第11話 ヒーロー 伊野ルウカ


 ルウカたち三人は、監視カメラや見張りとして配置されたヴィランたちの目を掻い潜り、施設本部の入り口の近くまで来ていた。

 目論見が明らかとなった以上、どんな手を使ってでも、まずはこの施設の機能を停止させる必要がある。ここの基地から東京全土のガス管にアクセスできるとはいえ、ある程度施設を弄る必要があるはず。そうでなければ、最初からタンクに攻撃をしていたはずだ。

 ルウカが立てた作戦は、まず施設を維持するあらゆる電源を落とすため、電線による電源供給を遮断するというもの。とにかく何としてでも、この施設につながる電線全てを断ち切らなければならない。


「や……やばいよルウカ。ヴィラン以外にも……バットとか持った人がたくさんいる……!」

「……注意を引かないとヤバいか。じゃあ……作戦はこうしよう」


 声を顰めながら、三人は作戦会議を続ける。ルウカはあくまで冷静なままだ。


「私たちの一番重要なミッションは、この施設の稼働を停止させること。そのためには、この施設を動かす電気の供給を全て断ち切る必要がある。一番手っ取り早いのは_____用意した爆弾で、電柱をぶっ壊すことね」


 三人のリュックには、簡単に作ることのできる爆弾キットが入っている。もちろんのことながら、そんなものを作成するのは完全な違法行為である。

 

「何とかして私が注意を引くから、二人はその間に外周部にある電柱を壊して。電線を切断できさえすれば、あとは何してもいいから」

「ちょちょ……お前が注意を引くって、どうやって⁉︎」


 ルウカはリュックの中から、やや大きめの懐中電灯を取り出した。


「これと、あと爆弾を使って、ヴィランを誘き寄せるわ」

「何言ってんの……殺されちゃうよ⁉︎」

「やらないと、どのみち殺されちゃうのよ」


 ここ数日何度も目にした、覚悟を決めた者の目。凛太と晴子も、そう何度も狼狽えたりしない。ルウカの覚悟を目にして、決心した。


「……電柱はなんとかする。ヤバかったら何としてでも逃げなさいよ」

「分かってる。私、そんなに勇敢じゃないんだよ?」

「お前が勇敢じゃないなら、誰が勇敢だって言うんだよ」


 そうして、三人は別々に行動を始めた。

 まず最初に、二人が外に抜けるための隙を作るため、ルウカが行動に出る。リュックから通信販売で購入した爆竹を取り出し、ライターで火を付けた。


「そおぉっれ!」


 爆竹が宙を舞い、ヴィランたちがたむろする場所へと落ちていく。落ちた瞬間から火が爆竹の中の火薬に届き、バチバチと大きな音を立て始めた。


「うわっ、なんだこれ⁉︎」

「おい誰だよ、爆竹なんかで遊んでるのは……」


 爆竹自体は攻撃性はなく、大きな音を上げる以外に効果はない。それでも、静寂に包まれた基地の中で注意を惹きつけるくらいの役割を果たすことはできる。

 ルウカは居場所を気取られぬように走りながら、次々と爆竹を放り投げていく。爆竹は基地の中央部に向かって投げられたため、必然とヴィランたちの意識は基地の中へと向くことになる。彼らの意識に、『邪魔をしに来た者が爆竹で注意を逸らそうとしている』という考えは浮かばない。邪魔をしに来るとしたら警察や機動隊、それかヒーローであるファイアマンしかあり得ないため、爆竹ごときで邪魔をする存在などいるはずがないと思っているのだ。


「おい、いい加減にしろ!あんまり遊んでると、リアライザーを怒らせちまうだろうが!」


 ルウカはヴィランたちがこちらに向かっていることを察し、すぐに次の行動へと移る。最後の爆竹を投げた後、大量のガスが蓄えられたタンクに向かって走り出した。

 そしてリュックから爆竹よりも数段危険な代物_____爆弾を取り出した。市販の薬剤などを使えば簡単に作れてしまうそれらの代物は、扱いを謝れば大怪我を負うだけでは済まない。

