徒然モノクローム⑦

1.決着


「ふぅ」


 振り抜いた脚を戻し、小さく溜息を吐く。

 六メートルぐらいは吹っ飛んだだろうか。そこから更に数回バウンドして仰向けに倒れぷるぷると震える負け犬。

 タカミナなら立ち上がるだろう――……ってか実際に何度も立ち上がって来た。

 だが負け犬は無理だ。これで終わり、俺はそう確信していた。


「ま、まだだ……」


 身体を起こすがガクガクと足が震え、立ち上がれない。

 恐怖かダメージか。まあどっちでも良い。興味もない。


「あぐ!?」


 無理に立ち上がろうとしてべちゃっと倒れてしまう。

 やっぱりキャラって大事だわ。これがタカミナなら必死に立ち上がろうとする姿に熱いものを感じていただろう。

 だが負け犬はどうだ? みっともない以外の感想が浮かんで来ないもん。

 読者のヘイトを集めるようなキャラが王道熱血やられてもねって感じ。

 たまーに、ホントたまにだがそこを敢えて捻って来るのもあるがよっぽど上手く調理しないとダダ滑りよ。


(……俺も人のことは言えないけどさ)


 美形キャラで受ける要素は詰め込まれているが、逆にそれが鼻につくって層も居る。

 スカした立ち振る舞いが気に入らねえズラ。さっさとボコられろズラってね。

 俺も早くやられてえよ。早くやられてヤンキー輪廻から脱出したい。

 早く主人公登場してくれねえかなー。最短でも後二年……。

 ワンチャン、中学を舞台にした物語ならとも思うが正直望み薄。


「何で、何で……! 立て、立てよ! こ、ここで立たなきゃ……ッッ」


 シン●くんかな?

 というのはさておき、負け犬が必死になるのも無理はない。

 ギャラリーのツラを見れば……ねえ? もう完全に見下されてる。

 これまでの恨みもあるだろうし、俺に勝たなきゃ地獄だ。イジメられていた頃に戻るのもそうだが心の拠り所を失うわけだからな。


(同情すべき点はある)


