第3話 お前を、犯人だ

 俺は麻雀牌を使った暗号について、現国の授業中に考えていた。

観衆への暗号。誰に伝えて、誰に伝えたくなかったんだ?そして字牌ともうひと種類の牌。なぜか三日間見つからなかったか。今まで運よく見つけていたとしても、東風戦や一局戦では呆気なさすぎる。半荘以上だったと仮定して見ると、見つからなかったのではなくやっていなかったのか?学校の構造を分割しているのか?「ここの問いを蘆月。解いてみなさい」

「わかりません」


 恥をかいたおかげで謎は解けた。新聞部部長を呼び出し、俺は一階用務室前に向かった。

「どうして用務室前だとわかったんだい?」

「“ドラ“ですよ。麻雀にはドラという要素がある。ドラは九索キューソウとして表示されれば一索イーソウが、選ばれる。つまり落とした牌の時のドラが次の場所です」

疑問符を浮かべてそうな新聞部部長。俺は横目に解説を続ける。

「この学校は上から見ると正方形の中央に穴が空いたような形をしている。別棟を除けば、ですが。中庭は考えないものとして…東西南北と四分割できる。中白發の三元牌は地学実験室や化学実験室のある別棟を表しています。そして牌の数、九→一、一→二となるように階層と分割された地点を大まかに暗号として利用していました。フーダニット、ホワイダニットについてはわかりませんが、暗号の謎はここまで。種明かしは誰か雀士を捕まえて吐かせましょう」

新聞部部長はメモ帳に校内の簡略図を書き記しながらおぉ…とわかっていないながらも感心した声を上げていた。

「つまりは九索の發で一階の別棟…ということか」

「ええ、きっとそうだと思いますよ」

案の定、そこに麻雀卓はあった。授業が終わるや否や部室に鞄を置いて大急ぎでやってきた甲斐あって観覧者はおらず当事者のみが雀卓を囲っていた。

「そこまでだ!お前たちの暗号、つかませてもらったぞ!」

刑事ドラマの終盤くらいのキメ顔とメガネをクイっと上げる仕草で二人の雀士を追い詰める。俺もその後に続く、理由は知りたいし、七海や小野への土産話になる。

「くっ…ここまでか。頼む!このことは黙っておいてくれ!」

「安心しろ、教員に報告したりはしない。間接的にするが」

部長が続く。

「新聞のネタにさせてもらうぞ。ここまで追い詰めさせてもらったからな」

「そういうことなら、大々的に宣伝してくれ!頼む!」

「は?」

暗号を使っていたのはバレないためじゃなかったのか?どうして宣伝する必要がある?

「理由を説明してもらおうか。ほら、文芸部の探偵君、君も座りたまえ」

いつから探偵職についたんだ。とつっこむ前に俺は東側の椅子に座った。親番だ。

「全て話すよ。俺たちは部活を作りたかったんだ。でも人数が足りなくて」

「観衆は?あいつらは入ってくれなかったのか?」

「あいつらはみんな運動部だよ。今日は暗号が読めなかったんじゃなくて運動部が忙しいからこなかったんだ」

なるほど。俺たちは早かったんじゃなくて運動部の観衆がいなかったからか。

一呼吸置いて、牌をカラカラシャッフルしながら雀士は話し続ける。

「もっと早く宣伝しておけばよかったが、掲示板の宣伝じゃあ誰もきてくれなかった。だから色々なことをしたよ。ビラを配ってみたり。でも部員、いや同好会員は増えなかった。あげく、教師に見つかって怒られたりもしたよ」

なるほど、麻雀部か。ルールは簡単だが、役やら点数計算やら難しくて敷居は高いものな。

「それでこうして興味を持ってくれる奴を探してたんだ」

「全てわかった。よし、新聞部で号外を出そう。少し楽しかったからな。これで部員が足りないのなら我が新聞部へ。ネタを出すことができれば場所は提供できよう」

部長は偉くこいつらを気に入ったらしいな。部長は向き直って対面の俺に

「文芸部の探偵。文芸部も今廃部の危機に瀕していたな。君のことも書いてかまわないか?」

「いえ、つい最近入ったので。この事件を解明したのは新聞部ということで」

こうして謎は解けた。さあ、今日はもう帰るか。麻雀を一線交えて帰りたいところだったが、部長氏は興奮冷めやらぬ中号外を作りたいと話していたので、約束のみを交わし俺は退散することになった。


「麻雀部か、面白い部活だったな」

感心しつつ、掲示板に目を通す。麻雀部…麻雀部…見つからない。ここに貼ってある散っていたはずだが。見つからない。あるのは野球部、サッカー部、バスケ部etc…と運動部。他には百人一首部、オカルト研、文芸部(部長の字だ)、あ。

