徒然モノクローム③
1.友達
「おぉう……便所一つ取ってもうちと全然ちげえ……」
用を足すのにも無駄な緊張を強いられるぜぇ。
慄きながら手洗いを済ませニコの部屋に戻ろうとすると、
「あの、ちょっと良いかしら?」
廊下でお袋さんと遭遇する。
俺に何の用……ってのは考えるまでもないか。ニコのことだろう。
アイツの悲しみに満ちた人間関係、お袋さんや姉さんも把握しているはずだ。じゃなきゃあんなに喜ばないもんな。
俺が小さく頷くとお袋さんはリビングへ通してくれた。
「楽しく遊んでいるところ、ごめんなさいね?」
「良いっす良いっす。泊まり掛けだしちょっとぐらい抜けても全然問題ないっす」
「ありがとう。南くん、で良いかしら?」
「あ、はい」
地味に名前で呼ばれるの久しぶりだな。
どいつもこいつもタカミナ呼ばわりしやがってよぉ。
「勘違いだったらごめんなさい。南くん、少し前にうちの子と喧嘩しなかった?」
「……ハイ。その通りです」
あれは俺の完敗だったがそれでも何発かは入れられた。
あんだけ大事にしている息子がボロボロで帰って来たのならそりゃ一言物申したくなるだろう。
言い訳はしない。何を言われても、
「ああごめんなさい。別に南くんを責めるとかそういうことではないから。そうは見えないかもしれないけどこれでも私、不良の子達にも理解はあるのよ?」
何せ初めて好きになった人がそうだったから、それに私も……とお袋さんは照れ臭そうに笑った。
良いとこのお嬢様だと聞いていたからかなり意外だった。え、マジで元ヤンなのこの人?
「話がずれたわね。私、南くんに感謝しているの」
「???」
「……その、苗字で分かると思うけれど私とニコくんは血が繋がっていないのよ。ちょっと複雑な事情があってあの子を引き取ることになったの」
それでも我が子と同じように愛しているとお袋さんは断言した。
それは傍から見ている俺にも分かる。
「ニコくんは年齢不相応に賢い子だから何かと私や麻美の負担にならないようにって気を遣ってくれる。
何かあっても何でもないって答えてね。だから傷をつけて帰って来た日も答えてはくれないだろうと思いながら聞いてみたのよ。
そしたらね、喧嘩した――って言ったの。ほんの少しだけ、頬を綻ばせながら。……嬉しかったわ。本当に、本当に」
アイツが……。
「ありがとう。あの子の友達になってくれて」
「……感謝されるようなことじゃねえっす。俺がダチになりたいからなっただけなんで」
しかし……うーん、どうしたものか。
「南くん?」
やっぱり隠し事は苦手だ。正直に言おう。
「あの、さっき複雑な事情があるって言いましたよね」
「……ええ」
「実は、知ってるんです。アイツから聞きました」
お袋さんの目が大きく見開かれた。
「ちょっとした雑談の流れでって感じなんすけど……正直、かなりひでえ話でした」
なのに当人は何でもないように――いや違うな。本当に何でもないのだろう。
普通なら実の母親や父親を怨んで当然の境遇だ。
だけどニコはどちらにも何も思っちゃいない。そういうもんなんだとあっさりと受け入れている。
「それが何よりもひでえと思いました」
「……そうね。私もそう思うわ」
沈痛な面持ちだ。お袋さんも同じ思いなのだろう。
だからこそ、言わなきゃいけない。
「多分、俺に言ってないこともまだあると思います。……実の母親との暮らしとか」
アイツは特に触れなかったが恐らく、虐待だ。それもかなり惨い。
ニコの口から語られた人物像だけでも、実の母親がロクでもねえ奴だってのは分かる。
そんな母親の下で普通の暮らしなんて出来るわけがねえ。
母親からすればニコの存在は邪魔者以外の何でもなかっただろうしな……チッ、胸糞悪いぜ。
「ニコは、多分……色んなもんが欠けてる。ひでえ環境で育ったせいでしょう」
「……」