 だが、ルウカは自分が持つ爆弾の全てを取り出し_____リアライザーから守るべきガスタンクに向かって放り投げた。

 爆弾一発当たりの威力は、近くにいると破片による傷を負う程度であり、人一人を少しだけ吹き飛ばすことができる程度の威力でしかない。身体能力が強化されているヴィランにとっては大した傷にならないだろう。

 だが、その爆発が、彼らにとっては守るべき対象であるガスタンクに向けてのものだとしたら。爆竹とは明らかに異なる爆発音は、集った者たちに緊張感を抱かせるのに十分なものだった。

 続々と集まるヴィランたちが何事かと確認をしに来るのを見て、ルウカは作戦の成功を確信し、猛ダッシュでその場から逃げようとした。


「_____いっ⁉︎」


 目の前に、明らかに人ではない姿をした怪物が現れたことで、逃げ道は塞がれてしまったのだが。


「オ、オ、オマ、オマエ……ジャジャ、ジャマモノォ?」

「あ……あ……」


 その姿は、渋谷で現れたハイドロというヴィランによく似ていた。泥のような液体で全身を包み込み、ぬるりと伸びた四メートル近い背丈の頭部には目らしきものが二つ付いている。

 一目で分かる、自然物と融合したことで生まれる異形型ヴィラン。バットで武装した者たちは根本的に異なる、本物の怪物。


「ジャマ、ジャマママナモノハァァ……コロスゥゥ!!!」


 その体から伸びた刃が、ルウカが立っていた場所を切り裂く。その場から飛び出していなければ、今の攻撃でルウカはバラバラの肉片になっていたことだろう。


「うぅっ……こっちに来い、クソヴィラァァァン!」


 リュックに入っていたもの全てを投げつけた後、ルウカは走り出した。

 今のルウカにできることは、知恵を振り絞って何としてでも逃げることだ。





_________





 ルウカの爆竹を合図に、凛太と晴子の二人は大急ぎで電柱を探し始めた。フェンスを飛び越え、何キロもある外周部を大急ぎで周り始める。


(急げ急げ急げ急げ!ルウカは命懸けてるんだぞ!)

(ルウカに守られてるなら……最低限の義務を果たさないと!)


 二人とも、そこまで運動が得意なわけではない。凛太は体格に恵まれているが、運動神経は悪く、体育の授業ではいつも『でくのぼう』だと揶揄された。晴子は幼い頃のかけっこでビリを取ってから、運動が嫌いになった。

 だが、今はそんな言い訳など一切通用しなかった。ここで走るのが一秒遅れることが、ルウカの命を奪ってしまうかもしれない。生まれて初めての焦燥感が、二人の足をはち切れる寸前まで動かした。

 外周部に、見張りをするような人物はいなかった。そのおかげか、外に出て一分程度で、二人は電柱を見つけることに成功する。

 今更、犯罪行為の一つや二つを遠慮する気概は二人にない。リュックから爆弾を取り出し、それを電柱の中腹部にセットした。一斉に四つほど爆破すれば、コンクリートでできた電柱を折るくらいのことはできる。

 

「「いけぇぇぇぇぇぇ!!!」」


 爆発の衝撃によって瓦礫が飛び散り、凛太は顔に擦り傷を、晴子は転んだことで膝を擦りむいていた。だが、作戦は無事成功する

 電柱が支えをなくし、やがて崩れていく。電線によって横倒しになることは無くなったものの、これによって建物に電力を供給することは難しくなった。

 リアライザーたちが作業をしていた施設の電源が突如として落ち、全ての機器が作動を停止した。


「な、何だ⁉︎」

「予備電源があるはずだ。緊急用の回線に切り替えろ」

 

