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「それでも、流通で打撃を受けた中小業者の中には、店を閉めなきゃいけないところも出てきたんだ。このまま許すわけにはいかない」
「わかった。ターグに任せれば、二つ三つ適当に罪状を作りあげて乗り込んで行くだろうさ。あいつはそういうの得意だからな。よし、これで俺たちの仕事は終了だ。結局、これは使わなかったのか」
部屋に入ってきた男は、ベンチの下に隠しておいた小瓶を持ち上げる。
「彼女に罪はないからね。できるだけ薬物は使いたくなかった。なに、僕の指があれば女の一人や二人」
わきわきと両手を動かしたアゼルの頭を、男がぽこりとたたく。
「いてっ。何すんだよ、シド」
「調子に乗るな。聞きだしたことがばれて予定を変えられる可能性だってあるんだぞ」
「きっと彼女は、僕に夢中で何を口走ったかもわかっちゃいないさ」
アゼルは、存外優しい眼差しで眠る彼女を見下ろす。
「彼女はただ、父親が帰ってくる日を心待ちにしているだけだ。まさかその父親が、密輸船の船長とも知らずにね」
「まあ、お前ほどの女たらしだからできる技だ。今度、男にも使ってみるか?」
わりと真剣につぶやいたシドの言葉に、アゼルは思い切り顔をしかめた。
「やなこった。相手はやっぱり、女に限るよ。とにかく! これでドノマ男爵を追い詰めることができる。そしてセスは、愛するポリーを置いて泣く泣く砂漠の地へと去っていくのであった!」
言いながら、アゼルは用意してあった手紙を、そ、とテーブルの上に置く。目覚めてそれを見た彼女は、旅芸人のセスが彼女の幸せを願って涙ながらに身を引き再び旅に出たことを知るだろう。
「彼女は、清い体のままだからね。僕のことは侍女さえ知らない秘密にしてあったし、堂々と胸を張ってお嫁にいけるよ。この先、男爵家が取り潰しになったとしても、彼女を助けてくれる男性はきっと現れる。例えば、幼なじみの靴職人とか」
シドは、呆れたようにその顔に苦笑を浮かべる。とうに彼女の身辺まで洗い済みというわけだ。
「相変わらず、甘いな。お前は」
「今回は特別。時間がなかったから手を貸したけど、本当なら、こんな初心な子に使う手段じゃないんだからね。もう二度としないよ?」
笑ってはいるが、アゼルの目はかなり本気だった。シドも、彼がしぶしぶ引き受けてくれたことはわかっている。
シドは、軽く肩をすくめて返事をすると、明るい調子で話題を変えた。
「今日は、これからどうする? 俺は一度、城に顔をだすが」
「あー……僕も用があるから登城しなきゃいけないんだ」
だからといって、二人一緒に登城するわけにはいかない。アゼルはともかく、シドは堂々と城の正面から入れる立場ではない。
「なんだ、またお嬢に会いにか?」
「僕だってたまには、ちゃんと用事があるんだよ。まあ、彼女に会えるならそれにこしたことはないけど」
「どっちがついでだか」
にやにやするシドを、侍女が探しに来る前に、と急かして、アゼルは静かにその部屋を後にした。最後にちらりと振り返って、ごめんね、と小さくつぶやきながら。
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