 詳しいことは知らないし知ろうとも思わないがある程度、予想はつく。

 暴力による歪んだ成功体験がコイツをこんなにしちまった。

 それは周囲の環境の劣悪さを示唆している。教師だけじゃない恐らくは両親もロクでもない人間だったのだろう。

 そういう意味では本当に、俺と良く似ている。俺も中身がオッサンじゃなければどうなっていたことやら。

 脆く壊れ易い子供の心で酷い仕打ちを受け入れざるを得なかったコイツには同情する。同情はするが容赦はしない。

 姉さんを巻き込もうとした時点でギルティだ。


「仕舞いだな」


 立会人のタカミナがそう呟く。

 だが負け犬は納得していないようで、


「ざけんなよ高梨ィ! お、俺はまだやれる! やれるんだ!!」

「……みっともねえ真似すんなや。誰がどう見てもお前の負けだろうが」


 未だ立ち上がれずびったんびったんしてる癖に何言ってんだとタカミナは溜息を吐いた。

 まがりなりにも一度はやり合った相手。

 俺の推測を聞いた後でも、心のどこかで否定する気持ちがあったのだと思う。

 だがこの有様を見れば事実は明白。複雑な気分なんだろうな。


「よォ! お前らはどうだ? お前らっとこの大将がやられちまったわけだが」

「俺は良いよ。不服なら気が済むまで付き合う。タイマンでも複数でも相手になるけど」


 そうはならんだろうと分かった上で敢えて言う。

 するとナンバー2らしき少年が俺達の呼びかけに答えた。


「いや、そのつもりはねえ。白幽鬼姫、アンタの勝ちだよ」


 その名前止めろ。マジで恥ずかしいんだよ。


「うちの負けだ。これから西区はアンタの下に……」

「いや、そういうの興味ないし」


 迷惑だから止めて欲しい。

 無駄な柵が増えるだけで良いことなんて何一つもないじゃん。

 それはさておき、これで終わり。さっさと帰ろう。


「ま、待ちやがれ……!!」


 背を向けた俺にまだしつこく食い下がって来る。

 どうやら精神的にもトドメを刺さなければいけないらしい。


「タカミナなら立っただろうね」

「!」

「というか実際、立った。何発も本気で蹴り入れたけどその度にタカミナは立って向かって来た」


 でもそれは喧嘩が強いからではない。

 俺はトントン、と自分の胸を叩き言ってやる。


ここが強いからだ。お前と違ってね」

「――――」

「その心の強さに俺は負けたんだ」

「いや待てよ。負けは俺だっつの。あんだけボコボコにされて勝ちとかあり得んわ」


 何で空気を読まないの? 今そういう場面じゃないよね。

 タカミナは良い奴だと思うけど無駄な頑固さは良くないと思うの。


「どうでも良いけどさっさと行こうよ」

「時間は有限だぞ」

「しゃーねー。よし、飯食いに行くぞ!!」


 どんだけ腹減ってんだ……。

 ともあれ面倒事を片付けた俺達はそのまま駅前に向かい目についたファーストフード店に雪崩れ込んだ。


「色々世話になったし奢るよ」

「マジか。昨日ちょっと付き合って今日に至ってはただの付き添いしかしてねえんだが」

「それ言うなら俺とトモなんて貼り紙作ってコピーしただけなのに良いの?」

「……その貼り紙にしても文面を考えただけでイラストは美術部の奴に、文字は書道部の奴に頼んだんだけどな」

「良いよ良いよ」


 俺は二人に西区の中学に貼り付ける中傷用の貼り紙を頼んだ。何のため? 逃げ道を塞ぐためだ。

 電話でも十分虚仮にしてやったが、念には念を入れて大々的に面子を傷付けさせてもらった。

 あそこまでされてタイマンから逃げるようなら負け犬はその時点で終わりだろう。従う者は居なくなる。

 労せずして面倒事を片付けられるわけだが、結果はご覧の通り。

 西区まで足を運ぶの面倒だったが……まー、遊びに来たと思えば我慢は出来る。

 ちなみに実際に貼ったのは俺に弱みを握られたアホどもである。


「しっかし、驚きだったね~。まさか黒狗があんな奴だったとは」


 注文を終え席に着くやテツがそう切り出した。

 テツトモコンビにも俺の推測は話していたのだが半信半疑だったらしい。


「逆にお前はよく気付けたな。昨日、お前の頼みを聞かされた時は何言ってんだコイツと思ったが」

「そこよ。こないだのお泊り会の時の口ぶりからしてあの段階でもう気付いてたんだろ? 何で分かったんだよ」

「ん? んー、ほら警察が来てお流れになったって言ったじゃん?」

「おう」

「何か妙だなーって引っ掛かったんだよ」


 三人が疑問符を浮かべる。

 ちょっと言葉足らずだったな。順序立てて説明していくとしよう。


「話を聞くにしっかり統率が取れてて計画的に戦争を仕掛けるような輩だ。それなりに頭がキレるのは間違いない」


 前に出て来るのは勝率を上げられるだけ上げてから。そうも言ってたな。


「そんな輩が少数による奇襲を想定していないわけがない」


 最初から気付けていなかったとしてもだ。

 守りに入った東区の戦況を見れば気付く。戦国時代ならともかく現代社会で、尚且つ素人の喧嘩だ。

 情報遮断が成されているわけでもないしワンコールで情報は届く。

 タカミナが奇襲を仕掛けるよりも早く離脱出来たはずなのに奇襲を食らい、なし崩し的にタイマンが始まるとか不自然だろう。


「そこに警察の介入だ」


 仕組まれてるんだなと思った。なら何のために?

 勝敗をうやむやにして次に備えるためって可能性もゼロってわけじゃないが多分、違う。

 それなら警察による介入以外の方法も取れるからな。


「逆算したんだよ。どういう人間ならあの局面で警察を介入させるのかってね」


 ヤンキーのやり口ではない。なら負け犬は何者だ?


「臆病なまでの慎重さ。相手を徹底的に叩こうとする攻撃性。

慎重さが狡猾さに由来するものではなく、攻撃性が残虐さゆえではないのなら答えは一つ。

負け犬は元々、虐げられる側の人間だったとしか思えない。ならどうやって今の立場についたのか」


 過去を知る人間が居るなら上手くはいかなかっただろうが、


「ああ、だからあの時黒狗が他所から来た人間なのかを確認したんだな」

「そういうこと」


 他所からの転校生で虐げられる者。

 ここまで分かれば後はもう大体、想像がつく。


ヤンキーらの考え方じゃねえわなぁ」

「ってかさ、よくよく考えなくてもニコちんそっくりだよね黒狗」

「ニコもイジメっこを叩きのめしたのが始まりだからな」

「尖りまくった攻撃性とかも被ってるよな」


 話してて思ったんだが、これ……負け犬が仲間になるルートもあるんじゃないか?

