転生後の世界はヤンキー漫画の法則に支配されていた
@kiseruman
中学編
Hello,world!①
1.疑惑と確信
納得がいくいかないはさておき、死ねば人は終わりだ。
そこから先なんてあるはずがないと……俺はそう思っていたのだがどうもそうではなかったらしい。
俺は生まれ変わった。と言っても剣と魔法の世界などではなく現代日本だ。ただ俺の知る日本ではないと思う。
具体例を挙げるなら総理大臣だ。見た目は似てるし、政策なんかも似たりよったりだが名前が微妙に違う。
言うなれば漫画のキャラとして実在の人間を出す際にちょこっと手を入れたような感じで細部が異なっている。
恐らくはSFで言う並行世界とかそんなんだろう。
生まれ変わりという特級のファンタジーを経験したものの、それ以外は特に何の変哲もない日常を俺は漠然と過ごしていた。
――――そう、あの日までは。
小学校三年の春先だったか。
前世という枷のせいか俺自身の性格に問題があるのか子供達と上手く馴染めない俺はその日も一人で家路についていた。
自宅へのショートカットである神社の中で俺は“異常”を目撃する。
『いい加減……往生せぇや!!』
『じゃかぁしいわ! おどれこそくたばらんかい!!』
人気のない神社の境内で不良が二人、喧嘩をしていた。
改造学ランやらスカジャンとか何ともまあ前時代的なと呆れはしたものの、滅多に見れる光景ではない。
俺は物陰に隠れて見物することにしたのだが……。
(いやおかしくね?)
あんだけ殴り殴られしてんのに何でまだ元気いっぱいなの? タフとかそういうレベルじゃねえぞ。
唖然としている俺を他所に勝負はいよいよ決着の時を迎えようとしていた。
『これで……しまいだァ!!』
大きく振りかぶられた拳が顔面に突き刺さり殴られた男は宙を舞い五、六メートルは吹っ飛んでいった。
勝利した男は雨で崩れた髪をかき上げながら敗れた男の下まで行き腰を下ろし、煙草を吸い始める。
そんで二度とやらねえ……だのしぶとすぎるんだよ……だの何か爽やかな顔で語り始め天を仰ぐ男もどこか清々しい顔で悪態を吐き始めた。
何だこれヤンキー漫画かよと呆れつつ、俺は近道を断念して家に帰った。
家に帰りルーティンである牛乳で一杯をしている時、思った。
『パンチで人が何メートルも吹っ飛ぶとかおかしいだろ』
何回バウンドしてんだオイ。
ただまあ、そう思いはしたものの深く考えることはなかった。
引っ掛かりはしたが他に何か妙なことが起きたわけでもなかったからな。
疑惑が強まったのは春先のことなんか忘れかけていた梅雨時のことだ。
その日は創立記念日ということで学校が休みだった。飯でも食うかと駅前に出かけた俺はとんでもないものを目撃する。
――――ヤンキーの群れだ。
『えぇ……?』
駅の入り口を見張るように佇んでいる彼らは数十人は居ただろう。
その手には金属バットやら鉄パイプ、角材などが握られていてどう考えても普通じゃない。
あるけど。確かにあるけど。ヤンキー漫画だとこういうシチュエーションよくあるけど。
推察するに他校との戦争とかそんなんだろう。あるある、駅前で待ち伏せとかよくあるシチュエーションだよね。
でもそれはあくまで漫画の世界。現実でこんな堂々と凶器持った奴らが見逃されるはずがない。
凶器準備集合罪で速攻しょっ引かれるわ。
それでもここまでならまだ、まだ誤魔化しが利く範疇……でもないけど目を逸らすことは出来なくもない。
『これ、無理だろ』
三十分ほど屯していたか。
駅の入り口から五名のヤンキーらしき連中が出て来たかと思うと待ち伏せていたヤンキーどもが一斉に襲い掛かったのだ。
数の暴力に勝てるはずもなく数分でボロ雑巾の出来上がり。警察が来たのはヤンキーの群れが去った後。
あるある、これもあるあるだ。警察は終わった後に現れるか、大規模な抗争を一旦中断させるために現れるのがお決まりのパターンだからな。
もしくは逮捕って形でドラマ性を補強するためか。
『……』
俺の思考はまあ……傍から見れば真っ当ではなかろう。
ヤンキー漫画の法則が世界を支配しているとか狂人の戯言である。
だが転生という特級の異常を経験している以上、不吉な考えを拭えなかった。
俺は目についたネカフェに飛び込み、それらしいワードで片っ端から検索を仕掛けた。
『Oh』
としか言いようがなかった。
信州やら横浜やらで起きた暴走族による大規模な抗争。死者も出た学校間での衝突。
出るわ出るわ。ヤンキー漫画でありそうな事件がこれでもかと。
疑念は確信に変わった。
『……最悪だ』
主に民度が。ヤンキー漫画の主人公達は健康優良不良児って感じだが敵がなぁ。
少年誌と青年誌でえぐさは変わって来るが少年誌でもリアルだとドン引くようなのは多い。
