第一章 誰にも渡さないよ
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机の上には、一本だけろうそくが揺れていた。
薄暗い部屋の中で女性が一人、結んでいた髪をほどく。仕事の時はいつも、赤い巻き毛を高い位置で一つにまとめて垂らしているのだ。一日の仕事を終えて、ようやく彼女は自室で安堵の息を吐く。
歳は二十代の半ばくらいの、切れ上がった目をしたかなりの美人だ。
彼女は髪を無造作に指で梳きながら机の前まで行くと、のろのろとした手つきでそこにあった一通の手紙を持ち上げた。
昼間に受け取ってはいたものの、すぐに開ける気にはならずに、仕事が忙しいことを理由にそのままにしておいたのだ。だが、いつまでもそうやって放っておくわけにはいかない。
ある男爵家の紋章が刻まれた立派な封蝋を、彼女は憂鬱な気分で慎重に開いた。ゆらり、とろうそくが揺れる。
視線を走らせて短い内容を読み終えると、予想外のその内容に軽く目を見開く。
幾度か読み直して内容に間違いがないことを確認すると、彼女は複雑な表情でそれをきれいにたたんだ。そうして、何事もなかったように、いつも通り就寝の支度を始める。
それ以外は、いつもと変わらない夜だった。
☆
「失礼します」
赤い髪の女性――レイラが軽く扉を叩くと、中からどうぞ、と明るい声がかかった。
「おはよう。ミルザ」
声をかけながら部屋の中へ入ると、朝の明るい光の中で、ソファに座っていた金髪の女性が笑顔で振り向いた。
レイラが侍女兼女官長として仕える、レギストリア王国王妃、ミルザ・シャラガ・ド・レギストリアだ。
ミルザが王妃となる前から彼女の世話をしていたレイラは、二人だけの時はその身分を越えて仲の良い友人となる。
「おはよう、レイラ」
「もう少しゆっくり寝ていてもよかったのに。どう? 調子は」
「体が重いわ」
笑いながら、ミルザは大きなお腹に手を当てた。ぽっこりと膨らんだお腹をいとおしそうに撫でるのを、レイラも目を細めて見つめる。
昨年、レギストリア王国国王ザジール・シャラガ・ド・レギストリアに嫁いだ彼女のおなかの中には、第一子となる小さな命が生まれ出る日を待っている。
「今日辛い? 食事、こっちに運ぼうか?」
「重いだけで、体調が悪いわけじゃないの。髪を整えたら、食堂へ行くわ」
「わかった。そこでいいわよ」
レイラはチェストからくしを持ってくると、ソファに座っているミルザの後ろに回った。
「ずいぶん大きくなったわねえ」
今日のミルザは、柔らかく体に沿うワンピースを着ていた。大きくなったお腹に合わせて作られた新しいものだ。それは、くっきりと彼女の体の線を浮きたたせている。
「まだまだ大きくなるんですって」
困ったように、でも幸せそうに、ミルザは笑った。
「そんな大きなものが出てくるんですもの。お産って痛いわけだわ」
「なんで、そんな痛い思いをして子どもって生まれてくるのかしらね。もっと簡単にするんと産まれてくればいいのに」
「本当よね。それを考えたら気が重くて……ああそんな風に言ったらだめよね。こんなんで、私、本当にお母さんになれるのかしら」
最近のミルザは、時々出産や育児に関する不安をこぼすようになった。産み月が近くなって、どうやら精神的に不安定になっているようだ。
「なれるわよ。誰だって、初めて子供を産むときにはみんな、お母さん初心者だもの。最初からベテランのお母さんやってる人なんていないわ。それに、ミルザはひとりじゃない。陛下がいらっしゃる。私も……城のみんなが、この子に会える日を楽しみにしているわ。きっと、大丈夫よ」
「そうね」
ミルザは、ふふ、と笑った。
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