Hello,world!②
1.始まり
「よォ、蛆虫野郎。ちっとツラ貸せや」
帰り道で待ち伏せしていたのはイジメの主犯格であった少年だった。
まさか昨日の今日でとは思ってもみなかったわ。
顔面からガラスをぶち破ったせいだろう。彼の顔には痛々しい包帯が巻かれている。
それでも目は死んでいない。俺への憎悪を募らせながらナイフを突きつけている。
「おい、聞いてんのかテメェ!!!!」
鼻先にナイフを突きつける少年。
微妙に手が震えているので色々な意味でお察しである。
こういうのが最終的に綺麗になった元やべえキャラを刺すのがお約束なんだけど……コイツには無理そうだな。
いや待て。もっと追い詰めることで自棄になる可能性も?
クッ、死亡フラグの可能性がある相手だと下手に手を出し辛いな。かと言って大人しくしてたら付け上がるし……めんどくせえ。
「良いよ。で、どこ行けば良いの?」
「こ、コイツ……舐めやがってッ」
何でだよ。どうすれば良いんだよ。
大人しく着いてくって言ったのに怒られたらもうどうしようもないじゃん。
「たっつん! 早く連れてこう。……先輩ら待たせてんだから」
「チッ」
小声で言ったが聞こえてるからな。先輩……やっぱ高校生を連れて来たわけね。
嘆息しつつ暇人らの背を追う。連れて行かれたのは郊外にある廃工場だった。
(お約束過ぎる……数は……ひぃ、ふぅ、みぃ)
十五人? よくもまあこれだけ集めたものだ。
ただ頼んだだけじゃないな。多分、相応の金を払ったはずだ。
言っても中学生だから十万もいかないだろうが。
「先輩!」
「タツぅ、そう焦るなよ。で、君が花咲笑顔くん?」
フルネームで呼ぶな。
ヤンキー漫画のキャラにこういう名前が使われるか使われないかで言えば前者だ。
愛想のアの字もない無表情キャラが笑顔って名前なのも美味しいしな。
こんなん絶対、最終的に綺麗な笑顔を浮かべるフラグじゃん。
「君ん家さぁ。お金持ちなんだって? 俺さ、今金欠で~とりま十万頼むわ。
それとお姉さん紹介してよ。美人なんでしょ? いや別に変なことはしないよ? ただ青少年のモヤモヤを発散させる手伝いをして欲しいっつーか」
「ギャハハハハ! 何が青少年のモヤモヤだよ! 素直にヤりたいって言えよ!」
「お前、ホント下品な。ちっとはオブラートに包むのがオトナの嗜みなんだよ」
「オトナって……クク、おい。最初は譲るけど俺らにもヤらせろよ」
「わーってるって。俺が友情に厚いの知ってるっしょ?」
ゲラゲラと笑う屑どもの顔は下卑の一言だ。
正しく俺の危惧していた通りだった。大人しくしていたら被害は俺だけに留まらない。
最早これまで。俺はもう、この道を進むしかない。
溜息一つ。俺はウンコ座りでヘラヘラしているリーダーっぽい男に近付き、
「あ? 何よそのがッ――?!」
顔面にサッカーボールキックを見舞った。
面白いぐらい吹っ飛んだそいつは意識こそ保っているようだがぴくぴくと震えたまま動かない。
「こ、このガキ!!!!」
殴りかかって来たアホの拳をすり抜けボディ。
「~~~~~~~~!!?!?!!!!!」
下がった顎を打ち抜き無力化。
手応えからして顎が砕けたっぽいな。
「ッ……囲め! それなりにやるようだが囲んで袋叩きにしちまえば問題ねえ!」
なるほど、それは正しい判断だ。真っ当な法則が支配している世界ならばと但し書きはつくがな。
動体視力、反射神経、膂力。昨日よりも何もかもが切れている。
動きが止まって見えるって表現がバトルものでよく使われるが正にあれだ。
五分と経たず連中は地に倒れ伏した。
「て、てめ……こんなことしてただで……がぁああああああああああああああああああああああッッ!!?」
別に楽しくも何ともないしやりたいわけではないのだが徹底的に心を折るしかない。
“何をするか分からないヤバイ奴”としてのキャラを補強するため、そして義母と義姉に被害が及ばないようにするためにはな。
爪を剥ぐ、歯を引き抜く、骨を折る。見ている人間にも恐怖が伝播するよう丁寧に丁寧にリーダー格の男を破壊していく。
「やべ、も……ゆるし……」
普通に考えてさ。ここまでやられたら普通意識飛ぶよな。
俺が爪剥がれたり指の骨折られたりしたら途中で確実に一回は気絶してると思う。
だが彼は未だ一度も意識を失っていない。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだし股間も大洪水だがこうして声を上げる元気がある。
