Driver’s High①

1.嘘でしょ……


 土曜。俺は姉と一緒に玄関先で母を見送っていた。

 何でも同窓会があるらしく長野まで行くんだそうで。


「帰って来るのは明日の夜になると思うから今日と明日のご飯は……」

「平気平気。私、もう高校生なんだよ? 心配しなくても大丈夫だから。家庭科だってバッチリだし」


 家庭科の成績がそれそのまま家事の技術に繋がるとは限らないけどね。

 普段から結構だらしないというか雑なとこがあるし自炊してるとこもこれまで見たこともないからな。

 母も自信満々な姉に逆に不安を覚えたのだろう。俺を見て言った。


「……ダメそうならデリバリー頼んで良いからね?」

「うん、分かったよ」

「ちょっとぉ!?」


 いってきますと笑い、母は軽やかな足取りで家を出て行った。

 普段はあまり会えない友達に会えるのだ。大人であってもそれは嬉しいことだよな。


「そりゃ私もほんのちょびっとだけだらしないとこはあるよ? 実習でも目分量でやって叱られたりさぁ」


 でもぉ、とぶつぶつ文句を言っている姉。

 折角の休日なのにご機嫌ナナメなのは損だ。意識を逸らしてやろう。


「ところでさ、何で母さん長野の学校行ってたの? 地元じゃないよね?」


 高峰家は古くから続く金持ちの家で本拠地は別にある。

 本家のお嬢様であるはずの母が何で縁も所縁もない長野の学校に通っていたのだろう?

 確か中学二年から高校卒業まであっちだったと言っていたが……。

 俺の疑問に姉はあー、と苦笑を浮かべる。


「?」

「んー……ニコはさ、お母さんのことどう思う?」

「どうって尊敬するべき素晴らしい大人だと思うけど」

「あー、そういうんじゃなくてさ。ほらこう、印象? スポーティだなーとかそういうあれ」


 ふむ? 印象ねえ。


「お淑やかで優しい?」

「んっふ」


 んっふてアンタ。実の母親やぞ。


「まあまあうん。今は淑女然としてるけどさぁ。あー、これ内緒ね? 私が言ったって言っちゃダメだよ?」


 そう念を押して姉は言った。


「――――お母さん、実は元ヤンなの」


 それでやんちゃな娘を更正させるために父母が長野の知人に預けたのだと言うが、


「またまたご冗談を」

「冗談じゃないんだな~」

「…………ホントなの?」

「マジマジ。ちょっと来て」


 姉に手を引かれて向かったのは母の部屋だった。

 整理整頓が行き届いており、埃一つもない実に手入れの行き届いた部屋である。

 それはそれとして女性の部屋に本人不在のまま足を踏み入れるというのは罪悪感あるな。

 そんな俺などお構いなしに姉はクローゼットを漁り始めた。


「じゃん」


 そして一着の服を俺に見せ付ける。


「――――」


 絶句した。

 ワインレッドの膝まである長い丈の上着、裾が膨らんだズボン。

 それはどう見ても特攻服だった。


「ほらこれ見て。気合入り過ぎでしょ」

「“散る運命さだめと知りながら咲かずにはいられぬ恋の華”……」


 母さんの名前だ。高峰華恋かれんだし間違いない。

 言われてみれば確かに華恋てヤンキーぽい字面だわ……。


「ってかこれ」


 二十五代目総長? え、レディースの頭だったの?

 チーム名は……これか? 死羅幽鬼姫……しらゆきひめ? 被ってる。めっちゃ俺と被ってる。

 いやだがそういうことか。血の繋がりはないけれど見えないところで互いに繋がってた的な?

