第3話

 さてその大会の前に、アデルハイドが女学校の寮にやってきた。


「会いたかったわクラーラ! 凄く綺麗になったわね!」

「貴女も大きくなったわ。私の身長越してない?」

「山の空気と山羊のお乳とチーズのおかげよ!」


 正直、私も何故こんなに山羊の乳が効いたのか判らなかったのだが、後で図書館で調べてみたら、山羊の乳は、牛乳などよりずっと人のそれに近い成分を持っているのだという。

 栄養が非常に優れていたのだ。

 なるほど、と私は納得する。

 アデルハイドはたっぷりチーズを別便で持ってきた。

 そして周囲に配っていたが、さすがに少し癖のある匂いなので、敬遠する者とそうでない者が居た。

 ただそれでアデルハイド自身が疎外されるのは嫌だったので、私は自分の健康がこれによって良くなったことを強調した。


「へえ~ 確かにそう言われてみれば、なかなかに深みのある味ねえ」


 イレーネは気に入った様だった。

 私はこの時点で、寮の幾つかある棟の一つの代表となっていたので、アデルハイドへの中傷を潰すことは既に容易にできる様になっていた。

 寮生活と、社交界。

 この二つで、私は相当性格が擦れてきたと思う。

 少なくともアデルハイドが知っている私とは既に大きく違っているだろう。そう思う。



 さてそんな中、大学のボクシング大会が行われ、彼は見事優勝した。

 結果、彼はそのメダルを私に見せ、結婚を申し込んできた。

 この申し込みをしたのは、街に最も近く高い、景色の良い公園だった。

 街を一望でき、遠くに山並すら見えるそこで、夕暮れの美しさを眺めながら、彼は求婚した。

 私は既に女学校でも最高学年であったので、卒業したら結婚、という道筋には合っていたと言える。

 ただ私の場合、一人娘ということがあり、結婚するとなると婿を取る形になる。

 その件は良いのか、彼に問うと。


「構わない、君と共に人生を歩んでいけるのならば」


とのことだった。


 そして彼の両親を通して、私の父に話が行き、私達の婚約はトントン拍子に整った。

 イレーネは本当の姉妹になれるわね、とはしゃいでいたが、アデルハイドはやや首を傾げていた。


「クラーラはあのお兄さんと結婚するの?」

「ええ、そうなるわね」


 なお彼女もその話に関しては、イレーネの居ない時を見計らう程には多数の人間の中で生きていく術を身につけていた。

 どうやら、その辺りは彼女の保護者であるお医者様からのアドバイスらしい。

 私のもとにも連絡は来ていた。


「神経の細さはどうも母親から遺伝もあるらしいね。彼女のお祖父さんに話を聞いた限りでは、母親は夫が戦死した後におかしくなって憔悴して亡くなったということだから」


 それでアデルハイドは山へ行くまでは叔母のところで暮らしていたという。


「最近その叔母さんはどうしているのか知っている?」

「手紙が村に時々こっそり来るわ。フランクフルトで結婚したっていうことも」

「そうなの」


 うちのハウスキーパーはアデルハイドの叔母を酷くののしっていたが、まあ背景を知ればそんなものだろう、と思うしかない。

 むしろ、乳飲み子をよくそれでも手のかかる時期抱えて働いていたものだ、と今となっては感心する。


「そうなの。今となっては、叔母さんも大変だったんだなあ、と思う。だから返事もしているわ。お祖父さんはそもそも合わないひとだから耳に入れないけど」


 ところでそのアデルハイドだが。

 休暇ごとに故郷に帰ってまたチーズを送ってきたりとか、色々ありつつも、領内でもちゃんと同学年の友人もできだした。

 何より、このところ国をあげて力を入れだした「女子スポーツ」において、アデルハイドは周囲から見たら、筋肉と運動神経と、そして器械体操などでの身体の移動での怖いもの無さが飛び抜けていたのだ。

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