「でも、それだけじゃない」
お袋さんが元ヤンだというのなら分かるはずだ。
本気でぶつかり合った時、言葉にしなくても相通ずるものがあることを。
「凍えそうな冷たさの中にも微かだけどあったけえもんがありました。それはきっと、お袋さんやお姉さんがアイツにあげたもんだと俺は思います」
「――ッ」
口元を押さえ涙ぐむ。
ああ、本当に立派な人だ。おいニコ、お前のお袋さんはすんげえ立派な人だぞ。
血の繋がりなんか関係ねえ。胸にある熱い想いがありゃ、それが真実なんだ。
「…………ありがとう」
「礼を言われるこっちゃねえです」
俺はただ感じたままを語っただけだ。
「これからもニコくんを、息子をよろしくお願いします」
「言われるまでもねえっす。アイツはダチなんで」
などとしんみりながらも良い空気になっていたのだが、
「お~いウンコマーン! まだウンコしてんの~!?」
「ウンコマン! 早くしろ、この馬鹿の独走を止めるのは俺とニコだけじゃ無理だ!!」
「ウンコマーン、トイレットペーパー切れかけだったけど大丈夫?」
階段の上から叫んでいるのだろう。
それはともかく一つ言わせてもらうぜ。
「ウンコじゃねえし!! 殺すぞテメェら!!」
「ふふ、引き止めちゃってごめんなさい」
「あ、いえ……じゃ、これで」
急いで二階に駆け上がりアホ三人の顔面に拳を見舞う。
が、ニコにだけはあっさり回避された。それも皮一枚で。
クッソ、コイツやっぱつええ!!
2.ヒロイン?
夜。七時を少し過ぎた頃、俺達はトモが言っていた中華料理屋へ向かったのだが……。
なるほど、確かに怖い。二、三人殺っちゃってると言われても信じてしまいそうな顔だ。
ただまあ顔が怖いってだけでぼったくられたとかそういう噂は聞こえて来ないから問題はなかろう。
「おかずは基本、皆でシェアするとして~メインどうする? ちな俺ラーメン」
「俺もラーメンだな」
「んー……俺はやっぱりご飯物かな。チャーハンか麻婆丼か天津飯か。どれにしよう」
「俺は王道のチャーハン……だけどこれはこれで種類あるな。海老、蟹、五目……迷うぜぇ」
「それなら先にサイド決めておくか」
それなら唐揚げは鉄板だね。
中華料理屋行くなら唐揚げは絶対頼まないといけん。俺の中では唐揚げの味で店の評価が定まると言っても過言ではないのだ。
「…………お前、外食慣れしてる?」
意外そうなタカミナ。
多分、生い立ち的に外食なんかろくにしたことがないと思われているのだろう。
実母の下に居た頃は当然として引き取られてからもワガママなんか言ったことなさそうだから。
でもそれは見当違いだ。
「家に父親が居る時は外で食べるようにしてたから」
「タカミナはどうして、地雷を積極的に踏みに行くの? ご飯前にげんなりだよ。ニコもニコのカコバナは基本笑えないから勘弁して」
別に笑ってくれても良いんだがな。
それはさておき唐揚げだよ唐揚げ。他のとの兼ね合いもあるから二人前ぐらいで良い?
「良いぞ。俺は餃子とエビチリ、チンジャオロース」
「野菜も食べないとだしこの三種冷菜盛合わせも頼もうよ。あ、デザートは食後の具合で決めるで良い?」
「OK」
各々、頼みたい物を頼み終えた後は雑談タイム。
注文の品が届くまでお冷片手に駄弁る流れになった。
「今回は世話になったし今度は俺ん家にも遊びに来いよ。秘密基地にも連れてってやっからさ」
「秘密基地?」
子供か。いや子供だったわ。
だが大人心にも秘密基地という言葉には惹かれるものがある。
「そう大したものじゃないぞ。廃材置き場にあるただのプレハブだからな」
「……廃材置き場を勝手に使ってるわけ?」
「ちげーよ。俺ん家、建築関係の会社やってんの」
ああそれで廃材置き場なのね。
父親の許可も取っているから問題はないと言うが、許可取ってる時点で秘密基地じゃなくない?
