第5話

「失礼します。新聞部の部長さん。いらっしゃいますか」

苛立ちから少し高圧的な態度をとってしまう。仕方のないことだ。大事な物を奪われて平静を保つ人間がいたら、俺は仲良く慣れないだろうし。

新聞部は呆気からんとした様子で、部長がただ座って書き物をしているだけだった。

「おや?いつかの探偵君じゃないか。どうしたんだい?しかも3人揃って」

「探偵はやめてください。これです。怪盗、いや空き巣が現れました。文芸部室に」

俺は七海から招待状をもらい。新聞部部長に手渡した。部長は念入りに封筒を見てから中身を読み始めた。

「ほう。面白いじゃないか。中国史研も今は主役不在で2名しかいない。見ての通り新聞部は活動がない。この事件に少しは協力できるかもしれないよ」

「人手は多い方がいいですからね。蘆月さん。ここは協力要請をしましょう」

七海の先導もあって俺たちと、中研(略)2名で椅子に座った。部長氏はすっかりやる気のようでホワイトボードを準備していた。「今から情報整理をしよう。話はそこからだ」

数十分を使って俺はことの顛末を細やかに話した。

「なるほど。つまり、その木下ミツルが怪盗の可能性が高い。しかしながらその名は偽名の可能性が高く、顔も朧気であるために学校内にて足で稼ぐことも出来ないときた。」

やはり。明日の推理ショーとやらを待つしかないのか?その後、木下が話した新聞部部長から聞いた俺の話。とやらについても聞いてみたが「いや、ないでしょ。俺友達いないし」と絶妙に傷を抉ることになったのは忘れることにしよう。

「結論として、明日の推理ショーに行くしかない。ということだね」

文芸部ののんびり係、小野光義は動かない…。

この後中研が揃い、「とりあえず半荘で」という声が聞こえたあたりでお開きとなった。部屋を出るあたりには1年の誰かしらが君主に飛ばされていたようだが、麻雀は経験と運だ。潔く諦めることも重要なのだよ…。



翌日。昼の授業を終え、文芸部部室にて例の時刻を待たんとしていた俺は勢いよく部室のドアを開けた。するとそこには見慣れぬ男子生徒と小野の姿があった。無論木下ではない。

「やあ遼太郎。こちらはコンピューター研のワタリくんだ。PCの配置をお願いしていたんだ」

「あ、よろしくお願いします。すぐに終わらせますので」

やたらと腰の低い青年だった。小野に引けを取らぬ長身で俺は随分と小さく見える。

「いやいや、焦らなくていいよ。俺も少ししたら出るからさ」

「よかった。実は昼休み全部を使おうとしてたんです」

そんなに難しいのか。コンピューターというのは。

「最初の敷居は高いものだけど。あると便利なものだよ。電話はできないけど、メールと言って文章の交換なら遠く離れていても行うことができる。身軽さで言えば携帯電話には負けるけど。何度も読み返すのならメールの方がいいと思うんだ。重要事項なんかはそうだろう?つまりこれからの時代で、仕事やら何やら重要なことはメールでやりとりしていくことになる。僕は先生の言うことをよく聞き逃すから、そういう救済があってもいいと思っていた頃だ」

「授業は、聞いておいた方がいいぜ」

呆れる。これだから成績が万年ワースト数位なのだ。文芸部の名誉をかけてそろそろ焦燥を感じてほしいね。

「おや、もう時間になるころじゃない?」

「おっと、少しの遅刻も許さない。なんて言ってくる相手かもしれないしな。じゃあ行ってくる」

俺は不安、焦り、怒り、どれもが合わさってよくわからない感情で化学実験室を訪れた。


中には新聞部部長他に数名の見知らぬ生徒がいた。カーテンは閉められ、中は暗い。黒板前の電気だけが点いている。まだ何も起こっていない。と考えたい。

「部長氏。これに関わっていたんですか」

俺は一直線に部長の前に立った。部長は少々取り乱した後、冷静を取り繕い俺に話した。

「君たちと別れたあと、トイレに寄ってから部室に戻ったんだ…」

部長氏の手には招待状があった。

「次号の新聞の案がまとめられた紙を盗まれたんだ。短時間だったからそんなに大きなものは盗めなかったんだろう。小さなものだが今回の事件に関わるチャンスだと思ってね。逆にネタにする覚悟で来た。他に集まったのはクイズ研、園芸部、かばでぃ?愛好会、とか。」

俺は実験室を見回した。うっすらと顔が見れる範囲だが、この部屋の中には俺と部長氏合わせて7人の生徒がいる。皆何かを取り戻すべくここに集っているのか。それとも共犯なのか。正直に言えば、俺は新聞部を信用していない。木下は新聞部部長に聞いたと漏らした。そして部長氏は待っていたかのように何もせず部室に残っていた。他の部員はいないのに。

俺が思案を巡らせていると、突如として音声が流れ始めた。ザザ…と言うノイズを挟んで男の声が聞こえてきた。

「あー…テストテスト。聴こえるかい?オーケー」

男の声は昨日聞いた木下の声そのままだった。準備室の生徒たちは驚くことも部屋を探し始めるでもなくただその放送に耳を傾けていた。

『怪盗の被害にあった諸君。私とゲームをしよう。なあに簡単なことだ。誰に頼ってもいい。誰を妨害してもいい。早いもの勝ちの謎解きゲームだ。お題はそれぞれ7種用意してある。後でその部屋に用意する手紙に宛名が書いてある。自分が属しているコミュニティの名が書いてあるものを選んで持って帰ってほしい。そして、部屋の状態を見て貰えば分かるとおり。今は真夜中だ。それを忘れないでほしい』

プツ。と放送が切れた。ライトの当たっていた化学実験室教卓内から1人の男子生徒が現れ、手紙を無造作に教卓上に置くとドアを開け、走り去っていった。奴の手には真新しい携帯電話。木下はこの男と連絡を取り合い、全員が集まったタイミングを見計らって放送室に電話を入れる。そして奴は安全圏から指令を下す。か。

「行こうか。探偵くん」

「言っときますが、今回もあなたと協力する気はありません。今回は全員が敵の早いもの勝ちゲーム。しかもあんたが木下と関わりがないとは到底思えない。ここでお別れです。謎が解けたらまた逢いましょう」

「え?どうしてそんなにイライラしてるんだい?おかしいじゃあないか!」

おかしいだろ。どうしたって。木下ミツルはうっかり口を滑らせたに違いない。しかも昨日まで全くこの件に触れていなかったのに急にゲームに参加することになった?急すぎるにも程がある。疑い100%で考えるのなら、強力関係を結び俺たちの近況を逐次報告させる役割に当たったのだろうな。しかしながらその策に乗る気はない。もし違ったとしてもいい。

俺は教卓の上に無造作に置かれた紙切れのうち文芸部と書かれた紙を取り上げて去った。

部長氏は俺が紙切れを手に取る様子をじっと観察していた。

「なあ、2枚持って言ってるだろ?一枚置いてけよ」

と、部長氏。

「おっと、うっかりしてました」

後頭部をさすりながら俺はもう一枚を教卓に戻し、教室を去った。

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