Hello,world!③

1.タカミナ


 俺がそのハナシを聞いたのは昨日の午前三時ぐらいだったか。


『あ、それロン』

『ガァ!? テツ、ダマテン止めろや!!』

『ケケケ、引っ掛かってやんの~』

『クッソ……鶏冠に来たぜ。こっからは狙い打ちだ。テメェ、ぜってー飛ばしてやっかんな』

『出来もしないことを言うもんじゃないよ~? タカミナはただでさえ駆け引きダメなんだからさ』

『るせぇ! つかタカミナは止めろ!!』


 何時メンで俺ん家に集まって三麻をしていた時のことだ。

 梅が調子に乗り、俺がキレる、毎度のやり取り。

 だが何時もならここで俺らを諌めてくれるトモがやけに大人しい。

 どうしたのだと視線をやると奴はスマホの画面を見つめたまま「マジか」「ダークホースだな」などと静かに興奮しているようだった。


『おいトモ、どうしたんだよ』

『……タカミナ、お前三高の桐原って知ってるか?』

『三高の頭だろ? 喧嘩は強いらしいけど、卑怯臭い真似ばっかする糞野郎って噂だが』


 その桐原がどうしたんだ? そう首を傾げると、トモはニヤリと笑った。


『取り巻きともども滅多糞にやられたらしい』

『へえ、そりゃ結構なことだが』


 そんなに驚くようなことか?

 元々怨みを買ってたし、何時かはそうなるだろうと思ってたし。


『やったのが俺らとタメの奴だとしても?』

『何? タメって……中学生にか?』

『ああ、それもたった一人で桐原含む十五人を叩きのめしたらしい』

『トモちん。それホント?』

『みたいだぜ』


 身体が出来上がってない中学生と高校生の差は大きい。

 それを覆すほど喧嘩が強い奴もまあ居るには居る。

 だがそこそこの高校で頭を張れる奴を含めて十五人を一人でとなると……俺の知る限りでは俺を含めて四人。

 それにしたって勝ててもギリギリの喧嘩になるだろうことは想像に難くない。


『タカミナ以外の四天王の誰かが?』

『ねーな』


 黒狗はタイマンも強いがアイツが一人で十五人を相手取るとは思えない。

 金角銀角もそう。アイツらは互いを潰すことにしか興味がない。

 アイツら何回やり合っても決着がつかないし、ある意味良いコンビだよ。


『ダークホース云々言ってたし全然知らん奴なんだろうぜ。なあ?』

『ああ。森中の花咲って奴らしいが……知ってるか?』


 全然聞いたことがない。

 森中にも不良はそこそこ居るがパッとしない奴ばかりだった記憶がある。

 なるほど、確かにダークホースだぜ。


『……気になるな』


 俺は頭とかそういうんには興味はないが喧嘩は好きだ。

 男二人並べてさあどっちが強い? って比べっこするのは最高に楽しい。

 会いてえ、そう思ったらもう止められない。

 翌朝、俺は二人を連れて早速花咲笑顔に会いに行ったのだが……。


「うっわ、めっちゃ美形」

「ああ俺らの顔面偏差値とは比べ物にならないぞ。どうする、俺ちょっと泣きそうだ」


 アホ二人は置いといて、だ。


「ああそうだよ、俺が花咲だけど何?」


 華奢で顔も女みたいだ。クラスの女子と見比べても圧倒的に可愛いと思う。

 けど、違う。見れば分かる。コイツはそんな可愛いタマじゃないってな。


(コイツ、強え……ッ)


