Driver’s High②
1.苺ミルクキャンディ
(金角って言えば……)
そんなあだ名をつけられている中学生で該当するのは一人しか居ない。
四天王の一人である金角だ。マジで? 一瞬そう思ったが、
(いや不思議ではないか)
俺が四天王と絡むのはほぼほぼ既定路線だった。
既に四天王二人とイベントを起こしたのだ。残る二人とも時間の問題だったと言えよう。
(この出会い方もよくよく考えればな)
タカミナとは悪印象ではなかったが友好的でもないファーストコンタクト。
梅津とは最悪のファーストコンタクト。
ならば金角とは最初から友好的なファーストコンタクトとパターンを変えて来るのは不思議じゃない。
そうなると最後の一人、銀角とは――――
「……ニコちゃん、お前は関係ない。隙ぃ作るから逃げな」
俺の思考を遮るように柚が小声で囁いた。
それを受け考え事は後で良いと俺も思考を切り替える。
「乗りかかった船さ」
「お、おい」
柚との縁は間違いなくタカミナと並ぶ良フラグだ。
それを圧し折るなんてとんでもない。より友好ポイントを稼げる行動を取らせてもらう。
「あのさ、どこの誰か知んないけど邪魔しないでくれない?」
「ハハ――ゴキゲンだなぁ兄ちゃん!? 上等くれんじゃんか! あぁ!?」
俺に掴みかかろうとするが、
「バーカ」
噴水の淵に手をかけそこを支点にして逆上がりをするように蹴りを放つ。
顎にクリーンヒット。さかさまの視界で男が吹っ飛ぶのが見える。
俺はそのままぐっと手に力を入れて飛び上がり宙でくるりと回り体勢を整えた。
何、カッコつけてんの? と思うかもしれないが別に俺もやりたくてやってるわけではない。
こんなことせんでも普通に殴れば事足りるのにカッコつけた動きしてんのは“映え”を意識しているからだ。
只者じゃないという演出と絵的な派手さによるバフを得られるから映えは結構大事なんだよ。インスタ映えならぬヤンキー映え。
「――――なるほど、ニコちゃんもイケるクチなわけだ」
「――――ああ、だから二人でさっさと片付けよう」
俺も柚もゴチャマンの基本は抑えている。
示し合わせるまでもなく俺達は突然のことに呆気に取られている集団の中で一番目と二番目に弱そうな奴に速攻を仕掛けた。
となれば後はもう楽勝だ。四天王が逃げろ、という程度には厄介そうな面子だったが奇襲がハマれば脆い。
立て直す暇も与えず十三人を潰してその場から即座に逃げ出した。場所が場所だからな。警察が怖い。
「…………ふぃー、ここまで来れば大丈夫かぁ?」
「みたいだね」
薄暗い裏路地で二人して息を吐く。
「飴、食べる? 苺ミルク」
ポケットから取り出したキャンディを差し出すと柚はクシャっと笑い受け取ってくれた。
「サンキュ。にしても、強えなニコちゃん」
「そうでもないさ」
「カカカ、そんならアイツらはクソザコってことになっちまうぜぃ」
「一人を集団で叩こうとする時点でそうでしょ」
私はやられるために生まれて来た雑魚ですって自己紹介してるようなもんでしょ。
俺がそう言うと柚は腹を抱えて笑い出した。
「ワハハハハハ! ニコちゃん、可愛い顔して毒が半端ねえやな!」
「それよりこれからどうする?」
「ちょっと時間置いてゲーセン行こうや。このまま解散とかあり得んし」
だよな。
「あ、そうだ。連絡先交換しようぜ」
「良いよ。ところでアイツら誰だったの?」
「さあ?」
俺のこと毒あるって言ったけど柚も大概じゃん。
最初に声かけて来た奴(俺が蹴り飛ばした奴でもある)とかめっちゃ因縁ありそうな感じだったのに。
「そう言われてもな~。ああいうんはそう珍しくもねえし」
「そうなんだ……」
それからしばらく駄弁った後、当初の目的地であるゲーセンに向かった。
ここもヤンキーに絡まれやすいスポットだが幸いなことに店内にそれらしい奴らは居ない。
「余計な運動させられて小腹が減ったし、まずは腹を満たすべや」
言うなり柚はお菓子がゲット出来るゲームに百円玉を入れた。
これ地味に難しいんだよなあ。簡単そうに見えて実際にやってみると思ったより獲れないんだよね。
などと考えていたのだが、
