鈴見台文芸部の事件簿

金澤政行

第1話 推薦人を探せ

『で、どうなんですか?新入部員は入りましたか?』

もう四月の第三週です、このままなす術なく廃部なんて許しませんからね。と向こう側から忠告する声が聞こえる。そろそろ部活に来てくれませんか。部長。 

『いえ、先輩と私に頼りっきりだった前回の文化祭を忘れてしまいましたか?』

忘れやしませんとも。受験生の元部長に数万字も書かせてしまったことを俺は忘れません。

『それなら部員をどうにかして一人見つけてきてくださいね』

「わかりました」

『期待していますよ。蘆月あしつき副部長』

電話がプツッときれて、俺は頭を抱えた。部長が勧誘すれば一撃だというのに。


薔薇色の高校生活。帰宅部として過ごせばなんら面倒のない退屈で平和な日々を送ることができるだろう。しかし、退屈を嫌うものは少なからず存在する。例えば、快音響かせる野球部。外周を走り続けるサッカー部一年。こいつらは灰色の暇で退屈な生活を嫌いここにいるのだ。そして俺もその一人。職員室から借りてきた鍵を差し込み、文芸部部室のドアを開けた。ドアは俺を押し返す断固拒否といった感じだ。

 もう一度鍵をさす。するとドアは先ほどまでと違いカラカラと横に滑った。開けっぱなしだったのか…?俺。

「あの、こんにちは」

「?」

文芸部部室の備品、体育館から二軍落ちしたパイプ椅子に座っていたのは小さな女子生徒だった。背丈は俺より少し低いくらい。駅で誰かしらの目を引いていそうな可憐な子で、髪は肩くらいまで伸ばしている。俺が低身長なのもあって身長に関しては少し劣等感を抱く。

「部活動見学にきました。ここは文芸部部室でしたよね」

「ええ、まあ」

奴の手元には俺と同じ部室の鍵。わざわざ顧問に借りなければいけかった理由はこれか。

この女子生徒はこの時期で言うと部活動見学の一年だろうか。二年から部活に入るとも思えない。俺は机の反対側に座る。部室は通常の教室の半分より小さい縦長の部屋だ。長机が二つ中央に陣取り、側近にパイプ椅子が鎮座する。なんとも捻りのない部室だ。今すぐ他の部に開け渡せと言われても一日で対応できてしまう。

「え、と俺は蘆月遼太郎あしつきりょうたろう。二年。ここの副部長です。あんまり固くなる必要はないからね、文系の部に、特にここに上下関係はない、と思う」

「ご丁寧にありがとうございます」と、礼をしてから女子生徒が続く。

「私は七海沙羅と言います。一年です。入学式の後体調を崩してしまいまして、部活は早く見にこようと思っていたのですが中途半端な時期になってすいません」

なるほど。桜が鮮やかに舞う中部活動の勧誘やら見学をやるのはここの恒例行事だが、大体が緑に染まっている中来訪したのはそのためか。

「部活見学第一号なのでいつでも大丈夫。今年はいないもんかと思って困ってた所なんだ」

ホッとした。今年入部員がいなければ本当に廃部だった。俺含め部員は三名。三年生が一人、二年が二人だ。まだ入ってくれると決まった訳ではない。ここからが勝負だ。

「じゃあ、部活内容の説明から。イベントのない平日は図書室に篭るか、部室にいる。基本的に毎日開けるから退屈を感じたら来ればいい。そして、文化祭。鈴見祭は2日目文化部が中心となってクラスの出し物と一緒に何かやるんだけど…」

去年の文集を取り出す。いつ無くしたのかわからないが、十四号から下のバックナンバーは見当たらない。今あるのは十五〜十七の三冊のみ。

「これ、文芸部文集を出します。俺ともう一人の二年は文才が全くと言っていいほどない。今まで三年生の部長に任せっきりで文集というよりは個人の本だった。まだ三年生は在籍しているし興味があれば。と言う感じかな」

ちらっと七海さんの顔を窺うが端正な表情は崩れない。バックナンバーに黙々と目を通している。

「こんな感じ…で、どうかな」

七海さんは両拳をグッと胸の前で握り、まんまるな目を輝かせていった。

「はい!文集に載せられるような作品作りやってみたいです!」

顔とか一本筋が通った姿勢からは想像できなかったがこいつはクール系じゃなくて明るいタイプなのか。

「ありがとう。」

その返事が出た時点でもう一軍なのだよ。七海さん。

「まず、小説を書くためにはたくさんの本を読み込む必要がある。ないかもしれないけど。と言うことで今日の活動は図書室で本を読む」

七海さんの鍵を預かって部室を後にする。図書室は部室のすぐ近くだ。文芸部部室の横、自習室を挟んで奥にあるのが図書室だ。蔵書は何冊だったかわからないが俺の好きなミステリ系が多く置いてあるので重宝している。

 重いドアを押して、中に入る。この鈍重さが気に入っている。鈴見台の図書室は特殊だ。図書室の中に階段があり、ここは三階なのだが四階のスペースにも手を出している。図書室、と言うより図書館と表現する方が適しているかもしれない。

「ここは初めて?」

「いえ、入学式の後にすぐ。ここに一目惚れして受験したもので」

恥ずかしそうに俯き加減で俺にいう七海は先ほどよりも大きな歩幅で歴史小説コーナーに歩みを進めていった。これは期待できる。そういえば俺も描いていた頃がある。知らないうちに挫折してやめてしまった。しかし小説を書くために続けていた読書の習慣はすっかり染み付いている。

