どんだけビビられてんだ俺は……。


(こうなると逆に俺を目の敵にする教師とか欲しくなるわ。そういう奴もお約束の一つだろうによォ)


 嘆息し、スポーツバッグを机に置き中からジャージ(NOT学校指定)を取り出す。

 教室には女子も居るしトイレで着替えるのがマナーかもしれんが、基本皆俺から目を逸らしてるし問題なかろう。

 学ランを脱ぎジャージに袖を通す。脱いだ学ランは綺麗に畳んでバッグに。これで準備完了。

 俺は急ぎ足で学校を出て最寄り駅まで向かった。一番近い東口には既に大荷物を抱えた桃が居た。


「おーっす! はええな、えっちゃん!」


 桃は土曜の喧嘩の傷が癒えておらず絆創膏やら包帯を巻いてるがその顔は弾けんばかりの笑顔だ。

 ちなみに“えっちゃん”とは俺のことだ。ニコから離れてくれて嬉しいけど、えっちゃんもそれはそれで……。


「いや桃のが先来てるじゃん。ってかホントに良かったの? そっちは午後も普通に授業あるんでしょ?」


 誤解から喧嘩を売ってごめん! お詫びに面白いとこ連れてってやるよ!

 とのことで駅で待ち合わせしたわけだが桃のところは普通に午後も授業があるのだ。


「何なら日を改めても良かったのに……」

「カカカ、平気平気。一日ぐれえどってことはないさ。それよりほら、時間は有限だ。行こうぜ」


 駅の中に入り切符を買ってホームへ。丁度、目当ての電車(快速)が到着したところだった。

 俺達はがらがらの電車に乗り込み席を確保し、一息吐く。


「それで、今日は渓流釣りに連れてってくれるんだっけ?」

「おうとも! 釣ったばっかの魚をその場で焼いて食うのはうんめ~ぞぅ♪」


 ひひひ、と笑う桃。

 中学生が平日の昼間から渓流釣りってのも何か妙なシチュエーションだが……まあ楽しそうだし別に良いか。


「俺、ホント何も持って来てないけど大丈夫?」


 動き易い服装と電車賃にプラスして二千円ぐらい。

 それだけあったら何かあっても安心だと言われたのでその通りにしたが……。


「問題ねえ。道具は俺が一式持ってっからよぅ。大船に乗った気で居な」

「ん。素人だからご指導ご鞭撻のほど、よろしく」

「任せな。ビシバシ教えてやんよ!」

「ありがと。ところで桃は川専門なの?」

「いんや。海も行くが……最近、暑いじゃん? そいなら涼しい渓流のが良いかなって」


 俺に気を遣ってくれたのか。

 まー、滅茶苦茶白くて暑さ耐性低そうだからな俺。実際はそうでもないんだが。


「時間ある時はよぅ。山歩きしながら山菜確保しつつって出来んだが今日はそうでもないからな。買って来たんで勘弁な」

「うん。山菜はどうするの?」

「そりゃ炊き込みご飯よ。飯盒で作るとこれまたうんめえんだ! 魚との相性もバッチだしな」

「…………話聞いてるだけでお腹が減って来るね」


 お昼は抜くか菓子パン一つぐらいにしとけと言われたのでその通りにしたのだ。

 俺がぼやくと桃はケラケラと笑った。


「ふふふ、今は我慢よ我慢。その空きっ腹が最高のスパイスになっからよ」

「うん。でも俺、釣れるかなぁ」


 素人だしと少し弱音を吐くと桃はバンと胸を叩き、得意げな顔で言う。


「えっちゃんが坊主でも俺がバンバン釣るから安心しな釣りキチ銀ちゃんたぁ俺のことよ」

「期待してる」


 それから一時間ちょっと電車に揺られ目的の駅へ辿り着く。

 駅の自販機でペットボトルのお茶を三本ほど購入し、桃の先導に従い山の中へ。