 狼狽えるヴィランたちの中で、リアライザーはあくまで冷静なままだった。すぐに予備電源を作動し、機器を再び甦らせた。


「監視カメラを確認しろ。警察や機動隊が来たのかもしれない」


 復活した監視カメラを覗くと_____そこには驚きの光景があった。


「……は?」

「あはは……ハライムのやつ、暴走してるのかな?」


 そこに映っていたのは、外部の警備を任せていた異形型ヴィラン、ハライムが大暴れをしながら、仲間であるはずの者たちを吹き飛ばしている様子だった。


「ふむ、仲間を襲うことは禁じているはずなんだけど……もしかして、侵入者が居たのかな?」

「でも、外周部には特に人影は……あ、電柱が倒されてます!」

「荒っぽいなぁ。警察の手口じゃないでしょ。となると……ファイアマンの仲間とかかな?」


 計画が邪魔されているが、リアライザーは怒りを見せるのではなく、むしろ楽しげな表情を浮かべた。まるで、この程度のことは遊びだとでも言わんばかりのそっけない態度は、斉藤らにとっては逆に不気味に思えた。


「俺は外に出る。作業は中断せざるを得ないけど、外部からのハッキングでガス会社のシステムを弄ることはできそうかい?」

「まぁ、何とか。時間はかかりますが」

「OK、頼んだよ」


 リアライザーは、湾岸沿いに吹く夜風に吹かれながら深呼吸をした。夜の時間に陸地から海に向かって吹く風は、東京の喧騒を乗せて運んできてくれる。


「さて……愉快な邪魔者はどこかな?」





__________





「ひいいいいいいいいいい!」


 必死に逃げるルウカ。そして後ろで響く、ヴィランたちの悲鳴。

 全身がスライムでできているような怪物、ハライムはリアライザーがハイドロと共に接触したヴィランである。東京都内の地下を流れる河川のヘドロで生まれた彼らは、リアライザーによって植え込まれた炎によってヴィランとして深化し、完全に人間らしい理性も感性も捨てている。

 主君であるリアライザーに命じられたのは、『邪魔者がいたら排除する』『仲間とガスタンクに攻撃をしない』の二つのみ。だが、高速移動によってもたらされる破壊や、攻撃の余波による破壊は禁じられていない。仲間のヴィランたちは、ハライムの行動に巻き込まれただけで大半が吹っ飛ばされていた。


「あーもう!超キモい!」


 どんな言葉をかけても反応せず、ひたすらルウカ目掛けて圧縮したスライムの弾丸と刃を雨霰と降らせる。鋼鉄のコンテナが紙切れのように切断され、コンクリートの壁に綺麗な穴が空いていった。

 逃げ始めて三十秒。既に、ルウカは逃げることを半ば諦めていた。

 何せ_____早すぎるし強すぎる。どんな物陰に隠れても、一瞬で壁を壊して一直線に突き進んでくるのだ。理性が飛んでいるおかげで逃げ回れているが、もし先回りをされたりしたら、一瞬で殺されるだろう。

 ルウカの中に_____死ぬことへの恐怖が芽生えた。


(私_____ここで死ぬかも……いや、確実に死ぬでしょ)


 死ぬ。それがどんなことなのか、ルウカはよく知らない。

 二年前に、可愛がってもらった祖母が亡くなった時に初めて、死という概念を身近に感じた。祖母の遺骨を壺に入れた時、それが炎で焼き尽くされた祖母の肉片だと知って_____衝撃によって一週間近く、食事が喉を通らなくなった。

 それから、ふとした時に自分がいつかああなるかもしれないという想像が頭をよぎり、恐怖で寝れなくなった。段々と慣れていったものの、今でもふと思い出した時に胸が締められるような感覚になる。

 だが_____今目の前に迫っている『死』は、食事が喉を通らないだの眠れないだののレベルではない。圧倒的な暴力によるこれ以上ないほどに分かりやすいものだ。火葬されて骨になるどころか、ドロドロとした液体によってバラバラにされて食べられるのではあるまいか。


