第7話 困惑令嬢
「..........」
「..........」
無言で見つめ合うリリスと第一王子。端から見たら何事かと思う仏頂面で、二人は微動だにせず廊下のど真中に立っていた。
それに乾いた笑みを浮かべ、護衛達が話を促すように呟く。地味にニヤニヤして見えるのは気のせいだろうか。
「王子ぃ。ちゃんと言葉にしないと」
「いつもの饒舌な社交辞令はどこにやったんですか?」
「社交辞令じゃないから言葉に詰まっておられるのだろう? 察してさしあげろ」
「「違いない」」
ほんっっっと、喧し過ぎるよ? お前達っ!
相も変わらずスカスカボロボロな衣しか持ち合わせていない護衛どもを心の中で毒づき、力が抜けたのか、王太子はリリスに柔らかく話しかけた。
「あ~、婚約の話しは聞いたよ。おめでとう」
「.....ありがとう存じます」
棒読みな祝辞に、リリスも礼儀通りでしかないカーテシーを返し訝しげに王太子を見上げる。
いったい何なのかしら? いきなり仏頂面で人のこと呼び止めて。
眼どころか顔全面で不満を物語るリリスに、思わず込み上げる笑いを、王太子は喉の奥で必死で噛み殺した。
いや、ほんと。見てて飽きない御令嬢だね。
コロコロ変わる表情に内面を真っ直ぐ伝える大きな瞳。裏表も全くなく貴族としては落第のファニーフェイス。
だがその素直さが心地好い。気を張らず己を偽らず、自然体で過ごせる時間のなんと贅沢なことか。
騙し騙され利用価値のみを推し量る上流階級で、この少女は酷く異質だった。
こんなに無垢で純粋培養な御令嬢を王太子は放っておけない。野放しにしてはならないと本気で思う。
なので、疫病を防いでくれた御礼もかね、正妃は無理でも側妃として守り愛おしむつもりで社交界デビューの衣装を贈った。衣装を贈った責任は取るつもりだった。
王族からドレスを贈られたとあれば、大抵の貴族は分をわきまえ、彼女に手を出そうとはしないだろう。そういった思惑込みの贈り物だった。
.....なのに、まさかの事態である。リリスが男爵家の跡取りとして申請されたあげく、婚約の許可まで申し出されるとは。マグダレナ男爵家には上に二人の男子がいるのにだ。
なぜか彼等を差し置いて跡取りとされたリリス。それに不満もないらしい彼女の兄達。
やはり謎の多い家である。王家の知らぬ何かがあるようだ。
彼の言葉の意図を察せず、疑問符全開なリリスに苦笑し、王太子は残念そうに眼を細める。
「社交界デビューも婚約者殿のエスコートで? 出来れば、私がしたかったのだけど、駄目なのかな?」
「いっ?」
思わぬ言葉に眼を見張り、リリスは巡りの悪い頭を必死に動かした。
これも社交辞令? えーっと? 婚約は申請段階で、まだ許可は貰ってないし? あーっ、もーっ、どう答えたら良いのかしらっ?!
うーっと百面相する御令嬢。それを目の前にし、無言で生ぬるい笑みをはき、とめどなく込み上げる笑いを噛み殺し続ける王太子。
そんな彼の背後では、声には出さないものの、盛大に肩を揺らして笑う護衛一同がいた。
こっちが堪えているってのに、お前らは.....
