第6話

放課後。俺は部活をサボらないように七海に釘を打ち、光義と共に部室に向かった。

「お、彼やっといてくれたみたいだね。これで快適な部活ライフになる」

文芸部にその重厚な機械は必要か?一人一台なら執筆には使えないぞ。

傍に立てかけたパイプ椅子を三つ机付近に並べ、俺と光義で紙切れについて話すことにした。紙切れにはこう書かれている。

「キミたちの場所から1番目に公平の象徴の、2番目に印度の神の使いの、3番目は悪しきものの象徴たる獣の、4番目にはモコモコの動物の、それらの方向を順に辿ると答えがある」

「4番目がテキトーすぎやしないか?アルパカ?羊?それともリャマ?」

なんとでもなるだろうな。しかし方向ときたか。

「難しいな。仮にこの怪文の指す言葉がわかったとしても方向、とはなんだ。アルパカもリャマも羊もここら辺には生息してないぞ。しかも生き物で言うのなら3番目もきっと動物だ。獣って言ってるしな」

「確かに、謎だよね。悪しきものの象徴?とか公平の象徴って」

順に辿ると答えがある。かつまりは単語の方向をつなげていくことでひとつの道ができる

。それを方位磁針でも持って探せと言うことらしい。

「うーん、正直言って僕はこの文章や遼太郎のオタク趣味に興味はない。今僕の関心はコンピューターに向いている」

光義は椅子から立ち上がり、死角として作り出した棚の奥に引っ込んだ。イライラしても始まらない。何かのヒントがあの教室内で起こった出来事にあるハズだ。思い出しながら1つ1つ書き出してみるか。カバンの中からペンを一本取り出し、紙切れの空いたところに書き込む。


・聞いたこともないような部活の主将が集まっていた。

・木下(仮)は放送室から教室を指定し放送をかけた。

うーむ…いまいち何も思い出せない。あそこでおかしなことは何があった。なくても良いのに付け加えられたもの…何か。

『──そして、部屋の状態を見て貰えば分かるとおり。今は真夜中だ。それを忘れないでほしい』

・教室は真夜中だった。

俺はその意味があるとも思えない、蛇足かもしれない一文を付け加えた。

「ん?なんだかメールが届いてる。遼太郎、ちょっときてくれ」

「なんだ今忙しいんだ」

「そんなに怒らないでよ、木下からかもしれない」

「!」

今、木下と言ったよな。木下ミツル。あの忌まわしき木下。奴から設置したばかりのコンピューターにメールを送ってきた?

俺は即座に狭い棚の間を抜け光義の後ろに立った。光義がメールを読み上げる。

「えーっと、『どうやら、無能な文芸部の探偵では未だに何も掴めていないようだな』」

「未だにって、まだ放課後になって数十分しか立ってないぞ」

「『ヒントをくれてやろう。1つ目のヒントは正義。2つ目のヒントは宗教。3つ目の

ヒントは新約聖書の中。これは少々難しいかな?4つ目のヒントは無し。簡単すぎるから』だそうです」

正義、宗教、新約聖書の中、無し。逆に何も掴めなくなってきたぞ。余計に苛立ちが募る中、背後のドアが開いた。

「こんにちは〜ってあれ?いない」

死角は十分に効果を発揮しているようだ。俺は七海に声をかける。

「こっちだ。狭いから2人分しか枠はない。終わるまでそっちで待っていてくれ」

「はーい」

七海は妙に聞き分けが良かった。そしてすぐにあの紙切れを手に取り、読み始めた。

「3番目については調べてみてもいいかな?コンピューターっていうのは調べ物に関しては右に出るものあらず。最強なんだ」

ほう…なら全て任せたい所だ。しかし、俺の問題である以上任せっきりにするわけにもいかん。俺は全体的な意味を考えよう。

「任せるぞ」

俺は再び狭い通路を抜けて七海の前に座る。七海は顎に手を当て、さも探偵が難事件に悩まされているような神妙な面持ちで俺に尋ねた。

「これはなんですか?意味がわかりません」

「そうだろうな。俺も全くわからん。今日の昼に木下からもらったものなのだがな」

むむ…と再び紙を凝視する七海。これでわかったら苦労せん。七海はもっとしっかりまとめてみましょう。とノートを取り出し俺のペンで描き始めた。自分のを使え自分のを。

「えーっと…」

スラスラと丸い文字が刻まれていく。この字と比較すると木下の字はすごく角ばっている。機械を使ったかのように、なめらかさがないというか。字の形で犯人の予想がされないようにするためだろうか。まあ木下の字など知ったことはないのだが。

