第2話 恐怖!走る麻雀卓
「部長。俺です。蘆月です。今日入部希望者が一名きました」
電話先で『やりましたね。遼太郎くん』と感心する声がする。受験勉強が大変やらなんやらと俺には想像したくないことを語られ、お前も一年後こうなるのだと圧力をかけられた。
「こうして長電話していると勉強の邪魔ですよね。それでは」
うっかり図書室長電話事件のことを話しそびれたが、まぁ大丈夫だろう。岩見先輩の方が先に話していてもおかしくない。
黙った子機を元に戻し、情報の整理を始めることにした。
・四月十五日午後五時ごろ
・平均的な体つき。メガネとか外見的個性は目立ったもの
・中国史の本を薦めてきた。
今わかっているのはこれくらいか。本当に何も手がかりがない。今重要なのは誰がやったか?ではその側面から考える。推理には三つの要素が存在する。誰がやったか?どのようにしてやったか?なぜやったか?だ。
「難しい…」
俺は結局憶測も含めて辻褄が合うように考察していくことにした。
文芸部部室の鍵は貸し出し中。考えられる犯人は二名。ホワイダニットに注目すれば、常にぼっちめしを食うであろうヒラ部員Oが浮かび上がる。
「あれ、珍しいね。ここに来るとは」
部室には案の定部員Oがいた。小野光義。浅く広い交友関係を持つ男。なんでも浅い関係の友達が多すぎて昼飯を食う時の沈黙に耐えられないそうだ。中学時代にバスケをやっていたらしく、無駄に背が高い。文学に無縁そうなやつだが、ノベルゲームが好きらしい。文学に形はいらない。と言うのがこいつの謳い文句だ。
「ああ、そういえば部員入ったぞ」
「女の子?」
彼女募集中!と言うプラカードを持ちオアシスを求めるが如く恋の砂漠を這いずり回る独り身残念男子高校生はそれが気がかりらしい。
「こんにちは〜!」
「紹介しよう。我らが文芸部を廃部の危機から救った七海沙羅さんだ」
小野は呆気に取られていた。口をOの形に開けたまま。
「よ、よろしくお願いします!」
元気よく頭を下げる七海。頭を下げるほどこの部にこいつは貢献していない。
「お、
めんどくさい女みたいだなこいつ。ツンデレ男(需要なし)を前にドン引きしたりしない七海は完成されている。ありがたい。これならすぐに人見知り小野でも打ち解けられるだろう。
「じゃ、仮説の交換会するぞ」
「はい。わかりました!では私からいきますね」
七海は桃色のクリアファイルからA4紙を取り出して話し始める。
「まず、中国史を薦めてきた男子生徒を男子生徒Aとします。男子生徒Aは極度の中国史好きで図書館で人を見つけるたびに中国史の本を薦めてきました。ですが、皆さんに断られ続け、やっと話を聞いてくれたのがおっとり系お姉さんの岩見さんだったのです…」
抑揚やら身振り手振りやらをつけて七海がわちゃわちゃ話す。小野もいつの間にか机について聞き入っていた。
「どうやってその男子生徒Aを見つけるんだ?」
「男子生徒Aは今日も中国史を共に勉強してくれる友人を求め、歩み続けるのです…」
つまり図書室で張っていれば捕まる、と。中国史の沼に引き摺り込む男子生徒どこの都市伝説だそれは。
「却下だ。」
「えぇー!どうしてですか?」
当然のことだがこの案は却下だ。どうにも薄すぎる。しかし動機はそれであっている気がする。
「なぜかというと、俺はそんな奴に話しかけられた事はない。ほぼ毎日図書室に入り浸っている。四月十五日もいたはずだ。その現場には立ち会っていなかったが」
「遼太郎はすぐ図書室の端っこで小さくなってるもんなあ」
うるせえ。しかし俺の意見もそこまでよくない。ただわからない部分が何かを示しただけだ。
しおしおとA4紙をファイルに戻し、七海が席に着く。
「それでは蘆月先輩お願い致します…」
