第7話 大衆は愚かである。
君がもしも幅広く大衆の共感を得たいと希望するならば、君の知る限りもっとも粗雑で馬鹿馬鹿しいことを広く大衆に伝えるべきだ。
アドルフ・ヒトラー
社会運動をした人間は、天狗党のように回天神社に葬られていたとしても、そしりをうける世知辛い世の中である。
と、カンテノームに愚痴っていたら、
「そうかなぁ。僕は、そうは思わないけど」
相変わらずまつ毛が長く、柔らかな表情を見せる。とても人間とは思えない。
まぁ、死体だから当然なんだけど。
「今日は何して遊ぶ?」
「ん。そこにただいて」
「ただいる?それだけでいいの?」
「本当の友達って、いるだけでいいって言うじゃん」
「いつまでごっこ遊びを続けるつもり?」
偉大なるお母さまだった。
わたしの合鍵を持っている母は、こうして突然くることが多い。
育ての母ほど邪魔な人間はいないとわたしは常々思っており、
「誰に向かってしゃべってんのよ。
演技の練習?
まだあきらめていなかったの?
女優になる夢を」
さすがにそれはあきらめた。
仕方なく、カンテノームを「しまう」。今日は2人きりで過ごして日頃の疲れを癒すつもりだったが仕方ない。
偉大なるお母様、ユングで言うところのグレート・マザー、ペニス・マザーである育ての母は「母親は子どもに愛されて当たり前である」というどこかの2時間ドラマで見たような手垢についた論理をどこかで信じきっており、つまり、
「会いたかったわ」
とこれまたソープ・オペラ、和製英語ではトレンディ・ドラマ、日本語に直すと昼ドラというか何というか茶番劇?のようなセリフを吐いた。
そして、この世で一番嫌いなわたしの名前を呼ぶ。言っておくが「あい」じゃないよ。
「まぁ、こんなに散らかして!お皿も出しっぱなしだわ、洗濯物は溜まっているわ、わたしがいないとダメじゃない」
妹たちの助けを借りてようやく家事を回していたあなたに言われたくない、との言葉を飲み込む。
言うが早いが、母は少しずつ洗い物と洗濯をして行く。わたしだって、1人で女子寮にいた時は洗い物も洗濯もしていたんだけどな。長年やっている母だからこなせて当たり前なだけで、わたしだって
「何?これ着ていい?これ欲しい」
言うが早いが、タンス、洋服掛けに手をかけ、ドレスを着こなしてみる。
たしかに母は若い。若いし、わたしなんか比べものにならないぐらいの美人だ。
血がつながってないから当たり前か。わたしはこの人と遺伝子をおそらく4分の1しか共有していないはず。なぜなら、この人、わたしが「母」と呼ぶこの人は、
「そう言えば、由美江がなげいていたわよ、どうして連絡してこないのかって」
由美江。この人の妹で、わたしの本当の母だ。
どうして、自分を捨てた母に、連絡を取る必要がある。むしろ、この人だって
ぴんぽーん。
気まずい空気を打ち消すかのように、インターホンが鳴る。
自分の部屋のように、母が出る。
「はーい、今あけますね」
カンテノームだった。
「ども。あなたのお子さんとお付き合いしています、神田 手無男と申します」
聞いてない。
質量保存の法則はどうした。
カンテノームはたしかに携帯電話にしまい込んだはず、人間として生きている人間だとは
ちなみに現在、2人そろって母と対峙している。こたつをはさんで、だ。
我がもの顔で母はこたつに両足を放り投げているがここはわたしの家である。
「で?いつから?」
「まぁ、いろいろと。
金義先生の塾で一緒で」
合わせて、という圧を感じるんだが、金義先生の話なんて
「まぁ、金義先生!わたしもお世話になっていたわ。」
「あ、お母さん、携帯落としてましたよ」
さっと、携帯電話を母に渡す。
それでか。
どうやら、こう言うことらしい。
母との話でブチギレたわたしは、いったん母の携帯電話を玄関の外に放り投げた。
放り投げた携帯電話にカンテノームは自分自身を転送させ、人間として現界したらしい。
要するに、死体だからできる芸当だ。カンテノーム、ちゃんと死んでいた。そのことにひどくほっとする。
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