徒然モノクローム④

1.襲撃


 若干、ケチはついたものの概ね楽しい休日だったと言えよう。

 それだけに月曜の朝は憂鬱だが……楽しい時間を過ごした代償と思えばこれも仕方の無いこと。


(それはそれとして)


 俺には一つ気がかりがあった。そう、あのメンヘラのことだ。

 あの時は嫌なことはさっさと忘れてしまおうと即座に脳内のゴミ箱にぶち込んでしまったが、


(今思うとキャラ立ち過ぎじゃね?)


 べらぼうに顔が良い。その時点で物語のキャラとしてはモブの立ち位置ではあるまい。

 着目すべきはワンピースがまくり上がるとこ。漫画にするなら俺ら四人の誰かがそこに被さるような構図になるんだろうな。

 ああいや、少年誌じゃなければサービスシーンとして使った方が……?

 兎に角だ。あんなインパクトあるシーン。モブに許されてるわけがない。

 その後のメンヘラムーブもそうだ。奇矯な振る舞いと意味深な台詞。これで何もないとかあり得ないだろと今更になって気付いた。


(……これは、やっぱりあれなのかな)


 ヤンキー漫画にも恋愛要素はそれなりにある。時にはメイン張ったりなんかもするね。

 まったく女っ気がないのもあるけどな。

 兎も角だ。恋愛要素がある場合は主役オンリーではなく、脇の恋愛も描写されたりもするわけだ。

 となるとあの女、


(――――ヒロイン?)


 俺からすればノーサンキューなんだが、俺のヒロインだと考えると嫌な具合に噛み合っちまうんだよな。

 あの女は確実にメンヘラだ。で、俺も傍から見ればメンタルやられてる人じゃん?で、美男美女。白と黒で絵的にも映える。

 互いの要素を並べていくとキャラ的に奴と俺はかなり相性が良いのだ。

 更に言うとアイツ多分……いや、これは心の中でもあんまり言うべきじゃないか。

 ともあれ、奴のヒロイン疑惑は濃厚だ。


(マジ勘弁だわ)


 恋人に求めるのは容姿よりも性格。一緒に居て安らげるかどうかが大事なのだ。

 可愛さが要らんとは言わないよ? 美人で気立てが良いとかなら最高だと思う。

 でもそんな恋人を手に入れられるだけのものが自分にあるかっつーならそれはないじゃん?

 だったらどっちかは妥協しなきゃいけない。そして妥協するなら容姿だ。

 前世の彼女で俺は懲りた。一緒に居ても気を遣うばかりで安らげたことはあんまりない。

 いや、彼女が悪かったわけじゃない。単なる相性の問題だ。

 むしろ悪いのは俺だろう。自然消滅するまで彼女の隣を占有し、貴重な時間を無駄にさせてしまった。


 っと、話がずれた。

 ともかく俺はあのメンヘラと絡みたくないんだ。そのためにはどうすれば良い?

 軌道修正だ。男祭りを開催する。恋愛要素が入って来れないぐらいの男祭りでメンヘラを押し流すのだ。

 問題はどうやって男濃度を高めるかなのだが……。


「……ねえってば! ニコ、聞いてる?」

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」


 姉の声で我に返る。些か思考の海に溺れすぎていたようだ。

 もう、と頬を膨らませる姉はとても可愛らしい。容姿◎、性格◎。すげえなこのスペック。メンヘラとは大違いだ。


「あんまりぼーっとしてるとその内、事故に遭っちゃうよ?」

「ん、気をつけるよ」


 まあでもここらの通学路で事故が起きたとかそういう話は聞いたことないけどな。

 それにだ。仮にトラックが突っ込んで来ようと俺一人ならスペック的にどうとでもなる。


(ん?)


