Driver’s High③

1.やっぱヒロインだろお前!!


 誠心誠意頭を下げた。

 わざわざ俺みたいなんに頭を下げるぐらいだ。これで勘弁してくれるだろう。

 正直、もしも会うことがあれば軽く暴行を受けることになることも覚悟してたんだけどな。


「!」


 下から腕が伸びて来てガシ! と俺の両肩が掴まれた。真人さんだ。

 その顔は何と形容すべきか。適切な言葉が見つからない。


「違う! 違うだろう!? 君が何をした! 何もしていないだろう!? 悪いことなんてあるものか!!!」

「……俺の存在が一つの家庭を壊したのは事実ですよ」


 虚ろな幸福フェイク現実な不幸リアル

 俺の好みはさておき、例え偽物でも幸福に包まれていたいと願うのが人情だろう。

 俺という人間が居たせいで高峰家に亀裂が刻まれてしまい遂には修復出来ず割れてしまった。


「そちらもそうだ。我が子を、弟を失った。それはもう二度と……元には戻らない」

「~~ッ! それでは、それではまるで……!!」


 ダメだ。冷静に話し合える状態ではないなこりゃ。

 しかし……そうか、そういうことだったんだな。この状況。

 姉が昼間出かけていたのは倉橋の御三方と会うためだったのだろう。

 父親はもう見限っているが、この三人は善良だ。祖父、伯父であると今も思っている。

 だからこそ俺に会わせてやりたかった。自分達以外にも家族は居るのだと教えてやりかたった。

 多分、母もグルだろう。同窓会で家を空ける日を選んだのは母が倉橋家に気を遣ったのだと思う。


(人格者だよ)


 母も姉も倉橋家の皆さんも。

 だが互いに負い目しかないのだから歩み寄るのは難しい。

 八年も一緒にやって来た高峰家とだってそうなのだ。会ったばかりの人とってのはやり難い。

 いやまあ表面上飲み込んで上手くやることも出来なくはないけどさ。


(それは流石にしんどい)


 俺は負い目を抱いている。だがそれはそれ、これはこれだ。

 俺ばかりが損をするような形では破綻するだろう。

 いやそれ以前に上手くやれる保証はないか。相手は社会的地位のある人間なのだ。相応に人を見る目もあるはずだ。

 俺が気を遣って合わせているだけだと察すれば互いにしんどいだけで良いことはない。


(今日のとこは俺が退くか)


 俺は姉を見て言った。


「姉さん、今日は外で食べて来るから」

「…………ごめん」


 謝る必要はない、と言っても意味はない。俺は小さく頷き家を出た。

 飯を食いに行くとは言ったがとてもそんな気分にはなれない。

 あてもなくぶらつくことしばし。気付けばあのメンヘラと出会った高台へと辿り着いていた。


(――――ちょっと待てよ)


 これお前、再登場には絶好のシーンなんじゃねえの?

 意味深に登場してその後、触れられず一つの長編エピ(梅津関連)が進行し終了。

 新しいエピ(金角銀角)の導入も始まったけど、だからこそだ。

 初回とも似たようなタイミングだし、何よりシチュエーションが良い。俺ならとりあえず出しとく。


(出しとくけど……)


 それは当事者じゃなければの話だ。

 子供相手にムキになるのは情けない。それは俺も分かっているがイジメっこの鬱陶しさに耐えかねてついやっちゃうのが俺である。

 ブルーな気分の時に出て来られたら……なあ?

 流石に暴力は振るわんけどメンヘラの態度次第では八つ当たりで“触れられたくない部分”を抉りかねん。

 俺は俺の自制心に期待はしていないのだ。


(……とりあえずキャンディ、キメとくか)


 甘味は心を落ち着かせてくれる。早速とポケットを漁るが……ない。


(しまった……常備してたんは柚にあげたんで無くなったんだった)


 柚がゲームで獲ったのにも混じってたっけ、これまた柚から貰ったクレーンゲームの景品が入った袋に仕舞いっぱなしだった。

 邪魔になるからと置いて来たが……やっちまったな。


(場所を変えるか)


 一度足を止めてしまうと動くのは正直、億劫だ。

 それでもエンカウントを避けるためには已む無し。

 そう判断して俯いていた顔を上げた瞬間、


「――――あっは♪」


 子供が大好きなお菓子を見つけた時のような無邪気な笑い声が耳元で響いた。

 目だけを動かせばそこには俺の顔を覗き込むように見つめているメンヘラが居た。


(……ノーブラか)


 屈んだせいで黒いワンピースの胸元からは僅かな膨らみが覗いていた。

 サービスシーンに余念がねえな世界。しかし乳首券は発行されているんだろうか?