 こういうとこで繋げられても困るわ。もっと良いのあっただろ。


「百人近いチームのリーダーだったみたいだね。喧嘩もバリバリ強くて必殺技は蹴り技全般だって」

「蹴り技……」


 俺もじゃん。俺も蹴り多用しまくってるよ。


「常在戦場の心構えで傍には何時も花バットを置いてたとか言ってたね」

「は、花バット?」

「うん。花束でカモフラージュしたバットで使う時に花弁が散って良い感じになるんだってさ」


 ゴリッゴリの武闘派じゃねえか。

 今の姿からはまるで想像出来ねえぞ。いやだが、お淑やかな女性が実は……ってのもよくあるパターンだわな。

 つーかあの父親、よく五体無事だったな。何なら死ぬほどボコられても不思議じゃなかったぞコレ。


「ふっふっふ。驚いてるね~。いやでも気持ちは分かるよ。私もつい最近、知ったんだけど驚いたもん」

「……姉さんは何で……」

「ああほら、前にタカミナくん達がお泊りに来たでしょ?」

「う、うん」「あの時、タカミナくん達を見てお母さん何か懐かしそうな顔してたんだよね~」


 その場で聞いたがはぐらかされてしまったらしい。

 それでも好奇心は抑えられず母が居ない時を見計らって部屋に忍び込み特攻服を見つけたのだと言う。


「そんでニコが居ない時に話振ったら観念したみたいでさ。色々教えてくれたってわけ」

「はへー」


 姉はにんまり笑って再度、クローゼットに入りごそごそし始める。

 取り出したのはアルバムだった。


「じゃーん!」


 アルバムを開き俺に見せ付ける。

 貼られている写真は……うん、どっからどう見てもヤンキーですね。

 ビッ! と気合入れたおっかない女の子達の集合写真。その中央でメンチ切ってる女子が母なのだろう。面影がある。


「これ、これ見て」

「?」


 姉が指差したのは男子とのツーショットだ。

 金髪で丸いサングラスをかけたどこか軽薄そうな少年。

 ただ写真越しでも分かる。オーラって言うのかな? 彼は主役級のヤンキーだ。


「お母さんの初恋の人。うひひ♪」


 楽しそうやなぁ。いやまあ、姉も女の子だ。

 その手の色恋には興味津々なのだろう。本人は色んな男を勘違いさせまくってそうなのにね。


「他にも色々面白い話、聞いたから教えてあげる。内緒だよ?」


 姉の口から語られる武勇伝や甘酸っぱい青春エピソード。

 語り口が上手いのもあるだろうが、それ以上に中身が濃いので面白過ぎる。

 やっぱ傍から見る分には最高だなヤンキーもの。


「……ってかこんだけやんちゃしてたお母さんにあれこれ言われるの納得いかないわ」


 いや、まあ、うん。やんちゃだったから至らなさがよく分かるんじゃないかな。

 母は今でこそ料理上手だが写真の中に居る少女時代はとても……塩と砂糖を間違えるとかベタなことしてそう。

 あと、愛しの彼に料理を作ろうとして指がボロボロになったりとかも。




2.出会いは加速する


 昼まで駄弁った後、姉は友人と約束があるからと家を出て行った。

 ちなみに昼飯は母の手作りである。サンドイッチだった。とても美味し。


「……暇だな」


 今日は三人と遊ぶ予定も入っておらず、やることがない。

 このまま家でのんべんだらりとするのも悪くないがこんなにも天気が良いのだ。家に籠もっているのは勿体ない。

 思い立ったが吉日。俺は財布をポケットに放り込み家を出た。


(とりあえず駅前に行くか)


 特に目的があるわけではないがぶらついてるだけでも暇は潰せるだろう。

 ヤンキーとのエンカウント率は上がるだろうが……まあそれは今更だ。

 既にヤンキー輪廻に組み込まれたのだからコソコソしても意味はない。


(絡まれてもネームドでない限りはワンパンで終わるだろうし)


 クリボーみたいなものだと考えれば一種のアトラクションとして楽しめ――……いやこれは無理があるか。

 つらつらと益体もないことを考えていると気付けば駅前に出ていた。

 土曜の昼間とあって中高生が多く、とても賑わっている。


(ヤンキーっぽいのも結構居るなぁ)


 ただ和気藹々とした感じのが殆どだし絡まれることはなさそうだ。


(しかし……)


 ふと思った。

 ヤンキー漫画の法則に支配された世界。端的に言って狂ってるけど、悪いことばかりじゃないのでは? と。

 と言うのも、だ。俺の住んでる市は結構な大都市である。

 だがそれを差し引いても中学・高校が多い。学校の多さはそれそのまま子供の数に繋がる。


(つまり少子化の解消だ)


 よくよく思い返すとこの世界、少子化問題とか全然聞こえて来ないもんな。

 前世じゃ学校もポンポン統廃合されてさ。俺の母校もその憂き目にあって消滅しちまった。

 けどこの世界じゃそんな兆候微塵もない。

 そして少子化が解消されるということは若い働き手が増えるということでもある。

 経済も活発化するし老人も安心して老後を迎えられる……健全な社会だぁ。

 そういう意味では前世よりも良い社会と言えるかもしれない。


(まあヤンキー漫画で社会問題とか取り上げられてもって感じだしな)


 少子高齢化にメスを入れるヤンキー漫画とかもうそれギャグの領域じゃん。

 などと考えているとぽんぽんと肩を叩かれた。

 クリボーくんとのエンカウントかな? 振り向くとギャルっぽい子らが三人ほど立っていた。

 多分女子高生かな? はて? 何じゃろ?


「ねね、さっきからぼんやりしてるけど君一人?」

「? ええ、まあ」


 そう答えるとギャルさん達はやった、とかはしゃぎ始めた。


「じゃさ、私達と一緒に遊ぼうよ♪」


 あ、これナンパか。


(……参ったな)


 ゴキゲンじゃねえの!? 上等だよォ!!