でもそうか。建築会社ね。ヤンキー御用達の就職先じゃん。
「ちなみにテツとトモのとこは?」
「俺~? 俺っとこはバイク屋。俺、ジャンクでモンキー組み上げたりと結構やるんだよ?」
「俺のところは獣医をやってる。将来は俺が継ぐ予定だ」
バイク屋もあるあるだな。でも獣医はちょっと意外。
ああでも、トモの鞄やら財布のキーホルダーがアニマルだらけだったな。
「ニコちんは将来、やりたいこととかあんの?」
「俺か……どうだろう。あんま考えたことないや」
とりあえずブラック企業には入りたくない。
多少のブラックなら良いさ。どこもどんな仕事もそういう部分はあるしな。
でも骨の髄まで真っ黒な暗黒企業はダメだ。心がやられる。
それぐらいしか望みがないけど、それは言えんわなあ。
「ま、俺らまだ中坊なんだし気長に考えりゃ良いんじゃねえの?」
今思ったがすっごく青春っぽいやり取りしてんな。
こう、むず痒くなる感じが実にアオハル。
「小さな夢や目標を立ててそれを一つずつ叶えられるよう努力していけば見つかるかもしれん。どうだ?」
「小さな目標、ねえ。それならまあ……さしあたっては中間テストかな」
そう言うと三人は嫌そうな顔をした。
不良のよくあるパターンに漏れずコイツらも勉強は嫌いらしい。クール気取ってるトモもってのは少し驚きだが。
「嫌なこと思い出させんなよ……」
「今度赤点一個でもとると小遣い減らされちゃうんだよねえ……」
「俺もだ……古典とか要らんだろ……」
おうおう、すっかりどんよりしちゃって。
「ってかニコ、わざわざテストを目標にするあたりお前も頭悪いのか?」
「ニコちん、見た目は出来そうな感じなのにねえ」
「一年の時の中間、期末は全部学年十位以内には入ってるよ」
「見た目通りかよ! え、何? それなのに俺らの前でテスト頑張るとか言っちゃうの? 嫌味?」
口にはしないがこれぐらいで褒められてもね。
前世の貯金もあるんだし三位以内には入らなきゃまずいだろっていうか……。
いやびっくりしたよ。貯金もあるし中学の勉強ぐらいはと思ったらどっこいそんなことはなかった。
覚えてないとこも結構あって、普通にビビったわ。
「というかそれなら別に頑張る必要なくはないか?」
テツが小首を傾げる。
実際、俺もまずいとは思いながらも十位以内に居るなら別に良いかなとは思ってたんだ。
ただそうもいかない事情があるんだな。
「…………例年通りならそれでも良いんだけどさ。ほら、今年は……ね? ちょっとその、問題起こしちゃったから」
「「「あー」」」
何もなかった。
俺からすれば別に脅しでも何でもなくちょっとした嫌味程度のものだったのだが学校側はマジに受け取ったらしい。
義母や姉には俺の蛮行は知られておらず俺もそこは一安心だがそれはそれ。
家は良くても学校での立ち位置がな。もうすっかり腫れ物扱いだが成績面でぐらいは良い評価をもらっておきたい。
「そういや教師、しこたまボコったんだっけ?」
「まー、話聞くにボコられて当然の野郎だけどな。不良を冷たく扱うのは分かるが、ニコは普通の生徒だったわけじゃん?」
「露骨にイジメっこの肩を持つ教師はちょっとな。自業自得だ」
「まあ担任のことはどうでも良いんだよ」
あれ以来、すっかり挙動不審になっちゃって可哀想だとは思うが俺には何も出来ないしな。
「とりあえず一年の最終期末テストが学年八位だったから最低でも三位ぐらいは入っておきたい」
「その割にゃ俺らと遊んでるけど良いのかよ」
「復習は学校でやれば良いし」