 他人に教えられるぐらいの経験者なので当然と言えば当然だがスイスイと山を分け入って行く。


「着いたべ着いたべ」

「おー……」


 山紫水明とは正にこのことか。

 特別、絶景というわけではないのかもしれないが自然に縁遠い生活をしていた俺の目には輝いて見えた。

 萌ゆる緑、川のせせらぎ、息を吸い込めば細胞の一つ一つまで活性化していくような清浄な空気。

 あぁ……良い、すっげえ癒されるわぁ。


「準備するわけだがどうする? 俺が全部やるか? それとも自分でやってみる?」

「折角だし自分でやってみたいかな」

「その意気やヨシ! まずは俺が手本を見せてやるよ」


 桃に教えられながらどうにかこうにか準備を始める。

 浅瀬の石を引っ繰り返して捕獲した虫を餌にというのには驚いたがどうにかこうにか準備を整えられた。


「ところでここは何が釣れるの?」

「んー? ニジマスやらヤマメだな」

「あ、聞いたことある名前だ。イワナっていうのは釣れないの?」

「イワナか。ありゃ奥の方まで行かなきゃ釣れんな。また今度連れてってやんよ」


 定番は塩焼きだが刺身にするのも美味しいらしい。

 寄生虫の危険もあるので冷凍しなければいけないとのことだ。


「っても家庭の冷蔵庫じゃキツ……ああ、竿はこう持つんだ。尻を手首のあたりで固定する感じ」

「こう?」

「そうそう。あんま力むなよ? リラックスが大事だリラーックスが」

「ふむふむ」

「次は投げ方だ。俺が手本見せてやるよ」


 ハリの少し上を摘まみ、竿を下にしならせるとパッと手放す。

 反動で飛んでいった仕掛けが静かに着水した。


「魚はビビリだからよ。警戒させんようソフトにするんがコツだ」

「……なるほど」

「次はえっちゃんだ。狙うポイントは……そうだな、あそこ。あそこ分かるけ?」

「……あのちっちゃく渦巻き出来てるとこ?」

「そうそう。あのあたり目掛けてやってみな」

「分かった」


 指導を受けつつ試行錯誤。

 最初はあんまり上手くいかなかったが繰り返す内に段々と慣れて来て良い感じに。

 騒ぐと魚が警戒するのでやがて会話はなくなったが……悪くない。

 釣り糸を垂らしながら静かに自然を肌で感じるというのはかなり気持ち良い。


(面白いとこ連れてってやるよで渓流釣りは最初どうかと思ったが)


 考えるに大人しそうな俺に気を遣ってくれたんだろうな。そしてその気遣いは大当たり。

 賑やかなゲーセンも悪くはないが、これも良い。何かもうずっとこうしていられるような気がする。

 そうして黙々と釣りを続け一時間半ほど経ち、一旦中断と相成る。

 釣果は……素人の俺は二匹しか釣れなかったが桃は爆釣だった。


「~♪」


 釣った魚をクーラーボックスに仕舞い、手を洗うと桃は鼻歌交じりに飯盒の用意を始めた。

 凄く手際が良い。何でも小器用にこなすこの感じ柚と似た空気だ。桃の銀角疑惑は深まるばかりである。

 確証を得られる情報は得ていないが流れもあるからな。この流れで無関係ですとかあり得んわ。


「いよし、こんなもんか」

「じゃあ次は魚の用意?」

「んにゃ、それは飯が炊けてからだな。飯盒だとあんま目ぇ離せねえし蒸らす時間もあるから」

「はー、詳しいねえ」

「まあガキの頃からやってるしな。これでも俺、小学校ん時はボーイスカウトにも入ってたんだぜ~?」


 それはまた。


「…………あのいけ好かねえ糞野郎も一緒だったのが唯一の難点だな」


 やっぱお前銀角だろ!?

 ぼそっと呟いたのちゃんと聞こえてたかんな!