「まず動機から、これは七海の言った通り中国史関連で仲間が欲しいと思っていた。共通の趣味感覚で。異性に話しかけていることでナンパの可能性もないわけじゃないが、そこから音沙汰なしの時点で考えにくい。大事なのは“見つける“ではなく“作る“に向いたことだ。共通の趣味を持つものを探すのではなく作ろうとした。つまり見つからなかった。と考える」
ほうほう…と事件を知らない小野は七海にもらった事件内容をチェックしつつ頷いていた。
「そして、どのようにして、だが本を薦めることは目的ではなく方法だ。さっきも言った通り。つまりそこの先を目的としている。」
「そして…その答えは」
「わからない」
「「ええ」」
小野、七海が同時に零す。わからないだろう何がしたいかなんて、中国史オフ会でもしたいのか?インターネットでも使ってやればいいじゃないか。ハードルは高いが。
「今の時点でも結構わかってきた事はある。あとは岩見さんがポロッと新しい情報を滑らせないか今日の放課後に」
「面白そうだから今日は俺も参加するぜ」
「来なくていいぞ、幽霊部員」
そんなこと言うなよー、と喚いている小野を背に教室へ戻ろうとしたところ、外からキャスターのガラガラ転がる音と、それを追いかける足音が聞こえた。
「一体何やってんだありゃ」
ドアの先には車輪付きの机を押す二人の男子生徒、をメモ帳片手に追う男。がいた。
小野も七海も俺も状況が全くわからないため、部室入口で硬直してしまっていた。
「また逃げられたか…」
がっくりと肩を落とす男は、息を紡ぎながらメモ帳に何やら書き込んでいた。男のことは何度か目にしたことがある。確か、新聞部の副部長だったっけ?
「あれなんですか?」
と小野。確かに気になる。机は机だった。下においているのは台車か?判断する限り台車の上に机を固定していた。そして机の上には緑の布。
「ああ、これだよ」
男は麻雀牌を俺たちに差し出した。「中」の文字が刻まれた牌と九索。
「四月の二週間目くらいから学校で目撃情報が出ているんだ。動く麻雀卓が。奴らは常に三人で麻雀をしていてね。周りに観戦者がいるのにも関わらず常に三人。そして逃げる時には牌を二つ投げて逃げる。どれだけ牌を持っているんだろうね」
メガネをクイっと上げてメモ帳を見る。「三年の新聞部部長さんだよ」「そういえば見たことがあります」なんて後ろでは小野と七海が話している。本当にすぐ馴染めてよかった。
俺たちに見せられたメモ帳にはこう書いてあった。
・四月十二日 昼休み三階 物理準備室前 牌「北」「一筒」
・四月十三日 放課後二階 階段裏 牌「發」「三索」
・四月十四日 昼休み四階 地学準備室前 「南」「九萬」
・四月十五日 発見できず
・十六日 〃
・十九日 〃
メモを戻して新聞部部長は話を続けた。
「何日も見えなかったのにこれだよ。しかも毎回二つの牌がばら撒かれて。観衆も当然のように集まる。一度捕まえて話を聞いてみたが何も言ってはくれなかったよ。いやしかし、今日はやけに観衆が少なかったな」
またもがっくりと肩を下ろす。つまりはこの謎を解明して新聞のネタにしたいってわけだな。俺たちには無関係だが、突っ込んでこまれて怪我でもしたら困る。重そうだしな。
「じゃあ頑張ってくださいね。この謎私も気になりますし」
「あ、ああ…ぜひ心待ちにしておいてくれたまえ」
キャラを作ったように格好つける新聞部部長を横目に俺は教室へ踵を返した。小野もついてくる。
「今のメモから何かわかったか?遼太郎、麻雀好きだったよな」
覗き込むな。長身がうざったい。俺にあんなことがわかるか。まず数が次の階層とあってない。直接的に表して三や一ならわかるが、九が出た時点で法則性が掴めない。字牌と一緒に置かれていることからなんらか法則はある。観衆にも次の位置を教えるための暗号だろう。
「まぁ、後で号外として出てくる新聞を待つか」
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