「!」
「ケケケ、コツがあんのよコツが」
柚はこなれた感じでじゃんじゃかお菓子を落としていく。
地味にすげえ……驚く俺に柚はニカッと笑ってお菓子の山を押し付けた。
「これ食ったら対戦ゲーやろうや」
「OK。お菓子貰ったし飲み物は俺が奢るよ」
「サンキュ!」
店内の飲食スペースで菓子を食らう。
普通の駄菓子なんだけど何でかすっごく美味しく感じる。
「あ、また苺ミルク。好きなんけ?」
「ん? んー、好きって言うか……まあ好きなのかな?」
ヤンキー輪廻に巻き込まれる前からも食べてはいたが巻き込まれてからは意識的に食べるようにしている。
糖分でストレスを和らげている――……わけではない。端的に説明するならキャラ立てのためだ。
世界観バフを得るためにはそれに沿った立ち振る舞いをしなければいけない。
その中でアイテムを用いてバフを得るというものがある。
(具体的な例を挙げるなら煙草だな)
まだ詳しい検証を終えているわけではないが非喫煙者のヤンキーより喫煙者のヤンキーのが若干性能が高いのだ。
煙草はヤンキーのマストアイテムだからな。
気付いたのは高校生のアホどもをボコった後だ。
互いに殴り合わせている最中に有象無象の雑魚の癖に性能がちょっとバラつき過ぎてね? と引っ掛かりを覚えたのだ。
集団なんだ。強い弱いは当然あるだろうけどそれでもこう……何か不自然な感じがした。
それで全員、ぶっ倒れた後で調べてみると強い奴は皆、煙草を所持していたことが判明したのである。
(高校生だけじゃない。タカミナと共にシバキ倒した連中もそうだった)
煙草バフは間違いなく存在する。普段から吸ってるだけでもある程度は効果を得られるのだろう。
だがシチュエーションを選べば更に高い強化を得られると見ている。
例えばあれだ。少数で大勢に殴り込みをかける道中。
仲間と肩を並べながら一緒に煙草を吸えばかなりの効果が見込めるんじゃないか?
ならば俺も……と思ったが困ったことに俺は煙草が苦手だった。
前世でタバコミュニケーションを強いられていたせいだろう。
いざって時――例に挙げたシチュの時は使うつもりだが常用は厳しい。
そこで目をつけたのが苺ミルクキャンディだった。
良い具合にエピソードもあるしこれならと思い試してみたのだが大当たり。
食べてから十分ぐらいはやたらと体調が良い。動きもキレッキレだ。
ちなみにエピソードというのは実母とのものである。
あの
だが一度だけ、一度だけお菓子を買い与えられたことがある。それが苺ミルクキャンディだった。
実母自身も苺ミルクキャンディには深い思い入れ……いや思い入れってよりあれはむしろ……まあ実母のことについては置いておく。
ともかくだ。煙草の代わりに常習するアイテムとして苺ミルクキャンディを選んだってわけだな。好きとか嫌いではなく実利を求めてのことだ。
「ふぅ、ごっそさん」
「ご馳走様。それで対戦ゲームって何すんの?」
「ガンシュー、格ゲー、音ゲー、何でもありありだけど……最初は麻雀だな!」
中学生が昼間から麻雀かぁ……まあ、不良の定番だけどさぁ。
2.生れ落ちた罪
(楽しかった……)
柚がクレーンゲームで獲った景品を抱え俺は家路についていた。
やっぱり外に出て正解だったと言わざるを得ない。
柚との一日はとても充実したものだった。彼は遊びが上手い。何やらせても器用にこなせて、尚且つ周りの人間を楽しませてくれる。
話を聞くにゲームだけでなく渓流釣りや山菜獲り、野球、サッカー、ボードゲームとかなり多趣味らしい。
意外な趣味、それもまたヤンキーのお約束だ。俺の予想では趣味の多さは恐らくライバルと競い合った結果だと思う。
(ライバル……銀角、か。そいつとも近い内に出会うんだろうな)
ありそうな展開を予想するなら、だ。
金角銀角、それぞれと互いの正体を知らぬまま出会って仲を深める。
そんで良い具合に友情が深まって来たところでバッタリ偶然、出くわしてそこから一騒動って感じだと思う。
(話を円滑にするためにもタカミナ達には柚と仲良くなったことは言わん方が良いな)
そんなことを考えているともう家の前だった。
