第4話 飽食令嬢


「マグタレナ男爵令嬢」


「はい?」


 学園前の正門。


 馬車が次々と乗り入れれるルーフの片隅を歩いていたリリスは、植え込みから呼び掛けられて足を止めた。

 そこに居たのは図書館に入り浸る王子殿下。未だに名前も知らぬ相手である。


 あああ、また、あんなにフラグを生やして....... とりあえず死に至りそうなモノはないわね、良かった。


 久々に見た感想が本人についてではなくひらめく旗についてなのが、リリスクオリティ。軽く安堵した彼女は、しずしずとカーテシーを取った。


「おはようございます、殿下」


「うん。あー.....、話があるのだが、よいだろうか?」


「...............」


 思わず眼が据わるリリス。


 昨日はハウゼル王子で、今日は兄王子? まさかこちらもエスコートしたいなどという戯れ言を言うわけじゃないわよね?


 馬車の並ぶルーフを歩く御令嬢など極少数だ。馬車で送り迎えのない貧乏貴族。

 それを見越して、ルーフ横の植え込みから声をかけられたのだろう。ここなら木立で遮られ、ルーフからも見えない。

 そんな人目をはばかりたい話の内容などしれている。


 リリスは、ふぅっと溜め息をつき、兄王子を見上げた。


「お話がデビューのエスコートに関する事であれば、御断りいたします」


「え? あ、いや、何故?」


 図星をいきなり突かれて狼狽える兄王子。


 やっぱりか。


 ハウゼル王子といい、この方といい、何をトチ狂っておられるのだろう?


 リリスはハウゼル王子にしたのと同じ答え兄王子にも返した。


「そういうわけですので、どちらともパートナーの話は御遠慮させていただきます。貧乏男爵家には過分なお心遣い、慎んで御辞退申し上げます」


 儀礼を過ぎない一礼を残して、踵を返すリリス。

 だが、ここで諦める王子ではない。


「ならばドレスをっ!」


「はい?」


 怪訝そうに振り返ったリリスの小さな手を握りしめて、兄王子は長い睫毛を伏せ、祈るように自分に額づけた。


「私は貴女の薬で救われたのです。私だけではない、多くの民が救われました。だから、どうしても何か御礼がしたい。エスコートがダメならせめてデビュー用のドレスを一式贈らせていただきたい」


 思わぬ言葉にリリスが眼を見張る。


 王子も流行り病にかかってた?


 そう言えば図書館でハウゼルが言っていた気がする。兄王子が流行り病の視察へ向かったとか何とか。そこで罹患したのだろうか。


 そう考えると無下にも出来ず、リリスは父男爵と相談するとだけ言い残し、今度こそ校舎へと向かって歩いていった。


 彼女の姿が見えなくなったところで、盛大に噴き出した護衛達。


「あっはっはっはっ! 殿下のエスコートを断るとかっ?! 有り得ないっ!」


「殿下だけではないぞ? どうやらハウゼル王子の申し込みも断ったようだ。その場で見学したかった!」


「ふはっ! しかも、ドレスだそうだっ! 婚約者でもないのにそんな事をしたら、あの御令嬢の想像通り、他の御令嬢らの嫉妬に炙られるだろうにっ!! 殿下? これは秘密裏に行わねばなりませんよ?」


 ゲタゲタ笑い転げる護衛一同。歯に衣どころの騒ぎではない。すでに歯茎まで全開のストリップである。

 

 お前ら~~~っ!! 歯を貞操帯でガチガチにしてやろうかっ!!


 明け透けな部下達を下世話な妄想で戒め、王子は贈るドレスの事を考えていた。


 彼女にはどんなデザインが似合うだろう。社交界デビューのドレスは白と決まっている。

 差し色は赤で、金の刺繍を.......... いや、銀の方が慎ましやかで良いか?

