第66話 混同
帝と香奈の準備で内大臣家の三の姫、美月と右大臣家の二の姫、芽衣が後宮に入ることになった。
ペシッ。
帝は綾の腿を枕にして、右手で綾の手を握り左手は綾の尻に伸びていた。
「なにをするのですか!」
「いいではないか。最近忙しくてな」
「忙しいからってこういうことをしていいとはなりません」
毎夜、一緒に寝ているのに昼間までこうしてやってこられては気が抜けない。
今日は朝議がないからと言って朝からずっと一緒にいる。仕事に行ってほしい。そう願ったが、喜んでいいのか最近は大きな問題もなく政は行われていると言っていた。忙しいはずがないのにどうしてそんなことを言うのかと考えていた。
「女御様~大変です」
バタバタと足音を立てながら美夜の声がした。
「香奈とは大違いだな」
「申し訳ございません。よく言って聞かせます」
帝は言葉とは裏腹に相変わらず人の足を枕にうたた寝を満喫している。
美夜が滑り込むように部屋に入ってくる。余程急いでいたのか肩で息をしながら一応礼儀として両手をついて頭を下げていた。
「なにが大変なの?」
わざと優雅に聞いてみる。
どうか察してほしい。自分の行いを。そう願うがその後に続く言葉に今度は綾の方が驚いた。
「内大臣様の三の姫が沢山の調度類と侍女を連れて宮中にやってきました」
「はぁ?」
思わず立ち上がったため自分の足を枕にしていた帝が転げ落ちた。
「わぁ~」
「ごめんなさい」
几帳の奥で二人があたふたとしているところへ香奈がやってきた。
「美夜。宮中では走らないように」
香奈は藤壺に部屋を貰っていて毎日帝の身の回りの世話を紅葉としている。今回、内大臣家の姫君と右大臣家の姫君を預かることになったため、香奈は一時的に私の元へ返された。その香奈の後ろからは幼い顔の女房がいた。
「さあ、女御様にご挨拶しますよ」
香奈に手を引かれ部屋の真ん中まで進む。その間に、別の女房達が几帳片付ける。美夜はというと部屋の隅で小さくなっている。少し可哀そうに思うが仕方がない。香奈がいる間にしっかり香奈と同じような行動をとれるようにしてほしいと思う。
几帳が取り払われ、帝と綾の席が整えられ来訪者と対面する。
「お初にお目にかかります、右大臣家の二の姫、芽衣と申します。弘徽殿女御様のご指導を受けに参りました。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく」
香奈が選んだ女房の衣に身を包み挨拶をする姿は、深窓の姫君そのものだった。
「右大臣家の二の姫。お父上の期待にしっかり応えるように」
「ありがたき幸せ」
芽衣は帝に声をかけられたことに驚きながら再度深々と頭を下げている。
帝も芽衣を気に入ったようで、優しく微笑んでいた。
一見、和やかな光景だが、部屋の隅にいる美夜は複雑な心境なのは感じ取れた。
香奈が尚侍になり綾の元を出てから美夜が側近として仕えるようになったが帝から励ましの言葉をかけられたこともなければ笑顔を向けられたこともなかった。
理由は明らかだ。どう考えても香奈と比べられてしまう。美夜にはそこまでの経験がないのから仕方がないのだが。
「香奈。もう一人来るはずだから芽衣とここで待っていて」
香奈と芽衣が美夜とは反対側に座って待つ。
さっき、美夜が変なことを言っていた気がしたが?