 今日は途中まで読んで止めていた本を読もう。返すのを忘れてしまうので借りることはしない。七海のようなタイプは珍しく、図書館を利用する生徒は全校生徒の割合にすると少ない。

「──あの、すいません」

「はい?」

本棚に手を伸ばしているところに、声がかかった。図書館らしく抑えられた声だ。横に立っていたのは七海ではないメガネをかけた女子生徒だった。

「何か御用でしょうか?」

恐る恐る聞いてみる。話しかけてきておいて緊張しているのか話し始めようとしない。場所を気にしているのだろうか。女子生徒の手元には難しそうな中国史の本が一冊。

「この本を貸してくれた方を探しているんです」

俺にとってねじれの位置にいるような問題が急に飛び出してきた。探している?本を貸してくれた人って、貸してくれたやつは図書室じゃないか。

「図書委員の当番表ならあっちに」

「い、いえ違うんです。正確に言うと本を紹介してくださった方なのですが」

ここでは説明がしずらい。と思ったのか場所を変えませんか?と言い始めた。もちろん反故にする気はないけれど、ここまで話を強引に進められては困る。

「蘆月くんならこの難事件でも華麗に解決してくださると思って」

ふふ、と上品な笑みをこぼす女子生徒…なぜ俺のことを知っているんだ。

「冬子からよく聞いていますよ、推理小説がお好きなんですよね?」

「文芸部部室で話しましょう。下校時間までは一時間くらいあります」

部長を知っているのであれば気を使う必要もない。見知らぬ生徒の人探しの責任を取るわけにもいかないが、どうにもならなかったら部長に泣きつこう。きっと許してくれる…はず。

「なな、み…」

七海は俺の後ろにいた。いつから聞いていたんだ。事情は知っていそうだし移動するか。

「じゃあ、そう言うことで」

俺たちは文芸部部室にその女子生徒を連れて行くことにした。その道中、七海が俺にいった。

「三年生のお友達がいらっしゃるんですか?しかも女性の」

「話し方から友達なんて関係じゃないってわかるだろ部長のだよ…しかし、どうして三年生だとわかったんだ?」

部長の友達だし三年で俺も確定だと思っていたけれど。

「あ、リボンです。胸元の」

七海は自分のリボンを指差した。「この学校じゃ制服着崩す先輩多いですし見えない人もいますけど。あの先輩は着崩してはいますけどリボンは見える方なんですね」

と感心している。確かに注意してみたことはなかった。七海のは青色で、先輩のは緑色だ。いやしかし、注目しないと見えないだろ。俺には随分激しくアレンジしていると思うのだ。部長がリボンつけてるのみたことあったっけな。文芸部部室入口の奥には新入部員募集中のビラが何枚も貼ってある。部活を新しく設立することもできるのか。

「どうぞおかけになって」

と七海が呼びかける。適応能力が高いらしい。きっとクラスにもすぐに馴染めたろうな。

俺と七海と反対側に先輩はすわる。名を岩見祥子というらしい。

「えっと、先週のことなんですが──」


「──ということがあって」

なるほど。岩見先輩の話をまとめるとこうだ。

四月十五日の放課後。特に当てもなく図書室にきた所、いきなり男子生徒に話しかけられた。優しそうなやつだったので、話に乗ってやったところ。文脈からは想像もつかなかった中国史の本を薦められたそうだ。その分野は全く詳しくなく、「感想なんてうまく言えませんが」と言ってみたが男子生徒はその後立ち去ったそうだ。手がかりはそれだけ。

「学年とかはわからないんですか?名前とか」

「聞きそびれてしまいまして、とても面白い本だったのでお礼を言いたいのですが」

と申し訳なさそうに、いや愉快だと言いたげな彼女に、俺は聞いた。

「覚えている範囲でいいのですが、その男子生徒は本を借りていきましたか?」

借りていったのであれば時間帯から男子生徒の名前が炙り出せるはずだ。名前が出た後は候補を一人ずつ岩見先輩の眼鏡にかけていくだけ。

「いえ、その後すぐに出ていってしまって」

唇に人差し指をおいて考えるようなアクションを起こしたが、手がかりはなし。

「そうですか」

手がかりが少なすぎる。が答えを出せないほど難しい問題と決まった訳ではない。しかしながら二つ返事で受けると言っても、ここは文芸部だし。

「少し整理したいので、明日もここまできていただいていいですか?」

七海が前のめりになりながら言う。そんなに机に体重をかけると壊れかねないのでやめてほしい。軽そうではあるがここの机はアンティーク品なのだ。

「ええ、申し訳ありません。ご迷惑をお掛けして」

してやったり、の笑顔かそれは。凪のように、可憐に先輩は微笑んだ。

「いえ、この謎必ず解決して見せます!」

「ふふ、頼もしい探偵さんですね」

七海は探偵部にでもなった気分だ。このしたたかな依頼人は賑やかな七海を眺めた。まぁ、全く目星がつかない状況でもない。

 岩見先輩を帰した後。俺と七海は紙にこのことを書いて整理し始めた。

「受けちゃいましたね〜」

七海によって無理やり話を聞くことになったが、退屈を紛らわすにはいい。一学年約三百五十人の中から一人を見つけ出す。うん。すごく難しいだろう。

「今日はもう遅い。一旦持ち帰って仮説を立ててこよう。明日の昼休みに部室に集合な」

「わかりました。」

今日のところはここで解散。定期テストが近いわけでもないし、家に帰ってどっかり考えてみるかね。

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