 感覚的なものだけではない。

 証拠もある。雪のように白い肌には掠り傷一つないのだ。

 つまるところ十五人を相手取って無傷で勝利したということ。四天王なんて呼ばれてる俺達でもそれは不可能だろう。

 断言しよう。コイツは俺より強い。じゃあ、やらない? 冗談。むしろ逆に燃えて来たぐらいだ。


「ああ、お前さん……三高の桐原とその取り巻きを潰したそうじゃねえか」

「誰……? あ、いや昨日のアイツらか」


 眼中にもないか。痺れるねえ。


「お前にとっちゃ道端の石っころみたいなもんかもしれねえけどさ。アイツら、そこそこやる奴だったんだわ。

ああでも誤解すんなよ? 敵討ちとかそういうんじゃねえからな。あんなカスどものために動く理由はまったくない」


 中学生を十五人で囲むような連中だ。どう高く見積もっても屑査定は免れねえ。

 あんな奴らのために動く人間だとは思われたくないからそこは一応、釘を刺しておく。


「要はアレだ。おめえつええんだってな? オラ、ワクワクして来たぞ! ってやつよ」

「……そういうあれね」

「おう。是が非でも確かめてえ。俺とお前、どっちが強えのかってな」


 胸の前で拳を打ち合わせる。

 正直、もう待ち切れない。今直ぐにでも始めたいぐらいだが……こんなとこでやるのは迷惑だからな。


「場所、移そうぜ」

「純粋な疑問なんだけどさ。何で俺が付き合うの前提みたいになってるの?」

「え、この空気で?」

「空気とか知らんし。そもそも俺、あんたと違って別に不良ってわけでもないもん」

「それは……」


 言われてみればその通りだけど、流れ的にさ。

 このまま殴りかかるのはちょっとアレだし……えぇ……どうしよう……。

 俺が頭を抱えていると花咲は小さく溜息を吐いてこう言った。


「放課後」

「え」

「放課後で良いなら付き合ってあげるよ」

「お、おう! んじゃあ放課後、また来るわ!! 校門とこで待っててくれ!」

「了解。じゃ、遅刻しそうだし俺はもう行くから」


 スタスタと歩き去って行った。

 全然表情が変わらなくて愛想のあの字もないなと思ってたが……何だ、結構話せる奴じゃん。


「つかさー、これ最初っから放課後に訪ねた方が良かったんでない?」

「う゛……しゃ、しゃあないだろ。テンション上がってたんだから……」

「というか俺、徹夜で眠いんだけど」

「俺も俺も。タカミナ、今日は学校ふけて放課後まで俺ん家で休まん?」

「んー……よし、そうすっか」


 たっぷり寝てたっぷり食べて放課後に備えるとしよう。




2.ニコとタカミナ


 ヤンキー漫画には光のヤンキーと闇のヤンキーが居る。

 一般人からすればどっちも迷惑な存在じゃん、というツッコミはノーサンキューだ。

 題材が題材なんだからそれはもうそういうものとして受け入れるのがマナーというもの。

 話が逸れた。光と闇、大概はこの二つに分類されるのだが一部のキャラはそうではない。

 俺のような設定を持つキャラは善と悪の中間、灰色であることが多い。

 悪ムーブをしていても更正の余地があるというか、後々光堕ちするから実質灰色っていうか……そんな感じ。

 まあ俺のことは置いておこう。この分類に照らし合わせる高梨南は間違いなく光のヤンキーだ。

 俺がつれない反応をしたのに殴りかかって戦端を開かずうんうん悩んでいたことからも善良な性を持っているのは確かだろう。


 ――――ゆえに断言出来る、これは良縁であると。


 高梨南のようなキャラと関わることは俺にとって有益な結果を齎すはずだ。

 喧嘩を経てライバルか友人になれば後はもうこっちのもの。

 仮に俺が闇堕ちルートを歩かざるを得なくなった時、彼は俺を正しい道に引き戻そうとするだろう。

 そのイベントにおいて彼は重要キャラとして主人公と共に活躍してくれるはずだ。

 つまりはまあ、俺というキャラの更正フラグってわけだ。

 この縁を逃すわけにはいかないから俺は決闘を承諾したのである。


(ただまあ、更正フラグではなく闇堕ちフラグの可能性も無きにしも非ずなんだよなぁ)


 高梨南と友人になるも、彼が何らかの事情で死ぬなり何なりしたことで箍が外れ闇へ……みたいな?