 後ろから原付のエンジン音が聞こえた。

 何てことのない日常の環境音。しかし、何故だかそれが気になった。

 振り向いた俺は、


「! 姉さん、危ない!!」

「え」


 通学路は歩道と車道を区切るものがない道路だ。

 姉はここを歩く時、何時も俺を壁側にする。自分はお姉さんだからと。

 ここらは事故が起きたこともないから俺も受け入れていたが――……迂闊だった。


「ニコ!!」


 全身を軋ませる衝撃と共に宙を舞う。

 冷たいアスファルトに叩き付けられ息が詰まる。

 だがそんなもの、姉を守れた安堵に比べりゃ何てことはない。

 咄嗟に位置を入れ替えるようにして庇ったが……間に合って良かった。本当に良かった。


「け、警察……いやその前に救急車! 救急車って何番だっけ!?」

「姉さん、俺は大丈夫だから」


 背筋に力を入れて跳ね起きる。

 少しふらつくし、身体も痛いが問題はない。だが……居なくなってるな。

 飛んでる時は音しか聞こえなかったがやったら即座に離脱。徹底してやがる。


「だ、大丈夫って血が出てるよ!?」

「え? あぁ、ホントだ」


 たらりと垂れて来た血を舐める。不愉快な味が苛立ちを加速させてくれる。

 小さく息を吐き、体育の授業のために持って来たタオルを取り出し頭に巻く。


「とりあえず保健室行くよ。それで病院行った方が良いって言われたら病院行って来る」

「え、えぇ……?」

「安心して、保険証は財布に入ってるから。お金は……まあ、足りなきゃ後で母さんに電話するし」

「……無理しちゃダメだからね? 絶対ダメだからね?」

「分かってる」


 姉と分かれた俺はその足で学校――には行かずコンビニに向かった。

 おにぎり数個と菓子パン、苺ミルクキャンディを二袋、お茶二本、暇潰し用の雑誌数冊を購入。コンビニを後にする。


(……やってくれるじゃないか糞野郎)


 俺を轢き飛ばしたのは間違いなく黒狗の部下だ。

 流石に制服を着るような間抜けはしていなかったがタカミナによるフラグ立ては既に行われてたからな。

 流れを考えるとそれ以外にはあり得ない。これでそうじゃなかったら俺は漫画を投げる。漫画って何だよ(哲学)。

 それよりもだ。


(俺が庇うことを予想していたのか……いや違う。どっちでも良いのか)


 俺が庇えば肉体的なダメージを与えられる。

 庇わなければ姉が傷付き身内が狙われたという動揺や自分のせいでという罪悪感などを与えられる。ようは精神的なデバフだ。

 狙う側からすればどっちでも良かったのだ。


(――――舐めやがって)


 俺だって無駄に敵を増やしたいわけではない。

 いじめっ子やあの高校生達は歩みよりは不可能、徹底的に叩くしかなかったが黒狗は違う。

 上手いこと相手を立てるやり方で事を進めればタカミナのように後々、仲間になる余地も残せるってさ。

 そんなことを考えてたんだ俺は。甘かった。俺みたいなんに絡んで来るのはロクな奴じゃねえんだ。タカミナが例外だったんだよ。


(潰す。徹底的に)