「だが勘違いしないでくれよ。俺はアウトドアだけじゃなくインドアにも強いからな。ボドゲマスターの異名も持ってるぐれえだ」


 誰が呼ぶんだボドゲマスター。


「アナログゲームだけ?」

「まさか! デジタルにも強いのがこの俺よ。ゲーセン荒らしの銀ちゃんとは誰あろうこの俺よ!」


 幾つ異名があるんだオメー。


「でも羨ましいな、趣味が多くて」

「えっちゃんは趣味ねえの?」

「あんまり」

「そりゃあ、経済的な意味で?」

「いやそういうんではないよ。お小遣いとかは結構貰ってるし」


 単純に俺が消極的だからだろう。


「桃は多趣味みたいだけど、どうやって趣味増やしてるの?」

「どうやってって……んー? 興味持ったらとりあえず突っ込んでるだけだな。えっちゃんは何か興味あることないのかよ」

「興味、興味ねえ」


 強いて言うなら、


『えみね、おおきくなったらピアノニストになりたいの!』


 昔日の思い出が脳裏をよぎる。


「ピアノ、かな」


 言って気付く。これ、わりとありじゃね?

 キャラ的にも俺みたいなんがピアノを弾いてるのは絵になるし、背景もバッチリ。

 ヤンキー輪廻脱出フラグの一つに使えないかな?


「ピアノかぁ。ギターは弾けるがピアノは流石の俺もノータッチだわ」


 ギターまで弾けるんか。滅茶苦茶モテそうだなお前!

 でもコイツが銀角なら金角と要素がダブるだろうし女にはモテなさそうだ。


「……多才だねえ。女の子にもモテモテだろう」


 ちょっと確認がてら聞いてみると、


「――――だったら良いのになぁああああああああああああああああ!!!」


 案の定だ。

 膝から崩れ落ちる姿は柚そっくりでここまで来るともう何か笑っちゃう。いや、笑えないんだけどね。


「俺もさぁ! モテたくて色々やってる面もあんだけど何でかモテねえんだよ! おかしくね? これおかしくね!?」


 あ、多趣味なのはモテを意識してるとこもあるんだ。

 けど言われてみれば柚もそんな節があったような気がする。


「顔か!? やっぱ顔なんかッ!!」

「中身の問題じゃないかな」

「イケメンのえっちゃんに言われたくない!!」


 えぇ……何、コイツ面倒臭い……。


「いや、外見が大事じゃないとは言ってないよ?」


 許容範囲ってものがある。どれだけ性格良くてもリミットオーバーのは……ちょっと。


「でも外見だけってことはないでしょ」


 どんだけ美人でも性格が糞を煮詰めたような奴ならノーサンキューだわ。

 一夜限りの関係が関の山。継続した付き合いはあり得ない。

 いや、一夜限りだとしても俺は愛嬌はあるけどちょいブスのが良いな。


「俺はさ、まあ外見が整ってる方でしょ」

「まあどころかめっちゃだよ!」


 無視して続ける。


「実際にナンパされたこともあるし、女性受けもするんだと思う」


 でもだよ?


「『うっひょー! まぶいスケだぁ! 乳ヨシ! ケツヨシ! 太股ヨシ! 一発ヤらせてくれ~!!』とか言ってたらドン引きでしょ」

「……いや、ぴくりとも表情動かさないでうっひょー! 言ってる姿にドン引きだわ」


 そこは触れるなや。しゃーないだろ、表情差分少ないんだから。

 基本無表情で、他は精々不愉快そうに顔を歪めるぐらいか。

 だがそれは逆に作画コストが低いというセールスポイントでもあると思うんだが如何だろうか?


「まあ兎に角だよ。がっつき過ぎたら女性も引いちゃうでしょってこと」

「先生! そうは言っても思春期のリビドーが!!」


 誰が先生だ。


「急がば回れ。遠回りこそが最短の道なんだよ」

「じゃ、ジャイロ……!」


 それだと俺、死ぬじゃねえか。

 いや俺も言った後で思ったけどね。あれこれジャイロ? って。


「実際、桃は良い男だと思うよ。俺が女だったら今、滅茶苦茶好感度稼がれてるね」

「……実は女だったりしない?」

「しない」


 こうして騒がしくも楽しい時間は過ぎていった。

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