「そんなの絶対イヤーーーーーー!!!」


 恐怖で体が竦む、などと言っている場合ではない。生存本能に従い、ただひたすらに逃げ続ける。


(いや、逃げてるだけじゃ無理!なんとか……なんとか、あいつの気を逸らす方法を考えないと)


 一秒すら惜しまれる、極限状態の思考。ルウカの脳は、チーターから逃げるための知恵を振り絞る草食動物のごとく、高速で様々な可能性を模索し始めた。


(アイツはどうやって姿を隠した私を追跡してるんだ?目はあるけど耳とかはなさそうだから……やっぱり光かな?足音を殺しても追跡してくる、多分光だ)


 リュックは既に脱ぎ捨てたが、最後に残った懐中電灯だけは手に持ち続けていた。これ以上深く考えても意味はないと判断し_____ルウカは懐中電灯を、走る方向とは真逆の方向へと思い切り投げた。

 すると、ハライムは勢いよく懐中電灯を目掛けて突進していく。想定通り、どうやら光に吸い寄せられる習性があるようだ。

 それと同時に、施設内の街灯が灯りを消した。どうやら、凛太と晴子による工作が成功したようだ。

 このまま光を発さずに動けば、ハライムの目を掻い潜って逃げ切ることができる。そう思った矢先_____ルウカの目の前に、懐中電灯でこちらを照らしたヴィランたちが現れた。


「いたぞ!テメェが散々いたずらしてくれてたのか!」

「……やば」


 ヴィランたち(正確には、ヴィラン化していないヴィラン予備軍)はルウカにずかずかと歩み寄ってきたが、その手に持つ懐中電灯はルウカと_____ルウカの数十メートル先で懐中電灯に襲い掛かるハライムを照らした。

 ヴィランたちがハライムに気づくのと、ハライムがこちらに気づくのは同時だった。固まるルウカとヴィランたち。


「オオ、オオオオオオオオオオオオオオオ!」

「「「うわあああああああああ!!!来るううううううう!!!」」」


 咆哮を上げながらこちらへと突進してくるハライム。それに悲鳴をあげ、散り散りに逃げ惑うルウカとヴィランたち。

 仲間への攻撃を禁じられているハライムだが、ルウカが光を持ったヴィランたちと一緒に逃げていくため、その攻撃は仲間にも当たっていた。理性のないハライムは、自分が禁則を犯していることに自覚がない。

 基地内の逃避行は、ハライムの暴走によって混沌とした状況となっていた。


「あははは!あの子……確か渋谷の時にファイアマンと一緒にいた女の子じゃん。ファイアマンが来てないってのに……まさか自力でここを探し当てるなんて、すごいな」


 高みの見物をしていたリアライザーは、ハライムがガスタンクを攻撃しないよう注意しながらも、眼下で繰り広げられる騒ぎを面白そうに眺めていた。リアライザーとしては、あとは斉藤たちの作業が終わるまで待てばいいだけ。警察や機動隊が突入してくることに備えて配置したヴィラン予備軍の者たちだったが、こうなった以上はただのおもちゃに過ぎない。暇つぶし程度に、その光景を眺めていることにした。


 _____だが、そんなに悠長にする暇はなかった。

 頭上から落ちてきた炎の鉄槌が、座していた建物の屋上を焼き溶かしたからだ。


「あはは……!今日は本当に……いい日だ!楽しいね!」

「お前を止めるぞ、リアライザー」


 そこにいたのは、人々が憧れてやまない、理想のヒーロー。

 炎のヒーロー、ファイアマンである。





__________






「どうやってここを見つけたのかな。まさか四六時中、東京全体を監視してるの?」

「結構大変だったよ。_____お前の経歴を調べたり、な」


 ファイアマン_____至ルとしてはリアライザーに揺さぶりをかけるつもりでかけた言葉だったが、リアライザーは動揺するそぶりもなく、いつもと同じ笑みを浮かべただけだった。