 姉さんを巻き込もうとした野郎と好んでつるむ気はさらさらないが客観的に見てな。

 俺は主人公ではない。ではないが物語を俯瞰して今の時系列が過去編だと言うのなら過去編の主人公ではある。

 そんな主人公と似通ったキャラが登場するってよ、ドラマがあるじゃんか。あり得たかもしれない可能性っつーの?

 俺のドラマが決着するのは高校まで持ち越しだ。俺ら世代の物語全体の主人公様が登場せんことには話が進まん。

 だから俺は変われないまま。しかし、俺に似たキャラが変わることで対比をだな……うっわ、ありそう。

 負け犬が本編で「俺は変わることが出来た、でもアイツは……だから俺はアイツを……」みたいな台詞を吐いてるのがありありと想像出来るぜぇ。


「そういやさ、もう一つ気になることがあるんだけど」


 ポテトをつまみながらテツが言う。はて? 何じゃろか。


「ぬるくない?」

「何が?」

「いやほら、麻美さんを狙った馬鹿は散々痛め付けたのに主犯の黒狗には一撃だけだったじゃん」

「それは俺も気になってた。正直俺ぁ、全治半年ぐらいの重傷負わせるんじゃねーかなって思ってたもん」

「そうだな。流石にやばそうな時は三人で止めに入ろうって話してたのに正直、拍子抜けだ」


 あー、そういう。確かに実行犯は散々ボコったもんな。

 主犯にゃもっと過激な仕打ちをすると考えるのも当然だろう。だのに終わってみれば蹴り一発。

 痛いは痛いだろうが骨が折れたわけでもないし軽いと言われればそうかもしれない。

 だが、


「もう十分やったよ。アイツにとってはこれからが地獄だ」

「「「え?」」」

「負け犬、これからどうなると思う?」


 あ、と直ぐに察したのはやはりと言うかトモだった。

 タカミナとテツは何じゃらほいと小首を傾げている。


「化けの皮を全部剥がされた挙句、俺に一発でやられた負け犬にこれまで通り従う奴が居ると思う?」

「「あー……」」


 恐怖で抑え付けていたのだ、内心不満に思っている者もそれなりに居たはずだ。

 反乱を起こさなかったのは勝ち目がないから。負ければもっと酷いことになると分かっていたから。

 だが負け犬は俺に敗れた。元イジメられっこだとバラされた挙句、散々情けないことをしていたと暴露されて。


「負け犬にとって一番の恐怖はイジメられていた頃に戻ること。ならもう報復は十分でしょ」


 勢い付いた連中は今までの鬱憤を晴らす寄って集って負け犬をイジメることだろう。

 少数ならともかく何十人と徒党を組まれたら負け犬一人じゃどうにもならない。

 少なくとも俺とタカミナがボコった六十人は確実に敵だ。味方になる可能性はゼロである。


「…………過去を暴露したのは逃げ道を塞ぐだけじゃなく、全部終わった後のことも考えてたからか」


 おっかねえ野郎だぜ。そう呟くタカミナの表情は複雑だった。

 竹を割ったような性格でシンプルに勝った負けたが好きなタカミナにとってはすっきりしない結末だろうな。

 それでも何も言わないのは俺が狙われる原因になったという負い目と、俺の喧嘩だからだろう。

 あとは姉さんが被害に遭いかけたってのもあるか。


(説明としてはこんなもんだが)


 ここで終わると俺はともかくタカミナ達に若干苦いものが残りそうだな。

 なら、少しばかりフラグを立ててみるか。成立するかどうかは負け犬次第で俺は関与せんが言うのはタダだ。


「負け犬にとっちゃこれからが正念場だろうね」

「うん?」


 忌まわしい過去と同じ状況に陥った上でどうするのか。

 かつてと同じように乗り切るのは難しいだろうし周囲に期待出来る人間も居ない。たった一人だ。

 もっと過激なことをして恐怖を植え付けるか、或いは……。


「分水嶺さ。諦めて受け入れるか、ここから更に堕ちていくか……もしくは這い上がって以前とは違う景色を見るか」


 どうなるかはアイツ次第だ――と、こう言っておけばタカミナは動くだろう。

 二、三日ぐらい時間置いてから負け犬に会いに行くと思う。


「……」

「タカミナ?」

「いや、何でもねえ」

「ふぅん」


 シェイクを啜る。やっぱストロベリーが一番だな。これしか勝たん。




【Tips】


・特攻服

暴走族にとってのユニフォームのようなもの。和のテイストが感じられる長ラン風のものが一般的。

背中や袖にはチーム名の他にポエム染みた刺繍が刻まれているが多く、着用者のセンスが試される。

どうでも良いが女の子のサラシだけを巻いてその上特攻服を着るのは中々にエッチだと思う。

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