「美夜。内大臣家の姫君はどうしたの?迎えに行ったのよね」
「それが、門の前で止められていまして」
帝が自分の隣でクスクス笑っている。
綾は呆れる。香奈と芽衣を見ると香奈も呆れ顔だが、芽衣はオロオロしていた。事情が分かっていないのだろう。香奈がそっと芽衣に耳打ちしてやっと理解出来たようで安心していた。
美夜はどうしていいのか分からないようで、私の指示を待っているようだ。
「美夜。取り敢えず、内大臣を呼んで……」
途中まで言いかけて、部屋の外から別の女房が声をかけてきた。
「女御様。内大臣様が目通りを願い出ていますが、いかがいたしますか」
「入ってもらって」
さて、どうしたものか。帝は何を思ったのか部屋の隅に置かれた几帳の陰に隠れてしまった。ため息が出てくる。
傍にあった扇をそっと開いて口元を隠す。
内大臣様が部屋に入ってきた。急いでいたのか額に汗が滲んでいる。
「弘徽殿女御様におかれましてはご機嫌麗しく、本日は我が家の姫の入内という喜ばしい日であります。ところで、わが姫の部屋はどこを賜れるのでしょうか。門番たちがそのような申し送りはないと言い外で待たされているのですが。もしや女御様は初めてのことで手続きがお判りになられないのかと思いまして、こうして私が参上しました。ご指示をいただければ私が門番に話をつけてきます」
「内大臣殿。誰が入内と言いましたか?」
「えっ?ですが、後宮に入るということは帝の妃候補ですよね」
「私がお伝えしたのは女房です」
「形ばかりの女房として後宮に入ってその後、女御になるのではないのですか?」
やはり、勘違いしていたようだ。
どうするのよと香奈を見ると香奈がすっと前に進み出た。
「内大臣様。尚侍の香奈と申します。内大臣様の姫君は右大臣様の姫君と同じ待遇で後宮に入ってもらう手筈でした。それは間違いないですよね」
「はい。そうです。先日、帝からもそう聞きました。ですからそれ相応の準備をして宮中にやってきましたが、どうやら手違いがあったようで入れないのです」
内大臣は頭を掻きながら香奈に何とかしてもらおうと詰め寄っている。
「美夜。右大臣様を呼んできて」
「失礼します。多分、お呼びかと思いまして」
ここはしっかりと認識を正さないといけない。そう思い、綾は美夜に声をかけると今度は右大臣が部屋に入ってきた。
フルメンバー勢ぞろいだ。こうなったのは帝のせいではないのか?
几帳を見るが出てくる様子もない。
「弘徽殿女御様。本日からわが姫のご指導をよろしくお願いいたします」
「先程、挨拶をしました。とてもしっかりした姫君ですね。帝も期待しているようでしたよ」
「ありがとうございます。何分、まだ幼くご迷惑をおかけしてしまわないかと心配しております」
「大丈夫ですよ。今でも、こうして控えていますから。時々顔を見せてあげてください」
綾はわざと内大臣の目につくように右大臣と芽衣を見た。
内大臣は芽衣の衣を見て顔を顰めている。
「う、右大臣殿。これはどういうことですかな?」
「どういうこととは?」
事情を察しているのか余裕の構えで返している右大臣もなかなかやるなと感心する。
「すでに後宮入りしているのですか?」
「今日からですよ。香奈殿のご指示通り私が参内する卯の刻に一緒に来ました」
「内大臣様にも参内されるときご一緒にとお伝えしたはずですが」
香奈もさりげなく嫌味を言っている。
今はすでに辰の刻。二時間も経っているのに宮中に入ることはおろか門の外で立ち往生している。
「内大臣様。他の公達に迷惑はかけられませんよね」
いい加減、理解しろと綾は行ってみるがやはり勘違いをしている。
「そうですよね。すぐに入れるように手筈を整えてください」
「そうではなく。お一人で歩いてきてください」
流石の香奈も堪忍袋の緒が切れそうな勢いだ。
「歩いてですか。まかりなりにも内大臣の姫に歩いて後宮に来いとおっしゃるのですか?」
「女房です!」
綾と香奈の声が重なった。
芽衣と美夜は呆然として、几帳の奥に隠れている帝は声を殺して肩を震わせている。
内大臣の隣に座る右大臣も扇で口元を隠しているが笑いを堪えるのに必死で内大臣と目を合わせないようにしている。
言われた内大臣は訳がわかないと言った様子でオロオロしていた。
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