 ジュエリーも夜会に相応しく豪奢なモノを.......... こうしてはおれん。


 まだ返事もされていないのに、彼の頭の中は贈り物選びで一杯だった。

 リリス同様踵を返し、王子も校舎へと向かって歩いていく。

 王宮に帰ったら直ぐにでも王妃に相談しようと、王子は有頂天の軽やかな足取りで歩いていった。




「ドレスかぁ.....」


 授業を受けながら、リリスは心の中で嘆息する。

 父親が用意する予定だが、まだ仕立ての話は聞いていない。なるべく質素にというリリスの希望どおり、既に出来上がった既製品を購入して手を加える予定なのだが。


 まさかの贈り物の申し込みである。しかも王族。受け入れたら質素にとはいくまい。


「頭痛い.....」


 今日も生えてる男子生徒らの黄色いフラグをむしりとり、もちゃもちゃと食べる御令嬢を、周囲は不思議そうに見ていた。


 リリスが能力を発現させてからというもの、彼女の周りに醸される不可思議な雰囲気。

 特段美人でもなく、とりたてた器量もないのに、何故か眼が離せない。

 ときおり見せる憂い顔と、ふわりと漂う色香。ふとした時に一瞬、ドキッとするような妖艶さが垣間見え、男子生徒らの心を惹き付けている。

 

 これが恋なのだろうか。


 多くの者が錯覚に陥る現象。俗に言う、魅入られるという奴だ。

 リリス自身は悪夢を食べた時にしか愉悦に溺れないが、夢を食べるという行為は人外の範疇。

 黄色だろうが黒だろうが、フラグをむしゃむしゃしている時のリリスは異性に夢を魅せる妖精状態。

 その妖しげな艶かしさは、本人が意識する事なく、周りを魅了していた。


 これにより、魅せられた男子生徒らから多くのエスコート申し込みが飛び込んできて、嬉しい悲鳴を上げる男爵家である。




「けっこうな御誘いが来たな。良かったよ」


「でも、おかしくはないですか? 正直、我が男爵家には不相応な相手すらおります」


「別に良いだろう? どれも婚約者のおられない男性ばかりだし」


 そう。届いた申し込みは婚約者や恋人のいない貴族男性らのみ。

 リリスの歳が高めなため、学園の生徒達にも婚約者のいる者が多い。余程の恥知らずでもない限り、婚約者を差し置いて別の女性にエスコートなど申し込みはしない。

 万一、そんな慮外者がいたとしても、男爵家の方で御断りである。


 申し込みの手紙をテーブルに広げて吟味する父親と兄達。

 一人一人じっくりと見聞し、話し合う。


「バードナー子爵令息はどうでしょう? 身分的にも釣り合いますし、評判の良い穏やかな方と聞きます」


「それな? ギャンブル癖が玉に瑕って奴な」


「..........却下ですね」


 人は見掛けによらないと、ぶつぶつ呟くリルト。

 

「フィンバル伯爵令息はどうだ? あまり噂の類いは聞かないが、真面目な武人らしい」


「真面目が過ぎて無口な朴念仁」


「堅物で頑固で女性の機微を察せない方らしいですよ?」


「.....まあ、この歳まで独り身な訳だよな」


 件の伯爵令息は二十五歳。この歳というほどではないが、二十歳前後で結婚してしまう貴族の中では目立つ存在だ。


 あーだ、こーだと声を唸らせる家族を見て、リリスは呆れ顔。


「たかがエスコートでしょ? そんなに厳選しなくても.....」


 そんな妹を見て、逆に呆れ返る家族。


「お前.....」


「あ~~、母上がいないから、知らないのかも?」


「教えてなかった気がするな」


「へ?」


 軽く額を押さえた兄らの話によれば、社交界デビューのエスコート相手は婚約者か恋人と相場が決まっているらしい。

 そういった相手がいない場合のみ家族のエスコートが許される。

 つまり、今こうして選んでいるのはリリスの婚姻相手と言う事だ。


 そんな相場、下落してしまえっ!!