「他に情報はありますか?蘆月さん」

「えーっと、憶測だし推理とは言えない妄想の類だが…」

「言ってみてください。何が謎解きのきっかけになるかわかりませんから」

俺は羞恥心を片手に持ちつつもあの教室で感じた違和感について想起した。

「やけに緊張感がない教室だった気がする。カバディは運動部だ。対して他の部は室内系の部活。そいつだ、と新聞部部長が指差したカバディ愛好会代表はやけにクイズ研と親しく話していた。クラスメイトや同じ中学だったなんて言われれば言い返せないが、他の奴らとも初対面とは思えなかったな」

ノートに憶測、妄想欄が追加され「やけに親しい」と記される。

「他にはありませんでしたか?」

描き終えた七海が顔をあげて俺に問う。

「他には…あれだな。さっきとも関係するが木下は1人じゃない。複数犯とみて間違いはない。携帯電話を使って放送が通じているか確認をとっていた。」

なるほど。と笑顔で書き記していく七海。これは流石に妄想が過ぎたか?

「それくらいだな。あと手がかりがありそうなのはコンピ研。設置したばかりのパソコンにメールを送ってきた。固定電話も契約した瞬間周りに電話番号が知れ渡るわけじゃないだろう」

「その通り。しかもメールアドレスはさっきコンピ研の彼に作ってもらったものだ」

と光義。これはコンピ研が事件解決の鍵になりそうだな。

「コンピ研のワタリが怪しい。と書いておいてくれ」

七海は追加する。この謎解きと並行して行うべきは木下(複)の捜索だ。この場合聞き込みを行わなくてはいけないのはコンピ研のワタリ、狭山教諭の2人だ。

「現在を持ってこの木下怪盗事件を追う捜査班を二つに分ける。七海、お前は聞き込み調査班だ。俺と小野は謎解き班として早急にこの課題を終わらせよう」

「了解しました!蘆月警部補〜!」

俺は七海から紙切れを再度練り直したものを頂戴し、謎解きに腰を据える。

「まずは1つ目の公平の象徴か。ヒントは正義」

「正義か、難しいね。正義で公平なものはこの付近にあるものかな」

正義、公平というのははっきりとした形があるものではなく、ただの概念だ。それに対して浮かび上がるものといえばなんだ。

「やはり宗教などでいうモノ。のようなことか?例えば…わからん。方向が示されている以上、俺たちから見えるものでなければおかしい。しかしながら…ここら辺に正義と公平の象徴なんて眠っていないぞ」

あってもパン屋やら最近できた大型スーパーやら力が衰えてきた商店街しかない。

「数字、とかはどう?数字はどの人間も贔屓しない。全ての目に対し同じように映るはずだよ」

「となると、学内で言う数学科の資料室か。」

俺と光義は立ち上がってハッと気づく。それはついさっきからここじゃないか。

「ひとまず。公平の象徴=数学科の資料室。としておこう」

次に2番目だ。なるほど。学校内の地図の中に沿って歩みを進めることでゴールに辿り着くと言うことか。学内の地図ならこの部屋にも揃っている。そこから場所を探っていこう。

「じゃあ1つ目は原点としてここを定めた。と言うことだね。」

「そうだ。そして二つ目のインドの神の使い。これは地理でわかっている。牛だ。ヒントとして提示された宗教にもしっかりとあっている」

「牛?学校には牛なんていないけど」

「まぁ書いておけ。全てわかったら何か出て来るだろ」

光義は印度の神の使い=牛と追記する。そして3番目。これは光義が調べていたはずだ。流石にこの短時間で見つかるほど簡単ではないだろう。

「いや、見つかったね。これは山羊だ」

「ヤギ?一体全体どうしてヤギなんかが悪の象徴なんだ?」

「キリスト教においてヤギは、異教の神を示すこともあるらしい。中世のカトリックがギリシャ神話やローマ神話を邪教のように扱っていたでしょ?多分それが起源だよ」

こんな簡単に埋まっていっていいのか?と言う気もしたが、これはこれでよし。3つ目の悪しきものの象徴=ヤギ。

「4つ目だが、これは羊なのか、アルパカ?なのかどうなんだ?」

「ヤギについて調べた時に出てきたことだけどね。山羊は悪として扱われるのと対に羊は善として扱われることがあるそうだ。つまりヤギの対をなす羊が正しいと僕は思う」

たまには、いや今回に限って光義が非常に冴えている。一時間と少しで謎を解くことができるとは木下も考えていないだろう。しかし木下はやけに焦っていたな。放課後すぐになってメールを寄越すとは。

「これであとは方向を求めるまでだね」

「ああ。そこからが難しい。今まで出てきた数字、牛、ヤギ、羊。基本的にそれらに方向は存在しない。どうすればいいかまるで掴めないな」

これから、俺と光義はあれやこれや話し合った。やや高めから俺たちを見下ろしていた太陽がこの部屋を斜に照らすようになってきても、概ねの方向すら掴めなかった。

「よーっす。今日も文化部精神に則した根暗生活をしているか諸君―?」

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