『中国史研究会…発足案進行中!新入部員募集中!連絡は一年D組白峰まで』

「あーっ!」

これか。一つに二つの事件が解決した。中国史のために麻雀なんて、回りくどいことをするものだ。フーダニット、ホワイダニット、ハウダニット全ての要素が整った。



「遅いぞッ!遼太郎ッ!!」

「申し訳ありません。名誉ヒラ部員小野光義様」

二人の女子生徒に囲まれ肩身の狭い思いをさせてしまったことを後悔させつつ。答え合わせの時間だ。

「それでは。語らせていただきます。事件の真相を」

「待ってました。七海さんの仮説は少々物足りなかったので…」

ふふ、と上品な笑みをこぼす岩見先輩に噛みつきそうな七海。お前が悪いぞ。適当に考えすぎだ。

「まず。岩見先輩を誘ったのは白峰という男です。さっきこっそり拝借してきました」

掲示板から借りてきた中国史研究部の勧誘ポスターだ。七海、岩見先輩はこれを見る。

「ばっちり名前書いてありますね。一年D組白峰まで。」

「見ての通り奴は中国史研究部という部活を新設する気でした。しかし、集まってくるのは入る気のない慣習のみ。辛うじて三名にはなりましたが」

うん、うんと七海が頷きながら話を聞く。

「七海、昼休みに走っていった新聞部部長は何を追いかけていた?」

「台車と机です」

「ああ、麻雀卓だ。あいつらは麻雀卓を余った資材で自作し、麻雀を通じて部員を増やす作戦に出ていた。しかし、その安全性より教員に補導された。自由な校風と言っても高齢の教員はいるからな。そして四月十五日から四月十九日まで雀卓が校内を走ることは無くなった」

「私が本を薦められた時期と被りますね」

「そうです。麻雀による宣伝活動が不可能になった白峰一行は掲示板へのポスターや、ビラ配りで部員を招聘しようとした。その時期に岩見先輩に声をかけた」

静かに七海が挙手する。

「でもそれっておかしくないですか?普通三年生を勧誘しますかね?」

もっともな疑問だ。女子生徒の学年は“リボン“で一目瞭然なのに。

「七海。岩見先輩を初めてみた時にリボンに注目しただろう?」

「はい。どなたと話しているのかなーって」

「岩見先輩はその時、リボンを外していた。というより上着を脱いでいませんでしたか?」

四月といえども暑い日はある。夏と違って冷房の効いていない校内では暑いだろう。

「はい。掃除当番で少々暑くて」

ビンゴだ。入学式のあった週、二、三年はあまり登校していない。岩見先輩のクラス担任は森岡先生だ。あの先生は五十音順で数名の区分を作って週ごとに掃除当番を回していく。

「つまり、図書室に涼を取りに行った先輩は上着を脱いだ状態で白峰にあった」

故に、白峰は学年がわからなかったのだ。しかも放課後に暇な生徒は部活に入っていない。と判断した。だから呼びかけた。木曜日は休みの部活が少ない。俺もその日図書室を利用したが空いていたことは記憶にある。その場には立ち会っていなかったが。

「──こんなもんでどうですかね。今新聞部にいるであろう白峰をとっ捕まえて来ればきっと吐いてくれますよ。もっと明細な情報を」

俺は岩見先輩の顔を窺う。この先輩は顔立ちが整っている。部活に入ってくださいと言おうとしてうっかり近くの本を薦めて立ち去ってしまうほど。

「お見事です。やはり冬子に聞いていた通り勘が鋭い副部長ですね」

パチパチと控えめに手を叩く岩見先輩、続いて七海、小野は飽きたのか頬杖をついて週間漫画雑誌を読み耽っていた。

「実はお名前は聞いていたんです。ですが図ってみたかったんです。冬子がよく話すので」

「そうですか。」

嬉しいのかどうなのかわからない。恥ずかしいところは隠しておいてほしい。

「中国史研究部、きっと設立は難しいでしょうね。新聞部部長が勧誘してましたけど」

現在部員三名。部活新設には四名必要だ。もう同級生は大体部活に入っているか帰宅部で落ち着いてしまっている。文芸部のような奇跡が起きなければ難しいだろうな。

「──私、入りますよ。中国史研究部」

「ええーっ!?入るんですか?先輩三年生でしたよね?」

黙りこくっていた七海が驚く。俺も驚きだ。受験勉強の名目で幽霊部員化した部長を見ているからか、この時期に部活に入るのはなんとも…

「私、有名な大学を目指しているわけではないので。まぁ親には色々言われちゃってますけど。あと私、熱意のある方が好みなんです。あの本を薦めてくれた白峰くんは少し面白そうでした」

不敵な笑みを浮かべる。岩見先輩。それは恋愛的な好きなのか、溺れるネズミを観察するような加虐趣味からくるようなものなのか。

「では、新聞部さんに行ってきますね。解明ありがとうございました」

岩見先輩が長い髪を翻して歩いていく。小野はすっかり見とれてしまったようで「俺、中国紙に興味が出てきたよ…」なんてのたまっている。

「奇遇だな。俺もだ」

冗談に乗ってやる。二人して先輩に見惚れて移籍することがあれば一日中部長に絞られることになるだろうな。やれやれ。

「小野さん。それ面白いですか?」

「あっ、ああ面白いよ。後で貸すから!近いから!」

これじゃあ無理だろ。中研に入り岩見先輩の後を追うどころか、彼女を作るなんて…。

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