「ちょっ!! 待って、待ってっ!! それなら御兄様のどちらかにエスコートを.....っ!」


「「ごめん、彼女いる」」


 ええええーーーっ?!


 これも初耳だった。


 社交界デビューしていないリリスは、夜会にも御茶会にも招待されないため、そちら方面の兄達の動向を知らなかったのだ。


「なら、御父様は?」


「それは構わないが、どちらにしろ、そろそろ決まった婚約者が必要だろう? こうして申し出て下さってるうちに決めた方が良くはないか?」


 リリスは、ぐっと言葉を詰まらせる。

 買い手があるうちが花だぞ? と、暗に匂わせてくる家族達。

 社交界デビューというイベントに名乗りを上げるのだ。そう言った意味を含んだ申し込みに間違いはない。

 

 四面楚歌で、わちゃわちゃするリリスを余所に、婿候補を吟味する男爵一家。


 結局、一番身分の高い侯爵家の三男を、男爵はエスコート相手に選んだ。


「まあ、仕方がない。決まった相手もおらぬし、上位貴族からの申し込みは断れんからな。..........まさか、侯爵家からの手紙が紛れているとは思わなんだが」


 本気なのだろうか?


 侯爵家からの手紙を見つけて、思わず家族全員が度胆を抜かした。

 有り得ない身分差である。何の酔狂か。

 だが、相手が侯爵家ともなれば、他の申し込み相手も納得するだろう。

 リリスは手紙を手にして、その名前を確認した。


 カゼル・ランカスター様。アタシより二つ年上なのね。

 と言うことは、まだ在学中よね。


 侯爵家とはいえ三男ともなれば家を出るしかない。侯爵家が所有する複数の爵位のいずれかを貰って身を立てるか、何処かに婿入りするか。

 婿を探しているマグタレナ家にすれば、好条件の相手である。

 

 まあ、父親や兄に言わせると可もなく不可もない普通の貴族男性らしい。

 まだ学生なので何とも言えないが、学術も武術も及第点。悪くはないと言っていた。

 こうしてマグタレナ男爵はランカスター侯爵家に返事を書き、一度顔合わせをしましょうと、男爵家へ招待する事となる。


 数日後にやってきたガゼルは、にこやかな好男子。釣書を持参して、結婚前提なお付き合いを望みたいと申し込んできた。

 金に近い銀髪で翡翠色の瞳。たしかに特別美男子ではないが、知的な雰囲気を持つ整った顔立ちの青年である。


「エスコートを受けていただき、光栄のいたりです。是非ともリリス様には私と将来を見据えたお付き合いを望みたいと思っています」


「こちらこそ願ってもない事です。ただ、リリスは我が家の跡取りですので、婿入りが前提となりますが、宜しいか?」


 男爵の言葉に一瞬ガゼルは眼を見張ったが、次には風に溶けるかのような艶やかな笑顔を見せ、鷹揚に頷いた。


「もちろんです。婚約の祝いに父から子爵位を賜る予定でしたから。娶るも、婿入りでも構いません。気楽な三男坊ですので、以後よしなに」


 こうして言葉を交わしていても過不足なく良い青年だ。

 安堵に胸を撫で下ろす家族を余所に、リリスは訝しげな眼差しでガゼルを観察する。

 見掛けも身分も文句なく、釣書にも遜色はない。これで、何故、今まで婚約者が見つからなかったのだろうか?


 困惑げなリリスの胸に、微かに蟠る嫌な予感。


 これが大当たりだと彼女が知るのは社交界デビュー予定の新年舞踏会。




「素晴らしいっ!! 君こそが探し求めていた理想の花嫁だっ!!」


 全身を衂れにして満面の笑みを浮かべるガゼルにドン引きする未来を、今のリリスは知らない..........

 

 

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