「.....そなたら、後で護衛の心得集中講座三時間な。侍従長に申し付けておくゆえ」
冷ややかな声音で誰にともなく呟かれた言葉に、護衛達は顔色を失う。
王太子の侍従長といえば元騎士団長で音に聞こえた剛の者。不幸な事故で引退はしたが、持ち前の忠誠心と根性で侍従長へと華麗な転身を遂げた人物である。
元々名家の出である彼にとって、細やかな機微を必要とする上流階級は御手の物。今では王宮随一の従者として有名だ。
しかし、その中身は生粋の騎士。彼の教育も超体育会系。そんな彼の集中講座など、どんなモノなのか推して知るべし。
ざーっと血の気を下げる護衛騎士達に溜飲を下ろし、王太子は困り顔のリリスを見つめた。
この姿も眺めていて可愛らしいが、話が進まないのも困る。油断するとまろびそうになる笑いを抑え込み、つとめて静かに王太子は言葉を紡いだ。
「困らせたいわけではないのだ。まだ内輪の決定であろう? 正式な婚約者でもないのだから、私がエスコートしてもかまわないのではないかな?」
にっこり優美に笑う王太子。万人を騙くらかす爽やかな笑みだが、リリスにとっては胡散臭いことこの上ない。
なぜなら、彼女は悪夢を通じて相手の素顔を見破れるから。どんなに優しげな体面を繕っていようと、悪夢は偽れない。
好好爺な顔をした紳士からへし折ったフラグには、浮気で出来た隠し子を孤児院に捨て、成長した隠し子に復讐される未来が潜んでいた。
か弱げな御婦人に生えていたフラグには、夫人に虐げられていた嫁が夫である息子と口論になり、実家へと逃げ帰られ、激怒した嫁の実家から支援を打ち切られる夢だった。
もちろん、その結果、御婦人の家は没落した。
そんなこんなで人様の悪夢は人生の砂漠模様。そんなモノを糧としてきたリリスは、最近、王子達の悪夢ばかり食べていたため、大まかに彼等の人となりを理解している。
兄を蹴落とすために、疫病を流行らせて民を犠牲にしようとした弟王子。
自分を籠絡しようとする女どもに翻弄され、辟易し、女性蔑視も甚だしい王太子。
まあ王太子にかんしては、御愁傷様としかいえない背景があるが、それをかんがみると、こうしてリリスに甘いことを囁く姿にバリバリな違和感を覚える。
何かしらの企みがあるとしか思えない。下手にのったら大火傷間違いなしだと、己を戒めるリリス。
なまじ人の思考や行動が筒抜けであるがため、穿った先読みばかりをしてしまう少女。
彼女の見た悪夢の姿も、たしかにその人物の一面だろう。
だがしかし、隠し子に復讐される予定だった老人は、隠し子を預けた教会に多額の寄進をして支援を惜しんでいなかった。
我が子はもちろん、他の孤児達のためにも、進んで慈善に力を入れていたのだ。
悪夢は人の一面に過ぎない。それを知るには、まだまだ人生経験の足りないリリスである。
清濁併せ持つからこその複雑な人間模様を理解出来ないまま、彼女は王子達にも辛辣な評価をつけていた。
.....私じゃ無理だわ。御兄様達に相談案件ね。
ふうっと溜め息をつき、問題を家族に丸投げすべくリリスは口を開いた。
「わたくしの一存では何とも..... 御父様に相談したく存じます」
「良かろう。男爵の許しがあれば、私の手を取るね?」
「は? それは、まあ.....」
一応の形式は整った婚約だ。許可が降りておらずとも、近い者らに周知はされている。父男爵が婚約者以外のエスコートを許すはずはない。
なので、曖昧な答えを口にするリリス。当たり障りない返答に頷き、王太子は廊下を後にした。
やれやれと肩を竦めたリリスだが、後に彼女は、この時きっぱり断っておくのだったと後悔するはめに陥る。
なんでこうなるのですかぁぁーっ!
心の中でだけ絶叫するリリス。
「私のエスコートに不満でも?」
満面の笑みで優美に設えられた手を差し出す王太子。
報せを受けて駆けつけた婚約者殿も交え、舞踏会当日のマグダレナ男爵家の人々は、どこかで高らかなゴングが鳴り響いたような気がした。
それは神の悪戯か、悪魔の微笑みか。
今は誰も知らない。
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