 特に過去編だからな今は。悲しい設定を盛るために用意された役である可能性がないとは言えないだろう。

 とは言えそれを恐れて行動しないのは悪手だ。ホントは闇堕ちフラグじゃなくて俺の読み通りって可能性もあるわけだからな。

 俺的ハッピーエンドを目指すためにも時には勇気を持って虎穴に踏み入ることも必要だろう。


「――……着いたぜ」


 決闘の場所に選ばれたのは神社だった。

 あるある、これもあるあるだよな。高架下、埠頭、神社。このあたりは喧嘩スポットとしては定番と言えよう。


「ああそうだ、一応言っとくがこの二人はただの野次馬で喧嘩に乱入したりはしねえからよ」

「野次馬で~す」

「じっくり見物させてもらうよ」


 チャラいのと真面目っぽいのが脇に控える。

 子分とかではなく気心の知れた少数の友人とつるんでるところも高ポイントだよな。


「改めて名乗らせてもらうぜ。俺は高梨南だ」

「……花咲笑顔」


 フルネームは言いたくないんだが名乗られた以上はな。

 喧嘩コミュニケーションで仲良くなることを考えたらキャラから外れない程度には礼儀正しくせにゃならんのが辛いとこだ。


「笑顔、笑顔……ニコか」


 や め ろ や。

 身内だけならまだしもネームドにまでそう呼ばれたら定着する流れじゃねえか。


「なら、そっちはタカミナ?」

「やめろや!!」


 よし、これでいこう。

 俺だけがアレなあだ名で呼ばれるのは不公平だもんな。


「ったく……愛想のあの字もねえと思ってたのによ」

「悪いね。笑い方が分からないんだ」

「……そうかい」


 前世の中盤ぐらいまではそうでもなかったんだがな。

 ブラック企業に就職して心身を削り取られる日々を送っていたら顔面の筋肉がぴくりとも動かなくなってしまった。

 あれ? どうやって笑うんだっけ? と鏡の前で困惑したもんだ。


「で、勝敗の決め方はどうするの?」

「どっちかが負けを認めるか動けなくなるかで良いだろ」

「分かった」


 ニッ、と笑いタカミナは勢い良く学ランを脱ぎ捨てた。

 よくある絵~などと感心しつつ俺も鞄を下ろしその上に脱いだ学ランを置く。

 昨日の奴らぐらいなら着たままでも問題はないが……コイツ相手だとな。


「「……」」


 無言で睨み合い、同時に駆け出す。スタートは俺の方が早く足も俺の方が速い。

 丁度良い距離まで来たところで地面を踏み切り跳躍、飛び蹴りを放つ。

 顔面を狙った蹴りはクロスガードに阻まれた。

 雑魚ならガードごとぶち抜いてそのままKOだっただろうが彼はその程度で終わるタマではない。

 着地した俺は衝撃を殺し切れず後ずさったタカミナに向け即座に距離を詰め抉り込むようにボディを打つ。

 くの字に折れ曲がったところを頭部目掛けて拳を打ち下ろそうとするが、


「調子……乗り過ぎだ!!」

「ッ」


 腕を掴まれ今度は俺がボディを打たれる。


(重い……痛い……ッ)


 胃からせり上がってくるものを無理矢理飲み込む。


「しゃあっ!!」


 たたらを踏んだ俺を殴り付けようと拳が振るわれる。

 だが二撃目は貰わない。腕を掴みながらくるりと体を捻りタカミナの懐に滑り込むように背中から当たりに行く。

 そしてその勢いを殺さぬままタカミナの身体を跳ね上げ一本背負い。


「~~~!?!!!」


 受身も取れず石畳に叩き付けられたタカミナが苦悶の声を漏らす。

 改めて思ったが俺って不公平な性能してるよな。

 ヤンキー漫画でもガタイの良い奴は大概強い。見た目通りのパワータイプでタフさも半端ない。

 だが例外もある。美形キャラは線が細いからテクニカルタイプだと思うじゃん?

