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「お客様でしたか。気づかなくて申し訳ありません」
疲れ切った様子の若い女性は、ほっかむりをとると、それでもレイラに微笑んだ。
「このたびはおめでとうございます。どうぞこちらへ」
「あ、あの、……実はエイダ様にお願いがありまして」
わずかに会釈をしたレイラに、女性は何かに気づいたように目を丸くすると同時に、痛ましそうな視線をレイラに向けた。
「ああ、お城の方ですね」
それから、家の奥の方を向いてしばらく考えるようなそぶりを見せたあと、レイラに向き直った。
「二日かかったお産がちょうど終わったところですので、今ならエイダも体力が落ちていますし少しはおとなしく話を聞くと思いますが……あまり、期待はしないでく」
「ドナ! 何をもたもた……ん?」
ばたん、と勢いよくドアが開いてそこから、髪を振り乱して血走った目をした老婆が飛び出てきた。着ている服の正面は、血にまみれて真っ赤だ。
思わず悲鳴を飲み込んだレイラを胡散臭げに見て、老婆は言った。
「誰じゃ?」
「お城の方です。エイダ、今日こそお話を……」
「帰れ」
そのまま背を向けて戻ろうとした老婆に、レイラはあわてて膝をつく。
「お疲れのところ申し訳ありません。国王の命によりまいりました、レイラ・フェルトンと申します。どうか、一時だけでもお時間を」
すると、何を思ったか老婆は足を止めた。そのすきを逃さず、ドナと呼ばれた女性がエイダの腕をむんずとつかむ。
「どうぞ、フェルトン様、あちらの部屋でお待ちください。エイダは急いで支度をしてまいりますので……」
「離せ、ドナ! わしはこんな奴に……!」
「いい加減になさいませ! それより早くお支度を!」
「わしは!」
じたばたと暴れる老婆を、レイラはなすすべもなく見送った。
☆
案内された部屋で、レイラとエイダはテーブルをはさんでソファに座っていた。沈黙が流れる。
レイラの目の前で老婆は、皺のよった顔の中から鋭い目で、じ、とレイラを見ていた。どう話を切り出そうかとレイラが冷や汗をかいていると、エイダが短く言った。
「水」
言われた意味がレイラの頭に入るまで一瞬あった。その言葉を理解すると、レイラは短く返事をして部屋の隅に用意してあった水差しからコップに水をついで老婆に手渡す。
それを老婆は一気に飲み干してから、大きな息を吐いた。
「王妃に、子が生まれるそうじゃな」
元の位置に座りなおしたレイラは、本来の目的を思い出して気を引き締める。
「はい。実は、今まで様子を診ていただいていた産婆さんが腰をいためられまして……」
「リーマじゃろ。じゃから、いい年して山登りなぞやめろと言ったのじゃ。やつは、この時期の山菜取りを楽しみにしておってな」
ミルザが妊娠してから、ずっとリーマという産婆がミルザを診てきた。だがそのリーマが、山菜を取りに入った山で足を滑らせ腰をしたたか打った。妊婦の様子を見ることはできても赤ん坊を取り上げることはできないので、急遽、新しい産婆が必要となったのだ。
「どうかエイダ様にお引き受けしていただけないかと、こうしてお願いに赴いた次第です」
今までも何度か城の使いが、エイダのもとを訪れていた。だがその者たちはエイダに、頭から水をかけられたり使用済みおむつ(新生児用)を投げつけられたりして、ことごとく追い返されてきた。こうして部屋で対面するまでに至ったのは、レイラが初めてだ。
「王に子が産まれて……その子は、また人を殺す」
押し殺したように言葉に、レイラは、は、と息を飲んだ。
「国を導くものは、大勢の屍を踏み砕いて前に進む。わしは産婆じゃ。わしの生業は、王の立場とは相いれん」
エイダは、深くしわの刻まれた顔をさらにしかめた。目をそらすことなくその顔を見ながら、レイラは口を開く。
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