平穏無事な人生を送りたい俺としては頭が痛い……が、悲嘆に暮れるほどでもないだろう。
全てのヤンキー漫画に目を通したなどとは口が裂けても言えないが、有名どころはそれなりに読んでいた。
であればその知識を以って危険を避けることも出来るはず。
それは正しく、俺は五年余り危険を回避しつつ平穏な日常を送ることが出来た。
――――そのせいで気が緩んでいたのだろう。
中学二年になった俺はイジメを受けていた。
無口無表情。愛想のあの字もない陰気な小僧だ。コミュティから弾かれてしまうのも当然だろう。
小学校の頃は民度が良かったからかただの孤立で済んでいたが中学に入るとイジメが始まった。
抵抗はしなかった。子供のやることだ。殴られようが蹴られようが無視していれば良い。
一応、教師にも相談はしたがイジメの事実は“ない”らしいからな。
ただ、大人であろうと完全無欠の存在というわけではない。
無視を決め込んでいても煩わしいのは事実で、知らぬ間にストレスを溜め込んでいたのだろう。
『おいおいおい。汚してんじゃねえよ』
『花咲ぃ~もうちっとで先生来るんだぞ? ほら、早く掃除しろや』
そしてGWが明けの今日。昼休みも終わりに近付いた頃、唐突に俺はバケツいっぱいの水をぶっかけられた挙句雑巾を顔に押し付けられた。
多分、事前に牛乳を染み込ませていたのだろう。糞ほど臭かった。
『あ? んだよ』
自制心の無さという意味では元々前科があったのだ。
気付けば俺は雑巾を押し付けて来た馬鹿を椅子で殴り倒していた。
ざわつく教室、呆気に取られる
それら全てを無視して俺は水をぶっかけた奴を殴り付けた。
横殴りの一撃で“吹っ飛んだ”そいつは窓を突き破って外に落ちてしまった。
『テメェ……!!』
キレた他の暇人が俺に殴り掛かる。しかし、俺はそれを“見て”回避した。
思うにこの段階で世界観に沿ったバフが働いていたのだと思う。
『おいお前、何やってるんだ!!!』
騒ぎを聞きつけた担任教師が俺を叱り飛ばす。
『親御さんに……いや、その前に警察……面倒な。前々からお前は何かやらかしそうな――――』
ハンドボールは分かるだろうか?
その要領で担任の顔面を掴み、そのまま教室後ろの黒板に叩き付けたのだ。
轟音と共に蜘蛛の巣状に罅割れる黒板。
俺の細腕でこんな力が生み出せるわけがないし黒板が大きく罅割れる勢いで後頭部を叩き付けられた担任だって普通は意識ぐらい飛ぶ。
『あ、が……こ、こんなことをしてただでぶぅ!?』
髪の毛を掴みめり込んだ黒板から引き剥がし、今度は近場の机に何度も何度も叩き付ける。
黒板に叩き付けた時と同じぐらいの勢いだったと思うが机は無事だ。担任もまだ意識を保っている。
このことから恐らく被害者側や物にも耐久バフがかかるのだろう。
さもあらん。あんなイカレタ事件の数々が起きてるのに死者の数が異常に少なかったからな。
皆無ではないのはドラマを演出するためだろう。
『――――何もなかった』
ゴッ、ゴッ、ゴッと断続的に鈍い音を響かせながら俺は言った。
『このクラスにはいじめている生徒もいじめられている生徒も居ない。そうでしょ? 他ならぬ先生が言ったんだもん。間違いない』
『あ、あへ……あへ、あへ』
『ねえ先生、あへあへじゃ分からないよ』
『な゛、な゛……にも、ありまぜん……』
『そうとも、仲良しクラスだもん。2-Aは』
担任の腹に蹴りを入れてやると教室の後ろから教卓まで吹き飛んで行った。
これでようやく意識が飛んだらしい。タフ過ぎるだろ。プロの格闘家だってこんなタフじゃねえよ。
どう考えてもおかしいだろ。こんなんありえんだろ。
しかし、この時の俺は何かスッキリしたな……程度の感想しかなかった。
『先生方、そろそろ授業が始まりますよ?』
廊下から遠巻きに見ていることしか出来ない他の教員達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
その後、特に警察や救急車が呼ばれた様子もなく普通に授業が始まり……まあ、二コマとも自習だったが普通に放課後になった。
「何てこった」
そして今、俺は公園で項垂れていた。
人を傷つけてしまった後悔……などではない。そこはまあ、やっちまったもんはしょうがないとしか思ってない。
俺が気にしているのはガッチリと世界観に“嵌まって”しまったことへの後悔だ。
「これ、どう考えても」
ヤンキー漫画に疎い諸兄に説明すると、だ。
ヤンキー漫画には高確率で何をするか分からないヤバイ奴という枠がある。
そこに入るのは頭の螺子が外れた分かり易いヒャッハー! 系と何を考えているか分からないミステリアス系というのが大体のお約束だ。
俺は恐らくそこに踏み入った。前者ではない。前者は素敵な笑顔が持ち味の陽気な奴じゃないとダメだからな。ある意味癒しキャラだ。陰気な俺にはとてもとても。