 実際、技術にも長けてるんだがじゃあパワーがねえかつったらそんなことはないしタフさもかなりのもんだ。

 強キャラだからしょうがないとは言えずるいよな。

 まあ同じ強キャラでパワー特化みたいなんが居たら流石に押されるけどさ。


「おま……ガチで強えな! 今まで無名だったのが信じらんねえよ」


 そりゃ興味なかったからな。

 ヤンキー輪廻にだけは巻き込まれまいとしてたのに……ふぅ、己の自制心のなさに嫌気が差す。

 前世の死因も自制心のなさゆえだったと言うのに、学習しねえな俺。


「アッハハハハハ! 楽しくなって来たぜぇえええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 距離を取るのは悪手だと思ったのだろう。

 兎に角距離を詰めて至近距離での打ち合いに持ち込もうとしているようだ。


(でも、見える)


 見えるなら捌ける。

 最小限の動きで攻撃を捌きつつ只管打つ打つ打つ。

 タカミナは何度も何度もダウンするがその度に雄叫びと共に立ち上がる。

 身体は傷だらけ、なのにその瞳の輝きは増すばかり。


(眩しいな)


 素直にそう思う。

 諦めないど根性と、ひた向きに真っ直ぐ前だけを見つめるその純粋さ。

 中身が小汚いオッサンの俺からすれば目が潰れてしまいそうだ。


「これなら……どうだァ!!」


 被弾前提の相打ち。それも読まれてしまえばタイミングを外され一方的に殴られるだけ。

 なのに、なのに、微塵も心が折れない。凄いよタカミナ。君は、凄い男だ。


「ハァ、ハァ……けほ……どしたァ? 俺ぁ、まだまだやれんぞゴルァ!!!!」


 彼は敬意を払うべき男だ。少なくとも今この瞬間は、打算など織り交ぜるべきではないと。

 そう思う程度に俺は胸を打たれた。


「俺の負けだ」

「――――は?」


 呆気に取られたタカミナだが直ぐにその顔が怒りに染まる。


「……そりゃよぉ、喧嘩してくれなんて無理に押しかけたのはこっちだぜ? だがなァ! 幾ら何でも舐め――――」

「どれだけボロボロになろうとも心がそうと認めない限りは負けではない。今の君みたいにね」

「何を」


 それは逆に言えば心が負けを認めたならそれは揺ぎ無い敗北なのだ。


「心が負けを認めてしまったら、もうどうしようもないだろう」

「それ、は」


 結局、貰ったのは三、四発だけ。

 体力もまだまだ残ってるし戦えはするが戦う気が起きない。今からどれだけ殴られようと俺は無抵抗を貫く。


「~~~ッたくこの頑固もんが!!」

「そう言われてもな」

「はぁ……でも、そういうことなら俺の負けだよ」

「は?」

「これが面倒くさくて投げたんなら話は別だがよ。違うだろ?」

「当たり前だろ。俺は……」

「そうやって真っ直ぐ相手をリスペクト出来んのはすげえことだ。それに比べて俺はどうだ? こんだけボコられても負けを認めないで食って掛かろうとしてたんだぜ?」


 どっちが情けないかっつー話だとタカミナは言うが俺は彼のそういうところに尊敬の念を抱いたんだがな。

 みっともなく足掻くのと、最後まで諦めずに抗うのでは話が違う。彼は後者だろう。


「だから俺の負けだっつってんの」

「いや、最初に負けを認めたのは俺だし」

「はぁ!? 俺が負けって言ってるんだから俺の負けだろ!!」

「それなら俺もそうじゃん。何言ってんのお前」


 ぎゃあぎゃあ言い合いをしていると、


「はいはいそこまでー! ならさーもうさー、あれだ。引き分けってことで良いじゃん」

「「良くない」」

「えぇ……? 何この頑固な人達、もう面倒臭いなぁ」


 呆れたような、それでいてどこか楽しげな表情の野次馬一号。


「勝った負けたはさておき、もう終わったんだろ? ほれ、飲み物」


 二号が俺とタカミナにペットボトルを差し出す。

 多分、言い合いを始めたあたりで買いに行ったのだろう。

 礼を言って口の中にスポーツ飲料を流し込むと、


「……――美味いな」


 久しぶりに、良い一日を過ごせた気がする。







【Tips】


・鉄パイプ

集団で喧嘩する際、絶対に一人は持っているヤンキーの定番装備。

偶に束で持って来る描写とかあるけどどっから調達してくんのそれ?

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