第4話

中間テストが終わり、梅雨が近づいてくる時期になった。運動部のように熱心に部活に取り組むような活動はこれといってない我らが文芸部はテスト終了後もダラダラと部活に来ない奴がいる。中間テストが終わったことでほんの少し緊張していた空気も緩和して、にぎやかな放課後が帰ってきた。

「倫理、何点だった?」

「52点だ」

そして、灰色の放課後。普段部活に来ない光義は毎日毎日飽きずに部活にやってきている。部長は変わらず顔すら出さない。新入部員はテスト一週前から顔を出していない。文芸部部室は、今日も静かだ。することもなくSF小説を開いたところに来客があった。コンコンと控えめなノックに対し光義が応じる。

「はいはい。狭山先生でしたか。文芸部部室に何か御用でも?」

狭山教諭。メガネに柔和な表情で俺たちと年が近い。それもあって女子生徒からの人気が高い。そして彼は車椅子に座った先生だ。なぜ車椅子なのかは知らない。聞くのも野暮だろう。

「いやあ部活動中にすまないね。この前の会議で急に決まってしまって君たちには何もいっていなかったのだけれど、ここに数学科の資料と生徒会の資料を置かせてもらいたいんだ。空いている教室が少なくってね。本当に申し訳ないんだが…いいかな?」

狭山教諭は俺たちの顔色を伺いながら話す。まあ、何もものがないこの部屋にはそれくらいの役目はあってもいいだろう。

「ええ、別にものが溢れている訳でもないので。ご自由に」

「そりゃよかった。助かるよ」

いやあ断られたらどうしようかと思ってたよ。なんて言うが拒否権なんて最初からないだろうと思う。この教諭が人気の理由はこのマイペースなところもあるかもしれない。

「じゃあ僕ではなくて手伝ってもらう生徒たちに荷物の搬入は任せる。流石にこの足じゃあ荷物持ちは務まらないから、はは」

しばらくして分厚いファイルやらそれを詰め込む大きな本棚が運ばれてきた。少しはこの文芸部室も見栄えが良いものになるだろう。

「狭山先生、棚を使ってこのドアから死角を作ることはできますか?実はPCを導入したいのですが顧問がそれはそれは怖いもので」

「美琴ちゃんかい?生徒に怖がられるような女性じゃあないと思うんだけど。君が怖いと言うのなら少しだけ彼らに話してみる」


狭山教諭、ついでにどこから現れたのかわからない生徒たちの作業は早かった。全て読むには1、2ヶ月はかかりそうな資料群を運び切るのに30分とかからず小野の求めた死角までデザインされた。

「君が、蘆月くんかい?」

俺はその荷物搬入班の1人に話かけられた。なんとも特徴のない男だ。

「僕は木下ミツル。中国史研究会と歩く麻雀卓の事件、新聞部部長から聞いたよ。お見事だった。君は推理小説が好きなのかな?」

「まあ、人並みには読みますが。探偵になりたいなんて思ってませんよ。安定しない職業はこの先淘汰されていくはずですから」

「もっともだな。君が迷子の猫を探したり不倫現場を嗅ぎつけるのは想像つかん」

じゃあ、と木下ミツルとやらは走り去っていった。一体なんなのだ。あの男は。

「なんですかこれーっ!私の文芸部室が…」

3週にわたって部活をサボった新入部員はこの部室を完全に自分のものだと考えているらしい。部活に来ていない日の方が多いだろ。お前は。

「七海ちゃん!久しぶり。どうして部活に顔出さなかったのさ」

「補講です!数学と英語と…」

出るわ出るわ。なんと複数科目の補修を受けていたようだ。本をよく読むやつ=勉強ができるやつと考えるのは早計どころか的外れだね。全く。

光義は先ほどの“死角“にどのようにしてコンピューターを置くか考えているようだ。自腹で買うと言うのか?あんなでかいものを。七海は何も考えずにファイル群を眺めて回っている。俺は、自販機購入後すっかり冷めきったミルクティーを口に運んだ。

「?なんですかこれ」

紙がハラリと本棚上面から落ちた。白い小さな封筒で中から一枚の紙が出てきた。

「えーっと…斬鉄?皇帝史の作品は我々が預かった。返してほしくば明日から開催する奇術部謎解きショーの探偵として参加していただこう。と書いてあります。なんでしょう斬鉄皇帝史」

「な、な、なにーっ!!!」

つい声を荒げてしまった。同人誌趣味がバレることを恐れ、学校においておいたコレクションが盗まれてしまうとは。

「斬鉄皇帝団?だっけって言う同人サークルが出版した小説やら漫画やらを遼太郎は大事に保管しているんだ。命よりも大事。なんて言ってたこともあったっけ」

「それは大変ですね」

「ああ、非常に」

俺は、何をどうして怪盗を殴り倒そうか考えていた。この手で、必ず正体を見つけ出そう。

「簡単なことだ。犯人は先ほどこの部屋に侵入した狭山一行の内1人、はたまた複数名。そして俺に関係がある、面識があるのは木下ミツル。奴は中国史研究会の話を出して俺を探偵扱いしようとしていた。そこから俺に挑戦状を叩くつもりなんだろう。しかし、クラスと部活をあぶり出してやる」

ここまでは最初からわかっている。今日の部室の角にも当然のように鎮座していたコレクションが唐突になくなったのであれば、奴らを疑うのは必然だ。そして、俺には武器がある。生徒名簿。数学科のみの資料ではなく、搬入された資料の中には生徒名簿も存在する。そこから木下ミツルを探し出せばいいだけのこと。顔は覚えていないが、名前は覚えている。

「小野、生徒名簿を。七海は明日の指定場所についてまとめておいてくれ」

「了解しました。遼太郎捜査部長…」

「今回の難事件、蘆月捜査部長なら或いは…」

一斉にふざけ始めるクソ部員どもめ。俺のオタク趣味を馬鹿にしているのだろうが、それは問題ない。この時代でいうオタクは常にそのような形で当たり前なのだ。小野は素早く生徒名簿を見つけ出し、木下の名前を探し始めた。1年から3年まで探し尽くすのは大変そうだが奴をどれだけ使い潰しても問題はない。

「指定場所は2回の化学実験室ですね。12時40分を予定しているそうです」

「オッケー。お前たちは周辺で木下を捕縛する準備をしておいてくれ。ペンは刀より強い訳がない。それを奴の体に教え込むいい機会だ」

それにしても。何が狙いだ。あの男は。木下ミツルは部長の名前を出していなかった。部長関連での喧嘩ではないのか?ただ新聞部の話を聞いて俺に勝負を仕掛けてきただけなのか?そして謎解きショーとはなんだ?この部屋から俺のコレクションを奪い去った手口か。それなら隙を見計らって奪ったのちに外の非常階段を使用して他の回に降り移ればいいだけの話だ。なんのトリックも働いていない。

「遼太郎。一通り見回したけど木下ミツルはいない。それどころか木下の姓すら見つからなかった」

「偽名…でしょうか?」

奴め。俺がこの部屋の資料を使うことはわかっていたようだな。それで狭山教諭を利用しこの部屋へと押し入ったわけだ。押し入ってはいないが。

「今のうちに狭山教諭。そして新聞部に話を聞きに行くぞ。」

生徒名簿を棚に戻し、怪盗の招待状を手にして俺たちは見慣れぬ部室から新聞部・中国史研究会兼用部室を訪ねることにした。

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