「なるほど。じゃあ、俺が影宮惑ウであることも分かってるわけだ」

「……お前の炎がどこから来たのかも分かってる」


 両者共に体に橙色の炎を纏い、放たれた熱は空気の流れを一変させた。炎が発する光は停電によって闇に閉ざされた湾岸エリアに、ゆらめく灯りをもたらす。


「お前は四年前の事件で、ファイアマンの炎に触れた。そこからどうやったは知らないが……俺と同じく、炎の力を使いこなすようになった」

「そうだね。確かに四年前の事件が、俺に炎をもたらした」


 大元は同じであるはずの二つの炎。だが、飛ばされた火の粉同士は水と油のように反応し、パチパチと音を立てて弾き合った。色は同じだが_____その奥底では、全く異なるものが燃え盛っている。


「でもね、この炎が今でも俺の中で燃え盛っているのは……君とは違う理由なんだと思うよ。ファイアマン_____いや、炎堂至ル」

「_____⁉︎」


 炎が、一際大きく揺れた。

 何の因果があってのことか、至ルが驚愕を感じた途端、二人の炎がより強く熱を発し始めた。

 至ルが驚愕する理由は至極真っ当なものである。ファイアマン=至ルである情報は徹底して伏せられており、知っているのはリセリアとヴィラン対策課のごく一部のみである。

 いや_____もう一人例外がいるか。


「……お前、誰からそれを……⁉︎まさか……」

。そこで逃げてる彼女とかね」


 リアライザーが親指で指した先には、灯りが消えた基地の敷地内で行われている恐怖の鬼ごっこの様子があった。灯りが消えているが、今でもまばらに懐中電灯をつけた者たちが走っている。そして、それを負う怪物と_____懐中電灯を持った者たちと共に悲鳴を上げながら逃げる、よく見知った一人の少女。


「……ルウカ?あの……あの、バカ……!」

「すごいよね、自力でここを探し当てたんだよ。邪魔をしてくれてるみたいだけど、ああいう勇気ある子は好きだなぁ」


 至ルは、リアライザーがなぜこうも上機嫌なのか理由が分からなかった。

 計画を一人の少女によって邪魔され、おまけに最大の敵であるファイアマン、至ルがこの場に到着している。至ルがリアライザーを引きつけている間にリセリアが建物の中に突入したため、このままでは計画が阻止される可能性が出てくる。

 だと言うのに_____リアライザーは、炎に照らされながら、薄ら笑いを浮かべるのみ。そこには焦燥感もなければイラつきもない。

 

「お前の目的は……何なんだ。何を伝えようとしている?」

「色々さ。理解して欲しいことは、一言じゃ伝わらないだろう?」


 風が炎を揺らす。東京の海で、二つの太陽がせめぎ合う。

 睨み合う二人の間に本物の火花が散り_____ぶつかった二つの炎が、大爆発の衝撃を放った。

 激突した音は遠くの住宅街にまで響き、その灯りは都市の明かりに包まれた東京の至る場所から見えたという。

 空中で何度もぶつかった二つの炎は夜の冷たさを覆い隠し、東京の空に花火よりも明るい模様が描かれる。

 相反し敵対する、二人のファイアマン。その戦いは、人々の記憶に強く焼き付くこととなる。





__________





「おいいいいい!付いてくるんじゃねー!」

「うるさあああああい!叫ぶなーーーー!」

「「ぎゃあああああ!」」


 もはや、ただハライムが大暴れするだけの荒地と化した基地の中で、ルウカとヴィラン予備軍の者たちが必死に逃げ回る。ルウカはここまで逃げ続け、少しずつハライムの行動を理解していた。


(光に吸い寄せられてる。私にしか攻撃をしないあたり、仲間の連中には攻撃しないように言われてるんだ!)