 そのためにまずは手足をもぎ取ろう。

 場所は……そうだな、いじめっ子らに連れてかれたあそこが良い。

 人目もないし、アイツらとしてもやり易いだろう。

 あとは、


『おう、どしたニコ』

「……電話した俺が言うのも何だけどさ。もう授業始まってるよね?」

『いや、今ウンコ中。夜中に食べた饅頭がダメだったらしい……って俺の腹事情はどうでも良いんだよ』


 まあそうね。

 俺も他人のウンコしてるとこ想像すんの嫌だし。


『……で、マジに何があった? お前、声が冷たいぞ』

「黒狗だっけ? そいつの手下に原付ではねられた」

『何? もう動い――――』

「姉さんが居る時に襲って来た。俺が庇わなきゃ姉さんが轢かれてただろうね」


 電話の向こうで息を呑むのが分かった。


『あ、あんのクソガキャ~!! やって良いことと悪いことの区別もつかねえのか!?』


 タカミナは誰憚ることのない不良だ。しかし、筋を通す不良だ。

 一般人に絡んだりすることもないし、徒党を組んで誰かをなんてこともしない。

 アウトローにはアウトローなりのルールがあると思っている。だからこそ黒狗のやり方が許せないのだろう。


「この前あんなこと言っといてあれだけど……」

『水臭えこと言うな。ダチだろうが』

「ん、ありがと」

『礼は要らねーよ。で、俺らはどうすりゃ良い? お前のことだ。もう動くんだろ?』

「うん。タカミナにはこれから俺と合流して欲しい。で、テツとトモには別途で頼みたいことがあるから後で連絡しておくよ」

『分かった。ウンコ済ませたら即そっち向かう。けど、俺とお前でどうすんだ? 殴り込み?』

「まずは鬱陶しい手足をもぎ取りたい。ただ俺だけじゃ集められる数に限界があるからね」


 俺の言葉にタカミナは一瞬疑問符を浮かべるが直ぐにああ、と声を漏らした。

 三人組の頭脳担当はテツだがタカミナも頭が悪いわけではないのだ。


『餌にするわけだ。俺とお前を』

「決着のつかなかった赤龍とぽっと出の生意気なガキ。一挙両得のチャンスだ。いきなり本人が出張っては来ないだろうが……」

『俺らを削るためにそれなりの数を動員するだろうな』

「そういうこと」


 ただまあ、タカミナが居るとあんま過激なことは出来ないんだよね。

 “上書き”するためにも糞犬の手足は全員病院のベッドから半年は動けんぐらいにシメるつもりだったがタカミナはそれを許してくれないだろう。

 まあでも骨の一本二本ぐらいならセーフだよね?


『OK。そいだら赤龍と“白幽鬼姫”のめでてえ紅白コンビでランデブーといこうじゃねえの』


 じゃ、ウンコに集中するからと電話を切ろうとするタカミナだがちょっと待て。


『あんだよ? 電話しながらじゃウンコ出ねえだろ』

「そうじゃなくて……え、何? シラユキヒメ? それ何?」

『ああ、異名だよ異名。高校生十何人ボコにして、四天王の一角まで落としたんだ。異名の一つもつくだろーよ』


 白雪姫……いや、ヤンキー文法なら白幽鬼姫ってところか?

 嘘でしょ? そんなだっせえあだ名つけられてんの俺?


『綺麗な白い髪でお姫様みてえに美人だが鬼のようにおっかなくて不気味。言いえて妙だよな白幽鬼姫! ナッハッハ』


 笑いごとじゃないんですけど。笑えないんですけど。

 漫画で読む分には良いよ? 受け入れられる。お約束だもん。

 でもさ、リアルで――それも自分がそんな異名つけられるとか恥ずかしいにもほどがあるわ。


「百歩譲って異名つけられるのは良いけどタカミナの赤龍みたいにシンプル且つカッコ良いのにして欲しかった……」


 例えばそう“白鬼はっき”とかどうよ? シンプルな二文字。赤と白、龍と鬼で噛み合わせも良い。

 俺というキャラとタカミナというキャラを並べるなら白鬼でしょ。

 他の四天王だって二字縛りだしさぁ。一人だけ浮いてんじゃん。いや俺は四天王でも何でもないけどさ。絡むなら白幽鬼姫より白鬼のが絶対良い。


『いやぁ……俺のも字面はともかく由来はアレだぜ』

「由来って。赤い髪と喧嘩の強さじゃないの?」

『全然ちげーよ。そもそも髪染めたの赤龍とか呼ばれだしてからだしな』


 え、そうなんだ。


「じゃあ何なの?」

『俺ぁ、親父の影響でよぉ。筋金入りの野球ファンなんだわ』


 へえ、初耳。

 まあ付き合い始めてそこまで経ってないから当然っちゃ当然だが。


『特に宙日ちゅうじつドラゴンズが好きでな。

本拠地が名古屋だから足繁くとはいかねえが都合が合えばシーズン中は必ずドームまで行ってたぐれえさ』


 へー……しかし、話の流れからして赤龍の龍はドラゴンズが関係してんのか? 何で?


『ありゃあ小六の時だ。その日は俺が特に贔屓にしてる選手の引退試合でよぉ。

親父と一緒にドームまで観に行ったんだがその途中で車に轢かれてぶっ飛んじまってな。

頭から落ちて血ぃダッバダバだったがこの引退試合だけは何が何でも見届けたかった。

病院行ってる時間なんてありゃしねえって無理矢理行こうとしたんだわ……ま、親父に締め落とされて病院叩き込まれたがな』


 まさか、


「……血塗れになっても試合に行こうとするぐらいのドラゴンズファンだから赤龍?」

『おう、親父が酒の席で話したのが何時の間にか広まっちまってなぁ……』


 悲しいなぁ……。


「っと、ごめんね長々と。そろそろ切るよ。合流場所はLINEで送っとくから」

『ああ、終わったらそっち行くからよ』


 ほんとすまんね、ゆっくりウンコしてくれや。




【Tips】


・屋上

便所と並ぶヤンキー達の憩いの場で専用の喫煙所の一つ。学内における決闘スポットとしても校舎裏と並んでよく使われる。

だが学校によっては実力者の根城になっており一般ヤンキーが立ち入れない場合もあるので注意しよう。

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