時刻は七時半。楽し過ぎてつい遅くなってしまったが姉はもう帰って来ているようで灯りが見える。
「ただいま」
おや? 玄関に見覚えのない靴……男性ものでかなり上等なやつっぽい。
一体誰だろうと小首を傾げながらリビングの扉を開けると見知らぬ男が三人、ソファに座っていた。
爺さん一人にオッサン二人。顔立ちを見るに親子かな? けど、妙な既視感が……。
強張った表情でこちらを見る彼らにどうしたものかと動きあぐねていると、
「おかえりニコ」
「ああうん、ただいま姉さん。それでこの方々は?」
キッチンに居た姉がやって来る。
俺が誰だと聞くと彼女も少し表情を強張らせた。
「……はじめまして笑顔くん。私は倉橋真人。こっちは息子の真一と真二だ」
「こんばんは」
「よろしく頼むよ」
助け舟を出すように爺さんが名乗り、オッサン二人も小さく頭を下げた。
それより倉橋って……俺の記憶が確かならばそれは父親の旧姓だ。
思わず姉を見ると、
「えっと……うん、私達のお祖父ちゃんと伯父さんだよ」
マジかよ。楽しい休日の締めくくりにとんでもねえイベント来やがった。
フルコース食べた後で満漢全席ぶち込まれるようなもんじゃん。飲み込めねえよ。胃が壊れるわ。
(……気まずいなんてレベルじゃねえな)
高峰家に引き取られてもう八年ぐらいか。
これまで俺は一度たりとも祖父母とは会ったことはなかった。
まあ母方についてはマジで何の関係もないから当然として血の繋がりがある父方とも……。
俺の存在は父親の恥部そのものだ。会わせたくなかったんだろう。
だがその父親が消えた今、彼らを阻むものはない。各方面に迷惑をかけた俺に一言物申しに来たんだろう。
(はぁ……でもそれは俺が甘んじて受け入れなきゃならんものだ)
既に主犯の一人である実母は死んでいるし、父親についてはもう済ませてるだろうからな。
俺の存在が害悪だというのは揺るぎない事実だし、しょうがない。
覚悟を決めた俺だが、
「――――え」
彼らの取った行動はあまりにも埒外のものだった。
「…………すまなかった!!!!!」
土下座だ。
真人さんも真一さんも真二さんも手をつき床に額を擦り付けるように深々と頭を下げている。
呆気に取られる俺に真人さんは言う。
「ぐ、愚息の君に対する惨い仕打ちの数々……詫びる言葉もない。本当に、本当にすまない!!」
いや、あの……。
「父親として厳しく育てて来たつもりだが……いや、言い訳だな。私の不徳が君を苦しめてしまった」
「親父だけじゃない。俺達にも責任はある」
「……調子に乗りやすいところがあったのは分かっていた。愛嬌と捉えず厳しく糾すべきだったんだ」
「今更、どの面を下げてと言われるのは百も承知だが、出来うる限りの償いをさせて欲しい」
……ホント、相手が俺で良かったなあ。
中身が境遇通りの子供だったらぜってー闇堕ちフラグだったぞコレ。
立つ瀬がないとはこのことだ。
善人の土下座なんて精神衛生上、あまりにもよろしくない。とりあえず頭を上げてもらおう。
「頭を上げてください」
「笑顔くん……」
ニコよりはマシだけど名前呼びも何かむず痒いな。
苗字かおい、とかお前のが気楽だぜ。
「御三方が頭を下げなければいけない理由なんてありません」
ホント可哀想だわ。
「むしろ謝らなければいけないのは俺の方でしょう」
父親に関してはまあ置いといて、だ。
迷惑かけるだけかけて死んでしまった実母と、その負債そのものである俺。
こうして対面した以上は詫びねばなるまいよ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「「「――――」」」
【Tips】
・転校生(ないしは他所からの新入生)
もうそれだけでバフがかかると言っても過言ではない要素。
主人公の場合は言わずもがな、そうでない場合も強キャラないしは重要な役目(硬直化した勢力図を崩す切っ掛けになるなど)を担うことが多い。
どんな世界でも新しい風は必要ということだろう。
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