とは言え、これに頼り切るのもそれはそれで危険だけどな。
ヤンキー漫画でも人死には出る。数は少ないが物語りを盛り上げるために人死にイベントが起こる作品は結構あるのだ。
「じゃ、次ね」
「待て! 待ってくれ! も、もう勘弁してくれ……二度と、お前にちょっかいはかけねえ。だから……」
「信じられると思う? 中学生にリンチを仕掛けようとした奴らなんてさ」
「う……い、いや……それは……」
忌々しげなその視線の先には俺をイジメていた同級生達の姿があった。
彼らは皆、腰が抜けて立てないようで雨に濡れた子犬のように震えている。
あれらにも責任はあるが金を巻き上げて俺をボコろうとしていたコイツらの責任が消えるわけでもない。
「まあでも、一人一人壊していくのも手間ではあるかな」
俺の言葉に希望を見出したようだが甘い。
ヤンキー漫画におけるこの手の三下屑野郎は実に都合の良いメンタルをしているからな。
ここで手を抜けばまた元気になることは確定だ。
何なんだろうな。庭に植えたミント並のしぶとさだ。
「だからお前らで潰し合ってもらおうかな」
「え」
「二人一組でさ。俺が良いと言うまで殴り合えよ。好きなんだろ? 暴力」
俺に壊されるか自分達で壊し合うか。道は二つに一つ。
彼らが選んだのは、
「お……ぉおおおうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
一人が即座に動いた。標的はこの場におけるヒエラルキーの底辺。
すなわち中学生達だ。怨みに加え中坊相手なら一方的に殴り続けられるとセコい計算が働いたのだろう。
「や、やめ……! やめて、痛い……せ、先輩!!」
「るっせぇあ! 誰のせいでこんなことになったと思ってやがる!!」
「抜け駆け……! 俺も」
「させるか!!」
自分も中学生をと走り出すヤンキーを殴り付け邪魔をするヤンキー。
中学生をイジメているヤンキーから標的を奪うために不意を打つヤンキー。
(何て、何て不毛な光景なんだ……)
包み紙を剥がし苺ミルクキャンディを口の中に放り込む。
この甘さだけが俺の癒しだ。
2.ライバルキャラ
「くぁ」
欠伸を噛み殺しながらもしゃもしゃと歯を磨く。
結局、昨日は夜中まで不毛極まるアホのじゃれ合いに付き合わされてしまった。
だがまあ、あそこまでやればちょっかいを出しては……来ないと信じたいな。
大丈夫だとは思うんだが、同時に雑魚キャラの中にはとんでもねえバイタリティ持ってる奴も居るし。
(憂鬱だ……何で朝からこんな思いをしなきゃいけないんだ)
子供相手にキレたお前が悪いと言われればそれまでだが覆水盆に返らず。
切り替えていくしかないのだろう。俺はもう舞台に上がってしまった。
如何にしてこの舞台を生きたまま終わらせるかが重要だ。
そのために死亡フラグ臭いのは避けつつ進行に必要なフラグを立てていくしかあるまい。
(中学が舞台のヤンキー漫画もなくはないが殆どは高校だ)
今、俺は中学二年生。つまりは過去編だ。
この手のキャラは過去が盛られるのが定石だからな。今でも結構盛られてるがそれはあくまで生い立ち。
不良としての実績とかではない。だから第三者に語られる伝説になりそうな事件が卒業までの間に起こるはずだ。
あとはライバルとかもだな。中学からの腐れ縁的なのもあるあるだ。
(出来れば主人公とも面識を持っておきたいが……)
この世界について調べている時に分かったのだが、遡っていけば必ず世代を代表する“伝説”が存在している。
俺はそいつらを便宜上、主人公と呼んでいるんだが中学の段階で出会うのは……無理だろうな。
俺のキャラ的に絡むのは高校に上がってからだと思う。
高校に入り本編スタートして序盤で絡み後々まで引っ張るか中盤でエンカウントして一つのロングエピソードが始まるか。
パターンとしてはそんな感じではなかろうか。
(ヤンキー輪廻から抜け出すためには主人公の存在が必要不可欠なのに……焦れッたい)
まだ見ぬ誰かを主人公にした俺達の世代の物語が終了すればヤンキーから足抜け出来る。
だが、主人公との因縁を片付ければ物語終了を待たずしてヤンキー地獄から足抜ける可能性もある。
例えば……そう、こんな感じだ。
主人公に負けて俺、更正。凍っていた心が溶けて小さな望み――……夢が生まれて、その夢を追うために物語からドロップアウト、みたいな?
