第5話 補食(され?)令嬢

「..........」




「.....申し訳ありません」


「何をしたのかな? リリス」


 社交界デビューの行われる新年舞踏会。それに合わせて話を詰めていたマグダレナ男爵家に、大きな包みが届いた。

 送り主は、エドアルト王子殿下。ここにきて、リリスは初めて兄王子の名前を知る。


 そして箱を開けてみると、中身はドレス一式。白に薄い朱の差し色や銀の刺繍が美しい見事なドレスに、真珠と水晶を主体にしたティアラとアクセサリー。靴まで隙なく揃えられた一式に、男爵一家は唖然とする。

 さらに間の悪いことに、たまたま来ていたガゼルも、それが届いたことを知ってしまった。

 思わず謝罪を呟くリリスに、家族から胡乱げな眼が向けられる。

 お見合い云々で、すっかり兄王子とした会話を忘れ去っていた。

 所在なげに立つリリスへ、ガゼルが近寄ってくる。


「これは一体どういうことなのでしょう?」


 訝しげに首を傾げたガゼルの髪が、さらりと肩から滑り落ちた。如何にも不思議そうな眼差しの彼を一瞥し、父男爵は娘を見つめる。


「皆目見当もつきません..... リリス?」


「その..... 兄王子殿下からだと思います。例の疫病の薬に御礼がしたいと申されておりました。それで、社交界デビューのドレスを贈らせてほしいと。.....御父様に相談してからと御返事はしたのですが」


「なんともはや.....」


 とつとつと話す娘の言葉に、男爵は頭を抱えた。兄らも複雑そうな顔で届いたドレスを凝視している。


 仕事が早すぎるのではなくて? まだランカスター侯爵家との婚約式も行われてないのに。.....困ったわ。


 三ヶ月後の新年舞踏会に合わせ、来月に婚約式を行う予定であったのだ。その前にドレスの発注も済ませておくつもりだったのに、この有り様である。

 婚約が決まったのだって、ほんの数日前。全てがこれからという時だった。


 困惑気味な男爵一家は、それを見るガゼルの瞳に仄かにたちのぼった昏い光に気づかない。微かに口角を上げてドレスを睨み付けるガゼル。


「少し..... 行きすぎておられると存じますね。王子殿下は。でも、これを返すわけにもまいりますまい。.....わたくしから贈りたくはありましたが、今回は王子殿下に御譲りいたします」


 やや苦笑するガゼルに、男爵一家は平身低頭。リリスにいたっては、いたたまれず、ここから逃げ出したい気分である。


 んっもーぅぅっ! 何してくれてんのよっ、あの王子はぁぁっっ!!


 御飯のタネなので無下にも出来ないが、リリスは異常に行動の早い兄王子を頭の中だけで毒づいていた。


「お気になさらず。王族からとあれば、我が侯爵家とて、どうにもなりません。そのかわり、婚約式のドレスやアクセサリーは、わたくしから贈らせてくださいね」


 ガゼルはそっとリリスの手を取ると、ソファーへエスコートし座らせる。その柔らかな仕草に、リリスは眼を奪われた。

 男性とは思えない綺麗な所作だ。学園でしか作法を習っていないリリスには、到底、真似出来ない。


「疫病の話は知っております。表向きには王家が騒ぎを収めたとありますが、実は男爵令嬢の情報から特効薬が発見されたのだとか」


「え.....と。畏れ入ります?」


 .....何故に疑問系か。


 チラチラと家族に視線で助けを求めつつ辿々しく会話するリリスに、絶望的な顔をしながら、父親や兄達が頷いたり、顎を小さく振ったりした。

 社交にも出ていなかった真っ新な娘だ。上手く受け答えも出来ず、しきりに眼を動かしている。

 それに気づいたガゼルが、ふくりとした薄い笑みを深めた。


「良いのですよ、ゆっくりで。貴族の機微などは、これから学ばれれば良いのです。今は素直な言葉で、わたくしと御話ししてくださいませ」


 不味い部分があれば、教えますと人好きする笑顔で答えてくれるガゼル。それに安堵の溜め息をもらし、リリスは疫病と薬の話をする。


「わたくしは本を流し読み? しただけなのです。似てると思い、御父様に相談して..... 御父様が王宮に報告? いたしましたの。だから、本当に王宮が主導? して、事に当たったのですわ」


 途中、途中、つっかえつつも、無難に答えたリリス。それに胸を撫で下ろして頷く男爵と兄達。

 話を聞いて鷹揚に頷いていたガゼルに握られた手から、少しずつ熱が伝わってくるのにリリスは気づいた。


 指先から流れ込む不気味な違和感。


 えっ? と、思わず手を離そうとしたリリスだが、逆に強く握り込まれる。


「.....その本は、わたくしも知っております。隣国の特殊な植物の載っている本です。そう、薬草にもなり、毒草にもなる.....ね」


 握られた手から伝わる熱が徐々に熱くなってきた。


 これって..... なに?


