- 2 -

「生まれたら、可愛がってあげてね。きっとレイラにとっても、将来のためのいい予行演習になるわ」


「え?」


「え、ってレイラ、あなただって……」


 振り返りそうなったミルザの顔を、レイラはぐきりと前に戻す。


「きゅっ……!」


「あ、ごめん。つい、いつものくせで」


 髪を結っているときのレイラは、本気だ。口を動かすそれ以上に、レイラの手は器用に動き続けている。


 細かいみつあみをいくつも作りながら、レイラは言った。


「そんな予定もないし……私は結婚なんてしないわよ」


「何故? レイラなら、すぐにでもお嫁にいけるんじゃない?」


 なぜか興味津々な様子で、ミルザが水を向ける。ちょっと涙目になっていたが。


「一人でできるものならいくらでもするけどね、相手が必要なことだし、私には無理」


「そうでもないでしょ。きっと、レイラをお嫁さんに欲しいって言ってくださる殿方が……」


「はい、できたわよ。さ、朝食にいきましょうか」


 ミルザはまだ何か言いたそうだったが、一つだけため息をつくと、そ、と大きなお腹に手をあてながら立ち上がった。


  ☆


「おはようございます」


 食堂では、国王――ザジが、口ひげを生やした初老の男性といつも通りに打ち合わせをしていた。筆頭執事のギルだ。寝室を同じくするザジとミルザだが、早朝訓練に参加しているザジの朝は早い。なにも国王自ら近衛の訓練に参加することはないのだろうが、ザジは今でも積極的に体を鍛えていた。


 ミルザの姿を見て打ち合わせを終えると、ザジもテーブルへ向かう。


「どうだ、具合は」


「はい。今日はとても気分が良いです」


 なぜか、そう言うミルザの顔を、ザジは、じ、と見つめた。


「ザジ様?」


「いや……そうか。今日は、なにか用事はあるか?」


「特には予定しておりませんが……何か?」


「いや、お前ではなく、レイラに用事を頼みたい」


「私、ですか?」


 レイラはこの城における女官長であるが、ザジから直々に頼みごとをされるのは珍しい。ちなみにレイラがミルザの髪を結っているのは、まだ城内に侍女もろくにいない頃、ミルザの身の回りの世話をしていた時のなごりだ。城に王妃付きの侍女が増えても、レイラはその髪を結うことだけは誰にも譲らない。


 ザジは、眉間にしわをよせてため息をついた。


「ああ。少し難しい案件があってな。詳しくはギルに聞いてくれ」


「はあ……」


 視線を向けると、同じように難しい顔をしたギルが、レイラにゆっくり頷いてみせた。


「わかりました」


  ☆


「ここね」


 レイラは、無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。


 レイラが立っていたのは、町はずれにある古びた建物の前だった。頑丈そうな扉を、こつこつと叩くが中からは何の返答もない。


「失礼します……」


 しばらく待ってみてから、その扉にそおっと手をかけて開けてみる。思いのほかすんなり開いた瞬間、家の中からすさまじい悲鳴があがった。


「ぎゃああああああ!」


 びく、とこわばったレイラの耳に、年配と思しき女性の怒鳴り声が響く。


「声を出すでない! 歯を食いしばれ!」


「痛ああああああああい!」


「もう少しじゃ! ほれ、息を吸って思い切り……!」


 呻くような女の声がそれに続く。と。



 ふやあああああ



 今度は叫び声の代わりに、小さな泣き声が聞こえた。それきり叫び声はピタリと止まり、代わりに、感極まったような男の野太い泣き声が聞こえた。


 ばたばたと人の歩き回る足音。


「あら」


 奥を通りかかった若い女性が、入口の扉にくっつくようにして中をのぞいているレイラの姿に気づいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る