 青年誌なら乳首どころか本番も描写されたりするけど少年誌だとなあ。

 いやでも少年誌でも最近は結構過激なセクシーシーンがあったりするか。

 問題がありそうなら俺の頭で見えないような構図にするって手も……。


「あたった♪ あたった♪ おおあたり~♪」


 腰を軽く曲げたままの姿勢でぴょんと後ろに跳んだメンヘラはそのまま踊るようにステップを刻み始めた。

 この時点で俺のゲージは二本ぐらい溜まっている。


「……今は気分が悪いんだ。俺に絡まない方が良いよ」


 理性が働いている内に警告を。

 しかし、俺の優しさはメンヘラには微塵も届かなかったらしい。

 花のかんばせが綻び甘い腐臭を放ち始める。


「私の言った通りだったね。やっぱりあなたは不幸を撒き散らすヒト♪」


 血が冷えていくのが分かる。


「天使の皮を被った悪魔のあなた? 今度は誰を不幸にして来たの? 今、どんな気持ち?」


 ああ、そうかもな。ちょっと前に善良な人間を四人も苦しめて来たばかりだ。

 不幸を撒き散らす人間ってのはその通りかもしれない。

 だがあまりにもおめでてえ頭だ。何故、自分が不幸を押し付けられないと思ってる?

 俺は出来た人間じゃない。八つ当たりさせてもらう。怨むんなら今の俺に絡んで来た自分の不幸を呪ってくれ。

 いや、それさえも俺という人間が居るからこそ? ならつくづく見る目があるよお前。


(“誰”かは判別がつかんが)


 カマをかければ良いか。


「名前も名乗らず初対面の人間に好き勝手。躾のなってないガキだね。糞みたいな親に育てられてるのかな?」

「……怖いな。怖いな。怒ってる?」


 なるほど“そっち”か。


「でもそうだね。お名前は大事。私は涙。華が枯れて涙を流すと書いて枯華 涙こが るいだよ」


 やっぱヒロインだろお前!! どう考えても、どう考えてもそうじゃん!

 花咲に枯華。笑顔に涙。このわざとらしい対比! メロン味よりわざとらしいわ! ここ合わせて来るとかもうヒロイン以外ねえだろ!!

 よしんば男なら違うかもだけど! 女じゃん! しかも積極的に俺に絡んで来るとかこれでヒロインじゃなかったらお前何なんだ!?