個人的には最高のアガリだ。
などと考えていると背中に柔らかなものが触れた。
「おっはよ! どしたのニコ? いつもの三倍ぐらいボーっとしちゃって」
鏡には白髪の人形のようなガキに後ろから抱き付く少女の姿が映っていた。
少し癖のあるセミショート、整った顔立ちと同年代のそれと比べても豊満な肢体。
やたらスキンシップが多い、童貞男子を勘違いさせてそうな彼女は俺の腹違いの姉だった。
名は高峰
義母と義姉は残念そうだったがしょうがない。父親が同じ苗字を名乗るの心底嫌そうだったからな。
俺は父に対して含むところはない。金を出してもらっているしむしろ感謝している。なので気を遣ったのだ。
まー、俺の気遣いは微塵も届いてないだろうけどな。
「何でもないよ姉さん」
「ホントかな~? ニコは全然、顔に出ないし溜め込んでんじゃないの~? うりうり♪」
俺は姉を尊敬している。母もだ。
父親(旦那)の愛人の子供にも惜しみない愛情を注げるその善良な精神性は敬意を払うべきものだ。
けど、あだ名のセンスはないと思う。ニコ、ニコて……笑顔だからニコて……。
何が嫌ってさ。ヤンキー漫画のキャラに居そうな感じがすっごく嫌。
「何かあったらお姉ちゃんに言うんだよ?」
「うん」
姉の表情はどこか寂しげだった。
母もそうだが姉も気付いている。俺がイジメられていることに。
何度か聞かれたが俺はその度に何でもないと答えた。否定を繰り返していればいずれ聞き難くなるだろうと思ったのだ。
で、俺の狙い通り姉も母も直接は聞いて来なくなった。だが今でもこんな風に心配してくれている。
ありがたいことだ。しかし同時に、申し訳なくも思う。俺がメインキャラっぽい立ち位置でなければなぁ……。
「にしても……あー! 羨ましいなぁ! ニコってば特に何もしてないのにお肌もっちもちのぷるぷるでさー!」
空気を入れ替えるように頬ずりを始める姉。
つくづく良い人だと思うが、こういう気遣いが出来る人って気苦労も多そうだよな。
「姉さんも綺麗だと思うけど」
「そりゃ私はしっかりケアしてるもん。食生活にだって気をつけてるしね。でもニコはそういうのないでしょ?」
それはまあ、そうだ。
別段、不健康な生活を送っているとは思わないがかと言って健康的な生活を意識しているわけでもない。
「なのにこれだもん。うう、妬ましい……!」
そう言われてもこれ、遺伝だしな。
実母は加齢と性格の悪さで最後こそああなってしまったが、絶頂期は半端なかったらしいし。
(そんな女の血が流れてるんだからそりゃ……ねえ?)
和やかな朝の時間を終え、母に見送られて二人揃って家を出る。
姉は高校、俺は中学なので途中で分かれることになる。
「じゃ、今日も一日元気いっぱい頑張ろうね」
ちゅ、と俺の額にキスをして姉は手を振りながら走り去って行った。
毎度のことだが恥ずかしくないのだろうか?
「……ねえあれ」
「うん。高校生を」
「嘘でしょ? 一人でなんて」
通学路を歩いているのだから当然、他の学生とも出くわす。
すれ違う同じ中学の子らが遠巻きに俺を見てひそひそとやっているが……情報出回るの早いな。
すっかり腫れ物扱……いやその件がなくても腫れ物扱いは変わらないか。
思い出せば教師一人と暇人どもをシバいたせいで昨日の朝からひそひそやられてたし。
「――――よォ、お前が花咲って奴か?」
赤毛をお洒落坊主にした少年が俺の進路を塞ぐように立っている。
頬には絆創膏、口元には小さな傷。んで後ろの二人は舎弟……って感じではなさそうだな。友達かな?
何にせよこの分かり易い記号。間違いない、こいつ“ネームド”だ。
「あ、アイツは……!」
知っているのか知らない人!?
「四天王の一人“赤龍”高梨南……
解説ありがとう知らない人――それはさておきイベント発生である。
【Tips】
・バイク(単車)
ヤンキー御用達の交通手段。ノーヘルだろうが速度超過だろう基本、事故ることはない。
ただキャラによっては死亡フラグが立つので要注意。
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