 とか言って絡んで来るヤンキーなら話も聞かず即座にワンパンフィニッシュなんだが……。

 彼女らに悪意はない。外見に釣られたとは言えあるのは好意。

 どうやれば角を立てずにお断り出来るのか。

 えっと、あの、などと言葉を濁す俺。グイグイ来るギャルさん。

 どうしたものかと困り果てていると、


「――――そこまでだぜぃ、姉さん方」


 金髪の少年が割って入って来る。こっちは俺とタメぐらいか。

 柄シャツにハーフパンツ、ピアスや指環などのアクセサリー。どこからどう見てもヤンキーである。


「その兄ちゃんも困ってるみたいだし見逃してやってくんな」


 そいつはニカっと邪気のない笑みを浮かべ、クイっと親指で自分の顔を指し続けた。


「代わりに俺となんてどうだい?」

「「「……」」」


 ギャルさん達は苦笑いを浮かべ頷き合う。

 そして暇な時は連絡してね♪とポケットに紙片を突っ込んで去って行った。


「「……」」


 気まずい空気だ。


「ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」


 崩れ落ちた!?


「こ、今年に入ってもう百二十回だぞ……何で……何で……」


 がっつき過ぎてるからじゃないかな。

 というか百二十てアンタ……逆にそれだけ失敗しててよくまたナンパ出来るな。

 逆にすげえわ。メンタル半端ねえ。


(このまま放置するのもあれだしな)


 俺は金髪くんを連れて近くの噴水広場に行き、ジュースとクレープを奢ってやった。

 さめざめと泣く金髪くんが哀れだったのと、結果的に助けてもらったお礼である。


「あんた良い奴だな! いけ好かないスカしたイケメン野郎だと思ってたわ!!」


 正直者かよ。だがこういう馬鹿は嫌いではない。


「俺ぁ柚原金太郎ってんだ。あんたは?」

「……花咲笑顔」

「おぉ! 可愛い名前じゃんね。スマイル――いや、ニコだな。ニコちゃんって呼ばせてもらうぜぃ」


 やめろや。何でお前ら示し合わせたわけでもないのに共通規格になるんだ。

 いや、別のあだ名にしろって言ってるわけじゃないんだよ?

 ニコもあれだけどスマイルもあれだし。普通に花咲で良いじゃんか。

 ……ここで抗議するのもあれだからやんないけど、ホント勘弁して欲しい。


「しかし花咲笑顔ってどっかで聞いたような……まあ良いか」


 あぁ、ヤンキーだもんな。しかもタメっぽいしどっかで俺の名前を聞いてても不思議ではないだろう。

 知られたら面倒なことになるかもしれないし、わざわざ自分から白幽鬼姫なんて名乗るのもださいので言わんが。


「えっと、俺は何て呼べば良いかな?」

「好きに呼んでくんな! 俺らもうダチじぇねえか!!」


 陽の者だなぁ……眩し過ぎて蒸発しそうだ。

 それはそれとして、どうしよう。金ちゃん? いやそれは距離を詰め過ぎか。

 コイツは気にしないだろうけど俺が気後れする。


「じゃあ、柚で」

「おう! よろしくな!!」

「よろしく。ところで柚は一人なの?」

「ああ。他のダチも誘ったんだがナンパ行くつったら一人で行けって言われてな」


 まあ失敗するのが目に見えてるなら時間の無駄だしね。


「友達甲斐のねえ奴らだよ。冷たい社会だ」


 社会は関係ねえだろ社会は。


「ってかそっちも一人なんだよな? なら今日は付き合ってくれよ」

「良いけど……ナンパはやだよ? どうすれば良いかわかんないし」

「顔良いのに女慣れしてねえのな。ま、安心しろ。今はゲーセンの気分だ」


 ゲーセンか、良いね。

 一人で行くのはちょっと気後れするが誰かと一緒なら気兼ねなく遊べる。


「「ん?」」


 立ち上がろうとしたところで、気付いた――……囲まれてる。

 お喋りで夢中に気付くのが遅れてしまった。

 どうせまた俺なんだろう。巻き込んでしまった柚に申し訳なさを感じていたが、


(あれ? 俺じゃない?)


 集団のリーダーは柚の前に立った。


「探したぜ~金角大魔王さんよォ」


 え、金角?




【Tips】


・ユニークアイテム

伝説的な頭から譲り受けた特攻服や本編で出た花バットなど独自のアレンジを加えた通常武器。

バス停のような普通それ使う? みたいな変り種のものが該当する。

通常のものよりステータスの上昇値も大きいが、装備出来るのはネームドだけなので気をつけよう。モブに変な個性は要らないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る