第8話
「っはあっ、はあっ、はああああっ!」
そのあともしばらくどたどたと逃げ回り、近くにあった裏路地に入った。
「あの野郎、許さないっ!」
「誰を許さないって?」
麗が息を整えていると、さっきの男がやってきた。
「あんたですよ。私、体力ないんですから」
「そんなことまでこっちのせいにされても困りますよ」
のんきな男だ。
「あなたがそんな叫び声上げなければ、気づかれなかったのに……そもそもどうしてつけてきたんですか? 私をチイセにするのはあきらめたのではないのですか?」
「いやあそうなんだけどね。君があの連中につきまとわれるのもかわいそうだなって思って、仕方なく僕一人でいいようにしてあげたんだよ」
優しいでしょ? と言わんばかりの笑顔で、麗を見てくる。
「よけいなお世話です」
そういって、ふいっと目を背けると、麗の頬を優しくつまんで、無理やりその男のほうに向かされる。
「つれないなあ。こんなに僕に冷たくする子、君くらいだよ」
そういって、また笑うその人の手をパシッと払うと、
「そのセリフ、さっきも聞きました。つけてこないでください。キュンなんてしませんから。そもそもあなた、名前も名乗らずに失礼ではないですか?」
と、きっぱり言う。
「えっ? ああ、僕の名前が知りたいのね? 素直じゃないなあ」
(いや、知りたいわけじゃないんだけど)
「僕はハル。ハル・ライクっていうんだよ。これからよろしくね」
「あなたとはよろしくになりたくないです」
「レイちゃーん! どこぉー!?」
そうこうしているうちに、ずっと追いかけていたフロラが、路地裏のほうまで来ていた。
「フロラ! ここ! 助けて! 変な男に絡まれてるの!」
「レイちゃん!? また!?」
「また?」
フロラの声に、麗が答えると、ハルさんがピクリと反応した。
「ねえ、またってどういうこと?」
どうしてかはわからないが、なぜか声のトーンが低い。
「あなたには関係ないです。ほっといてください。私はもう行きます。では!」
「ねえ!」
逃げようとする麗の腕を、ぱしりとつかむ。
「またって、ほかにも男に絡まれてたの?」
「離してください。あなたには関係ありません! フロラっ!」
「レイちゃん!」
麗が叫ぶと、路地裏にフロラが入ってきた。
「ちょっと! あなたなんなんですか! レイちゃんに近づいて、変なことしようなんて思っていませんよね!?」
「いやだなあ……僕は、レイちゃんに近づく悪い虫を駆除してあげようと思っているだけなのに。鑑定士は、いろいろ絡まれること、多いからね」
「そんなの必要ありません。では」
そういうと、手を振り払って、今度こそ、逃げた。
「レイちゃん、さっき誘ってくれてた人、こっちにいるよ」
しばらくフロラに連れられて歩いていると、フロラが言った。
麗はあの人と組みたかったので、フロラが引き留めていてくれてよかったと安心した。
「ついた!」
ついたのは、麗が来た森。そこには、さっきチイセに誘ってきた女の人がいた。
「あの……さっきはいきなりすみません。私の名前はマリ・ニコ。あなたとチイセになりたいです」
「はい。ぜひ、よろしくお願いします」
(さっきの男……もとい、ハル・ライクとやらよりもずっといい。もともといい人みたいだし、また変な男に絡まれる前に早くチイセになってしまおう!)
そう考えた麗は、さっそくチイセの手続きを始めた。
ステータスを開いて黙々と作業を進めるマリさんに、おずおずと話しかける。
「あの……チイセになるにはどうしたらいいんですか? ごめんなさい。私、ここに来たばかりでよくわからなくて……」
「ああ、そうだったの。わかった。説明するね。まずは、ステータスを開いて。できた? そしたら、職業のところをタップして、チイセ申請を送るの」
言われた通り、ステータスを開いてチイセ申請を送った。
「あ、来た来た。あとは私が承認するだけ。そしたら、ここに……」
と、言いかけたとたん、ぽとっと何かが落ちてきた。
見てみると、腕輪だった。
「腕輪?」
「うん。この人とこの人がチイセですよーっていう証。一度つけたらチイセ解除するまで外せないよ。本当に、私でいい?」
「はい。では、つけますね」
「うん」
二人はかぽっと腕輪をはめた。すると、ブォンと音がして、腕輪からステータスのような画面が出てきた。
『アンショウバンゴウヲニュウリョクシテクダサイ』
まるで半角文字のような、みにくい文字が出てきた。
「暗証番号?」
「そう。暗証番号を決めるの。暗証番号は…じゃあ、レイちゃんのレと、私のマを組み替えて……メラでいい?」
「はい」
変にひねるよりも、わかりやすくていい。
早速麗は、ここの文字で「メラ」と打った。
「ありがとう。じゃあ、明日から鑑定士について、いろいろ教えるね。わかりにくかったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
そういって、二人は握手を交わした。
「あの……終わった?」
「あっ、ごめんなさい。フロラちゃん。じゃあ、また明日、8時にここで待ち合せましょう。では」
そういってマリさんが離れようとすると…
ガシャッ!
二人の腕輪が反応して、まるで強力な磁石のようにくっついた。
「きゃっ!」
「大丈夫?」
麗とマリさんは、唐突に来た衝撃で、倒れこんでいる。
「これ……絶対に離れたらいけないやつじゃないですか」
これから二人は、離れるたびにこの衝撃が来る。そう思うと、ため息が出てくるのであった。
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