第3話

 別のドアから家を出ると、やはりかわいらしい森が、ずっとひろがっていた。

 そこに大きなキノコが住宅街のようにそびえたっている。

 ここは住宅街なのだから、当たり前なのだが。


「あ! フロラちゃん! その子は友達?」

 少し進むと、フロラの友達らしき人が、フロラと同じような服を着て、フロラと同じようなしゃべり方で話しかけてきた。

「はい! 今日からここに来た、レイちゃんって言います!」

「そっか! よろしくね!」

 明るくあいさつされたので、麗は軽く会釈をする。

「そういえばさあ、あのバルサノの新作ケーキ食べた?」

 紹介とあいさつが終わると、唐突に話題が切り替わった。

「ええええええっ! バルサノに新作ケーキが出たんですか!? 絶対食べたい!」

(バルサノっていう有名ケーキ屋さんでもあるのかな)

「まだ食べてないの!? ていうか知らなかったの!? そっちの……レ……」

「麗です」

「レイちゃんはもちろん知ってたよね!?」

「え……いえ、今日、ここに来たばかりで、流行とかもわからないので……」

「うっそー-ん! 知らないっておかしいって! もう十分前のはなしだよ!?」

(まだ十分前じゃないのかよ)

「もう十分前なんですか! 十分前は…ちょうど大男に絡まれてて新作ケーキ情報入手できなかったんだー」

 フロラががっかりした様子で言う。

(助けてもらっていてこんなこと思うのは失礼なんだろうけど……絡まれてたんじゃなくて、フロラが絡んでいたのでは)

「早くバルサノいったほうがいいよ! もう売り切れちゃうよ!」

「うん! ありがと! すぐ行ってくる! レイちゃん、行くよ!」

「うわっ!」

 フロラがそう言うと、くるっと振り返り、パシッと麗の腕をつかみ、猛ダッシュでかける。

 その速さは、陸上競技選手、なんなら自転車のプロも驚くほどのものだ。

(え? え? え?)

「行ってらっしゃーい!」

 後ろからのんきな声が聞こえる。


「やばいやばいやばい! 急げ私! もっとスピードを出せええええええっ!」

 麗が戸惑っている間にも、フロラのスピードは、どんどんどんどん速くなる。


 そのペースで走ること十秒。

「ついったー---!!」

「はあ、はあっ、はあっ」

(え? え? 今の走りは何? 普通に車のスピードくらいあった気が……この世界では、これが普通なのか?)

 しかも麗はつかまっていただけなのに息切れしているのに対し、フロラは息切れどころか、汗一つかいていない。

(この世界の住人、どうなってるの!?)

 まだはあはあ言っている麗そっちのけで、フロラはこれまたキノコのような、少しオシャレっぽい文字で書かれた看板の店にはいっていった。

 おそらくここが、「バルサノ」なのだろう。

 麗も後に続いて、店に入った。


「何……ここ」

 麗は、やっと息が整ったのに、今度は息が止まりそうになった。

 バルサノの内装は、日本にもある普通のケーキ屋さんなのだが、ショーケースの中に入っているケーキやクッキー、タルトなどは、どれも魅力的だ。

 麗の髪のような薄いピンクの生地に、イチゴやリンゴで作られたバラが、ところせましと乗っている。そこにこれでもかというほどのキラキラした飾り。これだけ聞くと、見た目だけのケーキに思われるかもしれないが、麗の気を引いたのは、その匂い。ふんわりと漂う甘い香り、でも強すぎない香りが、ふわっと麗の鼻を通り抜けた。ほんのり酸っぱい香りもして、ずっとその甘いにおいをかいでいたくなる。

(うわぁ……ここに住みたいわぁ)

 ボロアパートに住んでいたのにきれい好きな麗ですら、そう思うほどだった。

「あっ! 最後の1個だよ! よかったぁ……」

 そう言ってフロラが指さしたのは、最後のショーケースの真ん中にある、やや大きめのケーキ。これも甘い香りと、雲のような色合いが気を引く。

「これください!」

「はい。以上でよろしいですか?」

「あっ、えっと……レイちゃん、どうする?」

 こんな魅力的なケーキ屋さんに来て、たった一つのケーキのみを買っていくということはないだろう。

「これと、これと……あっ、これもひとつずつ追加で」

「えっ、ちょっと! そんなに高いの買えないよ!」

「お金は全部私が払う。」

(ここ、お金が二桁分安いし。)

「では、合計50000インミになりますが、よろしいでしょうか?」

「よろしいです!」

 即座に答えて、500円玉を出す。日本の通貨が使えるのは、コンビニ(仮)で実証済みだ。

 ここでは50000インミ(500円)は、そんなに高いのだろうか? フロラも店員さんも驚いている。

「50000インミちょうど、お預かりします。こちら、商品になります。またのお越しを」

「絶対またお越しします!」

 わけのわからないことを言って、麗は店を出た。

「さあ! フロラ! すぐにあなたのその速い足で、家に戻って!」

「えッ……うん、わかった」

 麗がお金を出してから店をでるまでずっと固まっていたフロラが、我に返ったように走り出した。

「急げフロラ、もっとスピードを出せええええええええっ!」

「はっ、はいいいいっ!」

 行きとは立場が逆になっている。

 そうして走ること約5秒…

「ついったー!! フロラ、早く家に入って!」

「はあっ、はあっ、うっ、うんっ」

 こうして、興奮状態の麗と、疲れ切った状態のフロラは、家に入っていったのであった……


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