第4話

 家に入ってからケーキを目の前にするまで、麗の興奮は冷めなかった。

 麗の指示で、フロラがせっせと準備をする。

 そうして可愛らしいお皿に乗せられたケーキを見るまで、麗はずっと叫んでいた。

「早く早く! 早くあのケーキを食べるのよ!」

 ……こんな調子で。


 だが、目の前にケーキを目にすると、スンッと音がしそうなほど、麗の興奮は、急激にさめた。


「なんだろう……ずっと楽しみにしていた特別な存在をいざ目の前にすると、それに対する気持ちがスッと冷めていく感覚……あの現象なんて言うんだろう」

「ちょっとレイちゃん! どうしてそんなこと言うの!? 私頑張って準備したんだよ!? そりゃあお金はレイちゃんに出してもらってるけどさ」

 死んだ魚のような目をしている麗に、フロラが怒った様子で言う。当たり前だ。


「……そうだね、ありがとう。食べよっか。好きなもの食べていいよ」

「むう……そんなんで私の機嫌は……な、なおっ、なおらないんだからねっ!」

 そう言いながらも、よだれがだらだらでは、説得力もない。

「いただきます」

「いただきます?」

(あっ、いただきますの文化はないのか)

「あ、いただきますって言うのは、地方で食べる前に言う挨拶のことで」

「ふうん、そうなんだ! いただきますって、可愛いね! じゃ、いただきます!」

(可愛いのか……?)

 そうしてようやくケーキを食べ始めた。

 まず食べるのはもちろん、雲のような色のケーキだ。ふわふわしていて、真っ白だ。見た目は綿菓子ににている。何を使った、どんなお菓子かはわからないが、おいしいのは間違いない。


「っ、うっまあああっ♡」

「なにこれおいしいっ!」

 口に入れた瞬間、ふわふわが口の中で広がった。


 綿菓子に似ている味だが、もっと奥深い味だ。そしてしゅっととける。後味も甘いのにさっぱりしていて気持ちがいい。

「こ、これが新作ケーキ、おいしすぎる……でも高かったなぁ……このケーキだけで40000インミもしたもんなぁ。レイちゃん、このケーキは半分こ……」

 そう言ってフロラがお皿の上を見ると、もう少ししか残っていなかった。

「ちょっ、ちょっとレイちゃーん!! ひどい! なんでそんなに食べちゃうの!?」

「え? ああこのケーキのこと?」

「そうだよ! それ以外にある!?」

 怒って言うフロラに、麗は悪びれもせずに、

「だっておいしいんだもん。早く食べられないフロラが悪いんでしょ?」

 と言う。その間も黙々と麗は食べ続けている。

「なっ……そんなこと……そんなこと言わなくたってぇ……私だってっ、たくさんたべたかったのにぃ……うえええええん!! レイちゃんの……レイちゃんのばかああああっ!」

 うわあああんと泣き出したフロラの口に、麗はめんどくさそうに雲ケーキを突っ込んだ。

「むっ……おいしいいいいっ♡」

 泣いていたフロラの顔が、ぱああっと明るくなる。

「ふぅ」

 一息ついた麗に、フロラは不思議そうに尋ねる。

「わはひもくひほはか……むっ、私の口の中、結構な量のケーキが入ってきたけど、 このお皿の量じゃ……」

 と言ってお皿を見ると、まだ少しの雲ケーキがのこっている。

「あーあ、せっかくのこしといて増量させようと思ってたのに…こんなに少しじゃ増やすもんも増やせないよ」

 驚いた顔をしているフロラに、麗はがっかりしたように言った。

「えっ……? これ増やそうとしてたの?」

「うん。少し調べれば、すぐに材料とか分量とかもわかるはずだし」

「えええええっ! そうだったの!? ごめんっ! でもそういうことは先にいってよね! もうっ!」

 フロラが言う中、麗は足元に隠した大量のケーキを、ひとかけら口に運んだ。

(単純な奴。ほんとは後でこっそり食べようと思っていたけど、まさかこんなのに騙されるなんてな……まあ、後で残りは食べよう。)

 麗はフロラにばれないように、こっそりと雲ケーキをジップロックに入れた。

 ジップロックは、バルサノでケーキを買ったときについてきたものだ。


 言っておくが、麗はフロラをだましたが、嘘はついていない。麗が調べれば、すぐに材料も分量もわかる。それほどまでに麗は頭がいい。どの割合で何をいれたらどうなるかすぐにわかる。

 もちろんだましたことも、そんなことができることも、フロラは一切知らないが。

 麗は何食わぬ顔でゆうゆうと、ほかのケーキを堪能した。


「あーおいしかった! おなかいっぱい!」

「満足」

 二人は満足しておなかをさする。どちらも膨れてなどいないのだが。

「あ、そういえばフロラ、どうしてあんなに速く走れたの? 私びっくりしたんだけど」

「ああ……あれは私のキャパチカだよ! 『俊足』なんだ!」

「キャパ……チカ……?」

 麗の頭にとっさに浮かんだのは、フランス語の‟capacità”だ。「能力」という意味だ。

「キャパチカって……何?」

「キャパチカ知らないの!? みんな何か一つはもっている能力なんだけど……」

 どうして異世界にフランス語が存在するのかは知らないが、フロラが言うには生まれつきの能力らしい。大体10歳くらいでみんな覚醒する。

「ほかの地方の人はこの能力ないんだ」

 麗の場合は地方ではなく別世界だが。

「へぇ……異能力ってやつか。面白いじゃないの……」

 麗は能力のこと、ケーキのこと、そしてこの不思議な街のこと……すべてが面白くなり、この世界を満喫しようと決意したのだった。





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