「…………俺は後者」
ミステリアス系について詳しく解説しよう。
この系統のキャラは線の細い美形で、感情表現に乏しく何を考えているか分からないというのが多い。
意図して強面ばっかの作中で浮くようなデザインにされているのだ。
そして強い。リアルに考えれば細いイケメンがガタイの良いヤンキー相手に無双出来るわけがないんだが漫画だからな。
作中最強ではないがそれでもお約束のこれまでのライバル勢揃い踏みで強大な敵と戦うってなったら確実に召集される。
主人公から、
『アイツは強えよ。負けるとこが想像出来ねえ』
とか言われちゃうんだ。
で、次の特徴。この手のキャラは大概、複雑な背景を背負わされている。
いわゆる○○に悲しい過去……! というアレだ。
そこに起因するイカレタ凶暴性で暴れまわって主人公に負けて更正……ってのが大体のパターンだ。
じゃあ良いポジションじゃん? と思うかもしれないがそんなことはない。
そもそもヤンキー漫画みたいな青春は送りたくない。何が悲しくて十代を喧嘩に明け暮れなきゃならんのだ。
それに、だ。この手の美形キャラはな…………死ぬことでドラマ性を強めるって展開もあるんだよ。
事故だったりこれまで虫のように潰して来た連中の報復とかでな。
勿論、そうならない場合もある。あるけど、そういう可能性があるという時点で立ち位置としては最悪だ。
「問題はどっちかだな。青年誌ならやばいが少年誌なら人死には少ない……でも皆無ってわけじゃないしな。あと年代によっても結構……」
自分がそんな美味しいポジとかおこがましくない? 自惚れ三太夫?
とか思うかもしれないが悲しいがそうとは言えない理由があるのだ。
まず容姿。前世は地蔵なんてあだ名がつくぐらいだったが今は美形だ。
私娼として社会的地位のある男を食いまくっていた母親の血が色濃く出たからだろう。
女と見紛うような線の細い美形で顔で飯が食えるレベルだ。
で、悲しい過去。俺は別段、どうとも思っていないし心が壊れているわけでもないが客観的に見ればうわぁ、な過去がある。
先にも述べたが俺の母親はアレな女だった。詳しい経緯は省くが母は幼い頃から俺を虐待し、最終的に自殺した。
良心の呵責などではない。最悪のタイミングで俺の父に当たる男に嫌がらせをするためだ。
そんな女のガキなど引き取りたいとは思わないだろう。金は渡してたが認知すらしてなかったからな。
親を失った俺は施設に入る――――はずだった。
遺伝子上の父にあたる女の妻が俺を引き取ろうと言ったのだ。
旦那の愛人の子供、なんて普通に考えりゃ忌まわしい存在だが今の母である彼女はそうじゃなかった。
俺の境遇に心の底から胸を痛め、我が子のように愛そうとする
父からすれば堪ったものではないだろうが、浮気なんてする癖に父は妻にゾッコンで断り切れず俺を引き取ることになった。
父親は無いものとして俺を扱ったが義母と腹違いの姉は溢れんばかりの愛情で俺に接してくれた。
「そこでハッピーエンド、なんて漫画的にゃ美味しくないわな」
俺が編集ならその光が更にそのキャラを歪ませる理由にするだろう。
血の繋がらない自分に愛を注いでくれるような人間が居るなら腹を痛めて俺を生んだ母は何だったんだ。俺は何なんだ。
綺麗で綺麗で、だから自分が酷く穢れたものに見えてしまう……とかな。拗らせ要素としては高ポイントだと思う。
とまあ、こんな感じで客観的に見れば必要な要素を備えてるわけだ俺は。
じゃあキャラから外れる行動を取ればと思うかもしれないが、それもな。多分、もう始まってる。
「……近い内に報復に来るはずだ」
イジメに精を出して時間を無駄にするような連中だ。
普通の人間より知能が低いのは明白である。多少ボコられた程度で大人しくなるわけがない。
報復――より具体的に言うなら高校生を引き連れてリンチを仕掛けて来るだろう。
耐久バフがかかると言ってもリンチなんて受けたくはないし、ここで屈したら暇人共は確実に調子に乗る。
これまでの比ではないイジメになるだろう。そうなったらまた今日のようにやってしまうかもしれない。
となると、
「キャラに沿った行動をしつつ軟着陸するようにするしかないな……」
まあ俺の推測が全部妄想で暇人連中が報復しに来ない可能性もあるんだ。
明日は明るい日だと信じる心が大切だって偉い人が言ってたような気もするしな。
気分を入れ替えるように苺ミルクキャンディを口に放り込む。うん、甘い。
「よし、帰ろう」
【Tips】
・煙草
ヤンキーのマストアイテム。常用することで全ステータスに+5のバフがかかる。
レアな洋モクだと数値は更に加増する。
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