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「確かに、ご不快に思われるように、過去にはたくさんの血を流して権力を手に入れた王もおります。ですが、ザジール陛下は一つの命を決して、おろそかになされる方ではありません。ナトリアとの交渉を、武力ではなく協議をもって行ったのがその証拠。陛下が王としてあられる間は、もう二度と戦はおこらないでしょう。そしてまた、その陛下に添われる王妃も、同じ志をお持ちの方です。その二人に育てられた御子も、きっと同じ未来を望まれるはずです」
エイダは、国王を擁護するレイラの言葉を、遮ることをせずに静かに耳を傾けていた。
「誰かに、そう言えと吹き込まれたか」
「いいえ。私は、陛下が子供のころからともに育ち、王妃様がまだ王妃となられる前からお世話をしております。ですからこれは、誰の考えでもなく、私個人の意見です」
「そうか」
「はい」
迷いなく答えたレイラを、じ、とエイダは見つめる。
「もうすぐ産まれる御子は、必ずレギストリアの平和を守ってくれます。大勢の屍を作るのが王なら、大勢の国民を平和へと導くのもまた王。この国の平和のために、どうか、エイダ様のお力をお貸しいただけないでしょうか」
真剣にレイラの話を聞いていたエイダは、しばらくしてから、ぽつりと言った。
「ファラと同じことを言うのじゃな」
「え?」
母の名を愛称で呼ばれ、レイラは目を瞬く。
「母を、ご存じなのですか?」
確かに、エイダを推薦したのはファラだと聞いている。知り合いか、くらいには思っていたが、エイダが口にしたファラの名には、それ以上に親しげな感情が含まれているような気がした。
すると今度は、エイダが驚いたような表情を浮かべた。
「なんじゃ、知らんでここへきたのか」
「はい。先ほども会いましたが、この家を教えてくれただけで、母は何も言っておりませんでした」
「……そうか」
エイダは、気が抜けたようにため息をついた。
「わざわざおぬしを送り込むなど、ギルも最終手段に出たと思ったが……知らんかったのか」
「ち、父もご存じなのですか?!」
「まあな」
とまどうレイラに、エイダは複雑な表情で目を細めた。
「……大きくなったの。おぬしが雪の夜に産まれてから、もう二十年以上になるか」
「ええっ? そ、そうなんですか?」
エイダは大きくため息をついて独り言のように言った。
「王妃の懐妊が分かったころ、ファラがふらりとあらわれて、ぬしと同じように、今上陛下が平和を守ってくれると断言していきおった。じゃから、わしに産婆を頼むと……だが、わしは……」
なにか言いかけて、エイダは口をつぐんだ。
「エイダ様……?」
「……わしを産婆にして、後悔はしないか」
探るように視線を向けられて、レイラはしっかりと頷いた。
「はい。母は、あなたなら、何があっても王妃もその御子も無事に助けてくれると言っておりました。私は、その言葉を信じます」
「もしかしたら、産まれたとたんに、わしはその子を殺すかもしれないぞ」
レイラは顔色一つ変えず、エイダを見返す。
「産婆であるあなたが、新しく産まれた命を天に返すなど、できるはずがありません」
しばらくその顔を見ていたエイダは、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「あの……」
「……明日、あいた時間に城へ行く。今日は疲れた」
ぱ、とレイラの顔に笑みが広がる。それを、エイダは何とも言えない面持ちで見ていた。
「はい!」
レイラも立ち上がって、礼を告げる。すると、突然エイダがレイラの腰のあたりをなでた。
「! あの!」
「ぬしは、子を産む予定はないのか」
「いえ! わ、私は……!」
「ファラとギルの孫、か。わしも歳をとるわけじゃのう」
にい、と、エイダは初めて、笑った。
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