貯金のお陰である程度、予習は出来てるからな。
だから授業中に復習をやればうろ覚えだった知識も鮮明になっていくのだ。
「数学の授業中に堂々と国語の教科書開いてても見て見ぬ振りされるぐらいだからね」
「他の教師もビビってんのか……」
「あ、お喋りはここまでにしようよ。ほらほら、注文来た!」
それから一時間半ぐらいか。俺達は中華料理を堪能した。
美味いという評判に嘘偽りはなく、何なら期待値以上だった。
値段も財布に優しいし、店主に愛想があれば行列の出来る人気店になっていたことだろう。
このまま良い気分で家に帰りゲームを再開、夜はこれから――……とはならなかった。
腹ごなしに遠回りして帰ろうというテツの提案で俺達は街を一望出来る高台に向かった。
そこで青春トークでもかますのかなとか考えていたら、
「うぉ、激マブ……」
太股あたりまで伸びる艶やかな黒髪を夜風に踊らせる少女が柵の上に立って居た。
年の頃は俺達と同じぐらいか? 横顔しか見えないが、かなりの美少女だ。
ただ激マブって表現はどうかと思う。テツ、君幾つ?
「ね、ねえちょっと声かけてみようよ。ほらタカミナ」
「はぁ?! 何で俺だよ! 言いだしっぺのお前が行けや!」
「……いやここは一番顔が良いニコに頼むのはどうだろう」
思春期やのう。ってかトモよ、こないだの話忘れたの?
無神経と取るかポジティブな意味で俺の過去なんか気にしてないぜ! って取るべきか。
などと考えていると少女がゆっくりとこちらに振り返る。
小声とは言え他に誰も居ないとこで騒いでりゃ気付くわな。
「「「!!?!!」」」
振り返った瞬間、突風が吹き抜けその華奢な肢体を包み込んでいた白いワンピースの裾が盛大にまくり上がった。
ただのパンチラだけなら良いが――――はいていなかった。
あまりの衝撃に鼻を押さえて蹲る三人などまるで眼中にないようで彼女は軽やかな足取りでこちらにやって来た。
そして、
(何やコイツ……)
俺の前に立ち両手を腰の後ろで組んだまま顔を俺の身体に急接近させた。
すんすんと鼻を鳴らす少女――……臭いを、嗅いでいるのか?
今はかなりニンニク臭いが、まさかあの距離まで届いていたとでも……?
いやだが風向き的に臭いは、それに臭いのは俺だけではないはず。
「におう、におう、におうね」
ド失礼なアマじゃのう。
ほなら(心の中で)言いますけどね? お前、ノーパンじゃん? テメェは臭い大丈夫なのかって。
パンツという名の壁がない君は大丈……
「――――ふしあわせのにおいがする」
美しくも毒々しい花が咲く。
「他人を不幸にする匂いだ♪ ねえ、あなたのお名前はなぁに?」
なるほど。
(メンヘラか……)
俺は少女を無視し、蹲ったままの三人のケツを蹴飛ばし言う。
「帰るよ」
「え、あ、ちょ、待てよ! 行くぞテツ、トモ!!」
「う、うん」
「あ……ああ」
背中を向け歩き出す、少女は動かない。しかし、その視線は真っ直ぐ俺の背に注がれているような気がした。
【Tips】
・ナイフ
ヤンキーの定番装備の一つであり、いけないおクスリと並ぶ可視化した敗北フラグでもある。
ナイフを使うキャラは危ない奴……というより卑怯者と称されるキャラが多い。
強キャラに手を貫通させて受け止められて動揺してるとこを一撃でやられたりする。
また死亡展開でよく使われる小道具の一つでもある。
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