「好きに呼んでくれて良いよ? じゃあ、今度こそあなたのお名前教えて? 前は無視されちゃったもんね」

「……花咲笑顔」


 暗にお前も名前を名乗らなかったじゃねえかと言ってるんだろ。

 そうだ。義母はともかく父と実母は言い訳のしようがない屑だからな。


「じゃ、ニ……」

「ルイ。お前は言ったね? どんな気持ちかってさ。俺の質問に答えてくれたら教えてあげるよ」

「ふふ、嬉しいな。おしゃべりしてくれる気になったんだね。良いよ? 何が聞きたいの?」


 崩されたペースを取り戻したと思ったんだろう。

 動揺したことを悟られてないと思ったんだろう。

 あめえよ。お前はこれから一方的に俺にイジメられるんだ。


「――――父親に疵物にされるっててどんな気分だい?」


 絶句。そのかんばせを覆っていたふわふわ電波の仮面は粉々に砕け散った。


「な、にを……言っ、て……」


 じり、と後ずさる。逃がすものか。

 俺はぐいっと距離を詰めてその顔を下から覗き込むように繰り返す。


「おや、聞こえなかった? 実の父親に疵物にされた娘はどんな気持ちなのかって聞いてるんだよ」


 父親か兄か伯父(叔父)か。誰にかは分からなかった。

 だが身内の男からルイがその手の虐待を受けているであろうとほぼほぼ確信していた。

 ルイと出会った時に抱いた既視感について考えてみれば直ぐに分かった。


『おじさまがね、えみにいうの』


 人は老いて死に近付くほど子供に返っていくものだ。

 あのヒトもそうだった。肉体は老人にというにはまだ遠くて、でも心は死がすぐそこまで迫っていた。


『えみはね、いやだったの。いたくてきもちわるくて。でもがまんしてたらね、キャンディをくれるの。えみのだいすきなイチゴミルク』


 その姿は今も鮮明に思い出せる。

 ルイからはあの女と同じものを感じるのだ。ゆるふわ電波な立ち振る舞いは防衛機制だろうな。

 あの女とは違う仮面だが本質は同じだ。傷を覆い隠すためのもの。


「母親は何をやってる?」

「……ッ」


 知っている。分かっている。

 同じ女だ。どれだけ隠そうとも気付くはずだ。まともな親ならルイは“こう”はならない。

 見て見ぬ振りか? 違うな。ならば、


「出てったか。父親も糞だが母親も大概だな」


 両手を大きく広げて言ってやる。


「辛い思いをしている娘を捨てて逃げちまうんだから」

「……う」

「あ?」

「違う! 違う違う違う違う!! わ、私はパパと愛し合ってるの!! ママはそれに嫉妬して……」


 また後ずさる。距離を詰める。

 足元が覚束ないせいでルイは転んでしまった。逃がさない。

 覆い被さるようにルイの顔の横に手をつき、俺は続ける。


「愛し合ってる~?」

「そ、そうだよ! ぱ、パパはママより私を……」


 そうやって目を逸らしてるんだな。だったら髪引っ掴んででも直視させてやるよ。


「――――本当に愛しているならおまえを傷付けるものかよ」

「~~~!!!!」


 俺の声を掻き消すように絶叫を上げる。

 でも、無駄だ。分かるよ? どれだけ爆音かまそうが俺の言葉が耳にこびりついて離れないだろ?


「父親ってのは……」


 ハッ! 殺気!?

 背筋に走った悪寒から逃れるように転がるように横に飛び退く。

 同時に俺が居た場所を蹴りが通り過ぎた。


「このドグサレチンポ野郎が……ッッ!!」


 !?

 銀髪オールバックの少年が俺を睨み付けて血管をピキらせている。

 それを見て、俺も少し冷静になった。よくよく考えなくてもさっきまでの絵面がやべえ。

 どう考えても、どう考えても……や、やっちまった。


「女にランボーするゴミカス野郎は天が見逃してもこの銀二さんが見逃さねえよゥ!?」


 拳が振るわれる。この風切り音はまずい。

 タカミナ級だ。まともに貰えばかなり響く。腕で受けて滑らせるようにしていなす。


「待って! 誤解! 誤解だから!!」

「五階も六階もねえわ! 屋上から紐なしバンジーさせんぞオラァ!!」


 頭突きをバックステップで回避。

 ダメだ、これ完全に頭に血が上ってる。負い目があるからやりたくはないが……已む無し!


「ごっ!? ……ってめ……! 糞野郎のくせにやるじゃねえか!!」


 ……カウンターで顎に一発入れたんだけどな。

 これ、バフ入ってる臭いな。そうだよね。ライトサイドヤンキーなら女の子をごにょごにょしようとしてる奴相手にバフかからないわけないよね。

 いや違うけどな? 完全に誤解だけどな? でも傍から見たらそうだもん。


「……厄日だ」

「俺のクビなんざ余裕で獲れるだとぉ~!?」


 言ってねえよ! おめえの聴覚どうなってんだ!!

 ラブコメの鈍感主人公より難聴なんじゃねえの!?


「ッ……!!」


 沈める気で放った顔面への回し蹴り。

 クリーンヒット。しかし、銀髪は掴んだ。半ば意識を飛ばしながらも俺の脚を掴んでみせたのだ。


「すばしっこいけど……よぉ……こうすりゃ、あたんだろ……!?」


 横っ面に叩き付けられた拳。体重の軽い俺は冗談のように吹き飛んだ。

 芯に響くような重い一発。軽く足が踊っている。

 おかしいだろ。原付に跳ね飛ばされた時よりもダメージ入ってんぞ。どうなってんだ世界。


「?」


 ふと周囲を見渡し、気付く。


(あ、あのアマ! 何時の間にか居なくなってやがる!?)


 ざっけんなよ!? 誰のせいでこんなことになったと思ってんだクソァ!

 つーかさ! これさ、この銀髪さ! 銀角だろ!? 話の流れ的にゼッテーそうだよ!

 銀二さんって言ってたもん! 金太郎と銀二で金角と銀角だろ!?

 即日かよ! 金角と出会ったその日の内にエンカウントするとか早過ぎだわ!


「ハァ……ハァ……俺ァまだまだやれんぞ!?」


 蹴られた箇所を押さえながら銀角が叫ぶ。

 息が荒くかなり消耗しているように見えるがバフが乗っている今、そう簡単には倒れまい。


「……ああクソッ」


 もう良い。細かいことは全部後回しだ。

 こっちに負い目があるつっても話も聞かずに喧嘩続けたのは銀角なんだ。

 だったら、


「――――憂さ晴らしに付き合ってもらうよ」


 怨むんじゃねえぞ。




・ポエム

ヤンキーはがさつで下品なバカ。そんなイメージがあるかもしれない。

それは間違いではないが、正解でもない。ヤンキーというのは存外、ポエマーなのだ。

時折、やけに詩的な言い回しで物語を盛り上げてくれる。

ゆえにネームドクラスにはポエムが必要不可欠なスキルと言えよう。

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