 じわりと広がる不可思議な熱がリリスの身体を掻き回す。悪夢を食べたときのような疼きが彼女の全身を這い回った。

 おぞける彼女を余所に、ガゼルは淡々と話を進めていく。


「あの本を読まれた意図は? あれに興味を持つのは医療関係者か .....魔術師か錬金術師くらいしかいないと思うのですが?」


「ひっ?!」


 腹の奥をぞわりと撫で回す何かに驚き、リリスの喉から小さな悲鳴が上がった。

 それを聞いた男爵と兄達が思わずリリスに駆け寄るが、途端に握りしめていた手を離し、ガゼルは優美な笑みを浮かべる。


「.....これを感じられるという事は、あなたは魔力をお持ちなのですね」


「.....わたくしが? 魔力?」


 未だに粟立つ身体を抱きしめて、リリスは眉を寄せた。だが、ガゼルの言葉を耳にした家族は、驚愕に眼を見張る。その疑問は男爵の口を突いた。


「それを御存じということは..... ガゼル様も魔力持ちか?」


「秘匿されておりますが」


 にっと意味深に笑うガゼル。


 リリスも知識としては知っていた。王族や高位貴族には、稀に魔法の使える者が生まれると。

 四大聖霊のいずれかから愛された者にのみ与えられる魔力。それぞれ一属性に特化したモノだ。

 まあ、大して役にたつモノでもないが、中には飛び抜けて強大な魔法が使える者もいるらしい。


 生まれるのは一万人に一人くらいで、一世代にほんの数人いるかどうか。なので、魔力を保持した者は優遇され、多大な恩恵を国から受けられる。


 今代は兄王子と他数名の高位貴族達のみだと聞いた。だから兄王子が王太子に一番近い王子なのだとも。


「秘匿? 何故ですか? 魔力持ちなど、とんでもないステータスなはずです。名誉なことでしょう?」


 男爵の言葉に、ガゼルは少し俯く。


「婿入りすれば家族です。御話しいたします。わたくしの魔力は雷なのです」


 ガゼルの呟きに、リリス以外の家族が、ひゅっと息を呑んだ。


 聞けば、聖霊の祝福とも呼ばれる魔力は、大抵四大元素の魔力のみ。焔、水、風、土のどれかで、ほぼ他はない。

 だが本当に極稀に、複数の聖霊から祝福を受ける者もいた。そういった者に発現するのが複合魔力だ。

 雷や氷など、通常では使えない魔法を所持する。そして例外なく強大な魔力を持つのである。

 衝撃の事実に呆然とする男爵らを見渡し、ガゼルは溜め息をつくかのように説明をした。


「.....王子殿下が魔力持ちであられるのに、それ以上の魔力を持つ者が存在するのは言語道断。無条件で抹殺されるでしょう。ゆえに秘匿されてまいりました」


 つまり、王家に睨まれぬよう隠して生きてきたと言うことか。


「侯爵様は御存じで?」


「知っております。なので、わたくしを侯爵家から出してしまいたいのです。出来れば縁を切りたいといったところでしょうか」


 通常ならば歓呼で迎えるべき事象だが、王家の顰蹙を買いかねない状況なため、厄介払いしたいのだ。

 同じような高位貴族には、魔力は持たないものの、それを感じる素養を持つものが多く、婚姻にも細心の注意を払っていたらしい。

 触れれば魔力持ちなのがバレてしまう。そのため、ガゼルはなかなか相手を決められなかったのだ。


「.....まさかとは思いましたが、やはりでしたね。わたくしの魔力を受け止められるということは、リリス嬢も魔力持ちなはず。あの本を御存じと知り、ひょっとしてとは思っておりましたが」


 淡い笑みで微笑むガゼルに、男爵一家は何とも言えない顔をする。

 ある意味、間違ってはいない。リリスは妖馬の血を受け継いだ淫魔なのだ。夢を操る力は魔力と言って差し支えない。

 隠された魔力持ちの青年と、隠された異能持ちの娘。不可思議な縁だが、似合いかもしれないと、複雑そうな顔を見合わせる男爵一家。

 ただ一人、リリスのみ、意味が分からず眼をキョロキョロとさせていた。


 何の話? 説明プリーズぅぅっ!!


 少し後に説明を受けて、思わず絶句するリリス。


「わたくしの事情は、御話しいたしました。今すぐとは申しません。いずれで宜しいので、リリス嬢が魔力所持を秘匿されている理由もお聞かせくださいね」


 くふりと優しく微笑むガゼルに、リリスは言葉を詰まらせる。たぶん彼は、リリスにも似たような経緯があると思っているのだろう。

 本来なら高位の者らのみの特権とされてきた魔力だ。平民にも近い男爵家の令嬢が持つのはおかしい。

 そういった背景から、ガゼルはリリスに興味津々である。いままでは避けてきた婚姻に食指をしめしたのも、そのためだ。


 最近、学園でも密やかな人気の的となっている、妖しく秘密めいた美しい御令嬢。これに興味をそそられぬ男性がいようや?


 ほくそ笑むガゼルの瞳が猛禽のようにギラつき、視界の中の獲物に舌舐めずりする。


 こうしてにわかな細波を起こしつつ、ガゼルとリリスの婚約が発表された。


 出遅れて歯噛みする兄王子を余所に、新年舞踏会がやってくる。


 差し迫る嵐の予感を、今は誰も知らない。

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