 完璧に理解したハライムの行動に対する最善手は、常にヴィラン予備軍の誰かにくっつくことであった。こうすることで、彼らを隠れ蓑&盾にすることができる。

 最初はルウカを捕らえようとしていたヴィラン予備軍たちであったが、ハライムの暴走によってパニック状態となり、ルウカの捕縛を諦めて逃げ回る者が大半の状況に。混沌とした状況は、かえってルウカにとって好都合なものとなる。


(と言っても……そろそろ限界が……)


 ヴィラン予備軍の者が次々とハライムによって吹き飛ばされ、死屍累々と(死んでいないだろうが……)倒れている。ルウカはそこら中に落ちた懐中電灯を拾って何とかハライムの目を誤魔化しているが、遮蔽物もいなくなり、くっついて一緒に逃げることができる者も少なくなってしまっている以上、打つ手がなくなるのは時間の問題となる。走り回りながらも、何とか次の策を考えなければならない。


(光に吸い寄せられる……私しか狙ってないけど、仲間は巻き込んじゃう……知性は…無さそうね。弱点とかないの?)


 必死に頭を巡らすが、何のアイデアも浮かんでこない。今こうして立っていられるのは、ヒーローのファイアマンを追いかける中でたくさんのヴィランたちを見てきたおかげで、ヴィランと戦う方法について知らずのうちに知識を身につけていたからに他ならない。

 とはいえ、そのような付け焼き刃の経験則など_____圧倒的な変則性の前では、無意味と化す。


「オオッ_____オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 突如ハライムが大声を上げながら、変形を開始した。

 それはまるで渋谷の事件にいたヴィラン、ハイドロと同じ特徴をしており_____液体オブジェだったハライムの姿はみるみる内に人の形を取っていった。 

 リアライザーに植え付けられた炎による、ヴィランとしての能力の強化。それがもたらした、新たな姿。


「……やっばぁ……」

「ウブルルルルルルルル……テキ、ゴロス……ゴロスーーーー!」


 もちろん次に行う行動は、『一目散に逃げる』の一択。

 だがそんなルウカの足を_____ヴィラン予備軍の男が発した小さな悲鳴が縫い止めた。


「ヒィッ……!」

「…………」


 ハライムの姿は、正しくバケモノである。大きさは先ほどよりも縮まったが、放たれる異様な威圧感だけは何倍にも増している。

 形成された腕には濃縮されたスライムが粒を形成し_____


「_____スライムブラスト」


 形成されたばかりの口から、やたらと人間らしい声が放たれ、それよりも早く圧縮されて放たれたスライムが、ルウカと男を襲う。

 先ほどまでの圧縮スライムによる攻撃とは比較にならないほどに強力な攻撃。当たれば肉片になるどころか、一瞬で消し飛ぶだろう。

 それほどの脅威を目の当たりにしたルウカの行動は_____巻き込まれそうになっていた男を押し飛ばしながら、横に飛んで避ける、というものだった。


「痛たた……」

「お前……なんで……」


 直撃は免れたものの、飛び散った瓦礫によってルウカの頬には切り傷が刻まれてしまい、血が滲んでいる。膝と肘にも擦り傷ができてしまっており、本来であれば必要のない傷を背負うことになってしまった。

 ヴィラン予備軍は、リアライザーに与した悪人である。放っておけば犯罪行為の一つや二つを躊躇わない集団だっただろう。

 だが_____ルウカは、そんな彼らを『悪』という言葉で断じることを、既にやめていた。

 何せ_____ずっと追いかけ続けきた者にとっては、ヴィランでさえも救う対象だったのだから。


「……ああもう、どうにでもなれ。ここまで来たら、もう私は絶対に後ろ向きになんてならないぞ……!」


 その手に持つのは、武器と呼ぶにはあまりにも弱い懐中電灯一つ。華奢な体はヴィランと対峙するには、あまりにもか弱い。

 それでも_____後ろからそ見ていた男にとって、その背中は大人よりも何倍も大きく感じた。


「もう私は_____ヒーローになることから逃げたりしない!」


 少女は、もはやただの少女にあらず。

 少女は、もはやただのヒーローオタクにあらず。



 伊野ルウカは_____ヒーローとなった。

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